
短編小説 : 「残されたメモ」へ行こう | 拝啓文芸部
「『残されたメモ』に行こうよ」
「うれしい、夢みたい」
僕は彼女の手を引いて歩き出す。
美しい人だった。身体をぴったりくっつけて、まるで恋人のようだけどまったく見覚えがない。
はっきり分かる。
これは明晰夢だ。
彼女の胸の弾力が、眠っている僕の腕をつついているから。
朝方の眠りと覚醒の境界線、ぴんと張られたロープの上を僕は慎重に渡っていく。夢の歩みを進めると、すれちがう街の人たちが、みんな「残されたメモ」の話をしていた。
老夫婦は「『残されたメモ』万歳」と腕を振り上げる。スーツを着たサラリーマン風はアスファルトを舐めていた。OLの二人は「『残されたメモ』のために」と膝をつく。
はっきりと分かる。
彼らは使い魔だ。
一つ、街に子供がいない。不自然にいない。
一つ、リンゴの皮くらい薄く漂う菫の香り。
一つ、血の直感。
退魔師だった母が言っていた。これは間違いなく夢魔の世界。それも最悪の。
「……楽しみだね。きっと、noteのお題企画か何かかな?」
僕の咽喉が勝手にセリフを吐き出した。夢の世界を支配するこの女には悪意がないのだ。悪意があれば僕は抵抗できるはず。ということは……。
重厚な木の扉を開けると、秋の冷たい空気が背後へ流れてスミレの香りが遠ざかる。凛々しい女性スタッフが気持ちのいい笑顔で迎えてくれた。滑るように席へ案内されて向かいに座ると、彼女の潤んだ視線が僕を貫いた。甘すぎる香り。その蠱惑的な眼差しに僕の理性が侵食されていく。よく聞こえない。
「s9)&2>>@po『残されたメモ』へようこそ! 本日のランチはhslag493/08r^:@ です」
「……ん…それ、二つくださ、い……」
この夢魔には自分が魔であるという自覚がないのだ。いったい何人の男を貪り喰ったのだろうか? 食欲が満たされる代わりに性欲がペコペコだ。もうダメだ。彼女が欲しくてたまらない。母さんごめん、父さんの仇、とれそうにないよ……。
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