
懲戒処分か、生きるか。
人事の人から「あなたが今までの言動を今後も繰り返すようなら、最悪の場合、懲戒処分、戒告といったことにもなりかねない。私はそうなってほしくないから、あなたが心を入れ替えることを求めている。」といった感じのことを言われた。
私は「はぁ?懲戒処分?やれるもんならやってみろよ。どんな理由でそんなことするの?」とも思った。
私は他の職員と違って、他人に向かって「テメェはポンコツだ!」などとは言わないのだから。
その場にいない人のことを悪くいうことはある。
だが、恐怖が勝った。
「これはヤバい状況なんじゃないか?」と。
そして、私は「オレは心を入れ替える。できる。」と決心した。
だが、自分を変えるといったことをやろうとしてみると、その難しさと代償の大きさを知った。
明日から外国に行って、1週間以内にそこの言語を習得して、そこの文化に馴染むぐらい無理な話だ。しかもその後もその地で永遠に暮らすという約束。
人格や態度は、あらゆる理屈が組み合わさって構成されている。
どこか一つでも噛み合わないと、摩擦が生じて火花が散る。
型にはめられて生きる道は、死に接近する行為だ。
その道で私は息ができないと感じた。
生きる力を失って寝る以外のことができない腑抜けになるよりは、懲戒処分のほうが軽い。
結局は「無理せずマイペースに」というところを落とし所にするしかない。
その結果、懲戒処分を受けたら、その時はその時に考えようと思う。
今私は海で溺れかけているようなものだ。
悪魔がボートを漕いできて「とりあえずこれに掴まれ!」と言ってロープを投げてきたら、それを掴む以外の選択肢は無い。
上空から傍観してるだけの天使が「そのロープを掴んではダメ!」と叫んでいたとしても、選択肢は無い。
