
『漂泊と定住と』〜恩師・鶴見和子先生のご著書
『漂泊と定住と』〜恩師・鶴見和子先生のご著書
鶴見和子の『漂泊と定住と』は、近代化の過程で日本人が失ってきた「移動の論理(漂泊)」と「留まる論理(定住)」の相克を、独自の「内発的発展論」や比較社会学の知見を用いて深く捉え直した名著である。
本書の魅力と意義を、主な論点に沿って解説する。
本書の主な論点
「漂泊」と「定住」の二元論を超えて
折口信夫の「異人」論や柳田國男の「常民」論を踏まえつつ、柳田が提示した「定住(常民の生活)」と、漂泊の民や巡礼、旅人がもたらす外部からの刺激(漂泊)の両面が、日本文化の基層を創り出してきたことを明らかにしている。
内発的発展論との結びつき
西洋の近代化モデルを一律に適用するのではなく、各地域や文化が自らの伝統や風土の中から新たな価値を生み出す「内発的発展」の可能性を探っている。「定住」による基盤と「漂泊」による変化の受容が、その活力源になると提示している。
水俣病問題や環境思想への視座
高度経済成長の陰で切り捨てられた「定住者(その土地に生き続ける人々)」の生活世界に寄り添い、近代の「開発」がもたらした破壊を鋭く批判している。
書評:「境界」を生きる現代人への指針
『漂泊と定住と』で展開される論考は、単なる歴史学や民俗学の枠にとどまらず、グローバル化と地域解体が同時に進む現代社会において一層の輝きを放っている。
鶴見和子は、近代日本が効率や生産性を優先する中で、「定住」の持つ生命力を軽視し、一方で旅や外部者(異人)との出会いが持つ「漂泊」の創造的エネルギーを忘却してしまったと示唆する。
定住によって足場を固めつつも、漂泊の精神(境界を越えて他者と出会い、自己を問い直す態度)を保ち続けること——この絶妙なバランスこそが、文化や個人が硬直化を防ぎ、自立的に発展していくための鍵であると教えてくれる。
根無し草のような流動性(無批判な漂泊)にも、閉鎖的な土地至上主義(固執した定住)にも陥らず、「漂泊と定住」のダイナミズムを生きる重要性を説く本書は、自らの根拠地を探し求める現代の読者に力強い道標を与えてくれる一冊である。

上記の記事は鶴見和子ゼミでの発表が元になっている。