
夢のカリフォルニア〜Monterey Pop Festival 1967
モントレー・カウンティ・フェアグラウンドで1967年6月16日の週末に開催された“モントレー・ポップ・フェスティバル”は、延べ3万から5万人の観客が詰めかけるアメリカ初の大規模ロック・フェスティヴァルとなった。
主催者はルー・アドラーのほか、ママス&パパスのジョン・フィリップス、ザ・ビートルズの広報だったデレク・テイラーだ。多様な文化・国籍・スタイルの共生を音楽で実現することがイベントの主たる目的だった。このフェスティヴァルはサマー・オブ・ラヴのムーヴメントの初めて、そして代表的なイベントになった。問題など何一つなく、否定的な意見は聞いたことがない。
特に、“モントレー・ポップ・フェスティバル”は多くのミュージシャンにとってキャリアの転機となった。比較的無名な地元のアーティストが、全米あるいは世界の最前線に躍り出ることになったのだ。ジミ・ヘンドリックスもモントレー以前はアメリカでヒット曲がなかったが、その事実は今ではあまり知られていない。
ザ・フーもビルボード・チャートのトップ20に入るヒットを出せておらず、4つのマイナー・ヒットのうち51位まで上昇したのがたった1曲という具合だった。オーティス・レディングも、白人のリスナーから知られるようになったのはモントレー以降だ。

ザ・ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズも会場に足を運んでいた。ある記事に寄れば彼は「ビーズやクリスタルの鉤十字、レースで飾られた、驚くような金色のラメ付コートに身を包んで、まるでフェスティヴァルの影の王様のようだった」という。ブライアン・ジョーンズはヒッピーの王様だったのだ。そんなブライアン・ジョーンズはモントレーについてこう語っていた。
「最高の場所だね。観に来た人たちもいい人ばかりだ。礼儀正しく話しかけてきて、服を褒めてくれるんだよ」

そのほかの出演者にはジェファーソン・エアプレインやサイモン&ガーファンクル、エリック・バートン&ジ・アニマルズ、キャンド・ヒート、アル・クーパー、ポール・バターフィールド・ブルース・バンド、クイックシルバー・メッセンジャー・サービス、ヒュー・マセケラ、バーズ、ブッカー・T&ザ・MGs、ブルース・プロジェクト、グレイトフル・デッド、バッファロー・スプリングフィールド、エレクトリック・フラッグ、アソシエーションらがいた。
このイベントには世界中の記者も集まり、特に音楽誌はイベントの様子をファンに熱く伝えていた。しかし、D・A・ペネベイカーによるドキュメンタリー映像が公開されたのは1968年の暮れになってのことだった。
ほとんどの人はこの映像で初めて、ジミ・ヘンドリックスがストラトキャスターに火を点ける様を目撃した。このドキュメンタリーが“ウッドストック”ほど話題にはならなかったのは、その当時はまだビジネスに繋げる考え方が育っていなかったからかもしれない。大企業はまだヒッピーたちの経済効果に気づいていなかったのだ。
日本語字幕可
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note anden ヒッピー文化
AI による概要
ウェブコンテンツ配信プラットフォーム「note」において、著述家・教育者の小比塚アンデン(Kohizuka, Anden)氏 は、1960年代のカウンターカルチャーとしてのヒッピー文化やその精神論(ヒッピーの心)をテーマにした記事を精力的に執筆しています。
アンデン氏のnoteにおけるヒッピー文化に関する主な記述や論点は以下の通りです。
1. 主な連載・記事シリーズ
「Happy Hippies」シリーズ: 「愛と平和と最高の律動(バイブス)」をテーマに、自由で自然体な生き方を肯定するエッセイを展開しています。
Happy Hippies: Just be a good person.: 「無理にいい子ぶらなくても、愛せる人だけを愛し、手伝えることだけを手伝えばいい」というピースなメッセージを発信しています。
Happy Hippies: MY OWN WORLD: 個人の魂やスピリット、ありのままの自己肯定を肯定する内容です。
Happy Hippies: if one of us falls: ユーモアを交えつつ、歳を重ねても変わらないヒッピー的な連帯感や友情について綴っています。
2. 社会学的・思想的な視点からのアプローチ
アンデン氏は社会学修士号を取得しており、単なるファッションとしてのヒッピーではなく、思想や社会構造の観点からも論じています。
境界の侵犯と身体: 「汚穢」としての長髪〜境界の侵犯と聖なる力 という論考では、ヒッピーが髪を伸ばし裸足で歩き、性的解放を謳歌したことを、当時の社会が守ろうとしていた「境界線」をあえて揺るがす「開かれた身体」の試みとして分析しています。
ノマドとヒッピーの対比: 家を持たないノマドと家から出ないヒッピー では、映画『ノマドランド』などを引き合いに出しながら、近代化モデルとは異なる地域・風土に根ざした「内発的発展」や独自の生存戦略としての生き方を考察しています。