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「主人公」の本質~人生における「第2部」

    こんにちは、きのころです。

    ここのところ、『指輪物語』の映画版、
    『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの最新作に関するニュースをよく聞くようになりました。

    2003年の『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』以来、
    なんと、24年ぶり!

    名を連ねるのは、ピーター・ジャクソンらオリジナル制作陣!

    これは、期待が高まります!!

    最新作『ロード・オブ・ザ・リング :ザ・ハント・フォー・ゴラム(原題)』の公開日は……2027年12月17日。

    ——まだ、1年半以上も先の話です(笑)。

    キャストの情報などを拾いつつ、首を長くして待ちたいと思います。


    さて、私のnoteでは、こちらの記事で、
    シリーズ第3作『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』を——

    こちらの記事で、
    シリーズ第1作『ロード・オブ・ザ・リング』を——

    それぞれ、取り扱ってきました。

    今回は、第2作である『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』
    を題材に、書いてみたいと思います。

    ——と言いつつ。

    私、note投稿100日目に、
    この『二つの塔』をテーマとした記事を書いていました。

    先日、その記事に「スキ」通知が来て、改めて読み直して、
    これを、今、ぜひ読んでほしいと思ったのです。

    ということで、ここから先は、
    投稿100日目の記事を編集した内容でお届けします。


    「主人公」の本質

    突然ですが——

    「人は、誰でも、主人公である」

    と言われたら、どう思いますか?

    「そんなこと言われたのは初めてです!
     目が覚めました!」

    という人は、少ないのではないでしょうか。

    かといって、

    「そのとおり!
     私は、自分が主人公だと思って、
     毎日、主役を張って生きています!」

    という人も、また少ないのではないかと思います。

    おそらく、

    「まー、そうだよね」とか、
    「ああ、よく聞くけどね」

    という反応をする人が大半でしょう。

    紛れもなく、人は、誰もがみな「主人公」です。
    でも、そのことを意識して生きている人は少ない……。

    今日は、「主人公として生きていく」とはどういうことなのか、
    『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』
    から考えてみたいと思います。


    「誰もがみな主人公」と聞いて、なんとなく、
    「自分はそんなに立派なものではない」と考えてしまうのは、
    映画や小説、マンガなどで活躍するヒーローやヒロインを思い浮かべてしまうからかもしれません。

    毎日が充実していて、やることなすことうまくいって、
    ラストには拍手喝采のハッピーエンド。

    そんな物語の主役なんて、自分にはとても無理だ――

    そう感じてしまうことも、あると思います。

    でも、そもそも主人公とは、
    「いつも勝ち続けている人」ではありません。

    むしろ、立ち止まりながら、迷いながら、
    それでも「前に進もうとする人」ではないでしょうか。

    ここで紹介したいのが、
    映画『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』での、
    ある登場人物のセリフです。

    旅の途中で心が折れそうになっている主人公に、
    その人物はこう語りかけます。

    「物語の主人公たちは決して道を引き返さなかった。
     何かを信じて歩み続けたんです」

    そう、「主人公たち」はずっと順風満帆だったわけではありません。

    ときには疑い、恐れ、絶望しながらも、
    進むことをやめなかった。

    道が見えなくなっても、「何か」を信じて歩いたのです。

    映画のセリフは、こう続きます。

    「この世には命を懸けて戦うに足る、尊いものがあるんです」

    ……日常で「命を懸ける」というと大げさかもしれませんが、
    それでも、私たちは日々、自分の物語を生きています。

    命を懸けて戦うに足る、尊いもの――

    それは、誰かの笑顔かもしれない。
    あるいは、何気ない日常、過去の自分の夢。

    あるいは――
    いま、こうして生きている「自分自身」。

    失敗しても、折れそうになっても、
    物語の続きを、自分だけの足で歩き続けている。

    その姿は、まぎれもなく、主人公のものです。

    そして、重要なのは、このセリフが出てくるのが、
    三部作の映画の第2部、ラストであること、です。

    人生には、必ずと言っていいほど、
    不本意なまま終わる「第2部」のような時期があります。

    何も変わらない日々、前に進めている実感が持てない時間。
    むしろ後退しているように思えるときすらあるでしょう。

    でも、思い出してください。
    三部作の物語は、「第2部」で終わったりしません。

    もし、あなたが今、「物語がうまくいっていない」と感じていたとしても、
    それは、まだ第2部だからかもしれません。

    中盤特有の重たさや暗さに、
    飲み込まれそうになっているだけかもしれない。

    けれど、物語には続きがあります。

    ラストシーンは、まだ書かれていません。
    そしてそれは、思いがけない形でやってくることもあります。

    たとえどんなエンディングだったとしても、
    また次の「シリーズ」が始まるのが人生です。

    たとえ今、人生の中で何も動いていないように感じていたとしても、
    それはきっと、物語の途中だから。

    ひとつの章が終わって、
    新しい章の「プロローグ」に立っているだけかもしれません。

    そして、どんなに不本意な「エンディング」だったとしても、
    人生には、伏線を回収する「続編」がある。

    それを信じてほしいのです。


    人生は「映画」にたとえることができます。

    でも、それは「1本の映画」ではありません。

    人生は、ひとつの長い物語のようでいて、
    本当は、いくつもの物語が連なった「シリーズもの」。

    完結したと思っていた物語が、
    ある日ふいに、続編として動き出すこともあります。

    あるいは、ひとつの章にピリオドを打って、
    まったく別の物語を生きることだってできる。

    舞台が変わってもいい。

    新しいジャンル、新しいテーマで生き直すことだって、
    何度でも許されるのです。

    そして、「ハッピーエンド」も、何度でもやってきます。

    だからこそ、今を投げ出さないでください。
    自分の物語を、ちゃんと生きてください。

    誰のものでもない、あなた自身の人生を。
    自分の声で、自分の心で。

    ――主人公として、生きていく。

    それが、人生という壮大なシリーズにふさわしい、
    あなたの「今日のシーン」なのです。

    <了>


    本日の記事は、note投稿100日目に書いた、
    以下の記事の冒頭と最後を編集してお届けしました。

    本当はもっと長い記事です(笑)。
    もしよろしければ、お時間のあるときにでも
    読んでみてくださいね。


    本日は、以上です。
    お読みいただきまして、ありがとうございました。




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    関西在住。1級FP、独立系司書。50代でFIREを達成し、 何があっても「この先、生きのころー!」をテーマに 自称「マルチ・ポテンシャライター」(多趣味ライター 的な造語)として活動。今まで読んだ5000冊以上の本 から生まれたアイデアをもとに、童心で楽しむ日常 や創作を発信中。

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