
「百人一首を旅しよう!」短歌と写真で今と繋がる〜第二十六回●後徳大寺左大臣●〜
今回と次回は「生き物」が登場する歌を取り上げます。
ほととぎす 鳴きつる方(かた)を
ながむれば
ただ有明の 月ぞ残れる

意味)ホトトギスが鳴いた方角を眺めると、ただ有明の月だけが残っている。
後徳大寺左大臣(1139〜1191)こと藤原実定(さねさだ)は、百人一首撰者・定家のいとこにあたり、定家の父・俊成など多くの歌人と交流がありました。正二位左大臣でパッと見では名門の印象を受けますが、不遇の時が長い苦労人だったとも。
歌ですが、解釈に様々な要素が散りばめられています。まずこれは「暁に郭公(ほととぎす)を聞く」という題で詠まれました。

ホトトギスは春から夏にかけて日本に飛来。万葉の頃から歌に詠まれた夏の風物詩的な存在です。現在では郭公はカッコウと読みますが、和歌ではホトトギスを表すことが多いです。
夏を告げる鳥として、夜明けの最初の一声を聞くのが特に風流とされ、夜明けまで待ち続ける文化がありました。
現代では市の鳥として親しまれている自治体が多いです(札幌市、仙台市、郡山市、会津若松市、つがる市など)。鳥獣保護管理法で狩猟鳥に指定されているため、原則として捕獲・殺傷は禁止されています(許可が必要な場合あり)。近年は生息数の減少も心配されています。

第九回で紹介した清少納言も、その声を『枕草子』の中で絶賛しています。
そして第二十一回・壬生忠岑でも紹介した「有明の月」。午前4時〜6時の間・日の出の頃を指し、愛する女性の元から帰らねばならない未練を象徴しています。
後朝の象徴でもありますから、どことなく艶めかしい印象も受けますね。

全体的に非常に貴族的で品のある歌。
後徳大寺左大臣自身も詩歌管弦などに秀でた風流人だったそうです。政治的には源頼朝からも信頼され、朝廷と幕府間の調整役を務めました。死去時には頼朝が惜しんだ記録が残っています。
では最後にもりやま作を。
ほととぎす 鳴くや夏の夜 明けぬれば
また逢はむとぞ 君を想ほゆ

意味)ホトトギスが鳴いて夏の夜が明けてしまった。また今夜貴方に逢いたいと、心から願っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回もどうぞお楽しみに!
清少納言、皇太后宮大夫俊成、壬生忠岑については下記よりご覧いただけます⤵︎