メインコンテンツへスキップ
見出し画像

山手線を2周してから会社へ行っていた

    降りられなかった朝

    朝の地下鉄は、まだ人の顔が薄かった。

    眠いのか。

    疲れているのか。

    怒っているのか。

    どれも少しずつ混ざったような顔が、窓に映っていた。

    私は、早く家を出ていた。

    会社に行くには、そんなに早く出る必要はなかった。

    でも、家にいることもできなかった。

    会社に着くこともできなかった。

    だから、山手線に乗った。

    1周して、

    もう1周した。

    同じ駅名が、もう一度くる。

    池袋。

    新宿。

    渋谷。

    品川。

    東京。

    上野。

    路線図は、きれいな輪になっていた。

    どこにも行かないのに、

    ずっと進んでいるように見えた。

    その感じが、そのころの私には合っていた。

    進んでいるふりをしながら、

    どこにも着かない。

    逃げているわけでもない。

    ただ、降りられなかった。

    車内の広告を読む。

    読んでいるのに、何も入ってこない。

    隣の人の靴を見る。

    膝の上のかばんを見る。

    床に落ちている小さな紙くずを見る。

    顔は、あまり見なかった。

    苦しそうな人を探していた

    幸せそうな人の目を見ることができなかった。

    まっすぐ見ると、

    自分の形がくずれる気がした。

    代わりに、苦しそうな人を探した。

    私より眠そうな人。

    私より顔色の悪い人。

    私より、もう少しだけ世界から離れているように見える人。

    その人を見つけると、少しだけ息ができた。

    ひどいことをしていたと思う。

    誰かの苦しさを、

    自分がここにいていい理由にしていた。

    慰めではなかった。

    確認だった。

    まだここにいてもいい。

    私だけが壊れているわけではない。

    そう言ってくれるものを、車内のどこかに探していた。

    駅のホームに、枯れた花が落ちていたことがある。

    花束から抜けたのか。

    誰かが持っていたものなのか。

    踏まれて、茎が少し曲がっていた。

    きれいとは思わなかった。

    かわいそうとも、すぐには思わなかった。

    ただ、目がそこに止まった。

    人が次々に通り過ぎる。

    誰も拾わない。

    私も拾わない。

    枯れた花は、そこにあった。

    何かの意味になりそうで、

    ならなかった。

    10年後に行きたかった

    あのころの私は、治るという言葉をうまく持てなかった。

    でも、昔の自分に戻りたいと思ったことはない。

    過去に戻ったら、また今がくる。

    あの朝も。

    あの電車も。

    あの息のしづらさも。

    もう一度くる。

    それが、いちばん怖かった。

    だから私は、過去ではなく未来を見ていた。

    10年くらい先に行きたかった。

    今を飛ばして、10年後になってほしかった。

    そのころには、何かが終わっている気がした。

    理由はなかった。

    ただ、10年後なら、この朝から少し離れていられる気がした。

    でも、山手線は10年後には連れて行ってくれなかった。

    2周しても、着くのは会社の近くの駅だった。

    朝は朝のままだった。

    私は私のままだった。

    改札を出ると、少しだけ体が重くなる。

    人の流れに入る。

    ビルのガラスに、自分の姿が一瞬映る。

    そのたびに、思った。

    まだ、この人を連れていくのか。

    置いていけたらよかった。

    駅のベンチにでも。

    閉まるドアの向こうにでも。

    あの、きれいな輪のどこかにでも。

    けれど、どこへ行っても私はついてきた。

    地面の下にも道がある

    昼休み、会社の近くでアリの巣穴を見たことがある。

    植え込みの土に、小さな穴があった。

    アリが何匹も出入りしていた。

    あんなに小さい体で、よく間違えずに戻れると思った。

    地面の下に、どれくらい道があるのだろう。

    私はしばらく、それを見ていた。

    しゃがむことはできなかった。

    何かを学んだわけではない。

    生きる力を感じたわけでもない。

    ただ、穴があった。

    地面の下にも道がある。

    見えないところで、何かが動いている。

    それだけだった。

    置いていけなかった自分

    あのころから、私は何かを克服したのだろうか。

    よく分からない。

    「ましになった」と言うのも、違う気がする。

    そう言った瞬間に、何かを勝手に終わらせてしまう気がする。

    苦しさは、今もある。

    幸せそうな人の目を、今でも見られない日がある。

    誰かの疲れた顔に、ほっとしてしまうこともある。

    それを、美しく言い換えたくはない。

    ただ最近は、降りられない朝があっても、少し待てる日がある。

    元に戻らなくてもいい、と思える日がある。

    戻る場所がないなら、戻れなくてもいい。

    10年後に飛べなくてもいい。

    今日を飛ばせないまま、今日の中にいる。

    山手線の路線図は、今でもたまに目に入る。

    きれいな円を見ると、あの朝を思い出す。

    どこにも着かないように見えた、あの2周を思い出す。

    同じ場所を回っていたはずなのに、

    あの朝の体には、もう戻れない。

    治った、ということではない。

    戻る場所も、たぶんなかった。

    置いていけなかった自分が、今もいる。

    朝の電車にも。

    改札の前にも。

    ガラスに映る姿の中にも。

    最近は、駅のベンチを見る時間が少し短くなった。

    閉まるドアの向こうを、前ほど見なくなった。

    駅を出る。

    風が少しだけぬるい。

    足元の土に、小さな穴がある。

    私はそれを踏まないようにして、

    歩く。



    関連記事はこちらです
    よろしければ、こちらもご覧ください。


    マガジンの玄関はこちらです
    よろしければ、ここから全体の流れをご覧ください。


    全体の玄関はこちらです
    ほかのテーマやシリーズへの入口を、ここにまとめています。


     
     
    SaMD・医療AI、生成AI、仕事、文化、記憶、日常について書いています。 技術や制度、言葉や美意識のあいだに立ち上がる「人間らしさ」を、静かに言葉にしていくnoteです。 初めての方は「このnoteを歩くための小さな地図」からどうぞ。

    あなたへのおすすめ