
お母さんの好きなもの|短編小説【拝啓文芸部「信じていた嘘」】
母は、甘いものが嫌いだった。
ケーキの苺も、プリンも、箱にひとつだけ残ったチョコレートも、いつも私のところに来た。
「お母さんはいいの?」
「甘いもの、好きじゃないから」
そう言って母は、急須のお茶を自分の湯呑みに注いだ。
だから私は、母の日には煎餅を贈った。誕生日には茶葉を選んだ。就職して初めて買った少し高いお菓子も、醤油味のおかきだった。
母はいつも「よくわかってるね」と笑った。
*
娘が五歳になった春、母と三人で買い物に出かけた。
歩き疲れて入った喫茶店で、娘は苺のパフェを頼んだ。私はコーヒーを、母は紅茶を選んだ。
運ばれてきたパフェには、苺が三つのっていた。
娘はひとつ食べると、長いスプーンにもうひとつをのせ、母の口元へ差し出した。
「おばあちゃん、あーん」
「あ、おばあちゃんはね」
私が言いかけたとき、母はぱくりと食べた。
「おいしい」
娘は満足そうに頷いて、最後の苺を私にくれた。
母の口元には、少しだけクリームがついていた。
「……甘いもの、嫌いじゃなかった?」
母は紙ナプキンを取る手を止めた。
それから、娘をちらりと見た。
娘はもう、パフェの底にあるコーンフレークを掘り出すのに忙しかった。
「好きよ」
「だって、いつも」
そこまで言って、思い出した。
小さな台所。向かい合った席。
私の前にあるケーキと、母の前にある湯呑み。
母はナプキンを折り畳んだ。
「一度そう言ったら、あなた、安心して食べるようになったから」
「ずっと信じてた」
「知ってる。毎年、お煎餅だったもの」
私が黙ると、母は慌てたように付け足した。
「あれも好きなのよ。海苔が巻いてあるやつなんて、誰にもあげなかったんだから」
笑っていいのか、謝ればいいのか、わからなかった。
私はメニューを開き、苺のショートケーキを指さした。
「これ、食べる?」
母は一瞬だけ迷った。
「あなたは?」
「お母さんが食べたいか聞いてるの」
母はメニューに目を落とした。写真のケーキを、しばらく眺めていた。
「じゃあ、食べたい」
あとがき
「お母さんの好きなもの」を、最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回は、Mr.Qさんの企画「拝啓文芸部」のお題「信じていた嘘」に参加する短編小説です。
母と娘、そして孫。三人の何気ないやり取りを通して、温かさが残る物語になっていたらうれしいです。
本文を整える際には、ChatGPTにも文章を確認してもらい、回想の情景が自然につながるよう、一部の表現を修正しました。
印象に残った場面や、読んで感じたことがあれば、ぜひコメントで聞かせてください。
普段は「AIを使う看護師パパ」として、育児や学習、仕事でAIをどう使っているかを、実体験をもとに書いています。
気になるものがあれば、こちらも読んでいただけるとうれしいです。
私について知りたい方へ
看護師歴13年、3児の父。AIを使ってアプリやホームページを作るようになった私の自己紹介です。
育児にAIを取り入れてみたい方へ
息子の鏡文字をきっかけに、間違い探しとして楽しめるアプリを作りました。家庭のちょっとした困りごとに、AIを活用したお話です。
仕事や学習にAIを活用してみたい方へ
AIに学習計画や進捗管理を手伝ってもらい、資格取得に取り組んだ経験を書いています。
別の短編も読みたい方へ
シロクマ文芸部のお題「借りた本」から書いた短編ホラーです。今回とは雰囲気の違う物語もどうぞ。
今回の作品をきっかけに、また読みに来ていただけたらうれしいです。
参加企画・お題
この作品は、Mr.Qさん主催の「拝啓文芸部」に参加しています。
お題は 「信じていた嘘」。企画の詳細は、こちらのお題記事をご覧ください。