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BTSが復活にアリランを選んだ理由とは?—光化門、26万のARMYは何を想う

    導入「2026年3月21日、光化門に26万人が集まった」

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    今日、ソウルで歴史が動いた。

    光化門広場に26万人のファンが集まった。韓国史上最大の公開コンサート。Netflixが単一アーティストの公演を生中継する史上初の試みとして、190以上の国と地域に同時配信された。BTSが、3年9ヶ月ぶりに完全体でステージに立った。

    「BTS The Comeback Live | Arirang」——そう名付けられた今夜の公演を、私は広島の自室でライブ配信で見ていた。

    スクリーンの向こうで、26万人が同じ方向を向いていた。ライトスティックが夜空に揺れていた。7人が現れた瞬間、その光の海が一斉に波打った。

    音楽の力、と簡単に言うことはできる。しかし今夜起きたことは、音楽の力という言葉では収まらない何かを含んでいた。

    会場は光化門広場だ。

    この場所の歴史を知っている者には、今夜の光景が別の意味を帯びて見えたはずだ。光化門は、朝鮮王朝の正宮・景福宮の正門だ。日本統治時代、その景福宮の敷地内に朝鮮総督府が建てられた。植民地支配の象徴として、朝鮮の王宮の中心に、占領者の庁舎が置かれた。総督府は1995年に解体されたが、その場所は今も韓国の人々の記憶に刻まれている。

    その光化門の広場で、韓国を代表するアーティストが世界に向けてライブを配信した。アルバムのタイトルは「ARIRANG」——朝鮮半島で600年にわたって歌い継がれてきた民謡の名を冠していた。

    偶然ではない。

    Part1「アリランとは何か」

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    アリランという言葉の由来には諸説ある。

    「痛い(아프다)」「つらい(쓰리다)」という言葉に由来するという説がある。峠の名前だという説もある。愛しい人の名前だという説もある。いずれも確定していない。それ自体が、この歌の本質を示している——アリランとは、一つの意味に固定されることを拒む歌だ。

    歌詞も、旋律も、地方によって無数のバリエーションがある。慶尚道のアリラン、全羅道のアリラン、江原道のアリラン——同じ「アリラン」という名を持ちながら、それぞれが異なる表情を持つ。ユネスコの無形文化遺産に登録されているのは2012年のことで、その登録名は「アリラン、韓国の叙情的な民謡」だ。韓国では国歌に次ぐ存在として、文化体育観光部が「韓国の100のシンボル」に選定している。

    この歌が「抵抗の歌」として歴史に刻まれたのは、1926年のことだ。

    その年、「アリラン」と題された朝鮮映画が公開された。監督は羅雲奎(ナ・ウンギュ)。日本統治下の朝鮮で、検閲をかいくぐりながら制作されたこの映画は、公開初日から爆発的な人気を呼んだ。主題歌として歌われたアリランは、映画の文脈の中で突然、別の意味を帯びた。

    峠を越える旅人の歌が、故郷を奪われた民族の歌になった。

    映画の初演では、歌手が検閲当局の目の前でアリランを歌い始めると、観客が自然発生的に歌に加わったという記録がある。それは組織された抵抗ではなかった。しかし結果として、あの夜の光景は朝鮮民族のアイデンティティの結晶として歴史に残った。明示的に政治的なメッセージを含まない歌が、文脈によって最も強烈な政治的表現になった瞬間だった。

    この構造を、この連載を読んできた方は見覚えがあるかもしれない。

    Bad Bunnyがスーパーボウルのステージにサトウキビ畑のセットを持ち込んだ時、彼は「植民地支配に反対する」とは一言も言わなかった。しかし文脈を知る者には、すべてが伝わった。アリランの1926年と、Bad Bunnyの2026年は、同じ構造を持っている。言葉を使わずに、言葉以上のことを語る——それが文化の持つ政治的な力だ。

    Bad Bunnyはなぜスペイン語で歌ったのか——スーパーボウルが戦場になった夜

    日本との関係も、この歴史から切り離せない。

    アリランは日本統治時代に「抵抗の歌」になった。それは日本という存在と不可分に結びついた歴史だ。BTSが今日、光化門でアリランを冠したアルバムを世界に届けた——その行為が日本のリスナーに何を問いかけているか。この問いは、この後のパートで改めて掘り下げる。

    アリランの歴史にはもう一つ、重要な事実がある。

    1896年、アメリカの民族学者アリス・フレッチャーとともに、7人の韓国人男性がワシントンDCでアリランを録音した。これが記録に残る最初のアリランの音源だとされている。

    BTSのメンバーは7人だ。

    プロモーション映像の中で、7人のメンバーが1896年に録音された最初のアリランを一緒に聴く場面がある。130年の時間を挟んで、7人と7人が向き合う。その映像を見た時、これは単なるアルバムのプロモーションではないと確信した。BTSは自分たちを、アリランを世界に届けてきた長い歴史の連続線上に意図的に置いている。

    アルバム1曲目「Body to Body」には、韓国を代表する民謡「アリラン」の旋律が部分的に取り入れられ、インタールード「No. 29」には国宝第29号・聖徳大王神鐘の鐘の音が収録されている。 MHNアルバムの構造そのものが、韓国の文化的記憶を現代のポップミュージックに接続する試みになっている。

    「意味が固定されず、歌う者の経験で更新され続ける点こそがアリランの本質」 Yahoo!ニュース——この言葉は、BTSが今回のアルバムタイトルを選んだ理由を最も的確に説明している。BTSというグループが歩んできた歴史——無名のインディーズグループから世界最大のポップアクトへ、そして兵役という中断を経ての復活——は、アリランが繰り返し経験してきた「継承と更新」の構造と重なる。

    今夜、光化門で26万人が歌った。

    その歌は600年前から来ていた。そして今夜、190以上の国と地域に届いた。

    では執筆します。

    Part2「なぜBTSはこのタイトルを選んだか」

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    兵役から戻ったアーティストが、最初に発表するアルバムのタイトルに何を選ぶか。

    これは単なる命名の問題ではない。そのタイトルは、アーティストが「自分は何者か」を世界に向けて宣言する言葉だ。BTSほどの規模のグループであれば、その選択は何億人もの人間に届く。慎重に、しかし明確に、自分たちの立場を示す言葉を選ばなければならない。

    BTSは「ARIRANG」を選んだ。

    この選択の意味を理解するためには、彼らが兵役に就く前に何をしていたかを思い出す必要がある。

    2020年代初頭、BTSは世界で最も聴かれているアーティストだった。Spotifyの年間最多ストリームは複数回達成し、Billboard Hot 100に複数の楽曲を同時にランクインさせ、グラミー賞の舞台にも立った。「Dynamite」「Butter」——英語で歌われたこれらの楽曲は、K-POPが英語市場に本格的に侵入した象徴として語られた。

    しかしその成功の陰に、一つの問いが常につきまとっていた。

    「BTSは韓国のグループか、それともグローバルなポップアクトか」という問いだ。

    英語で歌うことで世界市場を獲得したBTSは、「K-POPを世界に広めた」と称賛される一方で、「本来の韓国的なアイデンティティを希釈した」と批判する声もあった。グローバルになることと、自分たちのルーツに忠実であることは、両立するのか。その緊張は、彼らのキャリアに常に存在し続けた。

    そして2022年、全員が順次、兵役に就いた。

    世界で最も有名な韓国人たちが、国家の命令に従って軍隊に入った。韓国の芸能人に対する兵役特例を認めるべきかどうかという議論は、BTSの登場以降、韓国社会で繰り返し起きていた。BTSほどの文化的・経済的貢献をしているグループを、なぜ徴兵するのかという意見がある一方、法の前での平等という原則を貫くべきだという意見もあった。

    BTSのメンバー自身は、特例を求めなかった。

    その選択自体が、すでに一つの声明だった。「私たちは世界的なスターである前に、韓国人である」という宣言だ。グローバルな成功を理由に国家制度から逃れることを、彼らは選ばなかった。

    約3年9ヶ月の沈黙の後、彼らが帰ってきた。

    その最初の言葉が「ARIRANG」だった。

    この選択には、複数の層がある。

    第一の層は、「私たちは韓国人だ」という再確認だ。

    英語市場への進出、グローバルなコラボレーション、アメリカでのツアー——これらの経験を経て、BTSは改めて自分たちのアイデンティティの核心に立ち返った。アリランは韓国そのものだ。それを選ぶことは、どれほどグローバルになっても、自分たちの根がどこにあるかを忘れないという宣言だ。

    ハリウッド・リポーターはこう書いた。「BTSは常に韓国バンドであり、今後もそうであることを明確にする」。 Starnews Korea

    第二の層は、「私たちは国家と向き合った」という表明だ。

    アリランは、国家権力と民衆の関係を歴史的に体現してきた歌だ。1926年に日本の検閲下で抵抗の歌になり、その後も植民地支配、分断、軍事政権という様々な権力との緊張関係の中で歌われてきた。BTSが国家の徴兵制度に従い、そして戻ってきた今、アリランを掲げることには「私たちは国家と向き合い、その上でここに立っている」という意味が重なる。

    第三の層は、「継承と更新」という音楽的宣言だ。

    アリランは600年間、歌われるたびに更新されてきた。地方ごとに異なるバリエーションが生まれ、時代ごとに新しい解釈が加わり、しかしその核心は変わらなかった。BTSは今回のアルバムで、現代のポップミュージックの文法を使いながら、その伝統を更新しようとしている。1曲目にアリランの旋律を取り込み、国宝の鐘の音をインタールードに配置する——それはポップアルバムの中に歴史の地層を埋め込む試みだ。

    BTSはアルバムの声明でこう述べた。「アリランの感情的な深み——その切望や憧れ、そして人生の浮き沈み——を汲み取り、自分たちの今の旅路と強く共鳴するこのタイトルを選んだ」。 Rolling Stone Japan

    「旅路」という言葉に注目したい。

    兵役という中断は、単なる空白ではなかった。世界の頂点に立ったグループが、国家の命令によって活動を止めた。その3年9ヶ月は、アーティストとして、そして韓国人として、自分たちが何者であるかを問い直す時間だったはずだ。その問いへの答えが「ARIRANG」だとすれば、このタイトルは兵役という経験なしには選ばれなかった言葉だ。

    ここで、Bad Bunnyとの対比を置きたい。

    67本目でこの連載はBad Bunnyを取り上げた。プエルトリコの植民地的歴史を背負い、スーパーボウルのステージで128年の歴史を可視化したアーティスト。彼とBTSの間には、一つの共通点がある。

    Bad Bunnyはなぜスペイン語で歌ったのか——スーパーボウルが戦場になった夜

    どちらも、自分たちの音楽の根がある場所の歴史を、グローバルな舞台に持ち込んだ。

    Bad Bunnyはスペイン語で歌い続けることで、英語市場への同化を拒んだ。BTSは「ARIRANG」を掲げることで、韓国のアイデンティティを世界市場の中心に置いた。方法は違う。しかし方向は同じだ。

    「私たちはここから来た。その場所の歴史は、私たちの音楽の一部だ」——その宣言を、世界で最も多くの人間が聴く場所で発すること。これが、現代の最も強い政治的音楽の形だ。

    直接的なスローガンも、特定の政治家への批判も必要ない。「ARIRANG」というたった一つの言葉が、600年分のメッセージを運ぶ。

    BTSの選択が日本に問いかけるものについても、ここで触れておかなければならない。

    アリランは日本の植民地支配の時代に抵抗の歌になった。その歴史は消えない。BTSが「ARIRANG」を掲げて世界に向けて発信することは、その歴史を現在に接続する行為でもある。日本のリスナーがこのアルバムを聴く時、その文脈を知っているかどうかにかかわらず、その歴史は音楽の中に存在している。

    そしてこの連載が繰り返し問い続けてきた問いに、ここで戻る。

    日本のアーティストは、自分たちの音楽の中に「自分たちはどこから来たか」という問いを持っているか。沖縄の音楽家は沖縄の歴史を、広島のアーティストは被爆の記憶を、在日コリアンのミュージシャンは自分たちのルーツを——音楽の中に持ち込んでいるか。

    BTSの「ARIRANG」という選択は、その問いを鮮やかに照らし出す。

    では執筆します。

    Part3「兵役という最も政治的な行為」

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    音楽家が政治的であるとはどういうことか。

    この連載では、その問いをずっと追いかけてきた。Bad Bunnyはグラミーで「ICE out」と叫んだ。Springsteenは4日間でプロテストソングを書いた。春ねむりは首相を名指しで批判する楽曲を発表した。志磨遼平はアルバムタイトルを封印した。それぞれの「語り方」があった。

    しかしBTSの政治性は、これらとは異なる次元にある。

    彼らは曲の中で政治を語ったわけではない。SNSで政治的声明を発したわけでもない。彼らがやったことは、ただ一つだ——国家の命令に従い、軍隊に入った。

    その行為が、なぜ「最も政治的な行為」なのか。

    韓国の徴兵制度は、朝鮮戦争後の1949年に制定された。現在、満18歳以上の韓国人男性は原則として兵役の義務を負う。陸軍で18〜21ヶ月、海軍・空軍・海兵隊で約20〜23ヶ月の服務が求められる。この義務は、財閥の御曹司にも、オリンピック金メダリストにも、そして世界最大のポップグループのメンバーにも、等しく課される。

    BTSが兵役問題で注目された背景には、韓国社会の複雑な葛藤がある。

    K-POPアーティストの兵役をめぐる議論は、BTSの登場以前から続いていた。オリンピックのメダリストや国際コンクール受賞者には兵役特例が認められているのに、文化的貢献度でそれに匹敵するK-POPアーティストには適用されないのは不公平だという意見がある。一方で、「国防の義務に例外を設けることは法の前の平等に反する」「誰もが平等に義務を果たすべきだ」という反論も根強い。

    BTSの場合、この議論は韓国国会にまで発展した。2020年、「兵役法改正案」——通称「BTS法」——が議員立法で提出され、文化・芸術分野の優秀者にも兵役延期を認める内容で審議された。当初は通過の見込みがあったが、最終的に2022年に施行された改正法は「延期」のみを認め、免除は認めないという内容になった。

    BTSのメンバーたちは、この議論に対して沈黙を守り続けた。

    特例を求めなかった。ロビー活動をしなかった。「私たちは免除されるべきだ」とも「兵役に行くことを誇りに思う」とも、公式には言わなかった。ただ、法律に従った。

    その沈黙の重さを、私はずっと考えている。

    アーティストが国家制度に従うことは、一見すると「政治的ではない」行為のように見える。しかし実際は逆だ。

    世界で最も有名な韓国人たちが、国家の徴兵制度に従ったという事実は、少なくとも三つの政治的メッセージを持つ。

    一つ目は、韓国社会への連帯の表明だ。

    BTSほどの経済的・文化的影響力を持つグループが特例を求めなかったことは、「私たちは一般の韓国国民と同じ義務を負う」という姿勢を示した。それは徴兵制度の是非とは別に、自分たちが属する社会の規範を受け入れるという選択だ。グローバルなスターが「私は特別だ」と主張せず、国民の一人として制度に従った——その姿勢が、韓国国内での彼らへの支持をより深くした側面がある。

    二つ目は、K-POPという産業への問いかけだ。

    BTSの兵役期間中、K-POP産業は揺れた。HYBEの営業利益は約37.5%急減した。世界最大のグループが不在になることで、K-POP全体の市場にも影響が及んだ。アーティスト個人の選択が産業全体を動かす——その規模は、音楽が単なる娯楽ではなく、経済・外交・国家のソフトパワーと不可分に結びついていることを可視化した。

    三つ目は、「国家と個人」という普遍的な問いの具現化だ。

    これが最も重要な点だ。

    BTSのメンバーたちは、キャリアの絶頂期に、国家の命令によって音楽活動を止めた。それは彼らの意思ではなかった。しかし彼らはその命令に従い、服務を終え、戻ってきた。

    この経験は、アーティストが国家と向き合うとはどういうことかを、抽象論ではなく具体的な事実として示した。Bad Bunnyは「ICEに我々の公演会場に来てほしくない」と言った。それは国家権力への明示的な抵抗だ。BTSは国家の命令に従いながら、しかしその経験を音楽に昇華して戻ってきた。どちらも「国家と音楽家」という問いへの答えだ。ただし方法が根本的に違う。

    前者は抵抗。後者は受容と更新。

    どちらが「政治的」かという問いには意味がない。どちらも深く政治的だ。

    日本のアーティストには、この問いが構造的に存在しない。

    日本には徴兵制度がない。アーティストが「国家の命令によって活動を止める」という経験をする可能性は、現時点では存在しない。それは自由であることを意味するが、同時に「国家と個人の緊張」を体で経験する機会がないことも意味する。

    BTSが兵役を経験したことで、彼らの音楽には「国家と向き合った人間の声」が加わった。その重さは、平和な環境で自由に音楽を作り続けてきたアーティストの声とは、根本的に異なる質感を持つ。

    しかし一方で、こう問い返すこともできる。

    日本のアーティストには徴兵制度がない代わりに、別の形で国家と向き合う機会があるはずだ。沖縄の基地問題、核の歴史、戦後体制のあり方——これらは今も現実として存在する。BTSが徴兵制度という形で国家と向き合ったように、日本のアーティストが向き合うべき「国家と個人の問い」は、別の形で存在している。

    それに対して、日本の音楽シーンはどう応えてきたか。

    この問いは、次のパートに引き継ぐ。

    Part4「K-POPと政治——日本との対比」

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    2022年5月31日、BTSはホワイトハウスを訪問した。

    バイデン大統領との会談のアジェンダは、アジア系ヘイトクライムの問題だった。2020年以降、アメリカでアジア系住民への暴力事件が急増していた。Stop AAPI Hate(アジア系太平洋諸島系住民へのヘイトを止めよう)という運動が広まる中、BTSは声明を発表し、ソーシャルメディアでメッセージを発信し続けていた。そしてホワイトハウスに招かれ、大統領と直接会談した。

    7人の韓国人アーティストが、アメリカの政治の中枢で、アジア系差別という社会問題について語った。

    その映像を初めて見た時、私は奇妙な感覚を覚えた。「これは音楽家の仕事なのか」という問いではなく、「なぜ日本のアーティストには、こういう場面がないのか」という問いだった。

    K-POPと政治の関係は、日本のポップミュージックとは構造的に異なる。

    その違いは、アーティスト個人の政治意識の差ではない。産業と社会の構造の違いだ。

    韓国のエンターテインメント産業は、国家のソフトパワー戦略と深く結びついている。1997年のアジア通貨危機の後、韓国政府は文化産業を国家の戦略的輸出産業として位置づけた。K-POPはその産物の一つであり、韓流(ハンリュウ)という言葉はその国家戦略を象徴する。BTS自身、2019年には韓国大統領の特別使節として国連総会に出席し、持続可能な開発目標(SDGs)についてスピーチを行っている。

    音楽家と国家が、協力と緊張の複雑な関係にある——それが韓国のK-POPを取り巻く構造だ。

    国家がアーティストを戦略的に活用しようとする。アーティストはその枠組みを使いながら、しかし自分たちのアイデンティティを手放さない。その綱引きの中から、BTSのような「国家を超えながら、国家から切り離されない」という複雑な存在が生まれた。

    日本の音楽産業には、この構造がない。

    日本の音楽産業は世界第2位の規模を持つ内需市場だ。国内で完結できる市場があるため、国家のソフトパワー戦略と連動する必要性が低い。アーティストは日本語で日本のファンに向けて歌えばビジネスが成立する。国家と協力する動機も、国家と対立する動機も、構造的に生まれにくい。

    その「中立」が、政治的沈黙の温床になっている。

    BTSのホワイトハウス訪問に戻ろう。

    あの訪問が可能だった理由は、BTSがアジア系差別の問題に対してずっと声を上げ続けていたからだ。突然政治に参加したのではなく、社会問題への継続的な発言が実績として積み重なり、それが政治の場への招待につながった。

    語ることが、次の語る機会を生む。

    この循環が、日本の音楽シーンには存在しない。語らないから、語る機会が与えられない。語る機会がないから、語る経験が積み重ならない。経験がないから、語る言葉を持てない。その悪循環が、沈黙の文化を再生産し続けている。

    しかし「日本のアーティストは語らない」という命題を、ここで一度留保しなければならない。

    例外は存在する。

    坂本龍一は脱原発を訴え、反核運動に関わり続けた。忌野清志郎は原発を批判する歌詞を書き、レコード会社から発売を差し止められた経験を持つ。アジカンの後藤正文は政治的発言を続けてきた。そして今年1月、春ねむりは高市首相を「ファシスト」と名指しで批判する楽曲を発表し、大きな反響を呼んだ。

    彼らは語った。しかし彼らは「例外」として処理された。

    BTSとの違いはここにある。BTSの政治的発言は「例外的なアーティストの個人的行動」ではない。K-POPという産業全体、韓国という国家の文化戦略、そしてアジア系というアイデンティティ——複数の文脈が重なり合う中から生まれた、構造的な必然だ。

    坂本龍一が語った時、日本の音楽産業は「坂本龍一は特別だから」と括った。春ねむりが語った時、メディアは「賛否が分かれた」と報じ、その発言の内容よりも「語ったこと自体の是非」が議論の中心になった。語ることが「普通のこと」にならない。それが日本の音楽シーンと、K-POPの最も深い違いだ。

    もう一つの対比がある。

    BTSは2018年、国連総会でスピーチを行った。「自分自身を愛してほしい」というメッセージを、7人が英語と韓国語で世界に向けて発した。あのスピーチは政治的な内容ではなかった。しかし韓国のアーティストが国連という政治的な場に立ったという事実自体が、音楽と政治の関係を象徴していた。

    翻って、日本のアーティストが国連でスピーチをする場面を想像できるか。

    技術的に不可能ではない。しかしそれが起きたとして、日本の音楽産業はどう反応するか。「音楽家が政治の場に立つべきか」という議論が必ず起きるはずだ。その議論自体が、日本における音楽と政治の分断を示している。

    韓国では、アーティストが政治的場に立つことへの抵抗感が、日本より低い。それはK-POPが国家戦略と結びついているからでもあるが、同時に、音楽が社会と切り離されていないという文化的土壌があるからでもある。

    その土壌の違いはどこから来るのか。

    一つには、植民地支配と分断という歴史がある。音楽が抵抗の手段であった時代を経験した社会では、音楽と政治の接続は自明だ。アリランが抵抗の歌になったように、音楽は社会の危機において政治的になることが許されてきた、いや、むしろ求められてきた。

    日本の音楽は、そのような歴史的文脈を持ちにくい。敗戦後の高度成長期を通じて、音楽は娯楽・癒し・消費の対象として位置づけられてきた。政治と音楽の間に、意図的かどうかはともかく、厚い壁が作られてきた。

    その壁が今、至るところで揺らいでいる。

    ホルムズ海峡の封鎖が日本の電気代を押し上げ、横須賀の米軍艦が子どもを殺したかもしれないと報じられ、自衛隊の派遣が現実の問題として浮上している。音楽家が社会の外にいることを許す状況が、少しずつ崩れてきている。

    BTSがアリランを携えて世界のステージに戻ってきた今日、その問いはより鮮明になった。

    結び「アリランは更新され続ける」

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    「意味が固定されず、歌う者の経験で更新され続ける点こそが、アリランの本質だ」——この言葉を、私はこの原稿を書きながら何度も思い返した。

    アリランは600年間、歌われるたびに変わってきた。峠を越える旅人の歌だったものが、植民地支配への抵抗の歌になり、分断の悲しみを歌う歌になり、そして今夜、世界190以上の国と地域に向けて配信された。歌そのものは変わっていない。しかし歌を取り巻く文脈が変わることで、その意味は更新され続けた。

    BTSはその更新の連鎖に、自分たちを加えた。

    兵役という中断を経て、「ARIRANG」を掲げて戻ってきた7人は、この600年の系譜に新しい一章を書き加えた。「世界で最も多くの人間に届いたアリラン」という章だ。1896年に7人の韓国人男性がワシントンDCで録音した最初のアリランから130年、7人のBTSメンバーが光化門の26万人と190カ国の視聴者に届けた今夜のアリランへ——この接続は、音楽が時間を越えて何かを運ぶことができるという、最も力強い証明の一つだ。

    この連載は、一つの問いを軸に動いている。

    「なぜ日本の音楽家は政治を語らないのか」——その問いを起点に、John Lennonのイマジンから始まり、YOASOBIとZ世代の政治的沈黙、ミラノ冬季五輪と中立アスリート、Billie Eilishの世代論、権力とロックの関係、Springsteenの「Streets of Minneapolis」、Bad Bunnyのスーパーボウル、志磨遼平の改題、そして今夜のBTSまで——70本の記事を通じて、私はその問いを様々な角度から照らしてきた。

    『Imagine』は、なぜ戦場で流れるのか—レノン没後45年、平和の歌が政治になる瞬間
    YOASOBIは、なぜ政治を歌わないのか——Z世代の沈黙と、タトゥーにざわつく日本の空気
    "Streets of Minneapolis"——スプリングスティーンはなぜ4日間で曲を書いたのか

    答えは一つではない。構造の問題があり、市場の問題があり、言葉の問題があり、歴史の問題がある。

    しかし今夜、BTSの「ARIRANG」を聴きながら、もう一つの問いが浮かんだ。

    日本の音楽家は、「自分たちはどこから来たか」という問いを、音楽の中に持っているか。

    BTSはアリランを選んだ。Bad Bunnyは植民地史を選んだ。Springsteenはニュージャージーの労働者の父を選んだ。彼らの音楽の政治性は、その「どこから来たか」という問いへの誠実さから生まれている。プロテストソングを書こうとして書いたのではなく、自分たちのルーツに忠実であろうとした結果が、政治的な音楽になった。

    日本のアーティストには、そのルーツへの問いが封印されていることが多い。沖縄出身のアーティストが沖縄の歴史を語ることへの圧力。在日コリアンのアーティストが自分のアイデンティティを音楽に持ち込む困難。広島・長崎の記憶を歌うことへの「重すぎる」という評価。ルーツを語ることが、市場での生存と相反する構造が、日本の音楽産業には根強く残っている。

    BTSの「ARIRANG」は、その封印に対する、静かな、しかし巨大な問いかけだ。

    この連載を初めて読む方のために、一つだけ補足をしておきたい。

    この連載「音楽と政治」は、現在70本を超えた。毎回、世界の音楽家と日本の音楽シーンを対比しながら、「なぜ日本のアーティストは政治を語らないのか」を問い続けている。Bad Bunnyのスーパーボウル、Springsteenのプロテストソング、志磨遼平のアルバム改題——それぞれの記事が、この問いへの異なる角度からのアプローチだ。

    音楽は、歌われるたびに更新される。
    この連載もまた、書くたびに更新されていく。

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    ロックと人生。ときどき政治。 音楽が先に鳴らしていた違和感を、 日本人の感覚から考えています。 代表作: ・ロックはなぜ戦争を嫌ってきたのか ・吉川晃司は、なぜアベフトシをステージへ呼び戻したのか ・はっぴいえんどは、なぜ「日本語でロック」を成立させたのか

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