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声は上げればいいのか—SUGIZOの「戦争反対」の言葉と広島の早朝に見た光景

    導入「『ヤクザ国家』という言葉」

    2026年4月6日、ぼくはスマートフォンの画面を見ながら、少しだけ手が止まった。

    SUGIZOがインスタグラムに長文を投稿していた。LUNA SEAのギタリストであり、X JAPANのメンバーでもある彼が、「戦争反対」を訴える文章を自身のアカウントにシェアし、さらに独自のテキストを加えていた。その中に、こんな言葉があった。

    「現在地球上の影響力を誇る大国は、どれもあまりに愚かで交戦的な指導者が率いるヤクザ国家。殺し屋国家。」

    ぼくは広島に住んでいる。原爆ドームまで、車で二十分もかからない距離だ。その街で、ロックミュージシャンの強い言葉を読んだ。

    受け取り方に困った、というのが正直なところです。反論したいわけではない。共感できる部分も多い。ただ、何かが刺さったまま抜けなかった。

    おそらくその「何か」は、言葉の内容ではなく、言葉の強さについての問いだったと思います。これほど強い言葉は、届くべき場所に届くのだろうか。届かせるために、何が必要なのだろうか。

    メディアはこの投稿を「賛否を呼んでいる」と報じた。賛否。その言葉もまた、ぼくには少し引っかかった。

    戦争に反対することが、なぜ「賛否」に分かれるのか。あるいは、「賛否を呼ぶ」と報じること自体が、この国の言論空間の何かを映し出しているのではないか。

    答えは、まだない。でも、その問いから始めてみようと思う。

    Part1「SUGIZOとは何者か」

    SUGIZOという名前を知らない読者のために、簡単に整理しておく。

    本名・杉原有音。1969年生まれ、神奈川県出身。LUNA SEAのギタリストとして1989年に活動を開始し、90年代のヴィジュアル系ロックシーンを牽引した中心人物の一人だ。

    ギターだけでなくヴァイオリンもこなし、作曲・プロデュースまで手がける多面的な音楽家である。X JAPANへの参加も、その幅広さを示すエピソードとしてよく語られる。

    ヴィジュアル系という言葉には、派手な衣装と耽美な世界観というイメージがある。政治や社会とは、むしろ対極に置かれてきたジャンルだ。

    90年代のヴィジュアル系がシーンを席巻していた時期も、プロテストソングとは無縁だった。怒りは内面に向けられ、叫びは恋愛や孤独や死へと向かった。

    なぜそうなのか、という理由を考えると、ジャンルの構造が見えてくる。ヴィジュアル系は「消費される美しさ」を商品にしてきた。耽美な世界観、様式化された痛み、完成された舞台——それが熱狂的なファンとの関係を作ってきた。

    政治的なメッセージは、その商品価値を毀損するリスクがある。あるいは少なくとも、そう判断されてきた。社会への直言は、そのジャンルのコードの外にあった。

    だからこそ、SUGIZOの立ち位置は特異である。

    プロテストソングの系譜から来たわけではない。スプリングスティーンのように労働者階級の怒りを歌い続けたわけでも、パティ・スミスのように詩と革命を結びつけてきたわけでもない。エンターテインメントの文脈から出発した人間が、政治を語る。

    この「ずれ」が、彼の発言をある人には新鮮に、またある人には違和感を持って映らせる。そしてそれは、Part3で改めて考えてみたい「賛否」の構造にも深く関わっている。

    Part2「語り続けてきた男の歴史」

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    今回の投稿が突発的なものではないことは、少し調べればわかる。

    東日本大震災と福島第一原発事故が起きた2011年以降、SUGIZOの社会的な発言は明らかに増えた。被災地へのボランティア活動、エネルギー問題への言及、平和活動への継続的な参加。

    一度語って終わりではなく、選挙のたびに、国際情勢が動くたびに、彼は言葉を発し続けてきた。これは継続的な平和活動の一環として、長年積み重ねてきたものだ。

    特に毎年8月6日、広島原爆の日の前後には、必ずといっていいほど発言している。「世界で唯一の戦争被爆国である日本が、恒久的平和を、核兵器廃絶を最も強く訴えることのできる立場にあるはず」という問いかけを、彼は繰り返してきた。

    2025年8月には広島・原爆ドーム対岸で開催された平和を祈るイベントに出演し、ヴァイオリンとピアノで演奏を披露している。言葉だけでなく、身体を持って現地に赴く。その姿勢が、彼の発言に一定の重みを与えていることは否定できない。

    核兵器禁止条約への言及も繰り返してきた。「世界で唯一の被爆国である日本が、なぜ核禁止条約に署名しないのか」という問いは、SUGIZOが何度も発してきたものだ。感情的な叫びというより、日本という国家の矛盾への、粘り強い問いかけである。

    ここで、この連載で触れてきた二人のミュージシャンと比較してみたい。

    忌野清志郎は、覆面バンド「ザ・タイマーズ」という迂回路を使って抵抗した。素顔を隠し、フィクションの衣をまといながら、しかし確実に届く言葉を選んだ。

    ブルース・スプリングスティーンは、宣言と直言という方法を選んだ。トランプへの批判を実名で、舞台の上で、マイクを通して語った。

    SUGIZOの方法は、どちらとも少し違う。覆面も使わず、宣言のような大仰さもない。ただ、インスタグラムに長文を書き、原爆の日に現地に行き、選挙のたびに言葉を発する。それを、ずっと続けている。

    ただし、一つの問いを手放さないようにしたい。語り続けることで、何かが変わったのか。社会は動いたのか。その問いは、おそらくSUGIZO自身も抱えているはずだ。

    継続することの意味は、結果だけでは測れない。しかし結果を問わなくていい、ということにもならない。ぼくはその問いを、この記事の中に残しておきたい。

    Part3「『賛否』の意味を解剖する」

    「賛否を呼んでいる」とメディアは報じた。この表現を、もう少し丁寧に見てみたい。

    支持の声は、こうだ。「声を上げてくれてありがとう」「同世代でこれだけ言えるのはSUGIZOだけ」「共感します」。感謝の言葉が並ぶ。

    これは賛同であると同時に、安堵の声でもある。誰かが言ってくれた、という安堵。裏を返せば、「他の誰もやっていない」という嘆きでもある。

    困惑の声は、「芸能人が政治を語るべきではない」というものだ。この反応は、日本に根強くある。ミュージシャンや俳優が社会的な発言をすると、「本業に集中しろ」「音楽だけやっていればいい」という声が上がる。これは日本の芸能界特有の圧力であり、同時に受け取る側の意識でもある。

    ここで少し立ち止まって考えてみたい。

    ブルース・スプリングスティーンがトランプを批判しても、アメリカでは「スプリングスティーンが政治発言をした」とはさほど大きくは報じられない。ロックミュージシャンが社会について語ることは、欧米では当然の文化として根付いている。

    しかし日本では、ミュージシャンの政治的発言は「出来事」になる。「賛否を呼ぶ」ニュースになる。

    さらに踏み込んで考えると、もう一つの問題が見えてくる。メディアが「賛否を呼んでいる」と報じるとき、そこには暗黙のフレームがある。「政治発言は論争的なものだ」というフレームだ。

    賛否があることを強調することで、「政治を語ることは危ういことだ」という印象が強化される。そのフレームが繰り返されるたびに、語ることへのハードルは少しずつ上がっていく。語らない理由が、一つずつ積み重なっていく。

    この構造自体が、この連載が問い続けてきたテーマの核心だ。なぜ日本の音楽家は政治を語らないのか——語らない理由の一つは、語ると「賛否を呼ぶ出来事」になってしまうからかもしれない。

    そしてそのフレームを作り続けているのは、メディアであり、受け取る側でもある。

    もう一点、気になることがある。支持側の声に「芸能人が発言するのは勇気がいる」という言葉がある。SUGIZOへの擁護として語られるこの言葉を、ぼくは複雑な気持ちで受け取っている。

    「戦争反対」と言うことが、この国では「勇気が必要」なことなのか。そのことの奇妙さを、もう少しだけ抱えていたい。

    Part4「被爆国のミュージシャンとして——報道されない8月6日」

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    SUGIZOが繰り返してきた言葉がある。「世界で唯一の戦争被爆国である日本が、恒久的平和を、核兵器廃絶を最も強く訴えることのできる立場にあるはず」。

    この言葉を広島で聞くと、少し複雑な感触がある。

    ぼくはかつて、労務の仕事に従事していた時期がある。その仕事の性質上、8月6日の早朝、原爆ドームのたもとに立つことが何度かあった。目的は社員の監視と面割——つまり、誰がそこにいるかを確認することだ。

    平和記念式典が始まる前の早朝、原爆ドーム周辺には、メディアが映さない光景があった。極左と右翼の集団が激突し、マイクを握った男たちがアジ演説をがなり立て、機動隊が出動する。

    「平和」という言葉が最も多く飛び交う場所で、最も「平和」から遠い光景が広がっていた。

    ぼくはその朝、平和について真剣に考えた。しかし考えたのは、平和そのものについてではなかった。平和を語る言葉について、だった。

    どんな言葉を使うか。どういう場で、誰に向けて語るか。声を上げることは大切だ。しかし声の大きさや激しさが、必ずしも届くことと一致しない。あの朝、マイクをがなり立てていた人々が、誰かの心を動かしたとは思えなかった。むしろ、その場を遠ざけた人間の方が多かったのではないか。

    あの早朝の体験が、ぼくに一つの基準を与えた。語る内容だけでなく、語り方と語る場所を見るという基準を。そのフィルターでSUGIZOの言葉を読むと——彼の文章は、がなり立てられた言葉ではない。

    長文ではあるが、丁寧に組み立てられている。感情だけではなく、ミサイルの価格という具体的な数字も使いながら、論理の形をとろうとしている。それは、あの早朝の原爆ドーム周辺で聞いた言葉とは、明らかに種類が違う。

    ただ、届いているだろうか。届けようとしている場所に、届いているだろうか。

    「届く」とはどういうことだろう。賛同のコメントが集まることか。政治が変わることか。あるいは、一人の人間の中で何かが静かに動くことか。その問いを抱えたまま、次に進む。

    Part5+結び「声を上げることと、黙っていること」

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    ギターを弾き始めて、四十五年が経つ。

    週末になればステージに立ち、音を出し続けてきた。しかしぼくは、政治について語ったことがほとんどない。観客に向けて、社会について何かを語ったことが、ほぼない。

    なぜだろう、と改めて考える。

    怖かったのか。面倒だったのか。それとも「ミュージシャンとして政治を語るのは自分のスタイルではない」という言葉を、心地よい言い訳として使ってきたのか。一番正直に言えば、語ることで何かを失うのが嫌だったのかもしれない。

    聴衆の一部を。居心地の良い場所を。あるいは、音楽だけでいいという言い訳そのものを。正直なところ、自分でもよくわからない。おそらくすべてが少しずつ混ざっている。

    SUGIZOとぼくの間には、明らかな距離がある。知名度も、影響力も、発信の場も。しかしそれだけではない気がする。彼は語ることを選び、ぼくは語らないことを選んできた。その「選択」の理由を、ぼくはまだうまく言語化できていない。

    ただ一つ、あの早朝の原爆ドームから持ち帰ったことがある。

    声を上げることは大切だ。しかしどんな言葉を使うか、どういう場で、誰に向けて語るか——それが同じくらい大切だと、ぼくは思っている。言葉の形が、届くかどうかを決める。怒りの温度が高ければ高いほど、必ずしも遠くまで届くわけではない。

    SUGIZOの発言は、その意味で一定の誠実さを持っていると思う。感情だけに頼らず、言葉を選ぼうとしている。継続しようとしている。しかし、届いているかどうかは、また別の問いだ。

    音楽家は政治を語るべきか。

    この問いに、七十八本目を書き終えた今も、答えは出ない。語るべきかどうかより、語るとしたらどんな言葉で、どこで、誰に向けて——という問いの方が、ぼくには切実に感じられる。

    2026年4月6日、SUGIZOが強い言葉を書いた日、広島の空は晴れていた。

    原爆ドームの上を、今日も雲が流れていく。ぼくのギターは、まだ政治を語ったことがない。

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    ロックと人生。ときどき政治。 音楽が先に鳴らしていた違和感を、 日本人の感覚から考えています。 代表作: ・ロックはなぜ戦争を嫌ってきたのか ・吉川晃司は、なぜアベフトシをステージへ呼び戻したのか ・はっぴいえんどは、なぜ「日本語でロック」を成立させたのか

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