
映画『モブ子の恋』――君の声を聴かせて
先日、気になっていた『モブ子の恋』を見てきた。
ラブストーリーではあるが、恋愛の話だけではない。
身近な「社会」の中で生きる「自己」の話だと思った。
印象に残ったシーンを振り返りながら、書いていきたい。
あまりにもかっこいい木戸大聖
予告編で見た「あたたかな世界観」と「モブ(脇役)」を主役に置いたストーリーに惹かれた今作。
監督の風間太樹氏は、個人的にも好きなドラマ『Silent』『海のはじまり』を手掛けた方。
それだけに、今作への期待はさらに膨らんだ。
主役の田中信子を演じたのは『Silent』にも出演していた、桜田ひより。
映画『この夏の星を見る』、ドラマ『あの子の子ども』を見た時にも思ったが、エネルギーを内に秘め、芯の強さがある役を演じるのが本当に上手い。
もう一人の主役。入江博基を演じたのは、『海のはじまり』にも出演していた木戸大聖。
今年30才になる世代だが、どこまでも爽やかな大学生にしか見えなかった。
語彙が乏しくなってしまうが、本当にかっこいい…。
重めの前髪に銀縁メガネ。
口数が少ないなりに、悩みながらも想いを言葉にする。
僕もこうありたい。強く憧れるものがあった。
繰り返す日々、巡る季節のなかで、恋愛に限らない形で影響を与え合う関係が美しかった。
真面目は頭が固いのか?
そんな二人はスーパーのアルバイトを通して出会う。
二人のシーンではないが、信子がお客さんの配達受付をするシーンが印象に残った。
*以下、本編の内容に触れます。
セリフやシーンには間違いがあるかもしれませんが、ご了承下さい。
二人がバイトするスーパーでは、お客さんが購入した商品を配達するサービスを始める。
客から配達を依頼され、住所を尋ねると「あそこのマンションの何階で…」と言われてしまう。
信子が「でも…」と住所を再度尋ねた際、その客は「あなた、頭が固いわね」という一言を投げる。
古舘寛治の演じる店長が上手に対応してくれたが、何とも胸がヒリヒリするシーンだった。
自分自身も学生の頃に「頭が固い」「融通が利かない」と言われることがあった。
その度に、自分にとっての「普通」は「真面目過ぎる」のではないか。そのせいで迷惑をかけているのではないか、と悩んでいた。
実際、信子はバイトとしての仕事を全うしていたにすぎない。
責任を取れない対応をする方がまずい。
何か”クッション言葉”を入れて対応すれば、状況は変わったと思うが、いきなりは難しい。
その客にも悪気はないと思うが、だからこそ言葉は鋭利に刺さる。
今でこそ、「融通は、ルールを守った上で効かせられる」と自分に言い聞かせられる。
しかし、もし自分が大学生で、信子と同じ立場だったら。
そんな想像をすると、何日も引きずり、思い悩んでしまう自分の姿が思い浮かんだ。
そんな信子の真面目さや葛藤が伝わり、かつての自分を思い出すようなシーンだった。
自己PRが悩ましい
真面目かつ不器用であるがゆえに、信子は入江にも本心を上手く伝えられない。
スーパーのバイトと入江との関係性がメインになる前半に対して、後半のキーになるのは信子の就活。
就活で悩み、心を疲弊していく信子を心配し、不器用ながらも「不安や愚痴も話して欲しい」と電話で話す入江にも、「私の問題だから」と心のうちを伝えることが出来なかった。
その一方で、直面している就活では「あなたの話を聞かせて」と求められる。
「就活とはそういうもの」と言えばそれまでだが、入江にも自分の気持ちを伝えられない信子にとっては、大きすぎる試練だ。
自分自身は職業柄、そこまで就活は厳しくなかったが、それでも面接や自己PRには悩んだ。
何を伝えればよいか分からない。
そもそも自分には何もないとしか思えなかった。
信子には決してアピールする話がないわけではない。
励ましながら丁寧に後輩を指導していたし、子供の目線に立ちやさしく対応する姿も描かれる。
信子自身がそのポイントに気づけるか。
そして言葉にして伝えることができるかが、課題なのだろう。
人それぞれに長所はある。
就活のシステムそのものが、遠慮しがちな彼女自身を全否定されるような感覚に陥らせるのだろう。
特に就活や面接を経験した人ならば、信子と重なる部分もあったのではないか。
就活という通過儀礼
学生生活を送る中で、自分の意見を伝える機会はそこまで多くはないように思う。
もし自分の意見に反対されたら、責められたら。
個性はいらない。みんなの意見が自分の意見。
今思えば被害妄想にも近いが、そんなことを思うと自信を持てなかった。
とはいえ、就活となるとそうはいかない。
自分を”商品”として売り込まなければいかない。
輝かしい体験だけに価値があるとは思わない。
それでも、自分を売り込むには、何かフックになる話がないと埋もれてしまうのも事実だ。
自分自身を主観的、客観的に見つめざるを得ない機会が就活だ。
モラトリアムを終える上での”通過儀礼”とも受け取れるかもしれない。
これらの経験を経て、信子にも変化が起きる。
「自分の想いを言葉にする」という成功体験を経て、物語の終盤、春の日の土手で素直な思いを入江に伝える。
言わなきゃいけないだからではなく、伝えたい思いを言葉にする。
無理な形ではなく、自然に信子が実行する姿には、心揺さぶられるものがあった。
君の声を聴かせて
自分の想いを、自分の声で大切な人に届けること。
映画館を後にする時に、脳内再生されたのが星野源の『SUN』だ。
君の声を聞かせて
雲をよけ世界照らすような
「不安や愚痴も話して欲しい」と伝えていた入江の姿にも重なる。
信子も入江に対しては、話をして欲しいと思っていたはずだ。
好きな相手が何を思い、感じているか。
私自身も知りたいし、言葉にして欲しい。
記憶が定かではないが、星野源はかつて「好きな人の好きな話を聞くのが好き」「人の話を聞くのが好き」と話していた。
かつての僕は誰かの話す「その人の好きな話」が、得意ではなかった。自分の興味のない内容だった場合は特に。
話についていけず、置いてけぼりになるような感覚。
その話が自分抜きで盛り上がっていると、孤独すら感じてしまう。
色々と考えすぎてしまい、上手くリアクションが出来ず、ますます苦手意識を持っていた。
しかし、源さんの話を聞いて気づかされた。
その誰かが”好きな人”なら、リアクションも何も「好きなものの話」を聞けるのは嬉しい。
自分の知らない世界の話は、新たな出会いのチャンスでもある。
源さんは自身の好きな音楽、ゲーム、アニメについて話している。
そのどれも僕の詳しい分野ではないが、好きな人の好きの話は面白い。僕にとって新たな出会いの場でもあった。
そもそも、好きな話を聞くことは「苦手」ではない。
「苦手意識」があるだけだったと。
そんな気づきを映画からの帰り道で思い出していた。
僕自身、自分の思いを伝えるのが得意とは言えない。
自分が話し過ぎではないかと思ったり、上手く伝わらなくて悩んだり。
それでも、話は聴いて欲しいし、僕も聴きたい。
そうして歩み寄ることこそが、コミュニケーションなのだろう。
僕がこうしてnoteで言葉にしたり、気になる人のnoteを読むのも同じ。
これからも不器用ながら言葉にしていけたら。
是非、あなたの声も聴かせてほしい。