
🌸子の発達障害を配偶者が認めない?診断名のすれ違いから目の前の困りごとへ | 子育て | 子育ての悩み | 特別支援教育 | 療育 | 放課後デイサービス | 放デイ | 学校 | 支援級 |
こんにちは、春乃ひかりです。
そろそろ小学校の制服が冬服になる季節ですが、
次男が「(この冬は)半袖で過ごす!」と宣言していて
本気なのかとドキドキしています。
今回はパートナーが子供の発達障害を認めないというお話です。
「息子みたいな子なんて他にも普通にいるでしょ?」
「君はそんなに息子を障害者にしたいのか!」
配偶者や家族からそう言われて、
それ以上、何も言えなくなることはないでしょうか。
夫は息子たちが発達障害のようだと伝えた際、
あまり反応はありませんでした。
「ふ〜ん。」という返事だったと思います。
後々、夫が
「俺も何かしら特性があると思う」
と言っていたことから、
息子たちが発達障害と言われる前から
夫がうすうすと自分が変わっているという自覚していて
そういう反応だったのかなぁと推察しています。
夫は激務で私がほぼ息子の世話をしているので、
特に反対もなく検査や療育もすんなり行っています。
投薬の話だったり、中学の進学に関しては相談していますが、
それ以外はほぼ事後報告です。
母親は
「(長男は)全然発達じゃない。もっと大変な子いてるし。」
と認めませんでした。
でも離れて住んでいるのでさほど問題ありません。
私は長男と同じ公的な療育に通っていたママさんたちと
定期的にランチをしてお互いの近況報告をしているのですが、
息子たちが小学校低学年の頃、ママさん2人が
「夫が息子の発達障害を頑なに認めない。」
という話がありました。
力関係が旦那さんの方が強いご家庭で、
お子さん達はハッキリ特性があります。
そのママさんは2人とも早期療育は大事だと
旦那さんの意見を押し切って療育に来ていました。
話を聞いていて、
1番身近なパートナーが認めないというのは
すごく大変だなという印象があります。
子どもが毎朝つらそうだから。
学校で困っていると聞いたから。
何が起きているのか知りたくて、相談につながっただけなのに。
子どもを支える話をしたかったのに、自分の考えを弁明する話になってしまう。
そのすれ違いは、日々の育児とはまた違う疲れを生みます。
今回は、配偶者が子どもの発達障害を認めてくれないとき、
何がすれ違っているのかを考えます。
1. 同じ子を育てていても見ている場面は違う
「自分と遊んでいるときは、困っていない」
「好きなことには集中できるじゃないか」
そんな言葉が返ってくることがあります。
例えば、休日に好きな遊びを楽しむ時間と、
平日の朝、着替えや準備を次々に進める時間。
同じ子どもでも、求められることは違います。
音の多さ、見通しの立ちやすさ、
一度に伝えられることの数。
条件によって、困難が表に出やすい場面も変わります。
米国の公的な保健機関CDCも、ADHDの診断では、
家庭や学校など複数の場面について、
保護者や先生から情報を集めることを説明しています。
我が家の長男は年少の頃、
家では全く問題が無く違和感が無かったのですが
幼稚園では一斉指示が聞こえず、作業も遅いため、
担任の1人がつきっきりになってくださっていたそうで、
聞いた時は想像もしていなかったので驚きました。
一つの得意なことや、落ち着いている一場面だけで、
日常全体の困難を判断できるわけではないのです。
また、持ち物をそろえ、予定を伝え、
混乱しやすい場面を先回りして整えている人がいると、
その支えが見えない相手にはできていると映ることもあります。
見方が違うとき、違っているのは子どもへの愛情だけでなく、目にしている情報かもしれません。
2. 診断名に別の意味を重ねていることもある
「発達障害」という言葉から何を思い浮かべるかは、
人によって違います。
困りごとの理由が分かり、支え方を考える入口になる。
そう受け止める人もいれば、
子どもの将来が決まってしまうように感じる人もいるでしょう。
例えば「そんなふうに決めつけたくない」という言葉の奥に、
可能性を狭めたくないという不安がある場合も考えられます。
一方で、反対する理由がいつも子どもへの心配とは限らず、
相手の本心をこちらだけで説明することはできません。
英国のADHD診療指針でも、
診断への考え方が支援や治療の選択に影響することが示されています。
知識を説明すれば、すぐに納得してもらえる。
そう簡単には進まない場合があるのだと思います。
けれど、相手が受け止めきれない事情を想像することと、
こちらが否定され続けることを引き受けるのは、別の話です。
「気にしすぎ」「あなたが甘やかしたから」。
そんな言葉で相談を閉じられれば、
子どものことを一緒に考えたい人ほど、孤独になります。
理解してもらえない苦しさは、あなたの説明不足だけで生まれるものではありません。
3. 診断を受け止めることと、困りごとを認めること
診断名への気持ちが整理できていなくても、
「朝の支度で、毎日こんなにつらそうなんだね」と、
今ある負担を受け止めることはできます。
診断についての理解と、
子どもの困りごとへの理解は、重なりながらも同じではありません。
診断は、家族の話し合いの多数決で決まるものではなく、
医師が発達の経過や生活上の困難などを総合して判断するものです。
また、気になる行動のすべてが発達障害によるとは限りません。
睡眠や不安、身体の状態など、
別の要因も含めて確かめる必要があります。
だからこそ、相談の目的は、
「発達障害だと証明して、相手を納得させること」だけには置けません。
目の前の子どもに何が起きていて、どんな支えが必要なのか。
そこに意味があります。
診断に疑問があることも、夫婦で受け止め方が違うことも、
医療機関や発達相談の場で扱える話題です。
家庭内で結論をそろえてからでなければ相談できない、
というわけではありません。
配偶者の理解がゆっくり進むとしても、
その間にある子どものつらさが、
「まだ認めていないから」という理由で消えることはないのです。
4. 「認めてほしい」の先にある願い
今日の小さな一歩は、次に話せる機会があったら、
診断名の説明より先に、
「今、この子が一番困っているのはどんな場面だと思う?」と、
一つだけ問いを置いてみることです。
すぐに同じ答えにならなくても、
その一度で分かり合えなかったことを、
自分の失敗にしなくてよいと思います。
本当は、配偶者に負けを認めさせたいのではなく、
子どもの毎日を一緒に見てほしかった。
そう感じている方もいるのではないでしょうか。
好きな遊びに夢中になる姿。
小さな発見をうれしそうに伝える顔。
その子なりに考えた工夫。
そうした大切な姿は、
困難を認めたからといって失われません。
子どもの可能性を大切にすることと、
支えが必要な部分を認めることは、
一緒にあってよいのです。
家族と子育ての話をするとき、どんな言葉があると話しやすくなりますか?
良かったらコメントで教えてくださいね。
春乃ひかりでした。
