
46. 例外の世界――「おかしくなった人」と「回復した人」
私はSDA教会や三育学院で過ごす中で、感情が高ぶり、大きな声を上げたり、普段とは違う行動を取ったりする人や学生を何度か見ました。
そのとき印象に残っているのは、本人の行動以上に、周囲の大人たちの反応です。
私の記憶では、そうした人は「あの人はおかしくなった」と見られ、ときには「悪魔に心を奪われた」といった宗教的な説明がされることもありました。
三育学院の中学生だった頃、精神的にかなり不安定になったように見える学生が夜中に騒ぎを起こし、その後、一週間ほど他の学生から離されていました。その間、聖書を書き写すなどの宗教的な指導が行われていたと記憶しています。
寮生活に戻ってきたとき、その学生は穏やかに笑い、急に「いい子」になったように見え、奉仕活動にも積極的に参加するようになりました。周囲の大人たちは、その変化を望ましい「回復」と受け止めているように見えました。
第12回「24時間の教育とは何だったのか」では、宗教教育と生活指導が一体となった環境では、子どもが一度その世界から離れ、自分で考えたり、外部の人に相談したりできる場所が必要ではないかと書きました。
今回思い出している「おかしくなった人」と「回復した人」の記憶も、私にはその問題の続きに見えます。
本人が何を感じているかではなく、周囲の大人から見て「問題のある状態」なのか、「望ましい状態」に戻ったのかが判断される。そのとき、本人自身の言葉はどこにあったのでしょうか。
そして今になって思い出すと、私自身にも似た経験があります。
私が精神的に不安定になったように見えた時期、目の前で牧師が母に、
「もう大丈夫ですよ」
と伝えたことを覚えています。
何をもって、「もう大丈夫」だったのでしょうか。
第23回で書いたように、卒業後に再会した当時の担任は、三育学院時代の私について、
「いつも笑顔だったけれど、目は笑っていなかった。まるでピエロのようだった」
と話しました。
先生は、私が周囲に合わせて笑っていても、内側まで同じではなかったことに気づいていたのだと思います。
ところが、その再会の場では、今度は先生自身が、権威ある研究者や多数の論文を根拠にしながら、私に金銭を伴う話を勧めました。私が「ご自身の言葉で話していないですよね」と尋ねると、会話はそこで終わりました。
私は、この構造を今でも気味悪く感じます。
本人が笑っていることと、本人が納得していることは同じではない。
本人が静かになったことと、本人が回復したことも同じではない。
大人の求める言葉を話すようになったことと、その言葉が本人自身のものになったことも、同じではないはずです。
「おかしくなった」と判断したのは誰だったのか。
「回復した」「もう大丈夫」と判断したのは誰だったのか。
その二つの名前の間にいた本人の言葉を、私たちはどれくらい聞いていたのでしょう。
私自身も、その「本人」の一人でした。