メインコンテンツへスキップ
見出し画像

酵母の世界 No.6-3|Zygosaccharomyces lentus:冷蔵庫でも増える酵母

    このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
    ★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓


    前回は、保存料が入った酸性食品でも生き残るZygosaccharomyces bailii(ジゴサッカロマイセス・バイリー)を紹介しました。

    今回の主役も、食品を腐敗させる Zygosaccharomyces 属の酵母です!

    その名は、Zygosaccharomyces lentus(ジゴサッカロマイセス・レンタス)!

    この酵母の特徴は、4℃という冷蔵庫に近い温度でも増殖できることです。

    食品は冷蔵庫に入れれば長持ちします。

    それなのに、なぜ冷蔵中でも増える酵母がいるのでしょうか?


    冷蔵庫でも増える酵母

    Z. lentus は、もともと腐敗したオレンジ飲料から分離されました。

    当初は近縁の Z. bailii と考えられていましたが、性質やDNAを詳しく調べた結果、1999年に別の種として記載されました。

    特に目を引いたのが、その生育温度です!

    調べられた株は4〜25℃で増殖し、4℃でも明確な生育が確認されました。 一方で30℃では増殖できませんでした。

    つまり、単純に「温度変化に強い酵母」というわけではありません。

    生育できる温度の範囲が、低温側へ寄っている酵母なのです。


    なぜ冷蔵すると食品は長持ちする?

    そもそも、なぜ食品を冷蔵すると腐りにくくなるのでしょうか?

    微生物が増えるためには、細胞の中で多くの化学反応を進める必要があります。

    栄養を取り込み、エネルギーをつくり、新しい細胞の材料を合成する。

    こうした反応の多くは、温度が下がると遅くなります。

    そのため冷蔵すると、多くの微生物では増殖速度が大きく低下します。

    ここで重要なのは、

    冷蔵は微生物を必ず殺す方法ではなく、増殖を遅らせる方法

    だということです!

    そして、低温でも代謝と細胞分裂を続けられる微生物なら、その「冷蔵」という壁を越えることができます。

    Z. lentus が4℃でも増殖できる詳しい分子機構は、現時点では十分に解明されていません。

    それでも、冷蔵温度で実際に増殖できるという事実そのものが、食品保存では大きな意味を持ちます。


    低温だけでは止まらない

    さらに厄介なのは、Z. lentus が低温に強いだけではないことです。

    研究では、pH 2.2という強い酸性条件でも生育し、糖を60%含む高糖環境でも増殖しました。

    さらに、食品保存に使われるソルビン酸や安息香酸にも高い耐性を示しています。

    つまり、

    冷蔵する
    + 酸性にする
    + 糖濃度を高くする
    + 保存料を加える

    という複数の条件を組み合わせても、Z. lentus が増殖できる場合があります!

    2023年には、ハンガリーのトカイ地方でつくられる甘口の貴腐ワインからも Z. lentus が分離されました。

    これらの株は、糖の多い酸性環境に耐え、ワインセラーのような低い温度でも増殖できました。

    研究では、熟成中のワインで二次発酵を引き起こす可能性も指摘されています。


    食品保存は「一つの壁」だけでは守れない

    前回紹介した Z. bailii は、保存料への強さが特徴的な酵母でした。

    一方、Z. lentus ではそこに低温でも増殖できる性質が加わります。

    食品産業では、温度、酸性度、糖や塩、保存料など、複数の条件を組み合わせて微生物の増殖を抑えます。

    一つの方法だけに頼らず、いくつもの「壁」をつくる考え方です。

    しかし微生物の世界には、その壁のいくつかを同時に越えられる種類も存在します!

    Z. lentus は、その分かりやすい例となりそうです!


    おわりに

    Zygosaccharomyces lentus(ジゴサッカロマイセス・レンタス)は、4℃という冷蔵温度でも増殖できる食品腐敗酵母です。

    しかも、酸性、高糖、保存料といった、食品を長持ちさせるための条件にも耐えることがあります。

    ここから見えてくるのは、「冷蔵庫に入れれば微生物は増えない」というわけではないということです。

    冷蔵とは、微生物が存在できなくなる環境ではありません。

    むしろ、その低温でも活動できる微生物だけが残る、ひとつの選択環境でもあります!

    食品を冷蔵庫から取り出すとき、その中でも静かに増殖できている微生物がいる。

    Z. lentus は、そんな食品保存と微生物のせめぎ合いを見せてくれる酵母でした!!


    次回は、糖が多く、保存料も入った飲料の中で生き残る酵母、Zygosaccharomyces bisporus(ジゴサッカロマイセス・ビスポルス)を紹介します!

    この酵母は、食品を守るための複数の「壁」をくぐり抜け、糖を発酵して二酸化炭素をつくることがあります。

    なぜ保存された飲料の容器が膨らむのか。その背景にある酵母の代謝を見ていきます!


    ★酵母と食品の関係について記事をまとめてます。詳細はこちらから↓

    ★過去の様々なトピックの記事を全てまとめてます。詳細はこちらから↓

    これらの記事が参考になったら「スキ&フォロー」をぜひお願いします!


    参考文献

    Steels H et al. Zygosaccharomyces lentus sp. nov., a new member of the yeast genus Zygosaccharomyces Barker. International Journal of Systematic Bacteriology. 1999;49(1):319–327.

    Steels H et al. Zygosaccharomyces lentus: a significant new osmophilic, preservative-resistant spoilage yeast, capable of growth at low temperature. Journal of Applied Microbiology. 1999;87(4):520–527.

    Sipiczki M et al. Characterization of Zygosaccharomyces lentus yeast in Hungarian botrytized wines. Journal of Fungi. 2023;9(4):421.

    #酵母
    #学び
    #発酵
    #科学
    #生態系
    #野生酵母
    #食品

     
     
    アメリカ在住の研究者 × 子育てパパ。 家族と暮らす海外生活や、研究と育児の葛藤などを発信中。 海外で働く・家族を支えるあなたに、共感とヒントを届けられたら嬉しいです。

    あなたへのおすすめ