
「パパはママにはなれない」絵本を読んで考えた、パパ育児の本当の価値
こんにちは。
2年間の育休取得中パパのしらすです。
『ねずくんとパパのおるすばん』という絵本を図書館で借りて3歳の息子と読みました。
この本を読んで、「パパ育児とママ育児の違い」についてふと考えたので言語化してみようと思います。

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絵本のあらすじ
『ねずくんとパパのおるすばん』のざっくりとしたあらすじはこんな感じ。
ねずみの「ねずくん」のママが今日はお出かけ、仕事がお休みのパパと二人でおるすばん。
でもパパは、朝ごはんを用意したりお出かけの準備をしたりがママみたいにうまくできない。
パパは「ママにはなれないな」と落ち込んだけれど、「そうだ!」と思いつく。
裏山で秘密基地づくりや森で木苺集めなど、普段と違う冒険遊びを一緒に楽しむことで、ねずくんのハートをキャッチできて、めでたしめでたし。
パパはママにならなくていい
ねずくんのパパが考えた
「パパはママにはなれない」
これは正しいと思う。
パパとママは違う人間だから。
むしろ同じ人間が2人いるより、違う人間である方が、子どもに提供できる価値の幅が広がるとも思う。
でも、朝ごはんやお出かけ準備といった、育児の中で頻出する基本的な作業ができないことを「ママではないから」と言わず、できて欲しいとも思う。
そう考えて、自分の無意識の感覚に気づいた。
子どもが生活するのに最低限必要な育児はパパもママもできる上で、パパあるいはママにしかできない付加価値をどう出せるかが、パパ育児やママ育児なんだと。
自分はどうだろうか。
最低限の育児はできているだろうか。
多分できていると思う。
仮に子どもと2人や3人で何日か過ごすとしても、遊ぶ内容には困っても最低限の生活を送れる自信はある。
その上で、ママには無い付加価値を提供できているだろうか。
ママはパパと違って社交的で、子どもを同年代のお友達と遊びに連れて行ってあげられている。
パパにしかできないことはなんだろうか。
例えば、壊れたおもちゃを直すのはパパだけの仕事だ。
子どももそれが分かっているから壊れたらものは全部パパに持ってくる。
高い高いなどの肉体的遊びもパパしかできない。ママは筋力的に厳しい。
世に見聞きするご家庭に比べて、うちの家庭はパパとママの役割の差が少ないことを、何となく良いことだと思っていた。
基本の育児スキルに差が「役割の差」で、それなら差が無い方が良いと思っていたから。
でも、「役割の差」は基本の育児スキルの差ではなく、その先の付加価値の差が「役割の差」で、それならむしろあったほうが良いんじゃないかと今回気づいた。
これからは、パパにしかできないことを積極的に見つけて価値提供を目指していこう。