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偏差値の高い学校に入ることがゴールだった私が、子どもに伝えたい進路選びのこと

    こんにちは。第二子育休中ちりめんです。

    ✎…受験について考えたことがある方へ
    小学校受験をするか、中学校受験をするか。
    大学まで一貫して進学できる学校なら、その先の受験に追われずに済む。早いうちに進路を決めておけば、子どもも親も安心できる。

    我が子のためにそう思う気持ち、親としてとても自然な気持ちだし、私自身も受験をする当事者だった頃は「良い大学に入ること」そのものを目標にしていました。
    できるだけ偏差値の高い大学へ。
    その先に何があるのかは、入ってから考えればいい。良い大学へ入れば良い会社に行けて良い人生が待っているんでしょ…?と。
    でも、実際いわゆる"良い大学"に入ってから、そして社会に出てからも、自分が何をしたいのか分からず、進路や仕事について迷うことが何度もありました(現在進行中)。
    今振り返ると、私は「どこの大学に入れば、その先の人生がうまくいきそうか」は考えていたのに、本質的な問いである「大学で何を学びたいのか」「その先にどんな人生を送りたいのか」はほとんど考えていませんでした。

    だからこそ、親になり子どもの進路を考える今、立ち止まって考えたいことがあります。
    今日は、かつて偏差値至上主義だった私が、親になって我が子の進路をどう考えるかについて、書いてみます。

    ▶偏差値の高い大学に合格すること、それがゴール

    私は大学受験のとき、少しでも偏差値の高い大学に入ることを目標にしていました。

    もちろん、大学に入ってから何を学ぶか、将来どんな仕事をするかも、1ミリも考えなかったわけではありません。でも、進路を決めるときに一番分かりやすい基準は、大学名と偏差値でした。

    ▶将来やりたいことが、特になかった

    高校時代、私は文系クラスにいました。

    当時、理系クラスの友人たちをすごいなと思っていました。
    医師になりたい、看護師になりたい、薬剤師になりたい、助産師になりたい、動物に関わる仕事がしたい、栄養士になりたい。
    稀に文系の中にも教師になりたい、通訳になりたいなど夢がある人もいました。

    みんな、将来やりたいことが具体的にあって、そのために進む道を考えていました。

    一方の私は、突出して好きな科目があるわけでも、将来なりたい職業があるわけでも、大学でこれを学びたいというものがあるわけでもありませんでした。

    だからといって、将来について真剣に考えていなかったという自覚も、当時はあまりありませんでした。
    大学に行って、会社に就職する。
    それが当たり前の進路だと思っていたからです。

    大学は就職のために行く場所。そう考えると、少しでも偏差値の高い大学に入ることが、合理的な選択に思えました。

    ▶合格発表の日に、学ぶことへの熱意がゼロになった

    高校2年生の秋頃までは部活に全精力を注ぎ、引退してからは塾に通い始め、スパッと受験モードに切り替えました。
    受験勉強を始めた頃は、明確な志望校はありませんでした。

    志望校選びは、◯◯を学びたいから◯◯学部がある大学をいくつか調べる⋯という流れではなく、

    物理・化学は絶対無理。数学も苦手。
    であれば好き寄りな科目「英語」「世界史」「国語」の3科目だけで受験できる私立文系を目指そう!

    そんな流れで志望校の選択肢を狭めていきました。決してすごく経済的に余裕があるわけではありませんでしたが、親自身が経済的理由で大学進学できなかったり、私大を選べなかった経験から、娘には行きたい大学に行かせてやりたい。そんな親心も露知らず。

    「好きなことだから」「学びたいことだから」「やりたいことがあるから」という積極的理由ではなく「理系科目が苦手だから」「なるべく楽をしたいから」そんな消極的理由で志望校を決めていきました。

    偏差値の高い大学に入ることが、将来就職するにあたり合理的な選択だと信じて疑わなかった私にとって、得意寄りの3科目だけを勉強することは、そこまで苦ではありませんでした。
    ただただ修行僧のように授業を聞いて問題を解いて単語を覚えて過去問を解いて…淡々と繰り返し、合格を目指して勉強しました。

    私立文系の中で一般に偏差値が高いと言われる大学(その中で自分の学力で手が届きそうな学部)を上から順に複数受け、結果、1つの学部を除き合格しました。

    複数合格した中で入学する大学・学部を選ぶ判断基準は、「各学部で何を学ぶか」ではなく、冒頭で言ったとおり「偏差値」です。

    この話を夫にしたら、実際通った大学の学部で具体的にどんなことを学ぶのか、事前に知らなかったの?と聞かれました。

    ―はい。知りませんでした。

    もちろん◯◯学部の◯◯の部分は日本語としてなんとなくの意味は分かります。

    法学部なら法律を学ぶんだな〜
    経済学部なら経済を学ぶんだな〜
    文学部なら文学を学ぶんだな〜
    という程度。でも事前情報はそれだけ。

    入学してから、苦手だから受験科目に選ばなかった「数学」が1年生の必修授業だと知ったときは絶望しました。

    “合格”というカードを手にした私は、次の瞬間にはもう「勉強すること」への関心を失っていました。

    「この大学のサークルは面白そう」「この大学なら青春できそう」。そんなキャンパスライフを想像してばかり。

    入学した先で何を学びたいのか、何を目指したいのか。受験が終わった途端、そんなことは考えなくなってしまったのです。

    受験勉強に熱意を使い果たしてしまったような感覚でした。

    今思えば、大学に入ること自体がゴールになっていて、その先にあるはずの「何を学ぶのか」「何のために学ぶのか」が抜け落ちていました。

    「あなたは何のために大学に行くことにしたの?」

    そう聞かれると、今でも答えに窮します。

    ▶大学進学のその先にある目標

    以前記事にもしましたが、子どもが産まれてから、『鋼の錬金術師』作者の漫画『銀の匙』を読む機会がありました。

    漫画の舞台は農業高校。読んで印象的だったのは、主人公の進路に関する考え方。
    主人公は、大学進学そのものが最終目的ではなく、自分の将来を考え、起業という選択肢を見つけ、そのために必要だからという理由で大学進学を選んでいきます。

    その姿を見て、私は、自分が高校生だった頃には考えられていなかったことがあると気づきました。

    私は、大学に入るために勉強していました。でも、大学に入った先で何をしたいのか、私はどういう仕事をしてどういう人生を歩みたいのかは、あまりに漠然としか(サラリーマンになるということくらい)、考えていませんでした。

    もちろん、大学名や偏差値を重視すること自体が悪いわけではないと思います。学歴が就職やその後の選択肢に影響する場面もあります。(逆にあまり影響しない場合もあります)

    ただ、それだけを目標にしてしまうと、入学した後に何を学び、何をしたいのかという問いがすっかり抜け落ちてしまうこともあるのだと思います。

    ▶子どもには、どんな基準で進路を選んでほしいだろう

    今、私には子どもが2人います。

    まだ進路を考える年齢ではありません。
    でも、いつかこの子たちも、自分の将来について考える日が来ます。

    そのとき、親として何を伝えられるだろうと考えます。

    偏差値の高い学校を目指すことも、選択肢の一つです。目標に向かって努力する経験も、きっと大切です。

    ただ、偏差値や学校名だけで進路を決めるのではなく、自分が何に興味を持っているのか、何を学びたいのか、どんな仕事や暮らしに魅力を感じるのかも、考えてみてほしいと思います。

    とはいえ、前述のとおり私自身が、子どもの頃からやりたいことが明確になかったタイプ。

    じゃあ、仮にタイムマシンがあったとして、私はどの時点に戻り、どんなことを変えれば学びたいこと、やりたいことを見つけられたんだろう。

    これについては、この時点でこう変えれば良かった。と明確な答えがずっと出せていません。いつも、どこからやり直せば良いのか考えては分からなくなります。

    なのでこの問いはまだ保留するとして―

    ひとつ思うのは、知らないものは、そもそも自分の選択肢にすら入らないということです。

    例えば、私は社会人になってから初めて知った会社がたくさんあります。
    世の中には、私が学生時代に名前を聞いたこともなかった会社がたくさんあり、そこでしか作れない技術や、社会を支える仕組みがあります。商品を作って売るだけではなく、誰にどう届けるかを考えたり、人の興味や行動を動かしたりする仕事もある。学生の頃の私には、そうした仕事が世の中でどんな役割を果たしているのか、自分の実生活とのつながりがよく分かっていませんでした。

    働き方も、サラリーマンとして会社に就職するだけでなく、個人で仕事をする人、複数の仕事を持つ人、自分で事業を始める人など、さまざまな選択肢があります。

    こうしたことは、社会に出てから知ったものがほとんど。なんで誰もそれを学生のうちに教えてくれなかったんだ?と他責すぎますが目に見えない誰かを恨んだこともあります。

    もちろん、学生のうちに世の中のすべてを知ることはできません。でも、知っている世界が広ければ、その分、自分の興味や可能性に気づくきっかけも増えるのではないか。

    だからこそ、子どもたちには、学校の勉強だけでなく、いろいろな人に会い、さまざまな仕事や技術、暮らし方に触れてほしいと思っています。

    その中で、自分が面白いと思えるものや、もっと知りたいと思えるものを見つけられたらいいなと思います。

    私が大学受験をした頃と、今とでは、受験も社会も変わっています。
    子どもたちが大人になる頃には、さらに違う世界になっているかもしれません。

    親が正解を教えることはできなくても、選択肢を知るきっかけをつくることはできる。また、子どもにとって一番身近である親にしか伝えられないこともある。

    そして、何を選ぶかを考えるときに、偏差値や周りからの評価だけでなく、自分自身の興味や心から楽しいものを何より大切にしていいのだと伝えられたらと思っています。


    なんだか綺麗に終わりそうになっていますが、私自身、答えを探している真っ最中。

    どうやったら好きなことが見つかるのか
    どうやったらやりたいことが見つかるのか
    どうやったらなりたいものが見つかるのか

    自分が見つけられなかったからこそ、子どもには見つけてほしい。
    でも見つけ方が分からない。

    見つけ方なんて、十人十色だし答えがある類のものではないと思いますが、このnoteで自分の考えなどを整理しながら、少しずつ前に進んでいけたらなと思っています。

    ちなみに、私が偏差値の高い大学を目指した理由は実は上記以外にもありました。そして、念願の大学に入った後も、思い描いていたような充実した学生生活が待っていたわけではありません。このあたりは、また別の記事で書いてみたいと思います。

         ✏    ✏    ✏

    みなさんは好きなこと、子どもの頃にありましたか?そして今、やりたいこと、なりたいものになれていますか?お子さんにこうなってほしいという想いがありますか?

    【質問箱】もありますので、質問だけでなく匿名だから言えることも含め、色々な経験や考えを知れたら嬉しいです。

    最後まで読んでいただきありがとうございました。


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    30代夫婦と3歳🧒&1歳👶1年間のフルタイム共働きを経て夫婦で2年育休中。💸資産形成(ゆるFIRE)/💼共働き育児のリアル/🌸今しかない家族の時間など「我が家らしい暮らし」を模索する日々を記録中! Amazonのアソシエイトとしてしらすとちりめんは適格販売により収入を得ています。

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