
フォロワーが800人を超えて、いよいよ逃げ場がなくなった夜。
40代の男が恥をかくのに、特別な才能はいらない。
必要なのは、引けない退路と、減っていく通帳の残高だけだ。
今日もスナックゆきで、一杯だけ頼んだ。
モートラック16年にした。
「ダフタウンの野獣」と呼ばれる、肉厚で重い酒だ。喉を焼くアルコールの奥に、かすかな鉄の匂いが残る。

スマホの画面に映るフォロワー数は、837人。
8ヶ月前、最初の記事を書いた夜の数字はゼロだった。
大手企業でマーケティングと広報を20年。一度起業して潰し、頭を下げて元の会社に出戻った。
かつて自分の後輩に頭を下げ、「引き継ぎ資料を作っておきました」と敬語で書類を差し出した日、奥歯を噛み締めすぎて口の中に広がった鉄の味を、私は1日たりとも忘れていない。
「フォロワーが1,000人になったら、自腹で本を刷る」
酒の勢いでそう大口を叩いたあの日から、後戻りのできない足音が確実に近づいている。
先日、深夜に印刷所の自動見積もり画面を開いた。 ページ数、紙の厚み、手触り。数字を入力し、エンターキーを押す。 画面に表示された金額は、思ったよりも大きな数字だった。
その数字を見た瞬間、つばを飲んだ。
noteなら、気に入らなければボタン一つで非公開にできる。kindleなら、お金をかけずに電子書籍として渡すことができる。
だが、紙にインクで刷ってしまったら、もう一生消せない。自分の無様さも、挫折も、過去の恥部も、すべて物理的な物質として残ってしまう。
届いた段ボールを開け、1冊も売れずに部屋の隅に積まれたまま埃をかぶったらどうする?
「いい歳して自腹で本を作って爆死した痛いおじさん」として、陰で笑われたら?
画面を前に、キーボードを叩く指が情けないほど震えていた。
「覚悟なら決めている」なんて、全部嘘だ。
言ったことを撤回したい。広報のスキルを使って「諸般の事情により」とスマートな言い訳を並べ、安全圏へ引き返したいと、今この瞬間も本気で思っている。

カウンターの向こうで、グラスを拭いていたママが言った。
「あんた、まだビビってんの? 早く持ってきなさいよ」
逃げ道を探している自分の浅ましさを、見透かされていた。
この8カ月間、何も成し遂げたことがない40代独身男のみっともない生きざまを、ただ垂れ流してきた。そこに価値なんてないと思っていた。
だが、コメント欄で言葉を投げてくれた人がいた。チップを置いていってくれた人がいた。
逃げ出そうとする私の背中に「見ているぞ」と杭を打ち込み、引き留めてくれたのは、他でもない読んでくれたあなただった。
だからこそ、もう嘘はつけない。
あと、163人。
あなたがフォローボタンを押せば、私は完全に逃げ場を失い、身銭を切って紙の世界へ引きずり出される。
40代の無様な男が、プライドを全部剥ぎ取られて転がり落ちていく様を、一番前の席で見届けてほしい。
グラスが空いた。
今日はここまでにする。
【今夜の1杯】モートラック 16年(シングルモルト・スコッチ)
「ダフタウンの野獣」の異名を持つ、肉厚で重厚なスペイサイドの異端。逃げ道を塞がれ、奥歯を噛み締めて崖っぷちに立つ夜、喉を焼きつけるための一杯。
【今夜のカウンター席のあなたへ】
「最近、思わず『ビビってしまった(腰が引けた)』瞬間はありますか?(仕事のメールを開く時、クレカの明細、体重計に乗る瞬間など、単語ひとつでも気軽に置いていってください)」
【スナックゆき 自主出版プロジェクト】
・目標:フォロワー1,000人達成で自費印刷
・現在のフォロワー:837人 / 1,000人(あと163人)
型落ちの40代が泥をすする姿を、もう少し見てみたいと思ってくれたなら、スキやフォローで「カウンターの席」を確保してもらえると嬉しいです。

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