
ZINE制作の記録|100%ピュアな私のエゴをここに置いていく
『40代男性の生き方論』。
最初にパソコンの画面に打ち込んだのは、そんなタイトルだった。
フォロワーが1,000人を超えたら本を自腹で刷る、とnoteで公言した手前、後に引けなくなっていた。
だが、いざ紙にする段になって、私は無意識に「ちゃんとした本」を作ろうとしていたのだ。
『ゆきママに教わる、大人のコミュニケーション術』
そんなサブタイトルまで用意して、Googleの検索窓に「40代 生き方」「スナック 処世術」と打ち込みながら、本屋の棚やネットの海に溢れている既存の売れ筋を必死に調べていた。
仕事でマーケティングや企画に長く携わってきた人間特有の悪癖だ。
「誰のどんな課題を解決するのか」「市場にどんなニーズがあるのか」と、もっともらしい顔をして。
だが、途中で手が止まった。
私はいったい、誰の顔色を窺ってこんなものを書こうとしているのか。
学者でもなければ、何かを成し遂げた成功者でもない。昼間は会社で波風を立てないよう元部下にすら愛想笑いで敬語を使い、夜は満員電車の吊り革に体重を預けて胃を痛めている、ただの40代独身の会社員だ。
そんな男が、「大人の処世術」などという小綺麗な看板を掲げて、誰かに向かって講釈を垂れようとしている。
結局のところ、私は「誰かのため」という大義名分を盾にして、自分が恥をかかないための安全圏に逃げ込もうとしていただけだった。
スナックのママに悩みを語らせる体裁にすれば、自分は安全な「聞き手」の席に座っていられる。読者に役立つアドバイスという体裁にしておけば、誰からも後ろ指を指されずに済む。
そんな化粧に塗られた言葉で、誰の心が動くというのだろう。
私自身ですら、そんな本を自腹で買って読みたいとは思わない。

世間のトレンドや、ウケ狙いや、バズりそうな切り口を全部取り除いたとき、最後に何が残るのか。
答えはひとつしかなかった。
「これを残さなければ、死んでも死にきれない」という、100%ピュアな私のエゴだ。
誰かに褒められたいわけでも、立派なアドバイスをしたいわけでもない。
起業に失敗して組織に戻り、プライドを削り落とされ、それでも誰かのせいにしきれず、毒を全部自分の内臓に溜め込んで生きてきた。その無様さも、見栄も、嫉妬も、誰にも言えなかった本音も、丸ごと紙に定着させて現実の路上に置いておきたい。
会社の会議室なら、こんな企画は一秒で却下されるだろう。
「それで、読者へのベネフィットは何ですか?」と詰められて終わりだ。
だが、だからこそ自腹で刷るのだ。 誰の決済も取らず、身銭を切って積みあがる本の在庫を部屋に引き受ける理由は、そこにある。
この本に、救いも許しもない。 「あなたのままでいい」と背中を撫でてくれる優しい言葉も、人生を好転させる魔法のノウハウも載っていない。
あるのは、人が社会で生きていく以上、どうしても胃の底に溜まってしまう生臭い澱(おり)を、誤魔化さずに直視したという冷たい事実だけだ。
胸のつかえが取れるわけではない。人生が急に明るくなるわけでもない。 強い酒をストレートで煽ったあとのように、重たいものを抱えたまま、それでも明日電車を降りて会社へ向かう。 そういう大人のための本を作ろうと思う。
小綺麗なマーケティングはもうやめる。
ここからは、私のエゴだけで紙を埋めていく。
そしてこの本のコンセプトは明確になった。
役に立つアドバイスは1行もない。
40代の男が胃の苦味を抱えたまま、明日をやり過ごすためだけの本。
もし、夜の電車の蛍光灯の下で、あなたも同じように胃を痛めているのなら。
この恥の多い本を、スナックの片隅に置いておく。

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