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あの世で、仲良く

    この記事は、海遊魚さんが執筆した、人間やその他の生き物の死を婉曲的に表現する傾向に関する記事に着想を得たものです。

    海遊魚さんの記事は非常に刺激的で有益であり、読者の皆様に心からお勧めします。

    本記事では、幼少期のペットにまつわる、一生けっして忘れない思い出について触れたいと思います。

    *****

    11歳の頃のある雨の夜、突然、家の私道に一匹の犬が現れました。ゴールデンレトリバーそっくりに見えましたが、体の大きさは普通の半分ほどだったので、雑種だったに違いありません。

    首輪はしていませんでした。代わりに、首にはロープが巻かれていました。ロープは短く、30cmにも満たず、切れたのではなく、明らかに折れてしまっていました。

    妹と若き小生は犬を家族のメンバーにしたかったけれど、父は乗り気ではなく、犬を私道から追い払ってしまいました。

    翌朝、外に出ると犬が戻ってきて、私道に停めてあった車の下で寝ているのを発見しました。妹と小生は、これは犬が我々と一緒に暮らす運命にあるというサインだと両親を説得しようとしました。

    犬が栄養失調であることがわかったので、母は同情して食べ物を与えました。また、一晩中車の下で寝ていたため、毛はエンジンオイルで汚れていたので、お湯と石鹸で丁寧に洗ってくれました。父は日中の犬の哀れな姿を見て心を慰めたようで、追い払おうとはせず仕事に出かけました。

    その日、妹と小生が学校から帰ると、犬はまだ私道にいて、嬉しそうに我々子どもたちを迎えてくれました。我々は母に犬を飼ってもいいか尋ねると、父が仕事から帰ってきてから相談しましょうと言われました。待っている間、3人は犬に餌を与えたり遊んだりしました。

    これは50年以上前のこと、インターネットも SNS もなかった時代。当時、ペットが迷子になった際、飼い主が迷子を探し出す唯一の方法は、ペットの写真と飼い主の電話番号を印刷したポスターを近所の電柱に貼り、うまくいくことを祈ることだけでした。

    その夜、父は、小生と妹が犬を飼いたいなら、まず飼い主を探す必要があると言いました。翌日の土曜日、学校が休みだったので、我々子どもは近所を歩き回り、「迷子犬」のポスターを探しました。何も見つからず、喜んで家に帰って報告しました。

    父は、当分の間は犬を飼ってもいいが、飼い主が分かったら返さなければならないから、あまり愛着を抱きすぎないようにと警告しました。

    小生と妹は、飼い主がポスターを貼ったり、犬の居場所を突き止めたりするのではないかと、数週間ハラハラしていました。幸いにも、そのようなことは起こらず、「スクラフィー」は我々の家族の一員となりました。

    スクラフィーは当時人気だったテレビシリーズに出てくる犬の名前でした。”Scruffy” は「清潔感がない」を意味し、初めてスクラフィーをよく見たとき、まさにその通りだったので、ぴったりの名前だと思いました。また、その名前は、スクラフィーが前の飼い主のもとで受けていたと思われる心無い扱いを思い出させ、我々がスクラフィーを大切に扱わなければならないことを常に心に留めておく役割も果たしました。

    スクラフィーの性格や家族との生活について複数回にわたって連載することは簡単にできますが、一つだけ逸話を書いて終わりにします。

    上記の記事で次のように述べました。

    1960 年代に南カリフォルニアで育ちました。小学生の頃、毎年夏休みになると父は母、小生と妹をミズーリ州まで車で連れて行ってくれ、父の実家を訪ねました。片道距離は約 3,000 キロメートルで、途中で観光もしたので、大抵は 5~6 日かかりました。

    スクラフィーが家族に加わってから初めての大陸横断旅行をした時、両親はスクラフィーをドッグホテルに預けるのが一番だと判断しました。

    ドッグホテルは家から車で10分ほどの場所にありましたが、普段は犬の散歩には行かないような方向でした。スクラフィーがそこに預けられると気づいて泣き叫ぶのを聞くのは胸が張り裂ける思いでした。

    それから数週間後、ロサンゼルスに戻り、帰宅前にドッグホテルに立ち寄りました。父は料金を払い、スクラフィーを車まで連れて行こうとホテルに入りましたが、ホテルから出てきた時、真剣な表情でした。それに、スクラフィーの姿はありませんでした。

    「スクラフィーは?」と、母と妹と小生は声を揃えて尋ねました。父によると、ホテルのスタッフから、スクラフィーは宿泊初日の夜に柵の下に穴を掘って逃げ出したと説明されたそうです。スタッフは、これまで犬が逃げ出したことは一度もない、「本当に申し訳ありません」を何回も繰り返して言ったそうです。

    妹と小生は車で家に帰りながら、もう二度とスクラッフィーに会えないことを思って号泣してしまいました。

    自宅の私道に車を停め、重い気持ちで荷物を降ろしていると、通りの向かいに住むお隣さんが迎えに来てくれました…しかもスクラッフィーを連れて!

    お隣さんは、我々が旅行に出発する夜、スクラッフィーが疲れて汚れた姿で玄関に現れたと説明してくれました。旅行中は連絡が取れなかったので、我々が帰宅するまでずっとスクラッフィーの面倒を見てくれていた、とのこと。

    要は、スクラフィーは夜中に柵の下をくぐり抜け、これまで通ったことのない約5キロの道をたどり、またもや scruffy の姿でありながらも無事に家に帰ったのです。

    今ではインターネットを通じて世界中のニュースが数分で届くようになり、犬や猫が迷子になった後、遠く離れた場所から家に帰ってきたという話はよく耳にします。しかし、50年前はそのような話は滅多に耳に入らず、スクラフィーの行動に家族は本当に驚いて、奇跡に近いと考えました。

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    さて、海遊魚さんの記事は「死」に関わる言葉が中心となっていますが、スクラフィーが小生の記憶通り、今も元気に生きているというところでこの記事を締めくくりたいと思います。

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    あっ、因みに、次の夏の大陸横断旅行の数カ月前に、父が通勤に使っていた車を手放して、代わりに何を購入したとおもいますか。なんと








    キャンピングカー!!


    はい、キャンピングカーに乗って通勤しました。普通は、都会人が日常的にキャンピングカーを運転するのは極めて珍しい光景だし、父はけっしてキャンピングが趣味だったという訳でもありませんでした。

    最初は、買い替えの理由を濁していたけれども、夏の大陸横断旅行直前になって、「今回からスクラフィーも一緒に行くから」と説明してくれました。

    結局、父は家族の誰よりもスクラフィーを愛していたと思います。父のことを思い出すと、涙が出ます。本当にいい人でした。ほぼ百年生きてくれたけど、この世から去って行ったのは、まだ早いと感じます。

    きっと、天国で何らかの形でスクラフィーと楽しく遊んでいて、母、小生、妹がやってくるのを待ちわびているに違いありません。

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    エピローグ


     
     
    趣味:長距離散歩と小難しい漢字関連の研究。別に冷たい人間やないけど、フォローはせえへん。ご容赦を。

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