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主体性の配給券:『100日後に別れる僕と彼』の傾斜

    ※今回、だいたい「おわかれ」と同じことを別の切り口から言うだけです。そちらで十分でしたらそちらで。これまでのあれこれはマガジンをどうぞ。

    はじめに

    『100日後に別れる僕と彼』で、樹があれだけ雑な加害をしても、佑馬があれだけの詐欺行為をしても許されるのは、物語の偏りです。
    作者の内心を咎めるつもりはありませんけれど、偏りは外形から明らかです。

    ――けれど、これは「物語が同性愛男性を免責する」理由にはなっても、「物語が女性に帳尻合わせを押しつける」理由にはなりません。
    異性愛男性に帳尻合わせを担わせたっていいのですから。
    女性が許すことでさも樹や佑馬が悪いことをしていないように「見せかける」のではなく、本当に異性愛男性が悪であったから樹や佑馬の行動はある程度仕方がなかったのだと描くことは可能です。

    男性の美化

    社長が悪役ではないか? いいえ、そうではありません。
    社長の性的言動には悪意がないと設定され、女性に許されるのですから。
    社長を悪役にすることは簡単です。
    たとえば悪意のあるセクハラだとすることに加え、「真実が明らかになったあとでも嘘のドキュメンタリーを作れと言い、志穂が反発して飛び出し、尚美や山田と協力してB案を完成させる」といった筋書きにすればよいのです。

    久保田が悪役ではないか? いいえ、そうではありません。
    久保田は友人に同調して言ってしまった面があると佑馬自身が認めていて、制裁というよりは自分の気持ちの整理を付けるためだけの殴打なのですから。
    久保田を悪役にすることも簡単です。
    もっと悪意があったように描いてもいいですし、逆に、久保田自身にも同性愛的な傾向があり、それを隠すためにことさら強い言葉を使ってしまったというような、悲しい悪と、マイノリティ同士の対立とすることだってできます。

    (少なくとも佑馬から久保田は「一時は恋愛感情を覚えていた」のですよね。ひょっとして、佑馬の視線に気づいたから余計にそんなことを言ってしまったのでは? これはむしろ小説を褒めているつもり――より物語的に豊かな素材があった――ですけど。しかし、やはり、男性にのみ豊かさがあること。)

    女性の無化

    そして女性である片桐については、人質を取られて許してしまうのではなく、「佑馬の嘘を最初から見抜いていて、それでも本件を仕掛けた」と描くことは合理的かつ興味深い展開です。
    お互いパートナーと破綻しつつあるのに、いやむしろ破綻しつつあるからこそ、片桐と佑馬が手を組んで嘘を仕掛け、世間を動かそうとするのはふたりの主体性ですから。
    なぜ佑馬のみが主体性の配給チケットをもち、片桐はもたないのでしょうか。

    尚美についてさえ、「うまくいってないのは春日さんのせいじゃない」とか「私情はどうでもいい」とかおかしなことを言うのではなく(どう考えても春日うそつきのせいなのですが……はっ、あなたも人質をとられているのでしょうか!)、
    「嘘をついていた佑馬と、納得ずくで受けたのに耐えきれなくなって逆ギレした樹はむかつくよね、けどLGBTQ+も女性も生きやすい世界のために、もうちょっと工夫してあいつらを転がそう」と唱えることは、産休育休に入らなければ尚美がまさにその大義のもとにドキュメンタリーを撮るはずだったことを思えば、自然かつ興味深い展開です。
    なぜ尚美はチケットをもたないのでしょうか。

    もちろん、もっともスポットライトの当たっている女性である志穂については、先ほど社長のところで検討したようなイフであれば勇気ある決断が表れますし、片桐のところで検討したようなイフであれば片桐との対立とアウフヘーベンも描けるでしょうし、尚美のところで検討したようなイフであれば真の目的志向に目覚めるでしょう。
    そもそも自力で、雑に棒で殴ってくる樹に反論したり、佑馬の嘘を当然の権利として咎めたりすることだって可能であり、むしろ「気が強い」(by山田)女性にはそのほうが自然です。
    なぜ志穂はチケットをもたないのでしょうか。

    ざ・ひとじちじけんs

    「全部終わる前に教えてくれただけで十分嬉しい」

    ――片桐

    いや、このうそつき、無駄なあがきのために周囲に多大な迷惑をかけてるんですけど……。
    約束を破った者に対する特別の仕置きをしなくていいですか?

    「今上手くいっていないのは、春日さんたちや社長たちのせいじゃない」

    ――尚美(★)

    いや、どう考えても最初に名前が挙がった人「たち」のせいですけど……。
    志穂が樹に向き合ったところで、佑馬が虚偽を仕掛けてきている現実は少しも変わらないし、切れたのは樹の我が儘なので。

    「私は春日さんの人生を大きく変えました。長谷川さんがいなくなったのも、春日さんが転職したのも、私の仕事がきっかけです」

    ――志穂

    いや、樹が男性を連れ込んで出て行ったのは樹の責任で、きっかけというなら負荷を強いる虚偽を仕掛けた佑馬の責任、久保田を殴って転職する羽目になったのは完全に佑馬の決定ですけど……。

    みなさん詐欺師を糾弾してとうぜんなはずなのに、そうしないなんて、もはや3人が3人とも人質をとられていることは明々白々です! 警察を呼んでください!!

    おわりに

    どうして、男性を悪役にできないのでしょうか。
    どうして、女性は主体的な行動ができないのでしょうか。
    どうして、男性が行動し、怒り、罰するときに、女性は感情を受け止め、耐え、許すのでしょうか。
    ――あ、修辞疑問文ですよ? The answer is blowing in the wind.



    ドラマ版の自家中毒

    ところでドラマ版監督、草野翔吾氏のインタビュー。

    志穂と尚美を通した女性の仕事や生き方を問う話でもあるんです。

    ――草野翔吾氏

    問うた結果がケアワーカー……感動的ですね。じつに。「理解する側」?

    志穂は、すごく間違えちゃうんですよ。真剣に考えてるからこそ間違えちゃう。

    ――草野翔吾氏

    どのあたりを間違えたのでしょう?
    うそつきを信じたこと? ええ、確かに、それは大きなミステイクです。けれど、ほかには?

    非協力的な取材対象を後回しにすることや、性的発言に対して怒ることは当然ですよ?
    (もっとアサーティブにいきましょう、というのはあるかもですけど、そういう話してないですよね。)
    しかも、それらは「(マイノリティについて)真剣に考え」ることとは関係ありません。依頼された映像を撮ることしか考えていないロボット的ディレクターでも、樹を後回しにします。

    樹と向き合わなかったこと?
    向き合ったら、もう別れているという致命的な情報がもっと早く出てくるだけのことです。
    むしろ向き合わないほうが、詐欺師1号にもうちょっと能力がありさえすれば、詐欺師2号にもうちょっとこらえ性がありさえすれば、うまくいった。さて、真剣に考えてるからこその間違いとはなにでしょう?

    そして。

    でも、すごく難しいと思うんですよね。同性愛に関して、おそらく非当事者である志穂がどんなに配慮しても足りない。

    ――草野翔吾氏

    わあ、さてもさても正しいことをおっしゃいますね。
    ところで、その正しいことをそのまま適用すれば、女性であることに関して、確実に非当事者である佑馬や樹がどんなに配慮しても足りないわけですけれど、あの人たち、どんなにどころか少しだけでも配慮してましたでしょうか?
    ――あ、修辞疑問文ですよ? The answer is blowing in the wind.

    ※全裸で徘徊することから、信用しないタイプ扱い、げぼを吐いてしんだふり、空飛ぶスパゲッティモンスター様のヌードル触手の導きもとい人間だからです(きりっ)までですから……自家中毒ここにきわまれり、です。

    いったい何回、男は顔をそむけ、見ないふりをするのでしょうか?
    どれだけの海を越えれば、白い鳩かのじょは砂浜で安らぐのでしょうか?
    答えは風に吹かれている、です。





    ★「今上手くいっていないのは、春日さんたちや社長たちのせいじゃない」――アウラ だったら正しいのですけど! アウラ構文の場合は「春日どものせいじゃなぁい」の意味ですから……。

    私は南の勇者が好きです

     
     
    本を読む人。ノンジャンルで本の感想を書いたり雑記を放流したりしています。写真は基本的にすべて自分で撮影したものです。

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