
涼しい夜【シロクマ文芸部】
#シロクマ文芸部参加作品です。
小牧幸助様、いつも素敵なテーマをありがとうございます。ご覧くださる皆様にも、心からお礼申し上げます。
涼し、いよよ夜の更けて、月影は雲に傾き、
野山の朱き葉には、白露のむすびたり。
グラッソマーニョ、道の最中に立ちにて、
ひとり言ふやう。「さても、涼しき夜かな」
然るに、伴なる半巨人トリッパフォーコ
問ひけらく。「涼しきとは、誰が涼しきぞ」
ここにグラッソマーニョ、答へんとして、
しばし腹をさすり、月を仰ぎて黙然とす。
ややありて巨人、口を開きて言ふやう、
「ガレノス博士の説に曰く、人は熱冷湿乾の
四性より成り、胃の腑は竈にして、食を
煮るものなり」と。「アリストテレス学徒
曰く、生来の熱は食ひ物にて養はる」とぞ。
「さればこの身、日に七たび鍋を平らぐれば、
竈の熱く、比ぶる夜の涼しきなり。涼しきは
夜の性にあらず、我が竈の功徳なり」とぞ。
トリッパフォーコ、これを聞きて袖を
かき合はせて宣はく、「されど我は寒し。
胃の腑の竈の熱きとは、まこと存ぜず」
グラッソマーニョの言ふやう「汝の竈は
怠けたるのみ。薪を足さば、いよよ燃えん」
「薪とは何ぞ」と問へば「食なり」
「食とは何ぞ」と問へば「薪なり」とぞ。
「それにては巡る論なり」と伴ぞ呻きける。
巨人応へ「輪をなして巡るは、湯気に同じ。
されば我が論は、げに厨の理に叶へり」
かくて主従輩、旅籠の戸口に湯気立つ大鍋、
豆の煮込みの据ゑられたるを見つけたり。
巨人、まろき香に悟れる者の面持ちにて、
忽ちに七鉢を平らげぬ。半巨人、うち嘆きて
「ここに知れたり。涼しきは巨人の面にて、
冷えたるは、財布の中身なりけり」とぞ。
※第二十歌三連「汝の竈は怠けたるのみ」の条。諸本みな「怠けたる」に作るに、ただピサ写本のみ「疲れたる」と見ゆ。かの地の書生、折から空腹なりしか、竈の疲れを己が身に引き比べたるものならん。
※第二十歌四連「冷えたるは、財布の中身なりけり」の条。此の句、諸本に見ゆれども、シエナ本のみ「財布」を「懐」に作る。第十二歌に「懐冷えて」の語あれば、これに合はせたるかと疑ふ説あり。されど「財布」は後世の語にして原本に非ずとする者あれば、「懐」は雅にすぎて巨人の口に似つかはしからずとする者もあり。論いまだ尽きず、按ずるに決する日は来たらじ。
『グラッソマーニョ巡礼記』
(フィレンツェ写本、15世紀初頭成立)、
第20歌1-4連
第8歌45-47連はあちら
第23歌11-13連はそちら
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