
【図書館|地図にない灯り】 『雨が止まない図書館』
雪綴ゆきさんのショートショート企画『地図にない灯り』に参加します。
(約2,900文字)第3回お題:図書館
今回も、わかモンさんの
『地図にない灯り』ショートショート・メーカー!!
を使って作成しました。
登場人物

雨が止まない図書館
ショート・ショート|異世界ファンタジー|ジュリ・ソニック

その図書館では、百年間、雨が降り続いていた。
深い森の奥に建つ、廃墟となった王立音楽図書館。
崩れかけた石壁には蔦が絡まり、色褪せたステンドグラスから灰色の光が差し込んでいる。
天井には穴などない。それなのに、館内では絶え間なく雨が降っていた。
不思議なことに、本だけは決して濡れなかった。
「うっわ……すっごいところ!」
ジュリ・ソニックは金色の巻き髪を揺らしながら、図書館の扉を押し開けた。
魔王軍音楽革命隊のキーボード担当。黒と赤の軍装に身を包んだ彼女は、雨宿りのつもりでこの建物に入ったのだった。
「雨漏りってレベルじゃないじゃん。ここ、建物の中だよね?」
石畳に水が跳ねる。
古い本棚が何列も並び、その奥には壊れたグランドピアノが置かれていた。
ジュリは思わず足を止めた。
ポーン。
かすかな音が聞こえた。
「……ピアノ?」
ポーン、ポーン。
誰かが弾いている。
ジュリは雨音をかき分けるように、ゆっくりと奥へ進んだ。
そして、見つけた。

壊れたはずのピアノの前に、小さな少女が座っていた。
白いワンピース。肩まで伸びた銀色の髪。
身体は透き通り、向こう側の本棚が見えている。
「……幽霊?」
少女の指が止まった。
「あなた……私が見えるの?」
「見えるけど。あんた、透けてるよ?」
少女は驚いたように目を見開き、それから小さく笑った。
「百年ぶりのお客様です」
「百年!?」
ジュリは思わず声を上げた。
「ちょっと待って。あんた、ずっとここにいたの?」
「はい。約束がありますから」
「約束?」
少女はピアノの上に置かれた、一冊の古い楽譜を見つめた。
「百年前、親友と約束したんです。いつか二人で、この曲を最後まで弾こうって」
少女の名前はエルナ。
かつて王立音楽図書館で学んでいた、見習いの音楽魔導士だった。
親友のリゼと一緒に、雨を音楽に変える魔法を研究していたという。
「でも、完成する前に戦争が始まって……」
エルナは窓の外を見た。
「リゼは避難することになりました。出発の日、あの子は言ったんです」
『必ず戻るよ。そしたら、続きを弾こう』
「私はここで待つことにしました」
「……それで、百年?」
「はい」
ジュリは黙った。
雨が石畳を叩いている。
「リゼは……戻ってこなかったんだね」
エルナは静かに頷いた。
「でも、きっと来てくれます」
その言葉に、ジュリは胸がちくりとした。
百年。
人間なら、とっくに一生が終わっている時間だ。
それでも、この少女は約束を信じている。
「ねえ、エルナ」
「はい?」
「その曲、聴かせてよ」
エルナは嬉しそうに微笑み、鍵盤に指を置いた。
ポロン。
柔らかな旋律が流れ始めた。
すると、天井から落ちてくる雨粒が淡い青色に輝き、空中で小さな音符に変わった。
「うわっ! すごっ!」
ジュリは目を輝かせた。
「これ、音楽魔法!?」
「はい。雨の記憶を音に変える魔法です」
音符は空中を漂いながら、古い本棚の間を流れていく。
まるで図書館そのものが歌っているようだった。
けれど、曲は途中で止まった。
「……ここから先がないんです」
エルナは楽譜を見つめた。
「リゼと一緒に考えるはずだったから」
ジュリは楽譜を覗き込んだ。
最後の小節は、真っ白だった。
「ふうん……」
しばらく考えたあと、ジュリはにやりと笑った。
「じゃあ、続きを作ればいいじゃん!」
「え?」
「音楽ってさ、誰かが決めた通りに弾かなきゃいけないもんじゃないでしょ?」
「でも……これはリゼとの曲です」
「うん。だから、あたいが勝手に完成させるわけじゃないよ」
ジュリはピアノの隣に腰を下ろした。
「一緒に新しい曲を作ろうって話!」
エルナは困ったように首を傾げた。
「新しい……曲?」
「そう! あたい、グランジロックが大好きなんだ。ちょっと激しいけど、いい?」
「ぐらんじ……?」
「聴けばわかるって!」
ジュリは鍵盤を叩いた。
ジャーン!
古い図書館に、力強い和音が響いた。
雨粒が一斉に跳ね上がる。
「きゃっ!」
エルナが驚いて身を縮めた。
「あはは! ごめんごめん!」
ジュリは笑いながら、もう一度鍵盤を鳴らした。
今度はゆっくり。
エルナの柔らかな旋律に、ジュリの少し荒っぽい和音が重なっていく。
雨粒が踊り始めた。
青い音符に、赤い音符が混ざる。
百年前の音楽と、今を生きる音楽。
二つの旋律は何度もぶつかり、すれ違い、それでも少しずつ一つの曲になっていった。
「……楽しい」
エルナが呟いた。
「こんなに楽しいの、久しぶりです」
「でしょ!」
ジュリは笑った。
「音楽は楽しまなきゃ損だよ!」
その瞬間、図書館の天井に小さな光が生まれた。
雨粒が黄金色に輝き、無数の音符となって舞い上がる。
百年間、降り続いていた雨が、ほんの一瞬だけ止まった。
エルナは天井を見上げた。
「……雨が」
けれど、次の瞬間には再び雨が降り始めた。
「……やっぱり、止まらないんですね」
エルナは寂しそうに笑った。
ジュリは鍵盤から手を離した。
「ねえ、エルナ」
「はい」
「あたい、また来るよ」
少女が顔を上げた。
「……え?」
「今度は新しい楽譜を持ってくる。あと、お菓子も! 演奏してるとお腹すくんだよね」
「でも……」
「ん?」
「百年前にも、同じことを言ってくれた人がいました」
エルナの声が震えた。
「必ず戻るって……」
ジュリは少しだけ黙った。
それから、エルナの目をまっすぐ見た。
「そっか」
ジュリは小指を差し出した。
「じゃあ、約束じゃなくて、予定にしよう」
「予定……?」
「うん。次の雨の日、午後三時。ここで待ち合わせ!」
エルナは不思議そうに瞬きをした。
「約束と、どう違うんですか?」
「予定だったらさ、遅れそうなときは連絡するし、来られなくなったら別の日にするでしょ?」
ジュリは笑った。
「それに、あたいが来なかったら怒っていいから!」
エルナはしばらくジュリを見つめていた。
やがて、透き通った小指をそっと重ねた。
「……はい」

二人の指が触れた瞬間、小さな音符が一つ生まれた。
金色の音符だった。
ジュリは立ち上がり、扉へ向かった。
「じゃあね、エルナ!」
「ジュリさん!」
「ん?」
「次は……どんな曲を弾きますか?」
ジュリは振り返り、いたずらっぽく笑った。
「決まってるじゃん!」
拳を高く突き上げる。
「百年分の雨を吹っ飛ばす、最高のロックだよ!」
エルナは声を上げて笑った。
その笑い声に合わせて、雨粒が軽やかに跳ねた。
図書館の扉が閉まる。
再び静寂が戻った。
けれど、エルナはもう、古い楽譜を開かなかった。
代わりに真新しい五線紙を取り出し、最初の音符を書き込んだ。
そして、その上に小さく文字を添えた。
『次の雨の日、午後三時』
窓の外では、今日も雨が降っている。
けれど、百年間変わらなかったその音が、今は少しだけ違って聞こえた。
エルナは微笑んで、鍵盤に指を置いた。
ポロン。
新しい曲の、最初の一音が響いた。
ーー完ーー
#地図にない灯り 第3回お題|図書館
わかモンさんの✨『地図にない灯り』ショートショート・メーカー!!✨
「あとがき」
雪綴ゆきさんのショートショート企画『地図にない灯り』第3回お題:図書館に、マリに続きジュリも参加させていただきました。毎週楽しい企画、ありがとうございます。
魔王軍音楽革命隊シリーズの逸話としても使わせていただきます。
マリのショートショート ⬇️
ジュリ、マリも登場する、魔王軍音楽革命隊シリーズです。⬇️
ミキ・ジュリ・マリの四コマ漫画です ⬇️
