
映画『TOUCH/タッチ』が教えてくれた「熟成」─Kōki、本木雅弘が紡ぐ、人もワインも、時間が育てるもの
私は、心が少し曇った日は、散歩をするでもなく、外食をするでもなく、映画を観る。
映画好きだったフランス人の義両親の影響だろうか。映画館へ足を運ぶこともあれば、登録しているCanal+で観ることもある。選ぶ作品は、ハリウッド映画よりもしっとりのヨーロッパ映画が多い。
今回観たのは、アイスランドとイギリス合作の映画『TOUCH/タッチ』
バルタザール・コルマウクル監督がメガホンを取り、主人公クリストフェルを演じるのは エギル・オラフソン。若き日のクリストフェルを 監督の息子パルミ・コルマウクル・バルタザルソン が演じ、日本人女性ミコ役には Kōki,が起用されている。さらに、本木雅弘、中村雅俊 ら日本人キャストも重要な役割を担っている。現在、フランスのCanal+で配信が始まった映画だ。
正直に言えば、氷に囲まれた北の島アイスランドを舞台に、70代の男性が人生を振り返る物語と知り、「そのうち観よう」と思いながら、長い間後回しにしていた作品だった。
しかし、その先には、思いがけないほど美しい物語が待っていた。
主人公クリストフェルは、認知症の兆候を知り、自らの残された時間を意識する。
彼が最後に選んだのは、お金でも成功でもなかった。
50年前、ロンドンで恋に落ち、突然姿を消した日本人女性・ミコを探す旅だった。
舞台はアイスランドからロンドン、そして広島へ。
静かに流れる時間の中で、この映画は私たちに問いかける。
「人生で、本当に大切なものは何か。」

時間が残すもの
『TOUCH/タッチ』が描いているのは、クリストフェルとミコの再会だけではない。
50年という時間が人の記憶をどう変え、それでもなお何が残り続けるのかという物語である。
この作品を観ながら、私は何度もブルゴーニュのワインのことを思った。
若い恋は、若いピノ・ノワールによく似ている。
果実は瑞々しく、香りは華やかで、輪郭ははっきりしている。
それは、それで美しい。
しかし、時間は、その魅力を失わせるために存在するのではない。
ブルゴーニュのグラン・クリュが何十年もの歳月を経て、新しい表情を見せるように、思い出もまた、時間の中で深みを増していく。
ワインの世界では「熟成」という言葉をよく使う。
しかし、熟成とは、単に時間が経つことではない。
時間によって価値が高まること。
それが、本当の熟成だ。
すべてのワインが熟成するわけではない。
すべての人生も、ただ歳を重ねれば深くなるわけではない。
経験し、迷い、失い、そして誰かを想い続けた時間が、一人の人間を静かに育てていく。
その姿は、まるで一本の偉大なブルゴーニュワインのようだった。
記憶は、香りに似ている
ロンドンの日本食レストランで過ごしたクリストフェルとミコの日々。
当時は、ごく普通の日常だったのかもしれない。
しかし、その何気ない時間こそが、50年後のクリストフェルの人生を動かす記憶になっていた。
記憶は、映像のように鮮明には残らない。
ふとした表情。
握った手の温もり。
料理の香り。
交わした何気ない言葉。
そんな断片だけが、心のどこかに残っている。
熟成したブルゴーニュワインも同じ。
ブラックチェリーやスミレ、下草、湿った森、紅茶…。
香りを一つひとつ説明することはできても、その一本が心を動かす理由は言葉では説明できない。
グラスを口元へ運んだ瞬間、遠い日の風景や、一緒に飲んだ人の笑顔が、不意によみがえることがある。
この作品の「Touch」は、身体に触れることだけではない。
記憶に触れることでもある。
ワインもまた、色、香り、味わいを通して、失われた時間へ私たちを連れていってくれる。
本当に残るものは、余韻でわかる
この映画に描かれる愛は、激しく燃え上がる愛ではない。
50年という長い時間の中で、静かに熟成し続けていた愛である。
良いワインも同じ。
試飲会で最初の一口に強い印象を与えるワインが、必ずしも偉大とは限らない。
本当に優れたワインは、飲み終えたあとも静かな余韻が残り、翌日になっても「あの一本は美味しかった」と思い出させてくれる。
ブルゴーニュで数え切れないほどのワインを試飲してきた私が最後まで心に残すのは、派手なワインではない。
飲み手に静かに寄り添い、時間が経つほど魅力を増していくワイン。
人も、愛も、きっと同じなのだろう。
本当に心に残るものは、強烈な印象ではなく、余韻でわかる。
日本という、美しい偶然
実はこの映画に、日本がこれほど深く関わっているとは、観るまで知らなかった。
ミコの故郷である広島は、単なる舞台ではない。この作品における、もう一人の主人公と言ってもいいだろう。
日本人俳優たちの静かで抑制の効いた演技も、作品に深い品格を与えていた。祖国である日本が、このような美しい物語の大切な一部になっていることを知り、私はとても嬉しくなった。
それにしても、なぜアイスランドで生まれた物語が、地球の反対側にある日本を、これほど重要な舞台としているのだろうか。
その理由は、オラフル・ヨハン・オラフソンの原作小説そのものに、日本が欠かせない存在として深く織り込まれているからだ。そして、バルタザール・コルマウクル監督は、その物語に強く心を動かされた。
監督はインタビューで、この小説について「自分がずっと撮りたいと思っていたラブストーリーだった」と語っていたという。
監督にとってこの作品は、遠い日本を描くための映画ではなく、国境と時間を越えてなお残り続ける愛を描くための物語だったのだと思う。
さらに、日本ではすでに2025年1月24日に公開されていたことも、後になって知った。
人生もまた、熟成する
つい昨日のことのようでもあり、遠い昔のようにも思えるコロナ禍。
人と触れ合うことができなかったあの時代を背景にしているからこそ、「Touch」というタイトルは最後まで深い意味を持ち続ける。
私たちは毎日、何かを失いながら生きている。
しかし同時に、何かを熟成させながら生きてもいる。
ブルゴーニュでは、偉大なワインほど時間を急がない。
造り手は、その一本が美しく熟成する未来を信じ、静かに待ち続ける。
人生も同じなのかもしれない。
見た目の美しさは、誰もが歳を重ねていく。
けれど、心の美しさは違う。
人生を重ねた人だけが持つ、静かな輝きがある。
ワインは、そのことを教えてくれる。
そして、この映画もまた、同じことを教えてくれた。
時間とは、失うものではない、と。