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第4篇「螏砎ず葉。」

    誰も知らない私の物語。
    ひけらかす぀もりはないけど、のたうち回っお生きおきたこの3幎間の蚘録。


    2024幎9月。

    私は、毎日、断薬による離脱症状に盞も倉わらず苊しみながら、耇数の事案ず察峙しおいた。

    それらは党お、東京で暮らすために乗り越えなければならない、分厚い壁の数々であった。

    これは、その玄䞀ヶ月間の栌闘ず惜別の蚘録。



    きっかけは8月。

    郜内で圌女ず䞀緒に生掻をする、ずいう挠然ずした未来を抱きながら、具䜓的な行動は䜕もしおいなかった圓時。

    ある日、圌女に䌚いに行き、最寄駅の繁華街を䞀緒に歩きながら街䞊みを眺めおいるず、ふず、「この蟺で暮らすのもいいね。ここから埒歩10分くらいのアパヌトでさ。」ず、唐突に思い、圌女ぞその思いを口にした。

    もちろん圌女は私の蚀葉など本気には受け取らず、匕っ越せたら良いね、皋床にしか思っおいなかったず思う。

    今思えば、蚀霊。

    きっずこれが蚀霊ずいうものなのだろう。



    数日前から、転職掻動で進めおいた案件があり、ずっず思案しおいた。

    枅掃甚具のレンタル䌚瀟の定期配送の仕事である。

    圓時、生掻保護の関係で、自動車は所持できずに凊分しおしたっおいた。自転車を買うお金もなかったので、掻動は党お埒歩だった。

    そんなある日、車を所持しおいたずきにお䞖話になった、駐車堎を管理しおいるおじさんにたたたた䌚った。そしお、最近の生掻事情など䞖間話をしおいるず、なんず、ご奜意で自転車を貞しおくれたのだ。

    就職掻動をする䞊で、車を持たない私は勀務地遞びがかなりのネックになっおいた。地方は車瀟䌚。コンビニに行くのも車。車がなければ行動範囲を狭めなければならなかった。だから自転車を貞しおくれたこずは、ずおもありがたかった。䜕より、毎日買い物に行くのに助かる。

    そんな暮らしをしおいたので、その配送の仕事の勀務地が家から自転車で通える距離だず知ったずきはずおも驚いた。しかも、それ以倖も、私が垌望する条件がほが揃っおいた。そしお、正瀟員雇甚の案件でもあった。

    私は、悩んでいた。

    先方の話を聞く限り、話を進めれば私は採甚になる可胜性が高かった。面接はしおいなかったが、曞類遞考の時点で仲介者からかなり前向きな意芋をもらっおいたのだ。

    そしお、幎霢を考えおも、正瀟員雇甚はやはり魅力的だった。

    だから、悩みずは、そう、定職に就いおしたうべきか、吊か。

    今、このタむミングで蚪れた奜条件の案件に、正盎私は心が揺れおいた。

    瞁を感じおいたのである。


    圌女は郜内で子䟛ず二人で暮らしながら、生掻保護を受けおいたが、その子䟛が自立したこずをきっかけに、圌女も職に就き生掻保護から抜けお自立しお暮らしおいた。

    それにより、これたでは圌女が私の元ぞ毎回䌚いに来おいたのが、私が毎回䌚いに行くようになっおいた。

    仮に、この状態で私が定職に就いたずしたら、恐らくだが、殆ど䌚えなくなる。

    圌女は接客業のため、土日祝はほが出勀。週末は趣味の掻動もしおいた。私に時間の䜙裕がある珟時点でさえ、日皋を合わせるのが難しかった。

    そしお、私が怜蚎しおいる仕事は土日祝䌑み。それもたた、奜条件が故の匊害ずも捉えるべきか、吊か。

    䌚えなくなっおしたう。そんなすれ違いの䞭距離恋愛ぞず突入しおしたうだろう。

    そもそもだ。

    珟実的に考えれば、郜内に匕っ越すツテなどない。きっかけも資金もない。それに、父芪の状態を考えれば、今、匕っ越すなどずいう倧きな決断をするべきではない。父芪に䜕かあったずきに、すぐに駆け぀けられる距離にいるべきなのだ。

    わかっおいた。䜕もかもわかっおいた。

    郜内ぞ匕っ越す。そんなこず、倢物語だず。同棲など無理だず、わかっおいた。

    玹介された仕事のこずを考えおみる。

    たたたたかもしれない。わからないが、この仕事を今、このタむミングで玹介されたずいうこずは、きっずそういうこずを意味しおいるのだ。

    それは私にずっおの光明になり、暗いトンネルを抜け出すためのきっかけ、転機ずなるに違いない。この流れに身を任せるこずが賢明ずいうものだろう。

    そう捉え、腑に萜ずしおいた。


    圌女の家から垰宅する電車内。

    突然メヌルが届く。

    登録しおいる掟遣䌚瀟からのお知らせメヌルだ。

    あなたにおすすめのお仕事を玹介したす。


    メヌルを開いおみる。

    真っ先に目に入っおきた案件に、䞀瞬時間が止たった。目を疑った。

    掟遣䌚瀟がメヌルで玹介しおくれた仕事。それは郜内の案件だった。しかも、圌女の家の近くの仕事が茉っおいたのだ。

    もちろん、掟遣登録時に垌望勀務地を郜内に蚭定しおいない。

    なぜなのかはわからない。わからないが、そんなこずはどうでも良かった。メヌルを芋た瞬間、ずっくに諊め、遞択肢ずしお完党に陀倖しおいたある遞択が、頭の䞭ではじけた。


    「匕っ越せる。」


    そう。圌女の家の近くに仕事が決たれば、近くに匕っ越せる。

    それは、私が生掻保護ずいう今の状況で、今埌、圌女ず同棲をするためにはどうすればいいのかず考えたずき、同棲ぞの足がかりずしお、これ以䞊ない絶奜のチャンスだった。むしろ、手段はそれしかなかった。


    ず、そのメヌルを目の前にし、舞い䞊がったのも束の間。


    だがやはり、それでも。

    それでもだ。

    それでも、迷っおいた。

    圌女の近くに匕っ越す絶奜の機䌚が目の前にある、

    が。

    決断できぬたた。私は疎遠になっおいた効ず連絡を取った。父芪のこずを盞談するためだ。

    父芪が入院する病院で、効ず久しぶりの再䌚を果たし、父芪のこずや私の珟状、そしお今埌のこずを盞談した。

    そのずき、効が私に話しおくれた蚀葉。

    お母さんのずき、面倒みおくれたでしょ。私は䜕もしおあげられなかった。だからお父さんのこずは私に任せおもらっおいいよ。今床は私の番だから。だから東京で圌女ず䞀緒になりたいなら行きなよ。倧䞈倫だから。

    久しぶりに䌚った効が、たさかそんな颚に蚀っおくれるずは思っおいなかった。

    ずっず疎遠だったし、もう家族ずは関わりたくないのだろうず勝手に思っおいた。

    私は、自分のこずも父芪のこずも、家のこずも、おばさんのこずも、ずっず䞀人で察応しおきた。もうどうしたらいいのかわからなかった。

    だから、そう蚀っおくれお、涙が止たらなかった。


    効がかけおくれたその蚀葉が、私の背䞭を匷烈に埌抌しし、私は迷いなくその東京の求人に応募し、思案しおいた配送の仕事は蟞退した。

    物事が䞀぀、動き出した。ず同時に、あらゆる事案が同時進行で波状的に私を責め立おる。

    その埌、郜内の仕事ぞ面接しに行き、皋なくしお採甚ずなった。

    埌玉県から通えるわけもなかったので、職堎近くぞ転居するために、入瀟日を玄䞀ヶ月埌にしおもらう。

    そのこずを高圧的な新人のケヌスワヌカヌぞ報告し、転居の盞談をする。

    ものすごく嫌な受け答えをされた。圌はそもそも経隓したこずがないため、垞に䞊叞の指瀺を仰がないず返答できなかったからだ。

    このずきのこずを、圌は埌々になっおも嫌味ったらしく、たた高圧的に私を責めおきた。

    ずにかく、仕事が決たったこずはわかりたした。就業蚌明曞を出しおください、ず蚀われる。

    それがないずそもそも䜕も始たらないず。

    掟遣先ぞ就業蚌明曞をお願いするも、契玄が枈んでいないため、時間がかかるず蚀われおしたう。

    そしおその間、䜕より倧切なこずを決めないずいけない。

    転居先である。

    玄䞀ヶ月間で転居しなければいけないのだ。

    手続きを考慮するず、物件探しができるのは1、2週間ほどしかない。

    圌女にも手䌝っおもらい、たず物件探しを先行した。

    その間、曎に同時に進めなければいけなかったのは、自己砎産手続きである。

    額は少なかったが借金があった。生掻保護になっお支払いが難しくなり、少額だったが自己砎産するこずを決意し、少し前から進めおいた。

    その手続きがただ終わっおいなかった。

    必芁曞類を䜜成するために、数幎間の生掻状況を遡らなければならなくお、ずおも倧倉だった。提出しお、埅機。それにずにかく時間がかかった。

    転居の旚を叞法曞士ぞ話すず、転居前たでに決定通知が出ないず、少し手続きが面倒になるず蚀われおいお、䜕が䜕でも転居前に決定しおおきたかったずいうのもあった。

    そしお曎に同時に進めるのは、匕っ越し業者ぞの手配である。

    しかし、圓たり前だが、物件も決たっおいないのに匕っ越せない。シヌズンのため、日皋調敎が難しい時期だずも蚀われおしたっおいた。

    そしお、それらを逐䞀ケヌスワヌカヌぞ報告し、確認を取らなければならなかった。その埌、䞍動産屋、匕っ越し業者ぞ連絡しお、倉曎があればたたケヌスワヌカヌに報告しお確認しお。その繰り返し。

    物事がスムヌズに進たないのは、䞊叞の指瀺を仰ぐタむムラグず、経理䞊のタむムラグのせい。

    双方が、盞手が決たらないずこちらも決められない。の䞻匵。その板挟みにあっおいた。

    掟遣䌚瀟ぞは各皮曞類の請求ず就業準備が必芁で、䞍動産屋ずの物件の条件の話し合いや初期費甚、たた入金日や入居日などのやり取りず、匕っ越し業者ずの倀段亀枉ず日皋調敎のやり取り、それぞれの折り合いを぀けた日皋の調敎、そしおケヌスワヌカヌぞの報告ず蚱可ず確認、扶助できる、できないお金の内容確認や、入金、振蟌準備の云々。

    その最䞭、自己砎産手続きを進め、父芪の芋舞いや付き添い、察応をする。

    離脱症状で苊しみながら。

    毎日電話をしたくっお、着信を埅぀。メヌルを送っお、返信を埅぀。スマホず向き合う日々。翌月の電話代がずんでもないこずになった。

    9月䞋旬ごろ。

    心身共に限界にきおいた。

    進めおきた党おの事案、党郚砎棄しおれロにしおしたおうかず本気で思った。远い詰められおいた。


    こんな倧倉な思いをしおたで匕っ越す必芁があるのか。私は本圓に匕っ越したいのだろうか。もう、しんどい。もういいや。やめだ。党郚やめ。私はこのたた、この地で生きおいく。それでいい。もう無理だ。


    そしお圌女に察する積幎の䞍信が、ここにきお頭をもたげる。


    い぀たで䞀緒にいるかわからない盞手のために、䜕で私はここたでしなければいけないのか。私はあの人ず本圓に䞀緒にいたいのかあの人は私を垞に傷぀けおくる。私の心を歪めおくる。私は本圓にあの人ず付き合っおいきたいのだろうか。ここたで苊しみながら、自分の人生ず向き合いながら、運呜をねじ曲げながら、あの人のために生きおいくのはなぜなんだ。私は本圓にあの人ずの未来を望んでいるのだろうか。


    限界に近かった私は、藁をも掎む思いで、数少ない友人の䞀人ぞ盞談した。


    圌女ずどうなるかずかではなく、あなたのためにも、埌玉の今の地にいるより、東京ぞ匕っ越した方があなたにずっお良いず思う。仕事も倚い。もし、圌女ず別れおしたったずしおも、それでも東京で暮らしおいる方が、やっぱりあなたのためになるず思う。


    そっか。ありがずう。


    その蚀葉で私は吹っ切れた。

    この遞択は、誰のためでもない。私自身のためなのだ、ず。


    そしお、10月1日の入瀟日たでの、残り1週間を党力で察応し、やり切った。党おの事案に真正面から察峙しおやり終えた。


    匕っ越し圓日。

    新居の鍵の受け枡しず、匕っ越し業者が新居に到着するたでのタむミングが合わず、最埌の最埌たでその調敎に手こずった。

    退去埌、管理䌚瀟ぞ払う早期退去時の違玄金の件で少しもめおしたうが、事情を話しお譲歩しおもらった。



    埌玉県から東京ぞの就業を進めおくれた掟遣䌚瀟には感謝しかありたせん。

    生掻保護者の制限のある転居に党面的に協力しおくれた䞍動産屋さんには感謝しかありたせん。

    䜕瀟ずも比范し安くしおくれ、無理な日皋調敎に察応しおくれた匕っ越し業者さんには感謝しかありたせん。

    匕っ越す3日前に手続きを完了しおくれた叞法曞士の先生には感謝しかありたせん。

    党お察応しおくれたケヌスワヌカヌさんどうもありがずうございたした。


    そしお、盞談に乗っおくれた友人、ありがずう。

    協力しおくれた圌女、ありがずう。


    匕っ越しの準備を進めながらも、毎晩。

    離脱症状の䞍安感を玛らわすために散歩をしおいた。

    歩いおいるず、少し気持ちが楜になるからだ。

    転居するこずが決たっおからは、地元の街をたくさん歩いた。

    寂しくお、虚しくお、悲しくお涙が止たらない。

    この感情は、離脱症状。

    それず、やはり寂しいんだ。この街を離れるこず。父芪のこず。玄18幎間、色々あった、その党郚。


    小孊校から䞭孊校。幌銎染の家や、よく遊んだ公園。思い出のある堎所を蚪れお、お別れを告げた。


    恐らく、これがこの街を出る最埌の匕っ越しになる。この街にはもう垰っおこない。そんな気がしおいるんだ。だから、お別れを蚀いにきた。


    20代から、䜕床も家を出おは垰っおきた。街を離れおは戻っおきた。けど、もう垰っおこないよ。これが最埌。じゃあね。




    匕っ越す前倜。

    実家の介護ベッドでテレビを芋おいた父芪を蚪ねる。

    話しかけおも、少し私を芋る皋床で、倧した反応はない。


    「明日、匕っ越すからね。たた東京に行くんだよ。以前から話しおたず思うけど。」


    「・・・」

    「い぀垰っおくるん」


    「垰っおこないよ。匕っ越すんだよ。」


    「䜕で」


    「䜕でっお、圌女ず䞀緒になるんだよ。」


    「・・・」


    「じゃあね。ちゃんず食べお、元気でいおよ。」



    私は、父芪ぞ匷く圓たっおいた。

    父芪はもう、䞀人では䜕もできなくなっおいたのに、私は盞倉わらずに、父芪に匷く圓たっおしたっおいた。

    認知症で、色んなこずがわからなくなっおいたのに、元気な頃の父芪ず接するように、同じように接しおしたっおいた。

    たた、元気になるず思っおいたんだ。


    だから、ちょっず怒っおたんだよね。

    わかったよ。


    ごめんね。


    䞀床、匱っおしたうず、もう元には戻らない。母芪のずきに嫌っおほど芋おきたのにね。

    ダメな息子でごめんね。




    2024幎、お正月。

    ただ父芪ず話が普通にできおいた頃。東京ぞ匕っ越すかもしれないず、話をしたこずがあった。そのずき、口䞋手な父芪は私にこう蚀った。


    「俺のせがれだから、倧䞈倫。」


    そう蚀いながら、父芪は泣いおいた。

    感極たっお、泣き笑いをする父芪の顔を、この頃はよく芋た。感情の動きがあたりない日々を送っおいるず、人情で泣き笑いしおしたうこずがある。父芪がどんな毎日を過ごしおいるのか、䜕ずなくわかった瞬間だった。


    匕っ越しちゃっお、ごめんね。


    うちに匕っ越しおくればいい、っお、蚀っおくれおいたけど、こんなゎミ屋敷、さすがに䜏めないよ。蚀うだけ蚀っお、掃陀の䞀぀もしおくれないんだからさ。


    手土産のお酒、倧切に飲んでたこず、おばさんから聞いお知ったよ。

    口䞋手で、䞍噚甚で優しい父芪でした。

    事前に、おばさんにも、ケアマネヌゞャヌにも、効にも話しおおいたから、これからのこずは任せおある。だから倧䞈倫。



    100歳たで生きおやる、っお蚀っおたよね。

    その蚀葉、信じおるよ。

    元気でね。




    2024幎9月27日。

    私は地元を離れ、東京ぞず匕っ越した。







     
     
    生掻保護3幎。東京23区最南端圚䜏。無職。離婚歎あり。独身。恋人なし。子䟛なし。身寄りなし。趣味、特技なし。抂日リズムなし。 唯䞀の取り柄はかわいいこず。 そんな、今幎50歳になった男の日垞を綎った日蚘のような、独癜っぜい、゚ッセむです。

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