
悪に優しきこの国で −裁かれぬ悪と、救われる悪−【第25話】負の連鎖
「人を刺した孫娘を庇うジイサンが、テレビで正論ね……。ふ〜ん。家構えを見る限り、資産家っぽいな」
半グレをまとめる新冠宏斗、35歳が、テレビから流れるワイドショーの映像を見つめながら、冷ややかに呟いた。
「加害者家族が正論ぶつけて通ると思ってんのか? あいつら、今なら被害に遭っても世間的には『自業自得だ』『ざまあみろ』ってことになるだろうな。叩くには絶好のネタだな。ハハ……」
宏斗は薄く笑った。
「今回は強盗でいく。おい、バイトを集めろ」
「学生あたりなら、すぐに見つかります」
「ああ。一晩三十万くらいぶら下げてやれ。ガキなら、それで釣れる」
宏斗は、まるでゲームの作戦でも考えるような口調だった。

「応募してきた奴らの個人情報さえ握れば、あとは逃げられないようにできる」
そこに、罪悪感など微塵もなかった。
方や、警察を嘲笑いながら未成年犯罪を犯してきた高校時代。……あれから数年が経ち、不知火遥斗は、20歳を迎えていた。
裏の闇バイトネットワークから新たなターゲット情報を手に入れていたが、大学に通う学生とはいえ、法的にはすでに成人だ。
ましてや、自らが現場に乗り込むようなリスクを冒すはずもない。
遥斗は高校時代の仲間に声をかけた。
「なあ、これ、お前の後輩にやらせられねぇ?」
「相変わらず悪知恵が働くね」
仲間は画面を覗き込み、苦笑した。
「分かった。すぐ応募させる」
数日後の深夜。
二人の高校生と、現場を仕切る男が、牧港凛の実家前に集まっていた。

「いいか。ジジイと息子夫婦がいる。一気に抑えろ」
男は低い声で言った。
「抵抗されたら、無理にでも動けなくするんだ」
「は……はい」
「ビビってんじゃねえよ!」
男が怒鳴る。
「金属バットまで持ってきてんだ。何のためだと思ってる!」
高校生たちは黙り込んだ。
初めての現場。
画面の向こうで見ていた犯罪とは違う。
目の前には、生身の人間がいる。
それでも、もう後戻りはできなかった。
犯行グループは牧港家へ侵入した。
異様な物音に気づいた祖父・茂三郎が玄関へ向かう。
その瞬間、暗闇から襲われた。
「あ……ぐッ、うぅぅ。な、なんじゃ……、お前たちは……!」
「黙れ!」
茂三郎は激しい痛みに顔を歪め、その場に倒れ込んだ。
二階の寝室では、息子夫婦が眠っていた。
荒々しくドアが開けられた音で、妻が目を覚ました。
悲鳴を上げる間もなく口を塞がれ、目の前には鈍く光る金属バットがあった。
「静かにしろ……」
夫は酒に酔っており、まだ眠り続けていた。
やがて夫婦は拘束された。
「さて、金はどこにある?」
「お金なんてありません!」
妻は震えながら答えた。
「凛の事件で、相手側から巨額の賠償金まで請求されているのに……!」
「そっか……」
男が笑った。
「じゃあ、死ぬ?」
「おばさん、俺らを甘く見すぎだよ」
「しょうがねえな……」
男は苛立ったように呟いた。
「ニュースで威勢よく吠えてた、あのジイさんから殺るか」
「ま、待って!」
妻が必死に叫ぶ。
「お願い、乱暴しないで……!」
「だからさぁ……」
男は冷たい目を向けた。
「お・か・ね」
「お義父さんが……」
妻の声が震える。
「お義父さんが、凛の弁護士費用を準備しています!」
「よし」
男が立ち上がった。
「ジジイの部屋だ」
家の中は、まるで家宅捜索でも受けたかのように荒らされた。
そして、タンスの奥から現金三百万円が見つかった。
犯行にかかった時間は、わずか八分だった。
奪われた現金は、そのまま回収役へ渡された。
その後、金は複数の経路を経て姿を消していった。
犯行グループが立ち去ったあと、牧港家には、荒らされた家と、傷ついた家族だけが残された。

一方、現場から離れた車内では、高校生の一人が恐る恐る尋ねた。
「あの……俺たちのバイト代は?」
「あとで、お前らの指定口座に振り込んでやるよ」
男は素っ気なく答えた。
「だがな、回収できた『上がり』が予定より少なかった」
「だから、約束のバイト代は削るぞ」
「え……」
高校生の顔が曇った。
「でも、三十万って……」
「うるせえな」
男が睨みつける。
「嫌なら、警察にでも行くか?」
車内が静まり返った。
高校生たちは何も言えなかった。
その瞬間、彼らはようやく理解した。
自分たちは「高額なバイト」に応募したのではない。
逃げ道のない犯罪に、足を踏み入れてしまったのだと……。
テレビの前で「知る権利」や「プライバシー」について語った茂三郎。
その家が、家族が、今度は犯罪者たちの標的になった。
そして、この事件さえも、世間は自分たちの都合のいい物語へと変えていくことになる。
本作品はフィクションです。登場人物・団体名等はすべて架空のものです。
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