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救えなかった命から届いた、感謝の手紙✉️

    ― 今も大切に保管している、一通の手紙 ―


    お疲れ様です🍵
    あおぞらです🌤️

    現役の頃、

    傷病者の方や、そのご家族から
    感謝の言葉をいただくことがありました。

    後日、わざわざ消防署や分署まで足を運び、

    「ありがとうございました」


    と声をかけてくださる方もいました。

    救急隊にとって、これほどありがたいことはありません。

    出場が続き、身体も気持ちも疲れているとき。

    自分の活動は、本当にこれで良かったのだろうか――。

    そんなことを考えているときにいただく「ありがとう」に、

    救急隊員である自分のほうが、少し救われる。

    そんなこともありました。

    でも――

    今回お話しする「ありがとう」は、少し違います。

    救うことができなかった命。

    そのご家族から届いた、一通の感謝の手紙です。

    今でも私は、

    その手紙を大切に保管しています。


    🚑 「70歳男性、自宅内で呼吸苦」

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    それは、

    私が救急救命士の資格を取得し、

    少しずつ経験を重ね、救命士としての判断力や技術を身につけ始めていた頃のことです。

    出場指令が入りました。

    「70歳男性。自宅内で呼吸苦。妻からの通報」

    呼吸が苦しい――。

    救急現場では、決して珍しくない通報内容です。

    いつものように現場へ急行しました。

    しかし、玄関に入って男性を見た瞬間――

    「これは危ない」

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    そう感じました。

    男性は玄関先の椅子に座っていました。

    顔にはチアノーゼがあり、蒼白。

    頭を下げ、口からは唾液が流れ落ちていました。

    呼吸も正常ではありません。

    死戦期呼吸。

    心停止の直前や直後などに見られることがある、正常な呼吸とは異なる呼吸です。

    脈を確認します。

    触れません。

    心電図を確認すると、

    PEA(無脈性電気活動)。

    心電図上では電気的な活動が見えていても、実際には有効な脈拍が触れない心停止の状態です。

    すぐに胸骨圧迫を開始しました。


    🫁 「空気が入りにくい」

    心肺蘇生を続けながら、

    同時に呼吸を確保していきます。

    口の中には、唾液と大量の痰。

    吸引を行い、

    バッグ・バルブ・マスクを使って酸素を肺へ送り込みます。

    しかし――

    換気が良好とは言えない。

    さらに、

    気になるものがありました。

    男性の右胸には、

    まだ生々しい手術の傷が残っていました。

    右側の胸の動き、換気もやや弱い。

    奥様に状況を確認します。

    そこで初めて、

    この男性が数日前に、かかりつけの医療機関の呼吸器外科で自然気胸の手術を受けていたことを知りました。

    自然気胸とは、

    肺から空気が漏れ、肺がしぼんでしまう病気です。

    手術後、自宅で療養していたとのことでした。

    そして、この日。

    数時間前から息苦しさが出てきた。

    ご夫婦はタクシーを呼び、

    いつもの病院へ向かおうとしていました。

    ところが――

    玄関先で、ご主人の反応がなくなった。

    そこで119番通報となったのです。


    「低酸素による心停止かもしれない」


    私は考えました。

    強い低酸素状態から、

    心肺停止に至った可能性がある。

    ならば――

    一刻も早く、低酸素状態から脱却させなければならない。

    そのためには、

    確実な気道管理を行い、

    酸素を肺へ届ける必要があります。

    しかし、

    もう一つ頭をよぎった病態がありました。

    緊張性気胸。


    肺から漏れた空気が胸の中にたまり続け、

    肺だけでなく、心臓や太い血管まで圧迫してしまうことがある危険な状態です。

    自然気胸の手術を受けたばかり。

    右側の換気も弱い。

    そして、心肺停止。

    もし、

    緊張性気胸が起きているとしたら……。

    人工呼吸によって強い圧をかけることが、

    状態に影響する可能性も考えなければなりません。

    気道管理を、どうするべきか。

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    一瞬、迷いました。でも――目の前では、心臓が止まっています。

    考えている時間はありません。


    🚑 今できることをやる


    私は、

    低酸素状態からの脱却を優先し、

    気道管理を進めることを考えました。

    同時に、

    一刻も早く病院へ搬送する。

    奥様に現在の状況を説明し、

    病院へ向かう準備をお願いしました。

    そして、

    救命センターへ連絡します。

    男性が普段から通院し、

    今回の手術も受けていた医療機関です。

    「CPA傷病者の受け入れ、および特定行為の指示をお願いします」

    CPAとは、

    心肺停止のことです。

    自然気胸の手術後で自宅療養中であること。

    数時間前から呼吸苦が出現したこと。

    ご夫婦で病院へ向かおうとしたところ、

    玄関先で心肺停止となったこと。

    そして、

    現在の換気状態。

    必要な情報を医師へ伝えました。

    救急救命士が医師の指示のもとで行う特定行為として、

    気管挿管。
    静脈路確保。
    薬剤投与。

    その指示を受けました。

    そして医師から、

    搬送にあたっての指示がありました。

    「換気は低換気で。急いで連れてきて!」


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    🚑 必要最小限の換気で、救命センターへ


    自然気胸の術後。

    緊張性気胸の可能性も考えられる。

    だからこそ、

    必要以上の換気量や圧をかけない。

    胸骨圧迫を続けながら、

    必要最小限の換気量と圧を意識して換気を行いました。

    そして、

    できる限り早く救命センターへ。

    病院までは、

    約3分。

    短い距離です。

    しかし、

    心肺停止の傷病者にとって、

    その数分は決して短くありません。

    私の持てる知識と技術を使い、

    救命に臨みました。


    🏥 病院へ引き継ぐ


    救命センターへ到着。

    気管挿管したチューブの位置も確認されました。

    問題ありませんでした。

    医師による処置が始まります。

    胸腔への処置が行われ、

    その後も蘇生処置が続けられました。

    私は、

    自分の活動を頭の中で振り返りました。

    気道管理の判断。

    換気の方法。

    処置に要した時間。

    搬送までの時間。

    もっと早くできなかったか。

    救急活動が終わったあと、

    そんなことを考えることがあります。

    それでも、

    そのときの私なりに、

    医師の指示を守り、

    できる限りのことをしたつもりでした。

    傷病者を医師へ引き継ぐ。

    そして私たちは――

    また、次の現場へ向かいます。

    救急隊の日常は、

    一つの現場が終わっても止まってはくれません。


    「もっと早く救急車を呼んでくれていたら…」


    この症例は、

    私の救急隊人生の中でも、

    自然気胸の手術後に心肺停止となった、最初で最後の経験でした。

    難しい判断を迫られた現場でした。

    そして、

    もう一つ忘れられないことがあります。

    ご夫婦は最初、

    救急車ではなく、

    タクシーで病院へ向かおうとしていました。

    私はこれまで、

    同じような場面に何度も出会っています。

    「このくらいで救急車を呼んではいけない」

    「いつもの病院へ自分で行ったほうがいい」

    「もう少し様子を見よう」

    そう考える方もいると思います。

    決して、

    その判断を責めたいわけではありません。

    むしろ、

    救急車を安易に呼ばないようにしようと考えた結果なのかもしれません。

    でも、

    救急現場に立っていると感じることがあります。

    本当に救急車を必要としている人ほど、
    自分で病院へ行こうとすることがある。

    そんな方を、

    私は何人も見てきました。

    だからこそ、

    一般の方にも知っていただきたいことがあります。

    激しい息苦しさ。

    突然の意識障害。

    明らかに悪い顔色。

    急激な状態の変化。


    こうしたときには、

    「救急車を呼ぶほどではないかもしれない」

    と我慢せず、

    119番を選択してほしい場面があります。

    迷ったときには、地域によっては救急相談窓口などを利用できる場合もあります。

    大切なのは、

    無理をして自分たちだけで何とかしようとしないことだと思います。


    ✉️ 数日後―― 一通の手紙


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    それから、

    数日が経ちました。

    私のもとに、

    一通の手紙が届きました。

    差出人は、

    あの日の奥様でした。

    そこには、

    私たち救急隊への感謝の気持ちが綴られていました。

    そして――

    ご主人は、残念ながら亡くなられたことも書かれていました。

    手紙を読み終え、しばらく言葉が出ませんでした。

    救うことができなかった。

    それなのに、奥様は私たちに、

    「ありがとう」

    と伝えてくださった。

    救急隊員として、

    毎日のように命と向き合っていました。

    助けることができた方もいます。

    どうしても救うことができなかった方もいます。

    それでも――

    この命を救えなかったことは、悔しかった。


    私たちには「次」がある。でも――


    救急活動では、

    活動が終わったあとに振り返ります。

    あの判断は適切だったのか。

    もっと早くできなかったのか。

    別の方法はなかったのか。

    そして、

    そこで得たものを、

    次の救急活動へ生かしていきます。

    それは、

    救急隊員としてとても大切なことです。

    でも、

    あるとき思いました。

    私たちには「次」がある。

    次の出場。

    次の傷病者。

    次の救急活動。

    失敗や反省を、

    次に生かすことができます。

    でも――

    あの人に「次」はありません。


    もう一度、

    あの日の玄関へ戻ることはできない。

    もう一度、

    同じ男性を助けに行くこともできない。

    あのご家族に対して、

    もう一度やり直すこともできません。

    この人に二度目はない。

    その現実は、

    救急という仕事を続ける中で、

    ずっと心のどこかにありました。


    それでも、次の救急車に乗る


    では、

    自分に何ができるのか。

    当時の私にできたことは、

    それほど多くありませんでした。

    救命士として、

    現場に立ち続けること。

    そして、

    次に目の前に現れる命に、

    自分の持っている知識と技術を尽くすこと。

    それしかありませんでした。

    あの日の活動を振り返る。

    学ぶ。

    そして、

    また次の救急車に乗る。

    その繰り返しでした。


    今も、その場所を通ると思い出す


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    あれから、

    長い年月が経ちました。

    私はもう、

    救命士として現場には立っていません。

    それでも、

    あの奥様からいただいた手紙は、

    今も大切に保管しています。

    そして今でも、

    あのお宅の近くを通ることがあります。

    そのたびに、あの日の光景を思い出します。

    玄関先に座っていた男性。

    必死に続けた胸骨圧迫。

    思うようにいかなかった換気。

    救命センターへの連絡。

    わずか数分の搬送。

    そして――

    数日後に届いた、一通の手紙。

    今でも、ときどき思います。

    あの奥様は、今どうされているのだろう。



    救急隊は、

    傷病者を病院へ引き継ぐと、

    そのご家族の人生から離れていきます。

    その後の人生を知ることは、

    ほとんどありません。

    でも、

    救急隊員の側には、

    何十年経っても残っている現場があります。

    救えた命だけではありません。

    救えなかった命もまた、
    救急隊員の中に残り続けます。


    あの手紙に書かれていた「ありがとう」を、

    私は今でも、

    完全には受け止めきれていないのかもしれません。

    ただ一つ、

    確かなことがあります。

    毎日の出場に追われ、

    少し疲れていた救命士だった私が、

    あの一通の手紙に、

    少し救われたということです。


    救えなかった命のご家族から、
    私は「ありがとう」をいただきました。

    そして、

    その「ありがとう」を胸に、

    私はまた、

    次の救急車に乗りました。

    🚑

    最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


    あおぞら🌤️




     
     
    「人命救助の現場に携わりたい」 消防歴30年。東日本大震災の年に救急救命士へ。 元救命士あおぞらです🌤️ 「なぜ?」を大切に、経験や失敗から救急の知識と視点を発信。 命への向き合い方が、少し変わる。 あなたと大切な人のために、できることがひとつ増える。 小さな気づきを一緒に🌿

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