
『星空に残された人類の記憶』 第5話 歌は何千年もつのか
――自分の本に、パッチを当てる
自分の本に書いた一文
世界神話シリーズ第29巻『アボリジニ神話』。

そのプロローグに、筆者はこう書いた。
6万5000年。 アボリジニの文化が途切れなく続いている年数だ。
そして、こう続けた。
[ABORIGINAL_OS — Oldest Living System]
[UPTIME] 65,000+ years — no interruption
[UPDATES] None required — self-maintaining
[NOTE] Still running. No patch needed.
第4章では、さらに踏み込んでいる。
アボリジニは「同じ知識を複数の長老が持つ」という形で、生体RAIDを実装した。しかも6万5000年間、データ損失ゼロで運用してきた。
同じ第4章の「口承の仕様書」には、こうも書いた(一部抜粋)。[ORAL_TRADITION_SPEC]
[STORAGE] Human brain — biological memory
[UPTIME] 65,000 years — verified
[NOTE] The most durable storage ever implemented.
プロローグの「no interruption(途切れなし)」と、第4章の「verified(検証済み)」。
似ているようで、意味は違う。
前者は「文化が一度も途切れなかった」という連続性の主張で、後者は「6万5000年という年代は確かだ」という確実性の主張だ。「No patch needed」――パッチは不要。そう書いた本に、今回、パッチを当てる。
この連載では、第4話までに、自分たちの思い込みを何度も修正してきた。
カイオワの伝承にも、一つの部族の中に複数の版があった。
では、「口承が6万5000年間、何も失わずに伝わった」という自分の一文は、調べたらどうなるのか。
先に断っておきたい。この回が検証するのは、筆者自身が書いた比喩的な断定だ。
アボリジニの人々が、この大陸で非常に長い時間を生き、知識を語り継いできたことそのものを疑うものではない。
一文の中に、三つの主張がある
改めて読むと、第29巻の一文には、種類の違う三つの主張が重なっている。
主張
中身確かめるには
① 年代
人々が6万5000年前からこの大陸にいる
遺跡の年代測定
② 連続性
文化が途切れずに続いている
考古学・遺伝学・言語学などの総合
③ 保存の正確さ
口承が内容を失わずに6万5000年伝わった
物語の中身を、独立した証拠と照らし合わせる
①と②は、人がそこにいたかどうかの話だ。
③は、物語が変わらずに残ったかどうかの話だ。
この二つはまったく別の問題だ。
人が6万5000年暮らし続けたとしても、その間、物語が一字一句変わらなかったことにはならない。
第29巻は、この二つを一つの数字で結んでしまっていた。
②の連続性は、一つの記事で評価できる問題ではないので、今回は扱わない。①と③を順に見ていく。
① 6万5000年という数字は、どこから来たのか
「6万5000年」という数字のもとになっているのは、多くの場合、オーストラリア北部のマジェドベベ(Madjedbebe)という遺跡だ。
最初の発表(2017年)
クラークソンらの研究チームは、科学誌『Nature』に「人の居住は約6万5000年前に始まった」と発表した。
年代は、地層の砂粒が最後に日光を浴びた時期を測る「光ルミネッセンス年代測定」などで求められた。
その層からは、研磨された石斧や、すり潰された顔料などが見つかっている。
批判と応答
• 2017年、学術誌『Australian Archaeology』に複数の研究者がコメントを寄せた。たとえばドーチとマラスピナスは、約6万5000年前という「始まり」の年代より、同じデータから求めた約5万3000年前という年代を重視すべきだと述べた
• 2018年、クラークソンらは同誌で反論した。最初の居住は「約5万9000年前から約7万1000年前の間」という幅で推定される。この層は約1万2000年かけて積もったもので、「6万5000年前の一瞬」を示すものではない。そう説明したうえで、彼らは年代を維持した。一方で、さらに下の層の石器は上の層から後で動いたものだろうと認めている
• 2018年、オコネルらは米国の科学誌『PNAS』で、この遺跡に「5万年より古い」という年代を当てるのは妥当でない可能性が高いと結論した
• その後、シロアリなどによる地層の搅乱が年代を古く見せている可能性を論じる論文も出た(Williamsほか「Identifying disturbance in archaeological sites in tropical northern Australia」)
• 逆に、この遺跡の石器の層はシロアリが作ったものではない、とする研究もある(Smithほか「How do we distinguish termite stone lines from artefact horizons?」)。ただし同じ論文は、小さな規模の搅乱があり得ることは認めている
つまり、この議論は「5万年か、6万5000年か」という二択ではない。
争点はいくつも重なっている。
地層の年代と、そこにある石器の年代は同じか。石器は後から動いていないか。年代のどの統計値を「始まり」と見なすか。
そして推定には、もともと数千年から1万年以上の幅がある。
ここから、第29巻の二つの行を別々に検証できる。
• 第4章の「65,000 years — verified」は、年代の確実性の主張だ。だが「6万5000年」は、議論が続いている推定の一つだ。「verified」は言い過ぎだった
• プロローグの「65,000+ years — no interruption」は、連続性の主張だ。こちらは、そもそも遺跡の年代測定では確かめられない。年代測定から直接言えるのは、「特定の遺跡で、ある時期に人が活動していた」という推定までだ。文化全体が一度も途切れなかったことまでは示さない
③ 口承は、どこまで残るのか
物語の中身がどれだけ長く伝わるのか。
これを確かめるのは難しい。口承には日付が書いていないからだ。そこで研究者たちは、物語に描かれた出来事のうち、年代を別の方法で求められるものを探す。
その代表的な研究が、2016年に地理学者パトリック・ナンと言語学者ニック・リードが『Australian Geographer』に発表した論文だ。
何をしたのか
• オーストラリア沿岸の21か所から、海面が上昇して陸地が水に沈んだことを語る物語を集めた
• それぞれの場所で、物語が描く景色が正しいためには、海面が今より最低何メートル低くてよいかを計算した
• その深さを、オーストラリアの海面変動の復元データと照らし合わせ、物語の景色が最後に見られた時期を推定した
何を言っているのか
論文は、「ほとんどの例で、これらの物語が約7000年以上前の出来事を指していると考えるのは妥当だ」という書き方をしている。ナン自身は取材に対し、場所によっては1万年近く前にさかのぼるとも語っている。
どこに限界があるのか
• 年代は、物語の描写と海面変動の復元を対応させるという仮定の上の推定だ。物語そのものに年代が書かれていたわけではない
• 論文自体が「妥当だと考えられる」という表現を使っている。実証された保存期間ではなく、仮説的な推定だ
• 推定される年代には大きな幅がある
• 示されているのは「海が押し寄せた」という出来事の記憶が残った可能性であって、言葉や細部がそのまま残ったということではない
ここからは筆者の考えだ。
物語が、後の時代の観察や推論から生まれた可能性を、論文がどう検討しているのかは、本文を読んで確かめる必要がある。
今回はそこまで確認できていない。
居住の年代と口承の年代は、比べられない
ここで「6万5000年と約7000年を比べると……」と書きたくなる。でも、この二つの数字は同じ物差しで測ったものではない。
• 居住の年代は、地層と石器から「人がそこにいた時期」を推定したものだ
• 口承の年代は、「物語に描かれた景色が実在した時期」を推定したものだ
• しかもこの方法で測れるのは、海面変動のように年代が分かる出来事を含む物語だけだ。それより古い記憶がないことの証明にはならない
だから、「口承の保存期間は居住期間の何分の一」という計算には意味がない。
言えるのは次のことだけだ。「6万5000年間、データ損失ゼロ」を裏づける証拠は、今回調べた範囲にはなかった。
版が違うことは、失われたことなのか
第4話で、カイオワのデビルズタワーの伝承に、二つの版が記録されていることを見た。
1897年に採録された版では、熊の群れに追われた少女たちがすばるになる。
モマデイが伝えた版では、熊になった兄弟に追われた姉妹が北斗七星になる。
二つの版には、共通する骨格がある。七人の少女、熊、伸びる岩、爪あと、空への上昇だ。そして細部が異なる。熊の正体と、たどり着く星だ。
ここで注意したい。この二つを並べて「物語が変化した」とは言えない。
記録された年は1897年と1969年以降だが、それはそれぞれの版が「書き留められた年」であって、「生まれた年」ではない。
二つの版は、もっと古くから並んで語られていたのかもしれない。別の家系や別の集団で、それぞれに伝わっていたのかもしれない。どちらが先に成立したのか、一方が他方から変わったのかは、今の資料では分からない。
確かに言えるのは、「共通する骨格を持ちながら、細部の異なる版が記録されている」ということだけだ。
それでも、この事実は第29巻の一文と合わない。
「データ損失ゼロ」という比喩は、口承を「一つの正しい形が、そのまま複製されていくもの」として見ていた。
でも、この連載で確かめてきた伝承は、一つの固定された形だけで記録されてはいなかった。
もう一つ、大事なことがある。
版が複数あることは、語り継ぎの失敗を意味しない。
どの版も、その語り手にとっては生きた物語だ。モマデイにとっては自分の名前そのものであり、1897年の語り手にとっては冬の夜空と結びついた物語だった。
宇宙OS的に読むと:第29巻へのセルフパッチ
ここからは、証拠ではなく比喩の話だ。
第29巻のプロローグと第4章に書いた設定を、今回分かったことに合わせて書き直してみる。
patch v29.1
▼ プロローグ [ABORIGINAL_OS — Oldest Living System]
[UPTIME] 65,000+ years — no interruption
→ 遺跡の年代から言えるのは、特定の場所での人類活動の推定年代まで
→ 文化全体が途切れなかったかどうかは、今回は検証していない
[UPDATES] None required — self-maintaining
→ 確認した伝承では、細部の異なる版が記録されている
[NOTE] Still running. No patch needed.
→ Still running. Patch applied.
▼ 第4章 [ORAL_TRADITION_SPEC]
[UPTIME] 65,000 years — verified
→ 最古の居住年代の推定は議論中。verified(検証済み)ではない
第4章本文「6万5000年間、データ損失ゼロで運用してきた」
→ 出来事の記憶が7000年以上残った可能性を論じる研究がある(仮説的な推定)
→ 内容が一切変わらなかったことを示す証拠は、今回調べた範囲にはない
書き直してみて、一つ気づいたことがある。ここからは筆者の解釈だ。
第29巻は、アボリジニの知識を褒めるつもりで「アップデート不要」と書いた。
でもそれは、「変わらないものだけに価値がある」という前提の上の褒め言葉だった。
宇宙OS理論の出発点は、「宇宙はポンコツOSで動いている」という考え方だった。完璧でないシステムが、更新を繰り返しながら動き続ける。その理論から見れば、「一度も更新しなかった」という褒め方は、そもそも理論と食い違っていた。
第29巻は、自分で自分の理論に反した褒め方をしていたのだ。そしてこのパッチ自体も、新しい資料が見つかればまた書き換えることになる。
確認できたこと、未確認のこと、筆者の解釈
確認できたこと
• 第29巻は、プロローグで「65,000+ years — no interruption」(連続性の主張)、第4章で「65,000 years — verified」(年代の確実性の主張)と書き、口承を「データ損失ゼロ」と書いていた
• マジェドベベ遺跡について、クラークソンらは「約6万5000年前」を示し、批判を受けた後も「約5万9000〜7万1000年前」という幅でその年代を維持している
• オコネルらは、この遺跡に5万年より古い年代を当てるのは妥当でない可能性が高いとしている
• 地層の搅乱については、シロアリの影響を論じる研究と、それを否定する研究の両方がある
• ナンとリードは、21か所の物語について、「ほとんどの例で約7000年以上前の出来事を指すと考えるのが妥当」と結論した。これは海面変動との対応に基づく推定だ
未確認のこと
• シロアリ説の論文(Williamsほか)の掲載誌・巻号。整理資料では2021年の『Geoarchaeology』とされるが、論文本体は未照合
• 否定側の論文(Smithほか)の掲載誌と年
• 遺伝学など他分野からの年代の議論
• ナンとリードの論文が、物語が後の時代の観察や推論から生まれた可能性をどう検討しているか(本文は未照合)
• カイオワの二つの版の成立順序と、一方から他方への変化の有無
• 「文化が途切れずに続いている」という主張の根拠(遺跡の年代測定だけでは確かめられず、今回は扱っていない)
筆者の解釈
• 「データ損失ゼロ」という比喩は、口承を「一つの正しい形の複製」として見ていた。この連載で確かめた伝承は、そういう姿では記録されていなかった
• 宇宙OS理論から見れば、「更新不要」という褒め方は理論そのものと食い違っていた
今回の結論を一言で言うなら、こうなる。
人がそこに暮らした年数と、物語が変わらずに伝わった年数は、別の問いだ。
第29巻は、その二つを一つの数字にしていた。
ここまで、第4話と第5話では、自分たちの思い込みを修正してきた。
では、私たちが読んでいる「伝承」そのものは、誰の手で、どうやって文字になったのだろうか。
1897年のカイオワの語りを書き留めたのは、誰だったのか。
次回、第6話「誰が書き留めたのか」。
今度は、物語を記録した側を調べる。
参考資料
• GemideMANS『アボリジニ神話 〜ソングライン・歌が地図になった大陸〜』世界神話シリーズ第29巻
• Clarkson, C. ほか「Human occupation of northern Australia by 65,000 years ago」『Nature』547巻、306–310頁、2017年(doi:10.1038/nature22968)
• Clarkson, C. ほか「Reply to comments on Clarkson et al. (2017)」『Australian Archaeology』2018年(doi:10.1080/03122417.2018.1462884。対象となったコメントは同誌83巻、2017年)
• O'Connell, J. F. ほか「When did Homo sapiens first reach Southeast Asia and Sahul?」『PNAS』2018年(doi:10.1073/pnas.1808385115)
• Williams ほか「Identifying disturbance in archaeological sites in tropical northern Australia: Implications for previously proposed 65,000-year continental occupation date」(ResearchGateの書誌ページ。掲載誌は未確認)
• Smith, M. A. ほか「How do we distinguish termite stone lines from artefact horizons? A challenge for geoarchaeology in tropical Australia」(フリンダース大学)
• Nunn, P. & Reid, N. J.「Aboriginal Memories of Inundation of the Australian Coast Dating from More than 7000 Years Ago」『Australian Geographer』47巻1号、11–47頁、2016年(doi:10.1080/00049182.2015.1077539。要旨:ニューイングランド大学)
• 紹介記事(History News Network)
※英語資料からの引用・要約は筆者による訳です。




