
ゆとりストへの道
昨日。
私はショッピングモールの中を、誰と争うわけでもなく、背筋を伸ばし、腰から歩みを進めていた。
もちろん、向かう先は本屋だ。
私はついにゆとりストへの道を歩き出したというわけだ。
思い立ったが吉日だ。正確に言えば、思い立ったのは、その記事を書いた2日前ということになるが、ゆとりストはそんな細かいことを気にしない。
ちなみに、ゆとりストという言葉に別の意味が含まれないかは調査済みだ。検索結果に出てきたのは、高知県にある、全部平仮名表記のアウトドア宿泊施設、そして、東京都練馬区にある、やはり全部ひらがな表記の物件。
「ドラえもん」のように、ひらがな・カタカナハイブリッド式の「ゆとりスト」は、まだ誰の手にも汚されていないようだ。安心して「ゆとり三部作を読む人」という意味で使っていこうと思う。
そんなことを考えているうちに、私は、文春文庫の本棚の前に立っていた。
朝井リョウ、「あ」だから最上段だ。首を上げて探す。天井の蛍光灯が少し眩しく、コンタクトのレンズに乱反射するのか、文字が見にくい。ただのかすみ目かも知れない。
「時をかけるゆとり!あった!」
青い背表紙が、一冊浮かび上がっているように見えた。
前回の投稿にも書いたように、本屋というのは、ふらっと立ち寄ったときにはいろんな本と出会える。余裕があるから、気になって手にして、また棚に戻すという行為をする。
でも。いざ欲しい本への思いを胸にワクワクと出向いてみると、高確率で在庫がない。私にはそんな本屋あるあるがあった。
(本屋あるある、破れたり…!)
私は心の中でガッツポーズをし、すました顔で一冊だけの青い背表紙の上に指をかけた。ゆとりストへの道、はじめの一歩。第一作目を押さえた。
それにしても、朝井リョウさんと言えば、有名人気作家だ。ゆとり三部作は古い作品かもしれないが、今年本屋大賞を取った作家さんなのだから、もうちょっと推していてもいいのでは?
そうか、平積みだ。
私は視線を一番上から下へと一気に降ろす。
あった。
「そして誰もゆとらなくなった」は平積みされていた。
よし、とそれも手に取った。
でも、確かこれは第三作目のはず。二作目の「風と共にゆとりぬ」は…
それは、上にも下にも右にも左にも置かれていなかった。
本屋の店員さんの「気まぐれランダムパッチワーク陳列」が発動したかもしれない。その線を踏まえて、その台の隅から隅まで探した。
なかった。
でもまぁいい。上出来だ。ゆとり三部作の三分の二が、もう私の手中にある。ゆとりストは「二作目がない」なんてことで心乱されない。
レジで購入を済ませ、カバーをつけてもらい、私はほくほくとしながら店を出た。
本を手にして向かうところ。カフェしかない。
壁際のソファー席にサブバッグを置き、BOUKOU罪で執行猶予中の身である私は、ソイラテホットをデカフェで注文する。
そして、ショーウィンドウに並んだ、半分を黄色くシュガー?チョコ?コーティングされたドーナツが目に留まった。
彩りOIMOドーナツ。なんて秋らしいスイーツなんだ。タオルケットじゃ朝方寒くなってきたな、というぐらいしか秋を感じられていなかった私にピッタリだ。
注文の品を受け取り、私は一人用ソファに深々と包み込まれた。
久しぶりのコーヒーの味。
私の脳内は、ゆとりストではなくOIMOニスタになってしまっていた。
パクッと一口。お芋の香り、甘味。幸せのひととき。
今日一で幸せだ、と感じながら手元を見ると…

中は、ほんのりピンク色をしていた。
彩りは中にもあったんだ!OIMOは紅芋だったんだ!
紅芋とか紫芋って、どうしてその響きだけで人の心を震わせられるのだろう。ずるい。私も紅イコマと名乗ればいいのかもしれない。
紅芋パワーで多幸感に包まれた私は、本、ではなくスマホを手にする。
そしてnoteを開き、いつものようにフォロー中のエッセイを順番に読み始めた。
気づくと、ラテの泡で口ひげができそうな最終段階になっていた。OIMOドーナツは跡形もない。
私は我に返った。ゆとりストはどうした?
私の目の中の飛蚊症の虫さんやミミズさんたちは、紙の本を見ると、なんなのかテンションが上がり過ぎて暴れはじめるくせに、スマホの画面だとチルっていらっしゃる。
人間はどうしても楽な方へ、楽な方へと引きずられてしまうのだろうか。
カフェを出てからは、少しだけ服屋さんを見て、noteのコメントを返し。
朝井リョウさんが髪を伸ばしてパーマをかけたようなお兄さんに接客され、秋に重宝しそうなループファーニットベストを買い、noteのコメントを返し。
スーパーに寄って家に帰り、朝書いておいた愚痴の成仏投稿を送り出し、noteのコメントを返し。
バイト先から帰ってきた娘の、お局バイトさんに対する愚痴を小一時間聞いて、愚痴成仏アプリを勧め、noteを読んでコメントをし。
結局。
この日、私は朝井リョウさんのエッセイを一文字も読まなかった。
ゆとりストへの道は、近いようで遠いのかもしれない。
追伸。
今日、少し読み始めました。