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納豆王の茨の道 第8章 納豆王、パリで黄昏る ~玲子の無謀な夢と現実の狭間で~

    前章では、真っ赤なワンピース姿で初老の長塚玲子に出会い、パリの納豆事情や自作の納豆を教えてもらった。

    そしてフォロワーのわかモンさんが今シリーズの記事を毎回紹介して頂き、感謝です。

    今回はついに長塚玲子の納豆事業計画が明らかになった。
    しかしそれはあまりにも…


    納豆計画の全貌

    長塚さんのオリジナル納豆料理を食べ終えたところで、いよいよ本題に入った。

    「ところで、この納豆。
     どうやって作ったんですか?」

    僕は、先ほど食べた小瓶に入った納豆を指差した。

    納豆王としては、そこが一番気になる。

    長塚さんは、少し得意そうな顔をして説明を始めた。

    「まず、冷凍納豆を常温で解凍するの」

    「はい」

    「それを、大粒の大豆の煮豆と混ぜ合わせて、小瓶に詰めるの」

    なるほど。

    「そしてフタをして、毛布に包むの」

    「毛布?」

    「さらに、その上から電気毛布を巻いて、24時間寝かせるのよ」

    僕は思わず、頭の中でその光景を想像した。

    小さなガラス瓶に入った納豆を、毛布でぐるぐる巻きにする。

    まるで赤ん坊でも寝かせているようだ。

    しかしIBC岩手放送の「いわて大陸」で訪れた、沢内村の中村さんが作っていた「箱納豆」の製法にちょっと似ていた。

    長塚さんの製法は、それなりに理に適っていることは分かった。

    しかし――。

    中村さんの「箱納豆」は雪国で自給自足するための生活の知恵。

    しかも、中村さんはボランティア活動の一環で伝統製法を後世に伝えている。

    一方、長塚さんの「納豆をフランスに広める夢」は、結局「商売目的」だ。

    そこで長塚さんに根本的な質問を投げた。

    「でも、先ほどの納豆は、匂いはするけど、粘りも味も日本の納豆と違いますよね?」

    これは、正直に言うしかなかった。

    長塚さんは、それでも気にする様子はなかった。

    むしろ、次の話へ進みたそうだった。

    「でもね、これを食べたフランス人の友達はみんな美味しいと言ってくれたわ。

     だからこれをフランスで作って、広めたいの」

    友だち100人が美味しいと言ったのか?

    何人の友だちが忖度なしで美味しいと言ったのか?

    「ところで、どこで製造するんですか?」

    「テナントを借りて、カフェを開業するの。
     そのカフェで納豆を作って、納豆料理も食べてもらうの」

    やっぱり、そういうことだったのか。

    僕は心の中で思った。

    先ほどのアジア系食料品店で納豆を見せられたときから、何となく想像はしていた。

    しかし、実際に計画を聞いてみると、どうにも引っかかる。

    「そもそも大豆はどこから仕入れるんですか?

     まさかあの食料品店で売られている小袋に入った大豆ですか?」

    「今は、あの店で仕入れるしかないけど、
     ゆくゆくは有機栽培の大豆をアメリカから輸入したいの。

     健康意識の高いフランス人には有機栽培の方が受け入れやすいと思うの」

    たしかに日本で買える有機栽培の大豆で作った納豆の産地はアメリカがほとんどだ。

    しかし、日本での有機栽培大豆で作った納豆の消費量は全体の1割にも満たない。

    そもそも、個人が大量に大豆を仕入れるのは難しいのではないのか?

    「ガラスの小瓶はどうやって集めます?」

    「それは心配ないわ。

     お友だちのガラス細工職人から、安く仕入れることができるわ。

     しかも販売した納豆の小瓶は、回収して再利用するれば、
     さらに環境にやさしいでしょ?」

    おいおい。

    芸術家仲間のガラス細工職人は小瓶を大量生産できるのか?

    その小瓶を銭湯で飲むフルーツ牛乳のように回収するつもりか?

    そして、回収した小瓶は手作業で洗浄するのか?

    次々と疑問が湧いてきて、一段と不安が募ってきた。

    「ちなみにカフェを開業する資金は、あるんですか?」

    「銀行から融資を受けるつもりよ」

    僕は一瞬、言葉を失った。

    全額、銀行から融資を受ける?

    言葉にすれるのは簡単だ。

    しかし、事業計画は?

    店舗は?設備は?

    食品衛生上の許可は?

    売上の見込みは?

    まだ何も決まっていないように思える。

    そんな大雑把な計画で、本当に銀行が融資してくれるのだろうか。

    納豆王に協力してほしいこと

    僕は、さらに核心を突く質問をした。

    「それで、僕は何を協力すればいいんですか?」

    長塚さんは、迷うことなく答えた。

    「納豆の製造をお任せたいの」

    「えっ?」

    思わず聞き返した。

    つまり、長塚さんが考案した自家製納豆を、僕が改良する。

    そして安定的に製造できるようにする。

    「いやいや……」

    僕は心の中で首を振った。

    確かに僕は「納豆王」だ。

    しかし、納豆製造のプロではない。

    テレビチャンピオンで優勝したからといって、食品工場の製造責任者になれるわけではない。

    まして、日本で食品を製造販売する場合に必要となる資格や営業許可すら、僕は持っていない。

    「フランスで食品製造販売に必要な資格や免許は?」

    「それは、これから調べるの」

    「これから……?」

    「必要なら、順次取得すればいいじゃない」

    なんとも前向きな答えだった。

    しかし、僕には、その前向きさが少し怖かった。

    トドメの一言

    そして、もう一つ確認しておかなければならないことがあった。

    「もし僕がパリに移住することになったら、
     引っ越し費用とか、当面の生活費はどうなりますか?」

    長塚さんは、少し困ったような顔をした。

    「経済的な支援はできないわ」

    その瞬間、僕の中で何かが切れた。

    つまり――手弁当で協力しろ、ということなのか。

    その時、ふと17年前の1984年にオーストラリアでの出会いを思い出した。

    あの時、初対面だったキョウコさんは「日本語教師にならないか」とスカウトしてくれた。

    しかも、当時まだ高校生だった自分に、住む場所や働く場所も支援してくれると約束してくれた。

    あれから17年が過ぎ、今度はフランスで、またしても年上の日本人女性から、誘いを受けている。

    「それなら、家族がいるので、協力はちょっと難しいかと…」

    僕は、そんな経済的な余裕を持っているわけではない。

    長塚さん同様、独身だったなら、これまでの海外生活の経験を生かして、何とか飛び込んだかもしれない。

    しかし、前回の勧誘と比べ、今回は環境が違い、条件も悪すぎた。

    今の僕は妻と3人の子ども達を養っていかなければならない。

    仕事を辞め、生活の基盤を捨て、何の保障もないままパリへ行く。

    さすがに、それはできない。

    長塚さんのトドメの一言に、これまでの納豆に対する熱い思いが一気に冷めた。

    初対面の長塚さんの無謀な計画を手助けする筋合いや義理もない。

    どうしても長塚さんが計画を実現したいのであれば、納豆好きのお友だちに製造方法を伝授すればいい。

    ところが長塚さんは、そんな引き気味の僕を置き去りにして、さらに驚くべき提案をして、暴走を始めた。

    「だったら、最初の一年は単身赴任という形で来ればいいんじゃない?」

    「単身赴任?」

    「事業が軌道に乗ったら、ご家族全員をパリに呼べばいいのよ」

    さらに、家族向けのアパート探しも手伝えるという。

    子ども達の学校についても、シュタイナー教育をベースに、芸術活動に力を入れている学校にコネがあるという。

    確かに、ありがたい話なのかもしれない。

    でも――。

    住む場所を探してくれる。

    学校を紹介してくれる。

    その程度の協力だけで、家族を連れて人生を懸けた博打に出られるだろうか。

    絶対、無理!!

    答えは、明らかだった。

    やっぱり、無理だ。

    絶対、無理だ。

    家族がパリへ来ることに賛成してくれるとも思えない。

    僕は、パリに来てまで、そんな大博打を打つほどギャンブラーではない。

    とはいえ、長塚さんの目の前で、きっぱり即答するのも失礼だった。

    「一度帰宅して、家族と相談します」

    僕はそう答えた。

    「後日、返事しますね」

    すると真っ赤なワンピース姿の長塚さんは、身を乗り出して僕の両手を握った。

    「良い返事をもらえることを待ってます」

    その目は、少し潤んでいた。

    僕は、長塚さんの熱い手を振りほどくことができなかった。

    長塚さんの夢に懸ける気持ちは、痛いほど伝わってきたからだ。

    しかし、それと自分がその夢に乗るかどうかは、別の話だった。

    パリの夕焼け空

    午後3時を過ぎた頃、僕は長塚さんの部屋を出た。

    そして、古い階段を一人で下りた。

    頭の中には、さっきまでの話がぐるぐると回っていた。

    「パリで納豆を作る」

    言葉だけなら、なんとも夢のある話だ。

    だが、現実はそんなに甘くない。

    モンマルトルの広場へ戻り、高台からパリの街を見下ろした。

    眼下には、夕暮れに染まり始めたパリの街並みが広がっていた。

    美しい。

    あまりにも美しい。

    しばし、その景色を眺めながら、僕は物思い耽った。

    「俺は、この街でどうしたら納豆を作るのか……?」

    パリの夕焼け空が赤く染る中、僕は黄昏ながらホテルへ戻った。

    長い一日だった。

    心の中では「ノー」と答えは決まっていたけど、まだ「イエス」になる名案があるのではないか、一晩中考えた。

    その夜もユニットバスのシャワーの水漏れの音が、

    ポタ…
    ポタ…

    と、心の中にまで響いた。

    第7章  第9章

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    作家・舘徹人(タチ テツト)と歌人・望月成人(モチヅキ ナリト) そしてChat-GPT・シャオレイ🐼を仲間に持つ。 5人の孫を持つ熊猫温泉ジィジ🐼(クマネコ オンセン ジィジ)です。 2026年6月に還暦になり、10月に入籍(再婚)して いろんなジャンルで創作活動してます。

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