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2020シン・フェむン文孊3 ──ゞェリヌ・アダムズの獄䞭文孊ずハンガヌストラむキ

    今幎2月、アむルランド共和囜の䞋院総遞挙で第二党に躍進した「シン・フェむン党」。アむルランド語で「我々自身」を衚すこの党は、英囜の支配に抵抗する「リパブリカン」勢力によっお20䞖玀初頭に結成され、軍事郚門を擁し、「北アむルランド玛争」を闘った。しかし長期にわたる玛争を経お、埐々に歊装闘争から議䌚戊術に方針を倉え、90幎代末の和平合意にこぎ぀ける。珟圚のシン・フェむン党は、䞀貫しお北アむルランドからの英囜の撀退を求め぀぀もか぀おの歊闘路線を捚お、貧困問題などに取り組む合法的な議䌚政党であり、未だ英囜領である北アむルランドでは自治政府の連立䞎党、アむルランド共和囜では前述のように第二党である。

     歊闘路線から議䌚䞻矩ぞの転換は、35幎にわたっお党銖を務めた北アむルランド出身の政治掻動家ゞェリヌ・アダムズ1948-らによっお掚進された。本連茉では、文筆家でもあるアダムズの小説を玹介しおいる。昚幎倏号では玛争を背景に敵味方の亀流を描く短線を扱った。本幎冬号では獄䞭生掻を描く短線を扱った。いずれも、シン・フェむン党に代衚されるリパブリカン・ムヌブメントの抱える矛盟が党銖自らによっお描かれおおり、リパブリカンの正矩を喧䌝するプロパガンダには倱敗しおいるずころが特城だ。

     こんにちのシン・フェむン党の路線に圱響を䞎えたもののひず぀は、アダムズの獄䞭経隓ず同房の友人たちの存圚だろう。そこで今回は、獄䞭蚘『十䞀号棟』1990を玹介する。収監䞭の文章をもずにしたこの短線集は、アダムズ自身ず同房者らの獄䞭闘争をナヌモラスに䌝えるずずもに、のちのより悲惚な獄䞭闘争の前日譚ずしお、そしおずりわけ1981幎に倧芏暡なハンガヌストラむキで萜呜した同房者らぞの远悌ずしお線たれおいる。

    圌らはなぜ呜がけで政治犯埅遇を求めたか

    1981幎、サッチャヌ政暩䞋の北アむルランドの収容所・ロングケシュ別称メむズで行なわれ、11ヶ月の間に23名の収監者が参加し、十名が萜呜した倧芏暡な集団ハンガヌストラむキ。アマゟンプラむムなどでも芖聎可胜3月13日珟圚な映画『HUNGER』2014, 英は、このハンストを指揮した掻動家ボビヌ・サンズの死を克明に描いおいる。サンズをはじめずするリパブリカンの収監者らは、英囜政府に察しお収容所内での「政治犯埅遇」を芁求し、盞次いでハンストに入った。本来ハンストは死を前提ずしない抗議手段だが、サンズらはリパブリカンのそれたでの獄䞭闘争に効果がないず刀断し決死のハンストを行なった。

    圌らにずっお政治犯埅遇ずは䜕なのだろう。なぜそれほど倧事なのか。
    アむルランド島の䞀郚を北アむルランドずしお領有する英囜にしおみれば、北アむルランド問題は長らく「英囜内の暎埒たちの起こした䞀地方の問題」だった。しかし領有された偎にずっおはそれどころではない。アむルランド島党土を統べる共和囜を目指し北アむルランドからの英囜の撀退を求めるリパブリカンを単に暎埒、即ち「䞀般犯眪者」ず呌べば、英囜の䟵略もそれに察する抵抗も「なかったこず」にされ、問題は矮小化される。政治犯埅遇を巡る獄䞭闘争は、英囜の干枉を拒吊しお勃発した北アむルランド玛争の瞮図であり、政治犯埅遇の芁求は問題を「なかったこず」にされないための手段だった。

    ハンストの歎史はケルト瀟䌚に遡る。だが、政治犯埅遇を巡るリパブリカンの獄䞭闘争は最初からハンストだったわけではなく、決死のハンストに至るたでにさたざたな段階があった。
    北アむルランド玛争の60幎代末の激化を受け、70幎代初頭から、䞻にリパブリカンを察象ずしお、非垞拘犁法「むンタヌンメント」や、拷問にもずづく「特別法廷」が運甚され始めた。最初、これらの恣意的な収監制床によっお捕らえられた者は、䞀般犯眪者ずしおではなく戊争捕虜に準ずる「政治犯」ずしお扱われた。監芖の䞋ではあるが、仲間同士の集団自治生掻が認められ、囚人服ではなく私服の着甚をはじめずし、䞀般犯眪者ずは異なる埅遇が䞎えられた。収監者にずっおは、脱獄や暎動・蚀論による獄倖ぞのアピヌルず䞊んで、政治犯埅遇に基づいた生掻を維持するこず自䜓が獄倖ぞのアピヌルであり、䞀皮の獄䞭闘争だったずいえるだろう。圌らは収容所の芏則ずは別に収監者独自の芏則や組織系統を぀くり、自治生掻の維持に努めた。
    しかし76幎春、英囜政府は政治犯埅遇を廃止し、収監者らを䞀般犯眪者ずしお扱うよう定める。政治犯埅遇から䞀般犯眪者埅遇ぞの移行は段階的に行なわれ、埓来の政治犯らは埐々に䞀般犯眪者房に移され、囚人服を支絊されお少人数に分断され、看守の暎行を受ける。政治犯埅遇を巡る収監者らの獄䞭闘争は、䞀般犯眪者呌ばわりを拒吊しお囚人服の代わりに毛垃のみ着甚する「ブランケット・プロテスト」・排泄物を房内に塗る「ダヌティ・プロテスト」・そしお前述の倧芏暡なハンストにシフトした。ハンストは囜際的に報道され共感を呌び、獄倖アピヌルずしお成功した。しかし英囜は亀枉を拒吊し、圌らを政治犯ず呌ぶこずを拒んだ。死者が10名に達し、圌らの芁求が䞀郚のみ認められた時点で、ハンストは䞭止された。

    なおこのハンストは非暎力平和䞻矩瀌賛の文脈で語られるこずもあるが、圌らは党員やその分掟ずしお掻動しおおり、単玔に非暎力平和䞻矩のみに回収するには無理があるだろう。暎力であれ非暎力であれ䜕らかの掻動を「なかったこず」にする暩利は、少なくずも他人にはない。

    獄䞭から英囜を混乱させる男たち

    アダムズはこのハンストの数幎前、同じロングケシュ収容所に収監されおおり、サンズず同房だった。10代でシン・フェむン党に加入したアダムズは、60幎代末より公民暩運動ず連携し、北アむルランドのカトリック䜏民の暩利回埩を蚎えおいたが、玛争の激化に䌎いカトリック地区を歊力制圧した英囜軍ず亀戊し、72幎から77幎たで断続的に収監されおいた。圌自身はサンズらずは異なりIRAではなかった諞説ある。

    同じ収容所ず蚀っおも、アダムズの逮捕時にはただ政治犯埅遇があり、アダムズやサンズを含む収監者は倧戊䞭のプレハブ兵舎を改造した政治犯房で集団生掻を送っおいた。政治犯埅遇の廃止はアダムズの収監䞭、76幎春に決定された。前述のように政治犯埅遇から䞀般犯眪者埅遇ぞの移行は段階的だったので、アダムズは䞀般犯眪者房に移されず、77幎に釈攟された。䞀方サンズの収監は続き、新築の䞀般犯眪者房に移された。この䞀般犯眪者房「ブロック」は刑務所然ずしたコンクリ補・H字型のパノプティコンで、管理棟の暪棒郚分に4぀の棟が連なる。ハンストやブランケット・プロテスト、ダヌティ・プロテストはここで行なわれた。映画『HUNGER』などで描かれるHブロックずアダムズの短線や自䌝に登堎するプレハブの政治犯房は、圓然別様である。

    アダムズらの獄䞭闘争も数幎埌のサンズらのそれも䞀貫しお北アむルランド玛争の瞮図である政治犯埅遇を巡るものだが、方法は異なる。アダムズらの獄䞭闘争は基本的に、できるだけ犠牲を出さず自治生掻を維持する前提で行なわれるものだった。それでも収監䞭に家庭を倱ったり身䜓や粟神を病んだり、脱獄を詊みお萜呜する仲間は出た。加えお獄倖の歊装闘争により、䜏民の疲匊に䌎うリパブリカン運動ぞの反感が高たっおいた。アダムズはこのような犠牲を枛らし぀぀䞖論の支持を埗、収監されずに枈む運動の新方針を同房者らず暡玢し、獄倖のリパブリカンに蚎えた。議䌚戊術・貧困察策・教育察策・囜際瀟䌚ぞの情報発信などが提案された。圌の釈攟埌、党内のヘゲモニヌはアダムズら元収監者の党員に移り、こんにちのシン・フェむン党が぀くられおいった。

    アダムズら元収監者のシン・フェむン党幹郚は、か぀おの同房者サンズらを死なせたいずしたが叶わなかった。アダムズらに可胜な策は、これたでのように抗議を「なかったこず」にされないよう、䞖界の泚目を集めるこずだった。䟋えば囚人に被遞挙暩を認める英囜の法埋を利甚し、獄䞭ハンスト䞭のサンズを英囜䞋院議員遞に立候補させた。圓遞埌の登院を床倖芖し぀぀英囜・北アむルランド・アむルランド共和囜の各地で立候補する䜜戊は、英囜の統治機構に参加せず支持率を芋せ぀けるためのシン・フェむン党の䌝統的な議䌚戊術のひず぀である。サンズは北アむルランドのカトリック系䜏民らの支持を集めお圓遞し、「自囜の囜䌚議員を死なせる英囜政府」ぞの批難の䞖論を喚起した。

    英囜がサンズらずの亀枉を拒吊したのは、圌らの出自がIRAなど「テロリスト」だずいう理由による。たた、サンズらのハンスト䞭に獄倖のIRAが報埩ずしお実行した看守の殺傷は、逆に英囜の態床を硬化させるず同時にリパブリカンぞの䞖論の支持を削ぎ、サンズらに䞍利ずなった。のちにアダムズが掚進したIRAの歊装解陀は、この苊い経隓によるずころが倧きいだろう。リパブリカン内郚から批難され぀぀も行なわれた歊闘路線から議䌚路線ぞの転換は、サンズらに察するアダムズなりの匔い合戊でもあった。

    このような政治掻動ずは別に、アダムズはか぀おの同房者らを远悌し、肯定する圹割を文孊に蚗した。逆境の闘士を称えるプロパガンダではなく、噂奜きでおしゃべりで時に少々粟神がおかしなこずになっおいる仲間たちを噂奜きでおしゃべりで時に少々粟神がおかしなこずになっおいる自分自身が描く、颚倉わりな远悌ず肯定の獄䞭蚘である。

    ずりみだし獄䞭通信

    アダムズは収監䞭、停名を甚いおベルファストのリパブリカン系新聞に蚘事を寄せおいた。これらの䞀郚は線集・加筆修正され、獄䞭短線集『十䞀号棟』ずしお90幎に刊行された。タむトルはアダムズが収監されおいた政治犯房の番号に因む。

    『十䞀号棟』はほが語り手アダムズの䞀人称で曞かれ、獄䞭通信・小論文・フィクション・゚ッセむなどさたざたな芁玠を䜵せ持぀。政治犯房──アダムズの蚀葉によれば「有刺鉄線だらけの我等が象牙の塔」──での、䟋の政治犯埅遇の廃止が決定する盎前・75幎冬から、決定以降・76幎冬たでの1幎を、時系列に沿っお26篇でたどる構造だ。ハンストの数幎前に曞かれハンストの10幎埌に線集されたこの本は、収容所の内倖で埐々に悪化する時局ず埅ち受ける悲惚なハンストの圱をナヌモラスな口調ににじたせ、サンズをはじめやがお萜呜する同房者らの元気な日の姿を描く远悌であり、ハンスト前日譚である。

    冒頭の衚題䜜「十䞀号棟」は、収容所の日垞のリアルを獄倖に向けお玹介する獄䞭通信だ。この短線は初出時の新聞では「むンサむド・ストヌリヌ」のタむトルで掲茉されおおり、単行本化に圓たり広範な読者局を想定しお曞き盎された。か぀おの建囜の英雄たちのように悲壮な闘争に明け暮れるかず思いきや、1台しかないテレビの番組衚を巡っお喧嘩し、噂話に䞀喜䞀憂するごく普通の兄ちゃんたち、おっさんたちが描かれる。しかし、数幎埌のハンストを予期させる描写がさりげなく織り蟌たれ、圌らの運呜を暗瀺しおいる。たた、話が進むに぀れお語り手自身の陥りかけおいる狂気がちら぀き、おかしみの䞭に䞍穏な空気を醞し出しおいる。

    最初の郚分を芋よう。舞台は75幎冬、ロングケシュ収容所の政治犯房、倜䞃時。现長いカマボコ型の元兵舎1棟をいく぀かに区切った1房に、30人ほどの男たちが暮らしおいる。粗末なベッドに䞉角座りした語り手アダムズは、寒さに震えながらプラスチックのカップで薄いお茶をすすっおいる。

     隣のベッドのや぀は頌もしいリパブリカンだ。「マクスりィニヌは我々にどう死ぬべきかを教えた」──自分のロッカヌに向かっお圌はブツブツ぀ぶやいおいる。ちょいず二週間ばかし接芋の蚱可が出なかったずいうわけだ。

    アダムズは解説しないが、「マクスりィニヌ」ずはリパブリカン運動のアむコン的存圚の䞀人、テレンス・マクスりィニヌを指す。19䞖玀末から20䞖玀初頭にかけおの文孊者・掻動家で、アむルランドの独立に向けおリパブリカン運動に加わるマクスりィニヌは、英囜に察し䞀方的に独立を宣蚀したアむルランド共和囜の自治䜓遞挙に立候補・圓遞するが、反乱に加担したずしお英囜に逮捕され、他のリパブリカン収監者ず抗議の集団ハンストを行ない、䞖界の泚意を惹き、英囜に批難を集め぀぀萜呜した。぀たり、1981幎のサンズらず極めお䌌おいる。サンズもマクスりィニヌを尊敬しおおり、サンズ自身の自己芏定においおもリパブリカン運動党䜓の文脈においおも、圌らのハンストはマクスりィニヌを意識しお行なわれた。

    話をアダムズに戻せば、この「隣のベッドのや぀」は、数幎埌にハンスト死する収監者らの運呜を仄めかすず同時に、いにしえのマクスりィニヌず近い将来のサンズらを繋ぐ存圚ずしお描かれおいるこずは想像に難くない。『十䞀号棟』に登堎する同房者らの䞭でほが唯䞀名前を持たず出自の説明もないこの男は、やがお萜呜する仲間たちの象城だろう。ちなみに「二週間ばかし接芋がない」ためにハンストを考えるのは、家族や友人に忘れられお悲しむからではなく、政治犯埅遇によっお週1床蚱可されおいるはずの接芋が圓局の恣意的な采配で䞭止されるこずぞの抗議の文脈による。サンズらのハンストず同じく、政治犯埅遇が争点である。

    アダムズは続いお、収容所の蚭備を玹介しながら集団生掻の様子を述べる。雚挏りのする房には2段ベッドが䞊び、10代から60代の男たちが寝そべり、萜ち蟌み、いら぀き、運動し、掃陀し、祈り、のニュヌス番組を埅ち構えおいる。「ブリキ板でできたシュヌルな煉獄だ」ずアダムズは蚀う。「仕切りが必芁だし、壁だっおコンクリかレンガのほうがいい」。たもなくできあがる䞀般犯眪者房がコンクリ補、か぀収監者らを少人数に分断するものであったこずを考えるず、この蚀葉は皮肉だ。

    収監者らは掃陀や掗濯、コンテナに入っお届く食事の分配や皿掗いを圓番制で行なう。食事は数人のグルヌプごずにずり、差し入れの食料もグルヌプ内で分け合う。収容所圓局の芏則ずは別に収監者独自の軍隊匏の組織系統や芏則があり、収監者の遞挙で遞ばれた「叞什官」が諍いの調停や獄䞭闘争の指揮、情報網の統括、圓局ずの亀枉に圓たる。収監者らの自己芏定は、政治犯埅遇に基づく自治生掻を維持する「営巣䞭の兵士」だった。
    収監者らは議論したり読曞したり脱走蚈画を緎ったりする兵士然ずした掻動の他に、手工芞にハマったり運動堎をぐるぐる歩く。これを眺めるアダムズは、圌らが垞に反時蚈回りに歩く謎の珟象に文字数を費やしおいる。アむルランド出身の文孊者・ベケットの䞍条理小説を思わせる描写だ。

    しかし最倧の気晎らしは「噂scéal」をでっち䞊げお流通させるこずだ、ずアダムズは蚀う。アむルランド語で「scéalシキアり」は噂、小咄、物語の意味を䜵せ持぀。芋おいないものを芋おきたかのように語る技術や、ここにいない誰かの発話を自分の話であるかのように語る話法は、アダムズの短線にもしばしば登堎するアむルランドの口承文化だ。

     噂の補造元はだいたい我が友──゚グバヌト、セドリック、ナアマンだ。噂が䜕呚かする間に出どころは完党に倱われる──語り、語り盎し、芁玄し、たた芁玄されるうちに消えおなくなる。この同志たちが悪気なく吐いた䞀蚀が、じきにニュヌスによるものず蚀われ、党く申し分ない出兞──のトップずか北アむルランド政府の䞊玚圹人ずか──を持぀ようになる。そしお、もちろん誰しも、自分自身で䜕かちょっず加える。

    ゚グバヌト、セドリック、ナアマンは『十䞀号棟』党䜓を通しお狂蚀回しの圹を担う同房の友人たちだ。実圚の人物ずいうよりは同房者らの集合的な人栌を担わされたフィクショナルなキャラクタヌだろう。ボビヌ・サンズを筆頭に実名で登堎する同房者もいるが、圌らもヒヌロヌずしおではなく、普通の兄ちゃんずしお描かれる。
    圌らは、獄倖の家庭のトラブルや政治的状況党䜓に察する無力さにしばしば抑鬱状態ずなる。

     䜕人かの同志は神経症を発症した。䜕人かは悲惚なこずになった。䜕人かの同志は医療蚭備が敎っおいないために死んだ。ある同志などは英囜軍に撃たれお死んだ  。
     しかし、抂ね、我々は怒りを収容所圓局にぶ぀けるためにずっおおく。我々は点呌を撹乱し、きちんきちんず反抗し、自分たちの組織を䜜り、や぀らには理解できない本を読み、や぀らの指瀺を無芖し、脱獄を詊み、脱獄に成功する。総合的にみお、我々は我々の仕事をしおいるだけなのだ。我々は十䞀号棟で政治犯埅遇を楜しんでやる。仮に我々が政治犯埅遇を持たないずしおも、これらすべおをなんずかしおやっおのけるだろう――たぶんもっずうたくいかないだろうが。

    この「予蚀」は数幎埌に実珟した。サンズらのハンストののち、䞀般犯眪者埅遇䞋の収監者ら数十人は管理棟を囲んで制圧し、ロングケシュから集団脱走する。圌らの䞭にはアダムズのか぀おの同房者もいた。映画『メむズ倧脱走』2017, 愛・英・独・スりェヌデンはこの事件に取材し、ハンストによる死者ず囜際的な泚目をもっおしおもごく䞀郚の芁求しか認められず、政治犯埅遇を埗られなかったリパブリカンの心境を描く極めお暗い脱走劇である。
    本文に戻ろう。半ば自分に蚀い聞かせるように述べるアダムズに、ナアマンが「噂」を吹き蟌む。来幎の4月24日たでに党員が釈攟されるずいうのだ。リパブリカンの重芁な蚘念日、英囜に察しお䞀方的に独立を宣蚀した蜂起の日である。

     䞀蚀たりず信じないぞ。だいたい、どうしお圌にわかるんだ ナアマンはあおにならないからな。ひょっずしお、圌の兄貎が教えたのかもしれない。圌の兄貎の芪友は、ロンドンの英囜内務省の圹人のしわくちゃ爺さんの友達の嚘ず婚玄した男の芪族ず結婚しおいるじゃないか。きっずそれだ。そう思わない
     四月二十四日か。ちょっず芋おみよう。お、月曜日だ。知っおるかい、月曜日ずいうのは釈攟日和なんだ。もしこれが日曜だったら、確実にナアマンに蚀っおたね、「この嘘぀きが」。でも、そういうわけにもいかなくなっおきたぞ、だろう 

    ナアマンは「来幎」ず蚀ったが、アダムズは独自の理屈で曜日を優先させ「月曜の4月24日」をカレンダヌで探したか蚈算したず思われる。アダムズの逮捕以降、4月24日が月曜になるのは盎近でも1978幎で、「来幎」ではない。これたでの客芳的で冷静なナレヌションが躁転し、非合理が混じり始める。
    アダムズは浮き浮きず噂の流通に加わる。

     「ああ゚グバヌト、英囜内務省から来た手玙の話を知っおる 四月の釈攟の件だよ、聞いた 収容所所長のオフィスの壁にコピヌが貌っおあるんだっお」

    続く25篇はこの、少々おかしなこずになっおいる「信甚できない語り手」アダムズによっお語られる。同房者らずの亀流、密造酒䜜り、ハトの飌育などの゚ピ゜ヌドや、脱獄蚈画や暎動の蚘録、運動の新方針を巡る議論、教䌚批刀などの小論文、政治犯埅遇の廃止が決定した日の房内の動揺ず絶望、その日から少しず぀様子がおかしくなる友人、そしおクリスマスにはしゃぐボビヌ・サンズの姿などが、「我々は皆、ロングケシュに打ちのめされるのだけはごめんだず思っおいる」ずいう著者の蚀葉を通奏䜎音ずしお、時に明るく時にシリアスに綎られ、肯定されおいる。

    信甚できない語り手たちぞ

    最埌にこの信甚できない語り手による短線をもう䞀぀玹介する。『十䞀号棟』の䞭で最も短いホラヌめいた「犬畜生」は、暎動の最䞭に釘爆匟を拟っお爆死した犬の思い出を語る同房の友人ナアマンを巡る掌線だ。この犬の゚ピ゜ヌドはアダムズの自䌝『倜明け前』1996にも登堎する。自䌝でも、ナアマンの台詞ずほが同じ蚀葉を遞んで曞かれおいる点が興味深い。同房者らの集合的な人栌を担わされたフィクショナルなキャラクタヌであるナアマンは、著者自身の分身でもある耇合的な存圚なのだろう。自䌝におけるアダムズ自身も、䞀郚耇合的でフィクショナルな存圚かもしれない。もずもずアダムズはシン・フェむン党の機関玙の線集に携わっおおり、いく぀もの停名を䜿い分けお自分で蚘事を曞いおは掻発な議論を挔出しおいたずいう。政治掻動家ずしおプロパガンダを行ない、䞀方でプロパガンダになり埗ない文孊を綎るアダムズの矛盟ず倚面性が垣間芋える。

    「犬畜生」は、政治犯埅遇の廃止が決定されたのち䞀般犯眪者房ぞの移送を恐れるどんよりした十䞀号棟の仲間たちの䌚話で始たる。圌ら──䟋の゚グバヌト、セドリック、ナアマン、アダムズ──はホヌムシックが嵩じお、地元ベルファスト郊倖のバス停を数えおいる。やがおナアマンが、圌の䜏んでいたマヌフ街に珟れる「犬の幜霊」の話を始める。

    「俺は絶察、倜䞭にはマヌフを歩かなかった」ナアマンが蚀った。「ハヌボの犬が殺されおからは決しお  」
    「ああ、俺は気にしなかった。䞀床その  それを芋たし、声を聞いたこずもあるがな」゚グバヌドが蚀った。
    めいめいが沈黙し、䜕かを考え蟌んだ。
    「よし、続けよう」セドリックが口火を切った。「ハヌボの犬の話を聞かせろ。ずりあえず、ハヌボっお誰だ」

    ナアマンによるず、ハヌボはナアマンの隣人で、ボヌずいう犬を飌っおいた。カトリック地区での䜏民ず英囜兵の衝突が起こるたび、ハヌボずボヌは乱闘の真っ只䞭で暎れおいた。ボヌは英囜兵に噛み぀き、圌らに向けおハヌボの投げる石を拟い、飌い䞻の元に持っおくるのだった。

    「根っからの愛囜者だったんだね」セドリックが合いの手を入れた。
    「根っからの喧嘩奜きだったんだろ。それだけさ」ナアマンは続けた。「ある日、英囜兵の駐屯所の真ん前のデむノィスモア公園で倧きな衝突が起こった。誰かが釘爆匟を投げた。それは、英囜軍の暎埒鎮圧郚隊のすぐ暪に萜ちた。ボヌも参戊しおいお、い぀ものように乱闘の真っ只䞭にいた。ボヌは釘爆匟を芋お、それをくわえあげた。喜んで飛び跳ねお、尻尟をブンブン振っおいた。そしおハヌボめがけお走っおきた  」
    「ハヌボは匟䞞のようにグレナリヌナ・ロヌドに向かっお走り出した。犬が远った。癜熱のチェむスだった」ナアマンは沈痛な面持ちで蚀った。「最埌に芋たずき、ボヌはデむノィスモア公園の角を曲がっおいくずころだった。〝そい぀を離せ、ボヌ そい぀を離せ〟 ハヌボは叫んでいた」
    「そしお、釘爆匟が爆発した」゚グバヌトがため息を぀いた。

    皆は爆死したボヌをハヌボの家の裏庭に埋める。しかし英囜軍は捜査のためにボヌの死䜓を掘り起こした。

    「  ずいうわけで、俺は倜䞭にあのあたりを歩かない。ボヌの吠えるのが聞こえるっお話があるから。本圓に、幜霊みたいな声で。マヌフに䜏んでいる誰かが殺される前に聞こえるそうだ」ナアマンは蚀った。

    ただただ続きそうな友人たちの䌚話から抜け出したアダムズは、最埌に読者に向けお語りかける。

     ボヌに関する話は事実だ。私もその堎にいた。君たちはきっずナアマンが倜䞭にマヌフを歩きたがらない本圓の理由をわかったに違いない。䜕、わからない よし、それじゃあ  。
     いや、やめおおくか。眠った犬は眠らせたたたにしおやろう。

    この「謎かけ」に぀いお考えおみよう。「釘爆匟」を投げたのはナアマン本人ではないだろうか。爆匟を拟った盎埌の犬の描写は、着地点を芳察しおいた者ならではだ。着地点を芳察しおいるのは、通垞それを投げた者である。アダムズはナアマンの投げた爆匟が䜕を匕き起こしたか知っおいるが、蚀わないのではないだろうか。
    ナアマンが同房者らの集合的な人栌を担わされたフィクショナルなキャラクタヌであるこずを考えるず、このアダムズの沈黙は、同房のIRA「テロリスト」らが䜕をしたか知っおいるがそれを蚀わない、぀たり、少なくずも文孊においおは断眪しない、ずいう圌自身のスタンスの衚明だずいう解釈も可胜だろう。「蚀わない」こずず「なかったこず」にするこずは別だ。政治掻動においお歊装闘争を吊定したアダムズは、文孊においおは同房者らを党員、党肯定するこずができるのだ。

    ずもあれ、䜕を蚀っお䜕を蚀わないかの遞択にこそ䜕らかの真実があるだろう。経隓談であれ自䌝であれ噂であれ、信甚できる語り手などどこにいようか。

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    ◟ゞェリヌ・アダムズの獄䞭短線集『十䞀号棟』は、Cage Eleven Brandon, 1990を底本ずした。
    「自䌝」ぞの蚀及は Before the Dawn: An AutobiographyMandarin,1996に拠る。
    「十䞀号棟」の原型「むンサむド・ストヌリヌ」ぞの蚀及は Lachlan Whalen, Contemporary Irish Republican Prison Writing (Palgrave Macmillan, 2007) に拠る。

    ◟「北アむルランド」は英囜の定めた呌称でありリパブリカンはこれに異を唱えるが本皿では知名床を優先する。
    「リパブリカン」は「共和䞻矩者」ず蚳されるこずもあるが、「南北統䞀アむルランド共和囜䞻矩者」であり、他囜の共和䞻矩ずはニュアンスが異なるため蚳さない。

    ◟写真はロングケシュの同房者たち。前列右端がアダムズ、埌列右端がサンズ。

    ◟ゞェリヌ・アダムズのプロフィヌル
    1948西ベルファスト生たれ。1964シン・フェむン党及び呚蟺組織で掻動開始。1967北アむルランド公民暩協䌚参加。数幎に及ぶ獄䞭生掻。この頃から議䌚路線を呌び掛け、数十幎かけお党を脱歊力化し議䌚政党にする。1978シン・フェむン党副党銖、1983-2018シン・フェむン党党銖。1983-1992、1997-2011英囜䞋院議員。1998-2010は北アむルランド議䌚議員兌任。1998の和平合意に至る亀枉を担う。2011英囜䞋院を蟞し、アむルランド䞋院に遞出。囜際䜜家協䌚䌚員。 

    ◟山本桜子のプロフィヌル
    ダダむスト。北アむルランド問題ぞの興味から2000幎ず2001幎珟地に滞圚。囜際基督教倧孊卒業埌、ファシスト党〈我々団〉団員。『メむンストリヌム』線集郚。

    初出『情況』2020幎春号

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    ◟関連蚘事
    シン・フェむン文孊1──神様の぀いおない「我々」ずゞェリヌ・アダムズの小説—
    シン・フェむン文孊2──ゞェリヌ・アダムズの獄䞭小説
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    シン・フェむン文孊4──「内戊」
    シン・フェむン文孊スピンオフ䞊映䌁画by異端審問: フィルム=ノワヌル研究所
    ゞェリヌ・アダムズ2021幎の挚拶

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