
石油が教えてくれる大切なこと
この過去回が好きな人は、今回の話も好きかもしれない。



いつものことだけれど。どんな人が読んでもわかるように書くから、そんなことは知っているよという人は部分的に読みとばして。本題(今回は石油)以外の話をはさまれるのが嫌な人には、私の文章はオススメできない。
石油の主成分は炭化水素(炭素と水素からなる化合物)だが、その分子量も構造もさまざまであるため、多様な炭化水素の混合物ということになる。
炭化水素以外、硫黄・窒素・酸素を含む化合物なども含まれているが。石油 = 多様な炭化水素の混合物と言っていい。
これには若干違和感を感じる人もいるかもしれないけれど(石油という概念みたいとか)、私たちは原油と石油製品を総称して、「石油」という言葉を使っている。
原油は地中から採掘した精製前の油。原油を精製してガソリンや灯油などに加工したものが石油製品。

原油を精製した残渣を総称してアスファルト。LPガス = Liquefied Petroleum Gas = 液化石油ガス。
加熱炉で原油を約350度に熱する。原油の蒸気として蒸留塔に吹きこむ。沸点の低いものから順に気化する性質を利用して、ガスから重油まで荒分けする。石油精製オペレーターさんたちがこの仕事をしてくれている。
日本に現在ある製油所は19箇所。

日本は、使用する原油のほぼ全てを中東を中心とした海外から輸入している。出光さんやENEOSさん、タンカーで運んでくれる方々、ありがとう。
中東の国々にも、ありがとうと言わなければ。アメリカおまいうという意味でも話題になった、ヴァンス米副大統領の「ありがとうと言ったことがありますか」を思い出す。公のシリアスな場で政治家がこれって笑っちゃ……子どもの頃に教わったことが大事なことだよね。

石油の成因についていろんな説が唱えられてきたが、現在も正確なところはわかっていない。
生物起源説(有機成因説)と非生物起源説(無機成因説)の2つが有名で、前者が主流。
石油の生物起源説では、石油は大昔の生物の遺骸からつくられたと推測されている。石油の中に生物由来と考えられる成分が含まれているため。
より具体的には、ケロンジェン源仮説が最も有力な説となっている。

100℃を超える熱にさらされた時、私たちがケロジェンと呼ぶものは熱分解され、私たちが原油と呼ぶものへと変わっていくと。
ケロンジェン仮説が正しければ。石油は生物の死骸から長い年月をかけてできあがるものということになる。すぐにはできないから再現なく採り続けていたら無くなってしまうということにもなる。(長い年月とはどのくらいか後で説明する)
石油は有限資源・石油は枯渇してしまうと言われているが本当なのか、と疑問に思ったことがある人もいるだろう。疑問に思うことはいいことだ。興味関心のない人は疑ったりしない。


新たな油田が複数発見されたこと・今まで採取できなかった石油を採取できるようになったこと・枯れた油田が復活した例があることから、40年ほどしかもたないと言われていた頃より、予想されるタイムリミットは延びたが。
(石油分解菌という菌がつくり出しているのではないかーーという説が出てきたりと、そもそもメカニズムが確定されていないが)生物起源説が正しければ、このままでは石油はいつか枯渇する。
石油の発生メカニズムが完全にわからないと、石油がいつか枯渇するかどうかもわからない。要するに、これが正確な答えだ。
だが。石油を燃やすということは、地中にあった炭素を二酸化炭素に変えて、大気中の二酸化炭素の濃度を上昇させるということだ。

石油に代わる新たなエネルギーの開発は、絶対に行われた方がいい。先の時間のことを考えて前もって打っておくのが、策だから。

動画をお借りする。
みんながAIや半導体関連ばかりに投資、こんなに「だろうね」と思うことはなかなかない。世界はもうずっとおかしくて。おかしくしているのは私たちで。私は、このことに比べたらよほど、AI自体を嫌ってなどいない。



「ありがとうと言ったことがありますか」ケロンジェン仮説からプランクトンに感謝の気持ちがあふれているであろう内に、この話をする。
メキシコ湾沖約80kmの石油掘削施設「ディープ・ウォーター・ホライゾン」で、2010年に爆発事故が起こり、海底の掘削パイプが折れて大量の原油が海に流出した。行方不明者も11人出た。(遺体が見つからなければ行方不明と呼ぶしかない)
この事故を題材にした映画がある。(貼った動画はそれぞれテイストが違ってどちらもよい)
海洋生態系の食物連載は、海洋性プランクトンの光合成などによって下支えされている。海面にただよう油膜は太陽の光をさえぎるだろう。
ここで前回とのつながり感も少し出せたと思う。


過酷な環境は生物を強くする話もこの過去回などでしてきたが、あわせて書いたこの事例↓はただの単発の虐待だ。


意図せず起こってしまった事故というのは、こんなものとはぜんぜん違うけれども。それでも……。
原油流出事故を伝えるニュースに必ず付随されるのが、油まみれになった鳥たちの姿だが。私もそうする。どんなに苦しんで死んでいったか、文字で長々と説明するより、ずっと伝わると思うから。



羽毛に空気をたくわえられなくなって、遊泳も飛翔もできなくなって体温は低下して、死んでいるのだ。魚たちはこんな状態になった海からできるだけ逃げ出しているだろうから、もちこたえるための栄養もとれないと思う。

1989年にプリンス・ウィリアム湾で起こったエクソン・バルディーズ号原油流出事故では、最大30万羽の水鳥が死亡したと言われている。
黒い黄金は、おそらく4億年前には生物の遺骸から形成されていた。
既知の油田の半分は、中生代と新生代第三紀からのもので。全世界の原油のほとんどが、2.5億年前~数百万年前の地層から発見されている。

アスファルトには天然のものが存在する。お借りしたショート動画で、世界最大のアスファルトの湖について教えてもらって。(YouTube上で動画を開けば日本語版が再生されると思う)
タール?これはピッチだから少し違う。天然アスファルトのピッチというのは、同じく天然アスファルトのタールよりも、固い。
また動画をお借りする。
「すごく重い。この中に落ちたら、たしかにぬけ出せない」「すごいにおい。ところどころぶくぶくしている」
タール湖は、野生動物にとってワナのようなものだった。ピッチ湖なら、ある程度の重さの動物まで沈まないだろうが(一歩だけ足を踏み入れてしまっても大丈夫だろうが)。タール湖の中から、生き物の化石や骨格が良好な保存状態で見つかっている。

ピッチ湖やタール湖は、30℃~55℃くらいだろうか、熱を帯びている。これらアスファルト湖に生息するバクテリアや微生物をゲノム解析したところ、そこにはおどろくべき多様性があった。
ピッチ湖に関するレポートが微生物研究誌でなく宇宙生物学誌に掲載されたのは、土星の衛生タイタンにピッチ湖と似ている「湖」があることがわかっているからだ。
What's Titan like? Titan is exactly like this.

タイタンの「湖」は液体炭化水素ではなくメタンで、水がないため生命は生き延びられないと考えられている。ピッチ湖の調査から、ごくわずかな水 × 大量の液体炭化水素でもなんら問題なく生命が活動していることがわかり、一部の学者たちが高まったのはわかるが。タイタンのメタン湖は、水がないだけでなく冷たい。
記事をお借りする。
それでなくとも。アスファルト湖で見つかった新種の微生物たちが、新たな抗生物質の生成をもたらす可能性がある。オイルを食料とするバクテリアも発見された。原油や重油の流出事故が起きた時、油を分解するバクテリアをそこへ投入できたらーー。
「これなら景観上・環境上の悪影響はない」「世界の鉄道の50%はこのシステムを導入できる」さすがスイス。愚痴を言うだけに時間を費やしている人たちに決してできないのが、こういう本当の成功だ。
アラブ首長国連邦のマスダール・シティーは、何%を目指すとかでなく0を有言実行している。最先端の再生可能エネルギー技術で、ゼロ・エミッションでゼロ・カーボンな都市づくりを。
アスファルトの語源は「倒れない」という意味の古いギリシャ語だ。
紀元前3800年頃のメソポタミア文明や紀元前2500年頃のインダス文明で、天然アスファルトが接着剤や防水材として使われていた。(諸説あり)


創世記11章3節「石の代わりにレンガを使い、モルタルにはタールを使った」


石油からも神の話する?する。〇〇学も△△学も、「神の話」でも足さなかったら無機質すぎて高まらないじゃん。聖書というポエムをそえるとステキな一皿になるじゃん。甘さには辛さ・ぬけ感とか、わかるでしょう。


このナラティブは、他にも考えをめぐらせられるものをもっている。
今まで貼ってきたのはブリューゲルの「小バベル」。これはブリューゲルの「大バベル」。サイズが倍くらい違う。

大バベルで細かく描きこまれているのは、塔自体よりも背景の方だ。見ていると地平線の向こうに興味がわいてきて、遠くへ旅に出たくなる。なんで一箇所に集まって塔なんか建てていたのだろうと、突然バカバカしくなってくる。
おかしな方向性に行っていたから言語をバラバラにされたのはわかる。だよね、うちらよくなかった。でも、反省しないで意地をはるわけじゃあなくって。違いがあるってすばらしいことだし、私たちきっとまた意思疎通してみせるから。その時は無駄に高い塔なんかつくらないって約束するし、みんなで力をあわせて全体にもっといいことをする。あなたのイケてるところって、私たちが何をしようがたいがい無反応なとこだから、ひき続き観戦してて(見守ってて)。ちょっと期待してくれてもいいよ。
あの頃僕は私はふてくされてばかりいた(歌詞)とか言える人、好き。
青森県や秋田県の縄文時代の遺跡から、天然アスファルトの付着した矢尻や土器が出土している。日本書紀に、668年の天皇即位式に「燃える土」が献上されたとある。
1800年代なかば。スイスのロック・アスファルト鉱山の技師が、あることに気づいた。荷車からこぼれたロック・アスファルトのかけらが、荷車の車輪で粉砕され踏み固められて、路面が良好な状態になっていたのだ。
この発見が近代アスファルト舗装につながったらしい。自動車が登場すると、走りやすく安定した道路が求められた。

1918年に来日した米国経済使節団から、日本の道路は道路と呼べるレベルではないと言われてしまった翌年、日本は道路法を制定した。国策としての道路の舗装や改良。

関係者によると、「道路公団が調べにきた。日本にはまだ高速道路がなかったから、サーキットを参考にして高速道路をつくったようなもの」
創世記6章14節「箱舟の内側にも外側にもタールを塗りなさい」
しばらく過去回を貼る。






中世になると、人間は石油のことを一旦忘れた。その後数世紀にわたり、ほとんど利用されることがなかった。
この後の展開をペーパーテストで問われたとして、誰もが「産業革命」と書けるだろうが。
細かいことを言うと、初期の産業革命に石油は関与していない。蒸気力・石炭・鋼鉄の三角関係によって加速されたものだからだ。石油が主要になりはじめたのは第二次産業革命から。



19世紀半ば、石油の抽出と加工が、ポーランド人・アメリカ人・カナダ人によってはじめられた。
前述したように、石油は古代から知られていたが。その真価が発揮されたのは170年前だ。
どこで何があったのか、詳しく解説していく。
リヴィウの病院の手術室を照らすランプとして、1853年に石油は真価を発揮した。

ウクライナの都市のリヴィウ?そうなのだが、当時はウクライナの都市ではなかった。

現在のウクライナ西部は(も)、歴史上、帰属する国や支配者が何度も代わってきた土地だ。
現ウクライナの全体的な土地で言うなら。ノルマン系のルーシがスラヴ人と同化しキエフを中心に繁栄して、キエフ公国が生まれた。ウクライナとロシアとベラルーシのルーツだ。モンゴル帝国に侵略され衰退。その後この地は、リトアニア大公国・ポーランド王国・ロシア帝国によって、領土化されたり実質支配されたりしてきた。これが9世紀~18世紀の話。
(ノルド人 → 東欧進出 → キエフ・ルーシと、これより前のことを書いていったら。勇猛果敢なヴァイキングたちまで出てきて、さすがにとっちらかってしまう。この過去回で読んで)

WWI終結まではオーストリア・ハンガリー帝国の支配下だった。戦後、東部中部はソ連の一部・西部は(新たな独立国の)ポーランドの一部とされた。WWⅡがはじまると、ナチス・ドイツとの秘密協定でソ連が侵攻してきた。1941年~1944年はドイツに占領され、ホロコーストの現場になった。戦後、ヤルタ会談の結果、実質ソ連の勢力圏に組込まれた。
今回の話に関係あるため、途中からポーランド目線で見てほしい。ポーランドが、ソ連に侵攻されドイツに占領されたと。
新たな独立国家のポーランド?後で詳しく書くが、ポーランドは一時(と言っても百年以上だが)、世界地図から消えていた。
ドイツとロシアにはさまれているポーランド。この地である民族なり文化なりが存続していくことが、どれだけ困難か。ヨーロッパの大国だった頃もあるし消滅してしまっていたこともあるというのが、それを物語っていると思う。

両国は連合国家を形成している。

これらを全てぬかしても灯油ランプの話をすることはできるが。それで何がおもしろいのという内容にしかならない。記号的な情報の羅列、一向に結ばれない点と点。それこそ時間の無駄。(主観)
イグナツィ・ウカシェヴィチという人物が、世界ではじめて澄んだ灯油の蒸留に成功し・灯油ランプを生産し・石油産業の先駆者となった。

1822年に、ポーランド分割後のオーストリア帝国のザドゥシュニキという村で生まれたが。ウカシェヴィチ一家は、彼が生まれてすぐにジェシュフ市に引越した。
「ポーランド分割後のオーストリア帝国」の意味がわからない人へ。この後わかるようになるから気にしないで。前段を読んでくれたことを無駄にしないよう、つなげていく。


石油の話を読みながら、ついでにと言うのも失礼だが、ポーランドが絶対にウクライナ側につくというのがわかったと思う。最近、少しもめているようだが。ウクライナのドローンはすごいから、みんな欲しのだろうな。
ちなみに、ショパンはジェラゾヴァ・ヴォラという村で生まれた。ワルシャワから車で1時間くらいの場所だ。
私はショパンを聞きながら続きを書く。あなたはショパンを聞きながら続きを読んで。
ウカシェヴィチ氏は、リヴィウの薬局「黄金の星の下」で、世界初の灯油ランプを灯した。
ファンタジーの世界の店ですか😮という感じ。
この薬局は今もリヴィウにある。

よく見たら、ケーキ屋さんじゃん。

ポーランド語の記事を見つけた。〜リヴィウに新しくオープンしたパティスリー「黄金の星の下」は、かなり不思議な場所。看板に「パティスリーであるだけでなく、薬局博物館でもある」と書いてある。菓子店になっても、かつて薬局であった歴史を残しているのだ。〜
あー、「サンタ・マリア・ノヴェッラ」みたいな感じか。



ピオトル・ミコラシュという人物が所有していたこの薬局には、医薬品の研究と製造のための研究所があった。工業目的の化学分析も行われていた。
黄金の星の下で1人の青年がランプを灯すと、「これは光ではなくて奇跡だ」と薬師たちが言った。ーーやっぱりファンタジー世界の出来事でしょ。これで脚色なしの史実ってすごいな😂

時をさかのぼって、解説していく。
ウカシェヴィチ少年は、高校時代は化学に没頭し・大学では薬学を学んだ。
アルコール系照明油を製造する工場に、よく足を運んでいた。アルコールは最良の光源とは言えないのに高価だ、と大人たち相手に語っていた。「知ったふうな口をききやがって。お前、俺たちにケンカを売りに来ているのかよ」「僕が解決策を必ず見つけ出すよ」

家計を支えるために14才から仕事をしていて、その頃から薬局で働いていた。(近くの小規模な薬局2つでバイトをして、親元を離れて星の薬局に就職した感じ)
1846年に、リヴィウなどのあるガリツィア地方で、大規模な民衆蜂起の準備が進められていた。革命組織(ポーランドの人たち目線で言えば革命)のメンバーに、24才のウカシェヴィチ氏がいた。

一旦、また歴史。
ポーランド分割:ポーランド・リトアニア共和国(共通の君主によって統治されていた、16世紀~17世紀のヨーロッパで最も大きかった国の1つ)の領土が、18世紀に3度にわたって周辺の国々から奪われ、滅亡したことをさす言葉。

ウカシェヴィチ氏はポーランド分割後のオーストリア帝国で生まれた、という意味がわかったと思う。
プロイセン軍を破ったナポレオンが、プロイセン領の旧ポーランドに、ワルシャワ大公国を建てた。ナポレオンはフランス人だし、ドイツ人大公がワルシャワ大公も兼ねていたしで、これでポーランドが復活したとはどのみち言いがたかったが。ナポレオンが没落してワルシャワ大公国は終わった。
その後に開かれたウィーン会議(1814年~1815年)で成立したポーランド立憲王国では、ロシア皇帝が国王を兼ねていた。以前に存在していたポーランド王国とは別ものであるため、立憲王国と。会議王国と呼ばれたりも。復活どころか、ウィーン会議でなされたのは4度目?5度目?の分割とも言える。

風刺画がこっけいなだけで。実際、笑える部分などどこにもない。
国家が消滅してから123年が経過した1918年、WWIを経てポーランドは再独立したが。先述したとおり、そこからまた、ナチス・ドイツに占領されソ連の影響下におかれ。
ウカシェヴィチ氏含む一部のポーランド人は、ロシアの実質支配からの独立をめざす運動を断続的に行っていたのだ。
私もウィーンから帰国して共に戦う!
バカを言うな。体の弱いお前が参戦したって、足手まといになるだけだ。
…………
命を捧げるのなら音楽に捧げろ。音楽を通してなら、お前にもできることがあるんじゃあないか。
私の空想だけれど。1930年頃に実際、父と息子の間でこのような主旨の手紙のやりとりはあった。そうしてショパンがつくった曲が『Etude Op.10,No.12』だ。革命のエチュードと呼ばれている。
ワルシャワとショパンの記事をお借りする。
十数年以内に反抗組織(当時のプロイセンやオーストリアやロシアの目線では反抗組織)が、ロシア人大公を襲ったり・ワルシャワで警察の隊長を殺害したりした事例があったため、取り締る方も本腰を入れていたのだと思う。
大したこともできぬまま計画はバレてしまい、組織のメンバーたちは逮捕された。

我々は、革命指導者が薬局の従業員と会っていたという情報を入手している。
伯爵との会合?あの方が馬を購入なさる日に、荷物もちなどの雑用係として私がお供させていただいたのが会合なら、たしかにしましたね。陰謀家らとの接触?おっしゃるとおり私は薬局で働いていますから、薬をほしいと言ってくる人がいれば、政治思想をたずねることなく販売していますが笑。反体制的な書籍?私の本棚にあるのは本ではなく、全て若くしてなくなった友人の形見ですが、そんなものは捨てるべきなら捨てます。
(必要以上にイヤミっぽいのは私がそう書き直したから😂)

彼の投獄が2年弱で済まなかったら、石油産業の確立は遅れていただろう。民衆蜂起が成功していたら、彼は戦死するか処刑されるかだったろうから、もっとずっと遅れていたかもしれない。
ウカシェヴィチ氏はミコラシュ氏を説得して、研究のためのシェール・オイルをたくさん購入させた。

他の従業員たちが「まさか飲むつもりじゃあないだろうな」と茶化すと、彼は真顔で「私たちは近々これで光輝く」と言った。

ウィーンで、植物由来の物質(など)で発光するランプが登場すると。感心と嫉妬の気持ちでいっぱいになったウカシェヴィチ氏は、研究により一層のめりこんだ。
これは、パリで活躍していたポーランド人化学者フィリップ・ウォルター氏(1810年~1847年)のことで。彼は15才から大学で学び、民衆蜂起の際はワルシャワへ行きポーランド軍に入隊した。その後パリへ移り住み、植物抽出物を研究した。松脂の蒸留でトルエンを抽出し、ナフサからオクテンも抽出した。
ウカシェヴィチ氏のエピソードにそっくりでしょう。なのに知名度は格段に低い。
同僚のヤン・ゼー氏と日々遅くまで実験をしていて、つい、うとうとしてしまうこともあったのかもしれない。ぼやが何度も発生していた。

原油から照明用の物質を抽出しようと試みてきた他の人たちは、煙が多く出たり爆発を起こしたりする不安定な蒸留物しか得れていなかったのだが。ウカシェヴィチ氏とゼー氏は、油を加熱し硫酸とナトリウム溶液を加えると、液体が分離して重いアスファルトが底に沈みガソリンが上に浮かぶことに気がついた。
ウカシェヴィチ氏は、ついに、安全な灯油(ケロシン)の蒸留に成功した。
ブリキ職人兼ランプ設計者の友人に、「灯油が安全に燃焼して同時に光を発するための細長い容器」の製作を依頼した。平らな芯と空気の流れを調節するガラス製の筒が届いた。

無色の液体を投入し早速試してみると、それまでより格段に明るい光が安定して灯った。これは光ではなく奇跡ーーのシーンにつながる。
絶好のゴールデンタイムこの手でつかめ 最高のフェアリー・テイル歴史に刻め バベルの階段を上がる

ウカシェヴィチ氏がはじめて灯油ランプを生み出した時、リヴィウの通りを行き交う一般の人々は、薬局の窓が不思議な光で照らされているの見ただろうが。それを買おうとはしなかった。どう使えばいいかわからなかったからだ。

夜間の緊急手術に使用できると、病院の経営陣にこのランプを提案すると。ロウソクでは手術野をじゅうぶんに照らすことができなかったため、実にありがたいと医師たちから言われた。
「キエフのガウディ」とも称された建築家が、彼のランプがあったからできた夜間の緊急手術で命を救われた、最初の1人だった。
しばらくして、世界初の「石油取引」が行われた。リヴィウの病院が星の薬局から灯油を500kg購入したのだ。真夜中でも外科手術をしている病院がある・手術成功率がとても高い病院があると、たちまち話題になり。多くの病院から注文がくるようになった。

ウィーンの製造業者が、彼のランプに若干の改良を加えたものを自身の発明とし、特許を取得した。
ウカシェヴィチさん特許とってなかったの!?まわりからさんざん言われても、とろうとしなかった。彼がまぬけだったからではない。
ウカシェヴィチ氏のモットー「この世に生きる人間は警備にあたる兵士のようなものだ。命ある限り働くべきだと、私は思う。いくらお金を稼いでも墓場までもっていくことはできない。私は人の役に立ちたい」
慈善活動賞を受賞したマネ選手⚽のBioを紹介してくれる動画をお借りする。

それに、ウカシェヴィチ氏はすでに、灯油を大量生産する構想を立てていた。
新たな協力者とともに、世界初の油田を設立した。蒸留所も建設した。米ペンシルベニアで最初の油井が掘られたのはその5年後だ。
その後、所有していた製油所の1つを火災で焼失したり一人娘を亡くしたりと、ビジネスでもプライベートでも悲しいことが続いた。重要な石油産出地の所有者との提携にも失敗した。これは、彼の慈善的なビジネス手法が嫌われたためだった。
彼の考え方はロックフェラーの使節団をおどろかせた。

ウカシェヴィチ氏はアメリカ人たちにこころよく、鉱山の見学を許可し・設備の図面を公開し・他必要な情報を全て提供した。「この度は貴重なことをたくさん学ばせていただき、本当にありがとうございました。で、謝礼はおいくらお支払いすればよろしいでしょうか」と言った瞬間、彼が激怒したからだ。
競争相手を次々と買収してトラストを形成した「石油王」ジョン・ロックフェラーについては、他力本願で。動画をお借りする。

ウォルター氏がウカシェヴィチ氏より知られていないように。ウカシェヴィチ氏はロックフェラー氏より知られていない。ぜんぜん知られていない。
不幸が続いた頃、石油事業から身を引こうかとも考えたウカシェヴィチ氏だったが。まわりからはげましを受け、自分にはまだこの業界でやれることがあると情熱を取り戻した。
1881年までに、5つの鉱山と100箇所近い油井を所有。株式を保有したため、巨万の富も築いた。

彼は従業員をとても大切にしていた。当時、それは珍しいことだった。
例)ボーナスや特別手当を支給していた。彼が設立したブラッカ基金はヨーロッパ初の保険機関だった。(従業員たちは天引きに不満を抱かなかった。勤めている間に病気やケガをした人たちに支払われていたこと・亡くなった同僚の家族に支払われていたことを、知っていたため)短期の無利子融資を提供していた。
さまざまな業界の経営者らから、おひとよしすぎるとバカにされると。ともに働く仲間を雑にあつかえる君たちの方がよほど奇妙、と言い返した。
「ウカシェヴィチ氏と労働者や職人との間に築かれた関係は、我が国で最もすばらしいものの1つである。皆、困った時には彼に助けられている。社長と言うよりも父親のような存在。労働者から力を搾りとることだけを目的とし、従業員の精神的・物質的な幸福の向上に全く関心をもたない経営者たちとは、全く対照的。ブルカ地域が発展しているのもウカシェビチ氏のおかげ。彼の資金援助でできた学校・道路・橋・街路樹・教会のランプ」当時のポーランドの新聞より。

教皇の許可のもと、彼が妹の娘と結婚したことだけは、物議を醸したが。(どうせ、遺伝的リスクを考慮して親切心から反対した人ばかりではなかろう)好きなものどおし/そうしたい者どおしが結婚したのだから、よけいなお世話。

30年前に政治的に危険な人物とみなしていた人物に、当局は勲章を授与した。彼の葬儀には、ポーランド人・ウクライナ人・ユダヤ人・地主・商人・農民・労働者ーー何千人もの人々が参列した。
20世紀初頭、石油の重要性はますます高まっていき。我々の運命を大きく変えることになる装置、Internal combustion engine 内燃機関が登場した。
蒸気機関や電気機関は競争から脱落した。このあたりはこの過去回で詳しく書いたから、今回は触れない。

利便性は、歴史を通じて多くの決定を左右してきた。資本主義経済における製品やサービスの開発において、利便性は依然として主要なテーマとなっている。
私たちはどうしても利便性を求める。生活を楽にしてくれるものを。そして、それらのほとんどは石油によって支えられている。

石油のおかげで私たちは、時間を節約し・大量生産を可能にし・大都市を建設し・宇宙ロケットを飛ばすことができた。石油がなければ私たち人類は、今日のような存在にはなれていなかった。

石油時代は間もなく終焉をむかえるのか、それとも、勢いを増すのか。兆候は矛盾しているため、予想するのは難しい。

温室効果ガスの排出が現在の傾向で続けば、地球の気温は、深刻な影響が生じる閾値とみなされている温度以上に上昇する可能性があると。大勢の科学者たちが言う。
新たな化石燃料インフラへの投資は、道徳的にも経済的にももはや最適解ではないと。世界の意思決定者たちも、石油や石炭の採掘を削減しなければならないことを本当は認識している。
だが、合意事項はどれも抽象的な表現にとどまっている。「努力する」「概ね」といったあいまいな表現が、気候変動に関する文書にはあふれている。
今世紀末までに氷河の融解と海面上昇によって消滅すると推測される諸島(ツバル諸島など)には、特に、そういった宣言はむなしく響くだろう。
石油収入に支えられていると言えるアラブ首長国連邦で、2023年の気候変動会議は開かれた。大規模な成長計画をかかげる石油採掘会社の社長が、議長をつとめていた。

また彼が大統領になったから洋上風力発電にかける予算を大幅に削ろうとか、そういう企業には、じゃあ最初からやるなと思ってしまう。
トランプ米大統領だけではない。民主党も(バイデン元米大統領も)、掘削地点を5ヶ所から3ヶ所に削減するならいいと、コノコフィリップス社の「ウィロー・プロジェクト」を結局は承認した。


石油製品のニーズをひかえることを訴えるというのが、こんな奇怪な一過性の出来事であってはならない。
石油王たちは口をそろえて、グリーンエネルギーへの移行が遅すぎるせいだと言う。
世界は相も変わらずみちゃみちゃだ🤯
1つたしかなことがあるとすれば、石油が依然としてあらゆる出来事の中心にあるということだ。どんなに衝撃的なことがあろうが、石油の流れが止まることはない。

このタイトルの回に中東の話が出てこないのは、さすがにおかしい。すでに長尺になっているが書く。
いわゆるレッド・ライン協定で、米英仏の大手企業は、何の文書化もせずに中東に点在する石油資源を分割した。イラン・イラク・サウジアラビアといった国々が、目に見えない束縛から解放されて自国領土内の油田の支配権を取り戻すまでには、長い年月を要した。
「Mr.5%」グルベンキアン氏について、説明のお上手な文章をお借りする。


どうしてこんなことをしていいと思えるのか、一生理解できない。
アラブ首長国連邦について、動画をお借りする。今まで知らなくても今知ればいい。はずかしいかもしれないのは、唯一、今までも知らないのに流してこれからも知らないことだ。

アラブ首長国連邦のウンム・アル・カイワインは漁業が盛んな国で、日本のJICAの技術協力で建設された水産資源開発センターがあるーーとか、むしろほぼ知られていないだろう。


え、アブダビ、国民個人に対する所得税も住民税もないの?無い。2018年に付加価値税・2023年に法人税は導入された。税体系を国際標準に近づけるのは、脱石油改革の一環らしい。

何これ?サウジアラビアに建設されることが決まった、ドラゴンボールのテーマパーク。ムハンマド皇太子、アニメ大好きだからね。
アラビア半島は驚異的な発展をとげ、急速に都市化が進んだ。ラクダがオフロード車になっても、人々がラクダを愛さなくなったなんてことはないだろう。


ラクダの背に乗って夜があける前に出発して、地平線にのぼる朝日を見たんだ。私の場合は草のある大地だったけれど。人生で最高の体験の1つだったよ。自分を乗せてくれた子がどんな子だったか、よく覚えている。

アラブ首長国連邦とサウード王国を構築する国々(サウジアラビアの意味はサウード家のアラビアだ)には、かつて、遊牧民のベドウィン族が暮らしていた。

WWⅡ後に国境の厳格化や牧畜規制が進み、多くのベドウィンが都市部に定住するようになった。
Wilfred Thesiger『Arabian Sands』は人類の貴重な資料だ。


「私が遭遇した憎悪は心を乱すものだった。あらゆる憎悪と同様に醜悪であり、宗教的寛容に慣れ親しんだ私には無意味に思えた。しかし、私たちの文明が生み出した肌の色・国籍・階級の違いにもとづく新たな憎悪よりは、まだましなのではないかとも思った」
「彼らにとって私は異質な文明からの侵入者であり、彼らはそれをキリスト教と同一視していた。ベドウィンの民は知っていた。キリスト教徒が、イスラム教徒が大切にしてきたものをいたる所で破壊したことを」
「彼らは私をありがたい収入源として容認してくれたが、私の劣等性を疑うことは決してなかった。私よりもはるかに勇気があり忍耐強い、あの読み書きのできない牧畜民たちに、私自身どれほど謙虚な気持ちにさせられたか」
「私はついにルブアルハリ砂漠を横断した。他の人々にとって、私の旅はほとんど意味をもたないだろう。誰も使うことのないかなり不正確な地図ができただけだ、ととらえられるだろう。それは私の非常に個人的な経験であり、その報酬は、ほとんど味のないきれいな水を飲むことだった」
水にこんなにも感謝できるようになったという私の体験ーーPaper Moonだね。いいね。「言ってしまえばそれは単なる紙の月 でも作り物じゃあなくなるんだ 君が信じてくれたなら」
著者へのインタビューをもとにした映像で、字幕に日本語も選べるものがある。これも貴重。
アラビア砂漠の砂が一体どこからきた/くるのか、疑問に思ったことがある人はいるだろうか。
アラビア半島の1/3を覆う地球上で最大の連続した風成砂(ふうせいさ)は、そのほとんどが古生代前期の石英質砂岩である。先カンブリア時代の基盤がその源。
この詳細もアラビアの風の話もできるけれど、文字数がいきすぎてしまう。またいつか。代わりにカンブリア紀の過去回を貼っておく。




石油の世界支配の終焉は(もしおとずれるとして)、新たな倫理観によってではなく、利便性への継続的な欲求と中断されることなく快適な生活を続けたいという願望によって、起こるのかもしれない。



最終的に世界をより健全な道へと押し上げるのは、スウェーデンの気候変動活動家ではなく、裕福なシェイフかもしれない。

世界の闇にのまれないで。がんばろう。
The Iran war has exposed a widening fault line at the heart of the Gulf. Once close partners, Saudi Arabia and the UAE are now competing for economic dominance, regional influence and control of vital trade routes.
— Dr Andreas Krieg (@andreas_krieg) July 28, 2026
From Yemen and Socotra to Sudan and Somaliland, the two powers… pic.twitter.com/WT8NcdARFD
石油の歴史から私たちが学べることがあるのなら、それは、発展の道筋は一度きりで決まるものではないということだろう。
金持ちじゃなきゃできないとか、もう遅いとか、そんなことは思わなくていい。無理やり明るくまとめてなんかいない。バベルの塔の部分でも、そういう話をしていたつもり。きっと、みんなで楽しくやれることはたくさんある。

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