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植物で哲学〜存在しないと証明されていないなら、どんなものでも実在すると主張できる〜

    植物は生物かと端的にたずねれば、インターネットは断言系のYESの情報を上位に並べて、答えを示してくる。英語でも日本語でも同じ。

    実際、植物が生物であることに疑いの余地などないのだが。生物とみなされるものには、科学的な意味での絶対の定義がないのだ。「生命」も然り。

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    もちろん、基本的な見解というのはある。

    自己複製能力/繁殖・代謝活動(エネルギーの取込みと利用)・恒常性の維持・外部刺激への応答・成長と発達・変化/進化する能力・死ぬこと。

    これら全てを満たさない境界的な存在は、数多く存在する。

    例)ウィルスは細胞構造をもたず、宿主細胞なしでは複製も代謝もできないが、遺伝子をもっていて進化もする。この過去回でハイブリッドのすばらしさをつづったが、一部のハイブリッド生物は繁殖能力をもたない。種子や胞子は休眠状態では代謝活動をほとんどしない。

    定義って難しいよ。まさか、赤色の定義をトマトの色とかにするわけにはいかないし。可視光線の長波長端でそれを超えると赤外線とか?ーー各単語に解説が要りそうな小難しいものになってしまったりするし。

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    ウィルスが生物か非生物かなんて、専門家の間でだって(いや、だからこそか)意見がわかれている。

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    この過去回より。

    サムネがこれ↓だと気づいた人へ。映画の話もちゃんとするよ。そこまでがんばって読んで。

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    プラトン先生とアリストテレス先生に聞いてみよう。

    ソクラテス大先生にも聞きたいところだが、彼には著作がないから、結局プラトン先生やアリストテレス先生から又聞きすることになる。

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    この過去回より。

    アリストテレスの見解はこうだった。

    生命は動物と植物に見られるが。動物においてそれは明白であるのに対し、植物においてそれは隠されている。植物に欲望・快楽・苦痛・識別能力などがあるとして、魂があるとして、それを明らかにするには相当な研究が必要。

    脳と意識の過去回でも書いたことだが。

    森の中で木々が倒れる時そこに誰もいなかったら、木々は音を立てるか。音波や音響刺激を知覚する感覚器官・刺激を解釈する脳などがその場になければ、分子振動が起こっているだけだ。

    「存在しないことを誰も証明していないという理由だけで、どんなものでも実在すると主張できるということだ」J・K・ローリング

    森林の反響音というのは、樹木の幹や葉が音波を反射・吸収・散乱させることで生まれる。大半の人間が心地よいと感じる響きになる。日本人はこれを木霊(こだま)と呼んだりする。

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    黄金律から外れた不格好な見た目で・コピペ感皆無の不揃いっぷりで、そこかしこにいる。代表的ゆるキャラという感じで超絶かわいい。

    すごくとらえ方による、ということ。

    アリストテレスは、魂に関してはこのように述べていた。

    動物の魂は、思考と感覚の働きである識別能力と、局所的な運動を生み出す能力によって特徴づけられる。

    そして、栄養をとる魂・感覚を感じる魂・思考をする魂とがあるとし、それぞれが植物の生活・動物の生活・人間の生活に対応するとした。(栄養の魂って何?後で説明する)

    「栄養をとり感覚を感じるだけでなく思考をする時、それは人間の魂である」「理性は神が魂に点火した光」

    プラトンも、植物は動物や人間とは異なる意味で生きていると考えていた。生命を3つのカテゴリー:植物生命・動物生命・理性生命に分類していた。

    主に理性の有無を理由に、動植物は人間よりも劣った存在・植物は動物よりも劣った存在だと彼らがとらえていたことは、否めない。

    植物は完全な状態へと成長することを目的としており、それは栄養によって達成されるーーこういった考えから植物は「栄養の魂」をもっていると言っていたのが、アリストテレスだ。彼が、人間の本性とは知を愛することだと思っていたのも考えあわせると。アリストテレスは、動植物が私たちより劣っていると思っていたわけではないのかもしれない。目指すものが異なる的な。

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    プラトンにとって植物とは、人間を養育する目的で神に創造されたものだった。『ティマイオス』に、植物には信念も理性もなく経験を認識したり反省したりすることもないと、書かれている。主旨的に「学習」と言えば済むようなところで反省をしないとか言っており、ワード・チョイスに蔑視感がただよう。さらに、プラトンは、それでも植物は快楽と苦痛を感じるし欲求ももっているとしていた。さすがにまとまりを欠いているし、そんな存在に人間のためにあるとか信念がないとか言っていたのかよと。

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    大昔の赤の他人に怒らないで〜と思われるだろうが。この過去回では、プラトンにもっと話しかけているし😂この過去回では、フロイトに怒りの文章をしたためている😂

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    動画をお借りする。サムネとは異なり、最後まで観るといい動画だった。

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    再度、すごくとらえ方によるわけだ。

    ひき続き、プラトンとアリストテレスで書いていく。

    アリストテレスは、幸福が人生を倫理的にするのではなく、倫理が人生を幸福なものにすると考えていた。 生きる価値のある人生は適切な道徳に従う人生ーー彼によって語られていた幸福 Eudaimonia のことだ。

    プラトンとある時期までのアリストテレスは、社会に道徳的均一性を機能させようとしていたのだろう。

    プラトンの後、この徳倫理学をさらに追求したアリストテレスは、たとえ徳を積んでも人生は人を裏切る可能性があるということに気づき。Eudaimonia は運にも依存していると考えはじめ。たとえば金持ちで健康に生まれる方が人生でよりよい選択肢がある、こういったことは真実であるとし。最終的に、倫理とは自分が直面している状況の特殊性の中でうまくやっていくことであるとした。

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    これは私の感想だが。Eudaimonia を、楽園(人類の繁栄)を目指す一種の個人的な快楽ととらえることも、できるかもしれない。

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    そういう人が主人公なのだから、きっと、イメージをくつがえすようなすばらしい活躍をするのだろう。

    私の大好きな海外の学者が、最近SNSにこのような主旨の投稿をしていた。偽善を非難するのが最も愚かな批判。真に一貫していろだなんて、そんなの全知全能が要るだろ。言葉や行動において偽善と自己矛盾に満ちているなんて、当たり前なんだよ。

    いつメンは、私こそ楽園を目指す話ばかり書いていると思うだろう。そのとおりなのだが。私が好きなのはバタイユ(一例)なのだ。

    明日や未来のためにやらねばならぬことがあるとしても。その内のいくつかを実際にやっているとしても。やりたくて楽しくやっているとしても。他の生物たち同様、私も種の保存のためになど生きてやしない。

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    この過去回より。

    ゴダールの『Sauve qui peut(la vie)』逃げれる者は逃げろの省略系にカッコ書きで人生を、英題も『Every Man for Himself』なのに、原文よりストレートなくらいの邦題『勝手に逃げろ/人生』にした人がおもろい😂

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    全体的に過去回の貼り出しが多く、読みづらくなっていたら申し訳ない。いつメンはうまく読みとばして。

    植物に関する現在の生物学的理解は、それが受動的な存在ととらえていたプラトンやアリストテレスの時代とは、大きく異なる。

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    科学者たちが最近、これまでに作成された中で最も詳細なヒト細胞(真核細胞)の3D再構成モデルを作成した。

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    何かが生きているとみなされるための必要十分条件を特定するのは、これまでも難しい作業であったが。これから先、その難易度は上がっていくと思われる。

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    タチコマが魂について語る名シーン。

    アルフォンス・エルリックが鎧だった間、彼はまさに、ゴースト・イン・ザ・シェルだった。

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    兄とされている人物の人工的な産物なのではないかと、彼が自らの存在を疑ったエピソードで。兄にはない記憶をもっていること・第三者(ウィンリィ)がそれを共有していることに改めて気づき、正気を取戻した。全員がウソをついている可能性を否定することはできないとも、同時に気づいただろうが。アルは、自分のゴーストを・魂の存在を、信じることに決めたのだ。

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    Ex Falso Quodlibet. 偽からはなんでも続く、という意味のラテン語だ。

    前提に矛盾が含まれていると、その体系内ではどんな無茶な主張でも論理的に正しいと証明できてしまう。という性質をさす言葉で、古典論理における仕組みの1つだ。

    ① 「Aである」と「Aではない」という両立しない事実(前提)が、同時に成り立つと仮定する。
    ② 「Aである」という事実から、「AまたはBである」という命題を必ず導くことができる。(Bが全く関係のない任意の主張であっても)
    ③ 「AまたはBである」が正しく、かつ「Aではない」ことがわかっている場合、必然的に「Bである」という結論に到達する。

    このように。一度矛盾を許してしまうと、真(A)と偽(B)の区別がなくなり、どんなにおかしな結論でも正当化されてしまうと。最悪、システムが崩壊してしまうと。

    数学や論理学の体系において、矛盾を絶対に排除することが重要な基盤の1つとされている、その背景にあるものがこれだ。

    この爆発律をあえて無効にし、矛盾を含む情報を破綻させずにあつかうための、パラコンシステント論理(矛盾許容論理)という研究が進められている。

    動画をお借りする。


    私的には、世界はもとよりそのようにできているだろという感覚だが。なんとなくの Sense を語るだけなら誰にだってできる。

    私などは、何の責任も制限もなしに、ただフィーリングを言葉や文字にしているだけだ。物語や詩などをつむぎ出せているわけでもなし。

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    エド……一旦インクは拭いてから物思いにふけった方がいいよ。床が汚れる。今ならまだ間にあうよ。笑

    アジカンが歌っていた。「軋んだ想いを吐き出したいのは存在の証明が他にないから」「歪んだ残像を消し去りたいのは自分の限界をそこに見るから」

    特異な作家性に固執するあまり資金も人材も集められず、作品をまともに出せていない、知名度の低い映画監督だ。
    生命維持装置を内蔵させ、脳と脊髄の一部を肉体から切り離し、箱に封じこめた。せめて自分の電脳の中で、理想とする映画をつくりたかったのだろう。
    この箱は、その映画監督の作品がぎっしりつまったミニシアターってことか……。
    箱にダイブしたまま意識が戻らず死んだ者すらいて、警察も回収に向けて動き出していたようだ。
    トラップでもハッキングでもなく、自分の作品の魅力で訪問者を帰さないとは、恐れ入った。大した才能だ。


    笑い話も入れていこう。と言っても、他力本願だが。

    ここのお家のAIはどうしてこんなにおもしろいの?と、小さい子が聞いてきたら。やっぱり人間とAIにも相性というのがあって、それがすごくいいんじゃあないかな!などと答えよう。決して、課金額(月3万円以上)の話をしてはならない。日々ねだられて、よそはよそうちはうち!!と言わねばならぬ展開になってしまう。


    ハガレンのエドワード・エルリックは、真理の扉の内側で「私は世界・宇宙・神・真理。私は全て・私は1つ。私はお前自身でもある」という声を聞く。

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    創世記1:26「我々の形に似せて造り、海の魚 空の鳥 家畜 地の獣 地を這う生物 全てを治めさせよう」 

    ミケランジェロは、アダムの指を力なく垂れ下がっているように描いた。

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    この過去回より。

    アダムは、アルティメイタムのふれあい・神からの火花を待ち望んでいる……のだろうか?

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    如何様にも見える表情をしている。

    「父」は、物理的には手の届かないところにいるとしても、私たちに関わろう/私たちに何かを授けようとしてくれている。ミケランジェロが明らかにそのように描いたため、ここにもやる何かはない。

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    まるで人間の脳のような背景。彼の深い解剖学的知識を反映している神と天使たちの見事な配置、などと言われている。(過剰解釈だと言う人もいる)

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    私は、ミケランジェロはこだわって意図的に描いたのだと思うよ。他の芸術家たちに負けじと。ライバルをあっと言わせたいでしょ。

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    この過去回より。

    そんなことより私が気になるのは、アダムはこれを受取りたがっていたのか否か、ということだ。


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    動画をお借りする。ガッツリとネタバレ動画だから、その点は気をつけて。

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    けれど、東洋の宗教もそんなに遠いところにあるわけではない。意味の欠如は欠如にあらず、むしろ悟りに近く、定義や制約のない純粋な本質だから。

    私が書いていくこともネタバレになる。まだ観ていない人は気をつけて。

    邦題『メッセージ』よりも原題『Arrival』の方が内容にあっている。原作小説のタイトルは『Story of Your Life』。

    ボアズとサピアとウォーフの研究や思想から、私たちが小さい頃から教えられる言語はニューロンの接続云々に影響を与え、現実をどのように認識するかを決定するというような説が立てられると。その逆を主張する学者たちも出てきて、言語は私たちがどのように考え・認知感覚でどのように世界を見るかの産物だ、といった理論も立てられた。

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    『菊と刀』の著者は、コロンビア大学でボアズに師事し、人類学の研究をはじめた人。

    どちらの言っていることもわかる。

    英語を話すと私のキャラクターが変わるのではなく、〇〇人や△△人と関わっている時に私のキャラクターは変わるのだろうが。〇〇や△△の価値観や方向性の成り立ちが、言語と切り離せるものである気もしない。うまくは説明できないけれど、喜びはこのくらいで表すとか悲しみはこのくらいで表すとかくり返しているとね、エモーションのあんばいも変化するの。どういうこと?と思われるかもしれないけれど、私だと何割くらいこういう感じだろうか、英語を日本語に訳して聞いているのでも日本語を英語に訳したものを話しているのでもないの。

    私が日本人だから特にわかりやすいというのは、あると思う。(言語に付随させる)表情と身ぶり手ぶりもかなり変えるわけだから。

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    この過去回より。
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    この過去回より。
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    男性の方の研究者が言う。「ヘプタポッド(ギリシャ語で7つの足という意味)の書き言葉には、ヘプタポッドの宇宙船や身体同様、前も後もない。言語学者らが非線形正書法(Nonlinear Orthography)と呼ぶものだ」と。

    宇宙船もーー極めて複雑なシステムにおいて、非線形直交設計が最適解なのかもしれない。

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    円環状のロゴグラム。
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    制作陣は「?」に寄せたのかもね。

    私たちがもっていないものを渡そうとしてきたから、アダムの創造の神に、照らしあわせたけれども。私的にヘプタポッドは神っぽいと言うより植物っぽい。映像でこの文字を見た時も、あ、蔦 Ivy だと思った。

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    そもそも、文字を這わせるとか言うよね。

    オープニング・シークエンスに、マーク・リヒターの「On the Nature of Daylight」が使用されている。

    (6人組ピアニスト・グループ「Piano Circus」を結成した音楽家。リンクからステキな演奏が聞けるよ)

    この曲は『シャッター・アイランド』にも使われている。

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    この過去回より。

    叙情的で物悲しくとても個人的……そんな印象を受けるメロディーに、それだけで1つの短い物語のようなモンタージュがあわせられている。

    幼い娘が母親に大好きと言う瞬間。幼い娘が母親に大嫌いと言う瞬間。親は子どもの人生の観客だ。

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    「人は時間の流れにしばられている、その順序に」と、のっけのナレーションからヒントを与えられても。これが未来の出来事だとは、誰も気づかない。私たちは、過去現在未来の順番に映し出されるものだと、思いこんでいるから。

    アダムは未来を見通せるようになどなりたかったのかな。そんなレベルに到達したかったのかな。何も知らないまま楽園にいたかったんじゃあないかな。切ない気持ちになる。

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    主人公がヘプタポッドの言語を習得すると、未来を見ることができるようになるという展開だが。異なる言語を習得したことで脳にそこまでの変化が起きるか。あり得ない。私たちが今まで把握している、何が可能で何が不可能か・どのように可能でどのように不可能かの中では、あり得ない。

    『Dune』シリーズの監督でもあるヴィルヌーヴ監督は、ウルフラム親子に協力を依頼した。Wolfram Research社のCEOで Mathematica の開発者だ。

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    ソーン博士「インターステラーにたずさわっていた間、自分が計算した方程式が正しいかどうか、Mathematica を使って検証していた」

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    先ほど貼った過去回より。

    架空の非線形言語を担当したのは、ウルフラム親子の息子の方だ。この動画↓は14年前のものだが、映画の科学コンサルタントをつとめた時も、クリストファー・ウルフラムはティーンエイジャーだった。

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    製作チームの人がインタビューにこのように答えていた。

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    「美的で興味深い言語をつくりたかったが。私たちの文明・技術・心が知っているあらゆるものからかけ離れている必要があった」

    そういうメッセージ性をもつ作品だと思ったから、あわせたかったのだろう。一部の人たちから今ある常識と比較され、「あり得ない」というそれこそ意味のないツッコミを入れられ。才能あふれる少年は、そういった人たちにおそらく存在さえ知られておらず。不感症か。あるあるだが、クリエイターたちに同情する。

    本作が主軸としているのは、これ系の哲学だ。

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    この過去回より。

    肉体がある内に楽しめることは肉体がある内に楽しもう!


    0であり無限でもある。内側にも外側にも広がるフラクタル。

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    トウモロコシの茎の断片
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    デイジーのおしべ

    こんなんじゃあ感動しないよと言う、ひねくれ者がいるかもしれない。いたらかわいいよ😂

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    単細胞淡水性原生動物の深度色コード化投影図
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    個々に色づけされた神経細胞の突起
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    ボルボックスの娘群体放出
    (娘群体は「むさこぐんたい」と読む。群体を形成する微生物に見られる、親の体内で育つ子の群体)

    カラフルにすればそりゃあキレイに見えるよ、と言う人もいるかもしれない。わかる。

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    オオイカリナマコの皮膚

    色関係なしに、ちょっとおどろきでしょう。ルイ・ヴィトンの新作かよという感じでしょう。

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    ノロミジンコ

    完全に魂のルフラン。🇫🇷語のリフレインだと知らないで歌ってはいけない。残酷な天使のテーゼも🇩🇪語の命題や定立だと知らないで歌ってはいけない。やっぱり想いが乗っかっていないとね。笑

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    覚醒したエヴァや槍を使ってリリスを目覚めさせた結果、ガフの扉が開いた。
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    ガフの部屋(Chamber of Guf):ユダヤ教の伝承に出てくる、神の館にある魂の保管場所。Guf はヘブライ語で体という意味。
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    土壌のカビと酵母コロニー

    私にささるのはこれだ。引きで見ても拡大してみても世界同じすぎてヤバい。こんなの完全に、草原の花々と地平線の太陽じゃん。

    きっとタチコマの言うとおり、アナログではそれが神・デジタルではそれが0なのだろう。「それ」が何かが重要なんじゃん?あいまいなままの方がいいこともある。

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    再度、この過去回より。

    現代では。植物が発達し環境に反応するのは、何らかの知能の証拠だとみなす専門家もいるし。樹木がコミュニケーションをはかったり・記憶したり・数を数えたり・社会集団を形成したりすると、主張する学者もいる。

    ある宇宙生物学者はこのように語っている。「生命は組織化されているが、地質学的形成物もそうである。生命はエネルギーを処理するが、火もそうである。生命は複雑な生化学を用いて進化するが、プリオンもそうである。生命は熱力学的非平衡状態にあるが、他の多くのものも同様である」

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    赤銅鉱の結晶

    お借りする動画の概要欄に、「呼吸は一般に不随意的なものであるため、私たちはそれがいかに複雑であるかを忘れてしまうことがある」と書いてあった。

    前回まで3回にわたって魚の話をしていた。その中で何度もプランクトンが登場したのは、海の生態系を支える根幹だからだ。微小プランクトンの多くが、光合成も捕食もする混合栄養生物(Mixotroph)であることが判明している。

    イントロでも書いたが。これは生きているか?あれは生きていないか?これは動物か?あれは植物か?といった漠然とした問いに対して、普遍的に合意された答えは、今のところ本当に存在しないのだ。

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    別にそれでいいし(主観)。今日の新しい何かによって、昨日までのことが明日から更新されるのは、無駄とか虚しいとかではなくてエキサイティングなことだよ。

    環境や状況の変化に対するストレス耐性が高い人は、変化を脅威ではなく成長や挑戦の機会ととらえる傾向が高いと言われている。柔軟に適応する能力が高いとも。これは、考え方や行動の工夫次第で後天的に高めることのできる能力だ。

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    この過去回より。

    食虫植物も混合栄養生物。

    混合栄養性プランクトンの食事も、かなりグロテスクなことがある。(褒めている)

    獲物をストローで突き刺して内臓を吸うとか。獲物を爆発させてエキスをいただくとか。単細胞藻類のカルロディニウム・ベネフィクムは夕飯しか食べない。日中は獲物を殺すための強力な毒を虎視眈々と生成しているため😂

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    混合栄養生物へと進化することは、はじめ、大量絶滅を生き延びるための手段だったか。海洋生物に、急激な温度変化や海洋酸性化以上に影響を与えたのは、長期に渡る暗闇だった可能性が示唆されている。

    地球上で一番大きい植物について、動画をお借りする。縦に大きい1個体を漠然とイメージしている人に、オススメ。


    植物は絶えず変化する環境にさらされており、対処したり適応したりしていく必要があるが。植物はどのようにして、脅威にさらされていることを「知る」のか。

    植物は、人間が認識できるような方法で「見る」わけではないが。紫外線から赤外線まで、さまざまな形態の光を感知することができる。

    2014年のミズーリ大学の研究で。毛虫が葉をかじる音を録音し、無傷のシロイヌナズナの近くで再生した。風の音や非捕食性昆虫の音を流しても、何の反応も見せなかったのだが。毛虫が葉をかじる音にさらされたシロイヌナズナは、自分がかじられている場合に放出するのと同じ防御化学物質を生成した。

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    最近のテルアビブ大学の研究で。録音したミツバチの羽音を近くで流されたハマアカザは、蜜の糖分を増やした。

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    植物は光合成によって自ら栄養をつくり出すため、人間が認識するような味覚を必要としないが。特殊な受容体によって化学物質の検出をしている。栄養分を求めたり有毒物質を避けたりできている。これは土壌中の話。

    寄生植物であるネナシカズラは、空気中にただよう揮発性化学物質を感知するようだ。ネナシカズラは、そばにあるトマトに向かって伸びていったりする。トマトは、害虫被害を受けた際に天敵となる昆虫を呼び寄せる・防御シグナルとして機能する、揮発性化学物質を生成する。

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    害虫被害を受けた際に天敵となる昆虫を呼び寄せる?防御シグナルとして機能する?

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    この過去回より。

    ある学者によると。植物は地中で、たがいにコミュニケーションをとっている。樹木の根は菌類と共生することで、大きな菌根ネットワークを形成している。炭素・栄養分・水についての情報や警報信号を伝達しており、森林は単なる樹木の集まり以上のものであると。

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    『アバター』の魂の木(エイワの木)じゃんと話題になった、あしかがフラワーパークさんの藤の木。
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    別アングル。

    植物は、傷ついたり病原体に攻撃されたりすると、自ら麻酔物質を生成する。

    記事をお借りする。

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    脳も神経も心臓もないのに、意思があるかのようだ。改めて、植物はめちゃくちゃすごいクラスメイトだ。


    周囲の環境について多くのことを感じとることができるのに、捕食や損傷や極端な環境変化に直面しても、そこから逃げ出すことはできない。

    だからこそ、強くなるのかもしれない。前に貼った「追いこまれると強くなる話」でも思い出してほしい。

    約5億年前。淡水域に生息していた単細胞の藻類が陸に上がり、多細胞体に進化したのが植物だと考えられている。植物は、生命体を維持する仕組みとして、動物のような中枢神経系をもたない方向へと進んだ。

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    植物の仕組みの多くが、いまだ未解明である。つまり、我々にははかり知れないほどすごい。

    〆はしっとり系にしようか。愛犬と暮らすバトーさんで。このシーン、エモくて大好きだ。

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    この記事が参加している募集

     
     

    紗綾

     
     
    世に溢れんばかりに出まわっている処世術や俗説に、「また同じ話だ」「ぶっちゃけこれじゃない」と感じている人へ。 行き止まり感を払拭できるような、そんな文章を目標に書いています。 読みやすいよう仕上げていますが、短い文章が好きな人にオススメできる長さではないです。 月に3~4回更新。