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同じブルゴーニュ1級畑になぜ白と赤?|ドメーヌ ブリュノ・ロランゾン"レ・シャン・マルタン"のピノ・ノワール

    前回は、ドメーヌ・ロランゾンの収穫を追いながら、メルキュレイの1級畑(プルミエ・クリュ)「レ・シャン・マルタン(Les Champs Martin)」に植えられたシャルドネについて書いた。

    ところが、このシャン・マルタンには、シャルドネだけが植えられているわけではない。

    同じアペラシオン、同じ1級畑の中に、シャルドネとピノ・ノワールが存在する。

    では、ヴィニュロンたちは、何を基準に「ここにはシャルドネ」「ここにはピノ・ノワール」と決めてきたのだろう。

    これは、単純に「白い石灰岩ならシャルドネ、粘土が多ければピノ・ノワール」という話ではない。

    そこには、土壌や標高だけでなく、ブルゴーニュの歴史、市場の需要、そしてヴィニュロンがどんなワインを造りたいのかという意思までが関わっている。

    かつて、植える品種を決めたのは「市場」だった

    以前、ブルゴーニュの古い世代のヴィニュロン、フェルナン・シュヴロから興味深い話を聞いたことがある。

    戦後間もない頃、現在のように多くのドメーヌが自分で瓶詰めし、自分の名前で世界中にワインを販売していたわけではなかった。

    ブルゴーニュの流通において、大きな力を持っていたのはネゴシアンだった。

    ブドウやワインを造る農家と、それを買い取り、熟成・瓶詰めし、市場へ販売するネゴシアン。

    その時代、ネゴシアンにとって重要だったのは、当然ながら「市場で何が売れるのか」だった。

    フェルナンによれば、戦後のある時期にはピノ・ノワールへの需要が強く、ネゴシアンからの注文に応じて、赤ワイン用のピノ・ノワール品種を植えることもあったという。

    つまり、

    「この土壌には、どちらの品種が最も適しているか」だけで、植える品種が決められていたわけではなかったのだ。

    市場が畑の風景をつくった時代もあった。

    ブドウ畑は、簡単にはつくり直せない

    ここで重要なのが、ブドウの木の寿命である。

    ブドウは、一度植えれば数十年にわたって実をつけ続ける。

    30年、40年は珍しくなく、ブルゴーニュでは50年、60年を超える古樹は価値が上がり、大切にされる。

    つまり、ある世代が決めた「ここにはピノ・ノワールを植えよう」という選択が、その次の世代のワイン造りにまで影響する。

    畑は、毎年自由に描き直せるキャンバスではない。

    現在の畑には、過去のヴィニュロンたちの判断が、そのままブドウの樹として残っているところが多くある。

    だからこそ、同じ1級畑の中に白と赤が存在する理由を考えるとき、現在の地質だけを見ても答えは出ない。

    その畑が歩んできた「時間」も見なければならない。

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    レ・シャン・マルタンの中腹に植えられたピノ・ノワール。
    斜面を下るにつれ、地表に見える石灰岩の礫は、上部よりも細かくなっていく。

    農民が、自分のワインを売るようになった

    しかし、ブルゴーニュの構造は少しずつ変わっていく。

    農家が単にブドウや樽のワインを売るのではなく、自ら醸造し、自ら瓶詰めし、ドメーヌの名前でワインを売るようになっていった。

    そうなると、考え方も変わる。

    「何を植えれば買ってもらえるか」だけではなく、

    「この畑から、どんなワインを造れば最も美しいのか」

    を考えるようになる。

    品質を追求するため、植え替えのタイミングで品種を見直す。台木を考える。植樹密度を考える。そして、畑の中のわずかな違いまで観察する。

    こうして長い年月をかけて、品種と区画の関係も少しずつ調整されてきた。

    *どの畑でもシャルドネとピノ・ノワールを自由に選べるわけではない。ブルゴーニュではアペラシオンごとに使用できる品種が定められている。白のみ、あるいは赤のみが認められるアペラシオンもあれば、メルキュレのように白と赤の両方が認められているものもある。その規定の中で、ヴィニュロンはそれぞれの区画にどの品種を植えるかを判断していく。

    「石灰岩だからシャルドネ」ではない

    ブルゴーニュについて語ると、

    「石灰岩=シャルドネ」
    「粘土=ピノ・ノワール」

    と説明されることがある。

    もちろん、それは一つの目安にはなる。

    しかし、実際の畑はそれほど単純ではない。

    同じクリマの中でも、斜面の上部と下部では、深土が違う。石灰岩の現れ方も違う。粘土の量も違う。水の流れ方も、日照も、風も違う。

    そして何より、標高が違えばブドウの成熟の仕方も変わる。

    シャルドネで重要になるのは、成熟しながらも酸をどう残すかということだ。

    そのため、比較的標高が高く、気温が低めで、成熟がゆっくり進む場所をシャルドネに生かすという考え方がある。

    一方、ピノ・ノワールでは、果実の成熟とともに、果皮や種子の成熟も重要になる。

    赤ワインでは、そこから色やタンニン、香りの構造を引き出すからだ。

    そのため、より暖かく成熟しやすい場所や、粘土をある程度含む土壌が、ピノ・ノワールに適する場合がある。

    ただし、これは絶対的な法則ではない。

    「シャルドネは高い場所、ピノ・ノワールは低い場所」と決まっているわけではなく、斜面の向き、土壌、水分、気候、そして造り手が求めるスタイルによって答えは変わる。

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    レ・シャン・マルタンの中腹から上部を見たもの

    レ・シャン・マルタンを歩くと、それが見えてくる

    今回訪れたロランゾンのレ・シャン・マルタンは、そのことを考えるにはとても面白い畑だった。

    標高の高い区画にはシャルドネ。

    そして斜面を少し下った中腹には、ピノ・ノワール。

    前回見たシャルドネの区画では、白い石灰岩が強く目に入った。

    しかし、ピノ・ノワールの区画へ移ると、同じ「レ・シャン・マルタン」という名前の畑でありながら、少しずつ畑の表情が変わってくる。

    ここで大切なのは、

    「同じ1級畑=同じテロワール」ではない

    ということだと思う。

    一つのクリマの中にも、さらに小さな違いがある。

    そしてヴィニュロンは、その違いを読みながら、どの場所にどの品種を置くのかを考える。

    最後に決めるのは、ヴィニュロン

    それでも、地質を分析すれば「正解」が一つ出てくるわけではない。

    同じ条件の畑を前にしても、あるヴィニュロンはシャルドネを選び、別のヴィニュロンはピノ・ノワールを選ぶかもしれない。

    なぜなら、彼らが目指しているワインが違うからだ。

    より張りつめた酸を持つ白を造りたいのか。

    豊かさの中にミネラル感を残した白を造りたいのか。

    繊細で香り高いピノ・ノワールを目指すのか。

    あるいは、骨格と熟成力を持つ赤を造りたいのか。

    品種を選ぶということは、単なる農業上の選択ではない。

    その場所の可能性をどう解釈するかという、ヴィニュロンの意思でもある。

    レ・シャン・マルタンを歩いていると、地質だけを味わっているのではないことに気づく。

    そこには、1億年以上前につくられた大地があり、何世代にもわたる人間の判断があり、そして現在のヴィニュロンの感性がある。

    一本のワインの中にあるのは、「テロワール」だけではない。

    大地と歴史と人間が、長い時間をかけて重なった結果なのである。

    そして今年、ロランゾンのシャン・マルタンでは、その中腹に植えられたピノ・ノワールも、2026年の収穫を迎えた。

    次は、そのピノ・ノワールの収穫を見てみたい。

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