
🟡掌編小説|四千姉妹[6月]
前作からの続き
「ハル、今年も手伝ってくれる?」とアキちゃんがぼくに言った。
***
アキちゃんは今でも時々ぼくをハルと呼んでしまう。そしてその場にハルがいるときは、慌てて「じゃないほう」などと苦しい言い訳をする。
「それ直しなよ、ハルが可哀想だよ?」
「あーごめんごめん、テヘペロッ」
「テヘペロじゃないよ!」
それで一旦は「ハル、のお兄ちゃん」という直角の軌道修正みたいなやり方に落ち着いたのだけれど、ハルがいないときは気が緩むのかこうしてついつい元通りになってしまう。
別にアキちゃんにしたところでハルの存在を無視しているとか、意地悪している訳ではなくて、おそらくは何か深ーいところに無意識のブロックみたいなものがあって悪さをしているのだろう。
***
ぼくも今年は二十代最後の年だ。
誕生日にはナッちゃんも来てくれて、何故かみんなからのプレゼントに「ディズニーペアチケット」をもらった。ディズニーにもペアにも縁がないというのに。どういうつもりだろう。
彼女を作れってことなのかなあ。
彼女を、四千姉妹に、会わせる?
いやいやいや。
高校時代の彼女は泣いて帰ったぞ!
アキちゃんのハル呼びも出来れば十代までにして欲しかったけれど、流石に来年以降は持ち越してくれるなよと思う。
ああ。ハルと行こう。それが一番だ。
***
アキちゃんが南高梅の山をダイニングテーブルの上に置いた。
「今年も漬けるからね。これはもう洗ってあるから。そのアルコールで手を消毒して。いつもの要領でヘタを取ってくれる?」
「はいはい」
「はいは一回で良いのよ、お兄ちゃん?」
「ほーい」
そしてどこかへ行ってしまった。
***
記憶はすでに曖昧だけれど、アキちゃんもこうして母の手伝いをしていたっけ。
「ハルおいで。ここに座って、ほら今からお姉ちゃんがやるから見ててごらん」
三歳か四歳のぼくを隣に座らせて、この同じテーブルで、梅のヘタを取るアキちゃんの手を思い出した。
「ほらこうやって取るのよ。上手でしょう。ハルもやってみる?」
「やらない」
「ふふ。大きくなったらあなたがやるのよ」
「アキちゃんがやってよ」
***
ヘタを取って梅をアルコールで拭き上げると、アキちゃんが大きな容器を持ってきた。
ぼくは何も言わずその中に梅を並べていく。するとアキちゃんが上から粗塩をファサファサッと振りかけていく。
そしてまたぼくが梅を並べ、アキちゃんが粗塩をファサファサ。梅。ファサファサ。
落とし蓋をして重石を乗せて容器を密閉する。
「これで良し。ありがとうね」
「どういたしまして」
***
誕生日が梅の時期だからこそアキちゃんはぼくの顔を見て「ああ今年ももうそんな時期ねえ」などと言ったりする訳で、だったらいっそ「梅」にまつわる何かで呼んでくれて構わないのだけれど。
まあ、それでも結局、梅雨が明けて夏が来る頃にはまたいつもの呼び名に戻るのだろう。
そう言えばフユがぼくを呼ぶときの「ツユ兄さん」にはしっかり「梅」が入っているのだなあ。
(つづく)
🟡1229文字
【附記】
四千姉妹シリーズ第5弾。パイロット版から数えると6作目に当たります。