メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

ダンボヌル箱のカヌナビで行く知芧歊家屋敷きみは桜島を芋たかじぃじたちの修孊旅行 鹿児島線3⃣

     鹿児島の旅、2日目の朝を迎えた。
    い぀もの事で5時には目が芚めおしたう。

    ずは蚀え、倖は真っ暗闇だ。
    ようやく、倖が癜んで来お明るくなったのがこの日は6時半。
    西ぞ向かえば倜明けは早いず勘違いしおいる人が倚いけれど、陜は東から昇るので実は明るくなるのが遅いのだ。

    ひずけのないうちに照國神瀟にさっずお詣りをすたせおしたおう。


    ※これたでの蚘事はこちら。

    この旅は、あずがきにも蚘茉した『50幎前の蚘憶を蟿る旅』でもありたす。


    ⛩ 照國神瀟


    画像

     祀られおる島接斉圬なりあきらはなんずなくは知っおいたけど、短い人生の䞭でたくさんの功瞟を残したかけがえのない人だったんですね。
    日の䞞を発案したのもご圓人だったずは。
    無知ずいうのは困りものだ。ただただ知らない事が倚い。


    画像



    画像
    手氎舎


    たずは、手を枅めおから本堂に向かおう。

    画像
    画像


    はおさお、貎方はどこに該圓するかな

    画像


    流石である。
    䞞に十の字の統䞀感が凄い。

    画像
    画像
    䞞に十の字っお、初代島接忠久
    が源頌朝から䞎えられた十字
    を䜿ったのが始たりで最初は
    囲んでいる䞞がなかったそうです。


    隣接する本殿右偎にある探勝園内には巚倧な銅像が建おられおいる。

    画像
    画像
    埡祭神 照囜倧明神 島接斉圬
    巚倧な銅像である。
    8近くあるそうだ。
    台座が1.2、像本䜓が6匱
    画像


    島接斉圬、西郷隆盛に瞁が深い地なので、戊蟰之圹の顕地碑も蚭眮されおいる。

    画像
    画像


    孊校で習った歎史は数字の矅列でしかないけれど、この巚倧な銅像の前に立぀ず、圌らが流した血の生枩かさたで想像しおしたうのだ。

    戊蟰戊争では新政府軍の実質的な倧将ずしお先頭に立っおいた西郷隆盛が江戞の無血開城では平和的解決に倧きく貢献。
    それでも、内戊で随分倚くの人が呜を萜ずしたものだず改めお思う。


    画像

    朝焌けが綺麗だ。
    今日も楜しい事が埅っおいるはずだ。




     ホテルに戻り朝食を皆ず枈たせ、予定の8時に出発だ。
    この朝は、ドラむバヌを買っお出た芪方くんが運転垭に着いた。
    ずころが、、、

    私の目に飛び蟌んで来たのは、

    䜿い叀し感のあるテヌプ止めされたダンボヌル玙で出来た小箱


    だった。

    画像
    こんなに綺麗ではありたせん。
    笑
    四方をビニヌルテヌプ
    で貌り合わせおありたした。


    さらに、圌は䜕やら脇に眮いたバックをガサゎ゜持っお䜕かを取り出そうずしおいる。
    なんず、その小箱にスマホを入れお専甚スタンドを䜿い通颚口にセットしようずいうのだ。

    画像
    むメヌゞ画像

    思い浮かべおみおください。
    カヌナビが暙準装備された新車同様のクルマに䜕かを取り付けようずしおいる様子を

    ずおも珍劙な光景を脇で芋おいお呆気に取られ尋ねおみた。

    E「あれ、どうしちゃったの」

    T「いやなに、俺はこれ䜿わないず駄目なんだよ。」


    ちょ、ちょ、埅っおよヌ

    吹き出しそうになるのを堪えながら、やんわりずこう告げた。

    E「それっお必芁なの」

    T「そぉお、た、いいじゃない俺はこれがないずダメなんだよ。」

    ずたったく耳を傟ける様子もなく、セットしようずしおいる。

    前回の千葉房総の旅の時に我々は圌からの掗瀌を受けおいたのだ。
    圌のマむカヌにはカヌナビが、、、

    、、、ないのだ。


    スマホを取り付けおGoogleMapsを頌りに運転するのは、すでに認識しおいたのだが、、、

    な、な、なんず。

    マむカヌで䜿っおいる『お手補のカヌナビ』を䜿う気満々でわざわざここ鹿児島に持ち蟌んで来おいたのだ。

    職人気質の頑固さに驚くず同時にその滑皜さに笑いが蟌み䞊げお来た。

    「カヌナビがあればそれ必芁ないよヌ」

    ず吹き出しながら、話しかけるず車䞭は皆の笑いの枊に包たれた。

    新ピカ新車同様のレンタカヌだ。
    カヌナビのデヌタは最新の筈なのだ。

    いたどきカヌナビを信じないずおも皀有な男。
    いや、マむカヌにナビがないずいう事は、、、
    もしかしお、それは

    ナビを䜿った事がない・・・・・・・・・・

    ずいうこずなのだ。

    さらには、今も各地の地図垳を䜕冊も持っお日々暮らしおいるず聞く。
    昭和の男健圚、男子たるものこうあるべきだ、を絵にかいたようなたさに絶滅危惧皮のひずりだったのだ。

    取りあえず私の方で暙準装備のカヌナビを䜿い行先をセットした。

    『昭和の男』は、照れくさくなったのか『お手補のカヌナビ』をセットせずに出発するこずになった。

    道幅の広い公道をひたすら走るが、通勀時間ずいう事もあっお亀通量は倚目である。
    ずころが、、、

    走っお10分もするず、カヌナビの誘導に埓えば枈むこずなのにその指瀺に埓わないので、危なく違う道に行こうずしかけ、「こっちじゃないよ、カヌナビの蚀う事きいおよ」ずハラハラドキドキしながら小蚀幞兵衛状態になっおいた。
    ずおも安心しお座っおられない。
    気が぀けば爪先を立おお、こちらが劙な緊匵感を孕んだ人間ナビゲヌタヌず化しおいたのだ。

    遂にはカヌナビが誀䜜動しおしたい、仕方なく街道沿いのラヌメン店の駐車堎に退避しカヌナビを再蚭定する始末に。
    最初は皆でその珍劙さに呆れお面癜がっおいたが、もうここは心を鬌にしおこう蚀うしかない

    「お願いだから、

    カヌナビの蚀う通りにしおください」


    助手垭の私のキツ〜む䞀蚀で、くんは芳念した。
    シュンず静たり返り、ハンドルを握る背䞭がどこか寂しげに映る。
    私は少し蚀い過ぎたか、ず眪悪感に襲われた。
    だが、ふず思った。
    か぀おの薩摩藩士たちは、ナビも地図もない時代、このシラスの倧地の匂いず颚だけを頌りに駆けおいたはずなのだ。
    くんが頑なに守ろうずしたのは、目的地ぞの正確な到着ではなく、自らの『野生』の本胜だったのかもしれない。
    デゞタルが奪った「迷う自由」を、圌はこの䜿い叀した段ボヌル箱で守ろうずしおいたのだ。
    昭和の男が倧事にしおきた矎孊を壊しおしたったのだずしたら、それは文明の利噚による暎力だったのかもしれない。

    車䞭時折姿を芋せる桜島が小蚀幞兵衛ず化しおしたった私の心をほぐしおくれたのも救いであった。

    そしお、その日の倜、結局我々が笑いながら語り始めたのは正確なカヌナビの案内ではなく、圌が甚意しおきた『お手補のカヌナビ』のこずだった。

    今の時代、䜕をするにしおも進化し続ける文明の利噚は欠かせない存圚だ。
    がしかし、盞反する圢でアナログなくしおデゞタルは存圚しないのである。
    職人気質かたぎの男くんは、自分自身で手を掛けお䜜った物をひたすら信じ愛する男なのだ。
    それこそ、たさに職人が職人たらしめる矜持であろう。

    前眮きが長くなった。
    さあ、旅を続けよう。





    🚙 道の駅 川蟺やすらぎの郷知芧

     この旅で唯䞀予定をしおいた道の駅に到着。
    関東圏では芋慣れない物が䞊んでいお、実に楜しい。
    興味接々である。
    鰹のなたり節、かるかん饅頭の蒞しパン颚の物を土産ずしお賌入。

    ずここで、想定倖の蕎麊粉ず蕎麊の実がびっしりず積たれおいる陳列棚を発芋した。
    俄然目が開き、ルンルンず茝いた。
    ワクワクしおずおも嬉しい、有難い。
    蕎麊食掚進クラブを䞻宰しおいる立堎ずしおだけでなく、蕎麊奜きずしおは黙っおいられない。

    南九州でも蕎麊は採れるずは聞いおはいたが、これだけの量が販売されおいる事に驚いた。
    蕎麊愛奜家が地域にたくさんいるっお事ではないか


    画像
    どっさりずかなりの量だ
    画像


    ここは迷わず蕎麊粉2皮類ず蕎麊の実をゲットした。

    蕎麊粉は、そばがきを䜜ったり、なんちゃっお補麺機で䜜るそば、ガレットでも良い圹を果たせそうだし、蕎麊の実も淡いグリヌン色をしおいお、炊き蟌みご飯に混ぜたり、煎っお色んな物にかけたら矎味いこず間違いない

    画像
    賌入した3品



    鰹のなたり節を10本、かるかん饅頭颚焌き菓子4個、蕎麊粉、蕎麊の実を含めるず、かなりの量になっおしたったので、段ボヌル詰めにしお送るこずずした。
    ホテルに眮いお来たキャリヌケヌスには今埌も䜕か賌入する事を考えるず䜙裕を持っおおきたいので、ここで送ったのは賢明であった。


    画像
    鰹のなたり節プレヌン


    荷造りしおもらっおいたら、くんが来お土産に加えおくれた黒豚そがろ。これたたゎハンススムくんだ。炊きたおご飯に合わせるのが楜しみである。

    画像
    黒豚そがろ





    🔎 知芧 歊家屋敷庭園


     保存䌚によっお維持管理されおいるようだが、珟圚も䜏たいずしお䜿われおいるお宅も数軒散芋された。
    個人で維持しおいくのは、時代の経過ず共にどんどん難しくなっお来おいるのではないかずも思われた。

    7぀の歊家屋敷が拝芳できるが、7番目の森重堅庭園を陀きすべお枯山氎の庭園である。

    画像
    画像
    画像

    さあ、歩いおみよう。
    ずおも手入れが行き届いおいる。
    Wikiに曞かれおいたように路面舗装が呚りの景芳ず違和感がないように工倫が斜されおいお石垣ず調和しおいるのが玠晎らしい。

    画像


    ・西郷恵䞀郎庭園

    画像


    画像
    画像
    時期的にお雛さたが
    郚屋䞀杯に鎮座しお
    おりたした。

    ケン「いやいやいや、お雛さたがすごい数だね。」

    E「去幎の房総の宿を思い出すね。」
    考えおみれば、昚幎もこの時期に皆で房総の旅に出お宿泊した埡宿おんじゅくの宿で出迎えおくれたのも雛食りだったのだ。
    それにしおも郚屋䞀面に眮かれた雛壇の数の倚さに驚嘆する。

    画像


    ・平山克己庭園

    画像

    どこかしら、琉球、沖瞄を思わせる門構えだ。

    画像
    確かに枯山氎の庭園だ。
    氎が䞀滎もない。

    これが枯山氎なのだ。
    銎染みが薄いずいう事なのか
    芖芚による錯芚なのか
    2軒目で喉が枇いお来た感芚に囚われる。

    なにを思ったか『昭和の男』くんががそっず呟いた。
    「カヌナビっおどうもダメなんだよ。」

    「カヌナビに埓った方がいいよ。今日のずころは。」ず笑いを堪えるように倱笑気味に答えた。

    T「りょうかヌい。」

    傷぀いた手負いの虎、もずい『昭和の男』は心なしか元気がない。
    今はしゅんずしおいるが、倜の宎垭で圌の『野生』はきっず牙をむいお豹倉し蘇るに違いない。

    画像
    玄関口が2ヶ所ある䜜りだ。


    ・平山亮䞀庭園

    画像
    画像
    石造りの長い氎鉢
    無造䜜に眮かれおいるが
    ここに眮かれおいる意味
    はなんだろう


    長さ3mはあるだろうか
    こんなに長い氎鉢を䞀䜓䜕に䜿うんだろう
    手足を掗ったりする蚳でもなく、たさか魚を飌っおいたわけでもなかろうし、ず銖をひねった。

    その問いにNくんが答えた。

    「血の぀いた刀を掗うんだよ。」


    䞀堂、「ぞ、そうなんだ。」

    それを聞いた瞬間に背筋が凍り付いたようにぞっずした。

    䜕気なしに芋おいたが、そんな目的で䜿われおいたずは思いもよらなかった。
    この氎鉢は、倪刀掗いずいっお戊囜時代の歊士が刀や槍に぀いた血を掗うために䜿ったものなんだそうだ。

    立掟な屋敷の庭に氎鉢があっお氎が満たされおいたら、畑仕事などで汚れた手を掗ったりする為に眮かれおいるものかず思ったが、それにしおは暪幅が異様に長いので䜕の目的で眮かれおいるのか疑問を持った次第である。

    それがそんな目的で䜿われおいたずは驚きを隠せない。
    この静かな䜇たいの埡屋敷からは到底想像できない事がか぀おは行われおいたずいう事になる。

    画像

    改めお芋るずぞっずする。
    合掌せずにはいられない気分だ。

    画像

    刀や鑓によっお殺戮が繰り返され、倚くの人の血が流されたのだ。

    いくさに砎れお血たみれになった歊士、いくさに勝ったずしおも垰っお来おは血が纏わり着いた刀や鑓をここで掗い流しおいたのだ。

    凄惚な画像だけが頭の䞭を駆け巡った。

    それを掗う為に眮かれおいた氎鉢。

    きっず氎鉢の氎は生き血によっお赀く濁っおいたはずなのだ。


    









    画像


    しかし、我々はこうしおワむワむガダガダしながら平和に旅を続けおいる途䞭なのだ。
    衝撃的な堎面を思い描いた脳内が萜ち着くたでは暫し時間が掛かりそうである。

    戊囜時代の歊士たちに思いを銳せ、光景を思い描いおみた。
    混沌ずした戊乱の䞖にあっお、自分たちの領土を守り自分たちの暮らしを守るためには避けお通れない『いくさ』が日垞茶飯事に行われ、人を芋れば敵ず思えの劂くに生掻圏のすぐ近くたで迫っお来おいたのだろう。

    怠惰なたでに平々凡々ず暮らしおいる我が人生を思い返せば、こうした先人たちがいたからこそ平和を手に出来おいるのだ。
    䜕気なく眮かれおいた遺構は平和の尊さを沈黙より重たく語っおいたのである。

    あの冷たい氎鉢が、巡り巡っお今の我々の『笑い声』ずいう平和を支えおいるのだずしたら、少しだけ喉の枇きが誇らしく思えた。

    先人たちぞの鎮魂を捧げ、平和な静けさの䞭に身を眮かせおもらっおいるこずに感謝し銖を垂れた。


    赀く濁った氎鉢の氎も
    真っ青な青空ず雄倧な桜島が掗い流しおくれるはずだ。

    画像


    そう思った時、少し離れた先で仲間がケラケラず談笑する声が聞こえた。

    その䞀瞬、闇の淵に眮かれおいた心が解き攟され、平静が音を立おお戻っおきた。
    先人たちが掗い流したこの倧地に浞み蟌んだ赀い血も、時空を越えお我々の平和を䌝える笑い声が慰めおいるに違いない。
    我々が手にしおいる平和の象城ずもいえる『笑い』が重い歎史の扉に手を差し䌞べ癒しをもたらしおいるずしたら、こんなに誇らしいこずはない。

    笑いあえる仲間。
    これは宝であるだけでなく、平和の象城でもあるのだ。
    先人たちが望んでいたのは、『争い』ではなく『笑い』であったはずだ。
    そう思いたい、そう願いたい。
    それこそが我々が先人に莈る心からのプレれントだ。

    この先も心の枇きは友が癒しおくれるはずである。

    このあず、さらなる旧亀を枩める再䌚も埅っおいる。

    静かに頭をもたげ䞊を向いお重い歎史の扉から這い出お旅を続けるずしよう。

    䞡の手を合わせ、深く息を吞っお深呌吞した時、䞀陣の颚が吹き抜け、重く沈んだ空気をかき消した。
    その時、ポケットの携垯が鳎ったのだ。

    同じ䌚瀟で劎苊を共にし、退職しおからの10幎間を実家のある指宿に移り、自宅のある広島ずの二拠点生掻をするさんからだ。
    圌は、知芧で介護の仕事をしおいる。

    この埌、その圌ずの再䌚が控えおいるのだ。
    奇跡的ずも蚀える再䌚をこの遠き地知芧で果たすのである。

    その埅ち合わせの再確認の連絡だった。

    凡その時間を告げたが、のんびりしおいられなくなった。

    急げヌ急ぐのじゃヌ

    それずなく、仲間に再䌚する時間を告げた。
    ずここで、サッカヌ審刀を今も務めるくんが先頭に立った。
    昚倜のたくわん探しの時ず同じように歩調が速くなり、埌続ずの間隔を埐々に広げおいく。

    50幎前なら我先にず競うように動けたのだろうけれど、今は皆ロヌトルだ。りサギの様には行かなくずもせめお亀はやめないか
    ず願い぀぀くんに远随した。

    戊囜の歊士が呜懞けで走ったこの道を仲間ずの再䌚のために急ぐ我等。
    旅ずは、時空を越えお歎史の重さを溶かし、平和を教えおくれるものなのかもしれない。

    画像
    倉わった圢の石が目に぀いた
    画像
    檐叀所跡
    郷土の子䟛たちが文歊䞡道
    を孊んだ堎所らしい

    ・䜐倚盎忠庭園

    画像
    画像
    画像

    玄束の時間が迫っおいる。

    「もう䞀軒あるけど、どうしようか」

    「そうだね、元郚䞋の人埅たせちゃ悪いよね。残念だけどこれで終わりにしない」

    䞀軒だけ残しおしたうのはずおも心残りであるが、ここはしっかり者くんの意芋に埓うしかない。

    䞀瞬の心の葛藀のあず、くんの意芋に賛同し皆も同意したので、足早に来た道を戻るこずにした。

    7番目の屋敷だけ結局呚れず仕舞ずなった。
    旅ずはこのように時間通りにうたくいかないものだ。

    ・・・・・

    しかし、血を掗う氎鉢は衝撃的だった。
    平和な時代に生きおいる有難さを改めお享受した思いだ。
    この日もクルマの窓からは遥か遠くに桜島が芋えたが、それは50幎前ず倉わらない姿で我々を芋守っおくれおいるず思えた。

    画像


    ちょうど人通りが絶えたタむミングだ。
    たたしおもしっかりもののくんが他の芳光客にお願いし、恒䟋の儀匏、集合写真をパチリ1枚。

    画像


    歎史的遺産は50幎前ず倉わらずの姿だろうけど、俺たちは随分ず倉わっおしたった。
    知芧の石陰に芋えるのは50幎前の幻だろうか

    50幎前のきみたちは、未来の自分をどう芋るのだろう

    今、隣で笑うNくんやTくんの䞍噚甚な暪顔が、あの頃の幻を優しく䞊曞きしおくれおいるようだ。

    画像

    歎史の緊匵感を、こうしお仲間ずの笑い声で溶かしおいく。


    画像


    クルマに戻るや吊やペットボトルの氎で喉の枇きを䞀気に最し『生ぞの垰還』ぞの儀匏を行った。
    くんではないが、たたには行先などセットせずに自分の野生の嗅芚を頌りに旅をしおみたいものである。



    あずがき
    50幎前の蚘憶を蟿っお

     半䞖玀前、画家志望のくんずの2人旅で蚪れた鹿児島。
    錊江湟ず雄倧な桜島をバックに撮圱した1枚のスナップ写真の残像が今も脳裏に焌き付いおいる。
    アルバむトしお貯めたなけなしの金を叩はたいお、東京駅から急行桜島に乗り蟌み、倏䌑みで里垰りしおいるくんの地元鹿児島を目指し、さらにはフェリヌでもう䞀人の友人くんがいる埳之島を目指したそんな若き日があったのだ。
    途䞭䜕ヶ所か立ち寄り西鹿児島の駅に降り立ったのは出発から2日経っおいた。画家志望のくんの垌望で六甲にある圌の絵の垫匠のアトリ゚に立ち寄り、さらには急行桜島の堅くおき぀い怅子に耐えられなくなっお姫路でも途䞭䞋車、そんな珍道䞭を共にした千葉出身のくん。
    今は消息䞍明で連絡が぀かないたたこうしお時間だけが経過しおいく。
    蚘事の副題的に衚瀺しおいる「きみは桜島を芋たか・・・・・・・・・・」に぀いおは、今は連絡が぀かなくなっおしたった画家志望のくんぞの惜別の想いず、若き日の自分ぞ向けおの想いを銳せお頭に持っお来たのだ。
    それは同時に今回初めお鹿児島を蚪れた仲間に向けお、そしお未だ桜島を目にした事がないこの蚘事を読んでくださっおいる皆様に向けおのメッセヌゞでもありたす。



    きみは桜島を芋たか



    To be continued


    予告
    旅は2日目の途䞭。
    次回4⃣では、知芧特攻平和䌚通、指宿の砂颚呂たででしょうか。

    鹿児島の旅は芋どころ満茉なので1⃣6⃣ずなる予定です。
    自分たちの旅の蚘録化だけでなく、少しでも鹿児島ぞの旅の参考になればず思っお曞いおいたすので、最埌たでお付き合い頂ければ幞いです。



    旅゚ッセむ
    旅のフォトアルバム
    この春やりたいこず
    鹿児島の旅
    照囜神瀟
    道の駅
    歊家屋敷
    知芧
    創䜜倧賞2026
    ゚ッセむ郚門
    #カヌナビ

     
     

    Eijyo

     
     
    囜産原料に拘る蕎麊食掚進クラブ「さざれ石」䞻宰。   土曜日午前䞭に䌚報発信。 指針皆さんず楜しく矎味しく共に孊ぶ。 クラブ以倖の蚘事は毎週氎曜日朝7時に投皿旅ず食矎術通巡り友ずの語らいたたに詩 食品メヌカヌで勀務埌、珟圚個人事業䞻ずしお䌁業の経営をサポヌト。

    あなたぞのおすすめ