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『星空に残された人類の記憶』第6話 誰が書き留めたのか

    ――物語と、物語を書き留めた手

    第4話で残した問い

    第4話で、1897年に採録されたカイオワの伝承を紹介した。
    七人の少女が熊の群れに追われ、岩に祈り、岩が空へ伸び、少女たちは星になる。
    そのとき、まだ分からないこととして、こう書いた。
    1897年版を聞き取った採録者と、最初の掲載先。「すばる」という同定が語り手の言葉か、記録者や編集者の説明か。
    今回は、この問いを追いかけた。
    結論から言うと、書き留めた人物の名前は、まだ分からない。
    でもその代わりに、思ってもみなかったものが見つかった。同じ物語の、少しだけ違う二つの文書だ。

    同じ物語、二つの文書

    1897年のカイオワの語りを公開しているのは、アメリカ国立公園局だ。ただし、局の中にこの語りを載せた文書が二つある。
    一つは、デビルズタワー国定記念物のウェブページ「First Stories」。
    もう一つは、同じ局が教師向けに公開している授業用の資料「Kiowa Narrative about Tso-aa (Tree Rock)」だ。
    どちらにも、結びに同じ語り手の名前がある。
    オクラホマのフォート・シルにいたカイオワの兵士、I-See-Many-Camp-Fire-Placesが1897年に語った、というものだ。
    ところが、少女たちが星になる一文だけが違っている。

    文書
    該当箇所(英語)

    ウェブページ「First Stories」
    seven little stars in a group (The Pleiades)

    授業用資料「Kiowa Narrative about Tso-aa」
    seven little stars in a group

    「空へ押し上げられ、今もそこにいる。一か所に集まった、七つの小さな星として」。ここまでは同じだ。
    ウェブページの方にだけ、括弧で「プレアデス」と書き添えてある。
    授業用資料の方には、「プレアデス」という言葉は一度も出てこない。

    つまり、第4話で「1897年版では、少女たちはすばるになる」と書いた根拠は、括弧の中の一語だったのだ。
    この括弧を書いたのは誰か。語り手自身か。通訳か。その場で書き取った人か。後の時代に印刷した編集者か。それともウェブページを作った人か。二つの文書のどちらにも、その答えは書いていない。

    比べてみると対照的なのが、「First Stories」に並ぶほかの部族の話だ。
    シャイアン、クロウ、ラコタの話には、語り手に加えて、話を聞き取った人(ディック・ストーン)と通訳の名前が添えられている。アラパホの話には、語り手と記録された日付がある。
    ところがカイオワの話にあるのは、語り手の名前と、1897年という年だけだ。

    ここから先は、筆者の推測だ。
    「一か所に集まった七つの小さな星」という描写は、すばるの姿によく合う。
    第4話で確かめたように、「冬の真夜中に岩の上に来る」という一文とも矛盾しない。
    だから括弧の同定は、おそらく的外れではない。
    ただし、「おそらく合っている」ことと、「語り手がそう言った」ことは別のことだ。
    現在確認できる二つの英語資料に共通するのは、「一か所に集まった七つの小さな星」という表現までだ。
    語り手が実際にどの言葉を使ったのかは、まだ分からない。
    その語りが何語で行われ、誰が英語の文章にしたのかも、どちらの文書にも書かれていない。

    物語が文字になるまで

    この括弧は、大事なことを教えてくれる。
    私たちが「伝承」として読んでいる文章には、語り手以外の手も入っている。
    口で語られた物語が、この連載の読者の目に届くまでには、だいたい次のような段階を通る。
    1.      語り手:物語を知り、その場で語る人
    2.      通訳:語り手の言葉を、書き手の言葉に移す人(いないこともある)
    3.      書き手:聞いた話を文字にする人
    4.      編集者:書かれたものを整え、本や報告書にする人
    5.      紹介者:それを引用し、要約し、ウェブページや解説にする人

    どの段階でも、何かが選ばれ、何かが省かれ、何かが書き添えられる可能性がある。
    それは悪意からとは限らず、読者に分かりやすくしようとする配慮からでも起こりうる。ただし「(The Pleiades)」の括弧が、どの段階で、どんな意図で加わったのかはまだ分からない。
    そして、この連載自体も、この列の一番最後にいる。
    企画書の「カイオワの少女たちはすばるになった」という思い込みも、紹介者の段階で生まれたものだった。

    書き手の側から、並べ直す

    これまでの回で扱ってきた資料を、今度は「誰が書き留めたのか」という側から並べ直してみる。

    資料
    語り手・知識の持ち主
    書き手・編集者
    書き手と伝承の関係

    ヘシオドス、アラトス、オウィディウス
    詩人自身
    詩人自身。その後、写本と校訂を経て今に伝わる
    同じ文化の内側

    『宿曜経』
    インド系の星宿の知識
    不空(漢訳)、楊景風(注)
    翻訳者と注釈者

    『和名類聚抄』
    ―
    源順(編者)
    書物からの引用

    チェロキーのすばる
    チェロキーの人々
    ムーニー(米国の民族学者、1887年から調査)
    外部の研究者

    イロコイのすばる
    セネカ、オノンダガなどの人々
    スミス(1883)、ボーチャンプ(1900)、コンバース(1908、パーカー編)など
    多くは外部の記録者。パーカーはセネカの血を引く

    カイオワ(1897年)
    I-See-Many-Camp-Fire-Places
    不明
    不明

    カイオワ(モマデイ)
    モマデイ
    モマデイ自身
    伝承の内側の作家

    西部砂漠の七人姉妹
    伝承者たち
    伝承者たちが表現を決め、博物館が協働
    内側

    並べてみると、書き手の立場はいろいろだ。
    この連載の第3話では、西部砂漠の物語について、伝承者自身が公開した資料だけを使った。
    それは、誰がどう語るかをその文化の人々が決めるべきだと考えたからだ。
    ただし、内側の書き手なら「加工されていない」、外側の書き手なら「信用できない」というわけでもない。
    モマデイは作家として、自分の言葉で物語を紡いだ。
    ムーニーのような外部の研究者の記録がなければ、今は読めない物語もある。
    大事なのは、「誰の手を通った文章なのか」を、読む側が知っていることだ。それが分からないときは、「分からない」と書いておくことだ。

    括弧と注釈

    第1話で、『宿曜経』の一節を読んだ。
    本文は昴を六つの星とし、そこに楊景風が注を付けていた。

    中國天文。昴七星。

    中国の天文では、昴は七星である――という注だ。
    そして、それから1100年あまり後に語られたカイオワの物語を伝える、現代の英語の文書には、こう書かれている。

    seven little stars in a group (The Pleiades)

    二つは、時代も言語もまったく違う。
    それでも、どちらも元の記述のそばに、別の知識が書き添えられているという点では共通している。
    ただし、その役割は同じではない。
    楊景風の注は、星の数え方の体系の違いを示している。
    括弧の方は、七つの星の群れを特定の星団に対応させている。
    前者は星数の注、後者は星の同定の注だ。

    残り方にも違いがある。楊景風の注は、注であることが分かる形で残っている。本文の「六」と注の「七」を、読む側が見比べることができる。

    一方、「(The Pleiades)」の括弧は、誰がいつ付けたのか分からない。
    同じ国立公園局の教材PDFには、この括弧がない。
    語り手の言葉なのか、通訳の補足なのか、記録者の注なのか、後の編集者が加えたのかを、いまの資料からは区別できない。
    この括弧は、星の同定を補う注記と考えられる。
    ただし、二つの資料のどちらが先に作られたのか、両方が同じ古い原稿から派生したのかは確認できていない。
    括弧が加わった時期も、その意図も分からない。

    ただ、神話を比べる立場からすると、この補足は大きい。
    「どの星の物語か」という同定そのものが、語り手ではなく書き手の手で決まっているかもしれないからだ。
    これが、この連載で言う仮説D2(記録・翻訳のバイアス)の、具体的な姿だ。

    第4話への訂正

    ここで、第4話の書き方を直しておきたい。
    第4話では、「1897年の版では、少女たちはすばるになった」という趣旨で書いた。正確には、こうなる。
    •       1897年のカイオワ伝承を伝える二つの英語資料では、少女たちは「七つの小さな星の群れ」になったと記されている。
    •       国立公園局のWeb版はこれをすばると注記しているが、その同定が元の語りに含まれていたかは確認できない。
    •       これは「すばる説の撤回」ではない。すばるとする根拠が、語り手の発言としては確認できない注記に依存していた、ということだ。

    筆者の推測としては、「小さな七つの星の群れ」はすばるとよく合う。北斗七星は「小さな群れ」というより、大きく広がった形の星だからだ。だから同定そのものは当たっている可能性が高い、と筆者は考えている。
    それでも、「語り手がすばると言った」と「書き手がすばるだと説明した」は、別のことだ。この二つを分けて書いておかないと、比較の土台がずれていく。

    宇宙OSで言えば:コードとコメント

    ここからは比喩の話だ。証拠ではなく、整理のための見立てとして読んでほしい。
    この連載では、宇宙を「ポンコツOSで動いているシステム」に見立ててきた。
    その見立てで言えば、語り手の言葉はプログラムのコード、書き手の括弧や注はコメントに近い。

    [STORY_DATA] seven little stars in a group
    // (The Pleiades) author: unknown

    [STORY_DATA] 昴 六星
    // 中國天文。昴七星。 author: 楊景風

    コメントは役に立つ。読む人にとっては、コードよりも先に目に入ることさえある。
    しかし、コメントは実行されない。
    コメントが正しいこともあれば、古くなっていたり、別のプログラムの話をしていたりすることもある。
    だからプログラマーは、コメントとコードが食い違うときは、コードのほうを確かめる。
    ただし、神話の場合はもう一段ややこしい。
    手元にある「コード」そのものも、たいていは誰かが書き写したものだ。
    1897年の「seven little stars in a group」も、語り手が口にした言葉そのままとは限らない。
    どの言語で語られたのか、通訳がいたのかも、まだ分かっていない。
    つまり私たちが読んでいるのは、コードのコピーと、そこに付いたコメントの組み合わせだ。
    どこまでがコードで、どこからがコメントなのか。それを一行ずつ確かめることが、比較の第一歩になる。

    ※この見立ては、記録の層を整理するための比喩である。「コード」と「コメント」の区別が、そのまま歴史的な事実を示すわけではない。

    この回で確認できたこと・できなかったこと

    確認できたこと

    •       国立公園局のWeb記事「First Stories」には「seven little stars in a group (The Pleiades)」とある。
    •       同じ国立公園局の教材PDF「Kiowa Narrative about Tso-aa (Tree Rock)」には「seven little stars in a group」とあり、「Pleiades」の語はない。
    •       どちらも、語り手をフォート・シルのカイオワの兵士 I-See-Many-Camp-Fire-Places、時期を1897年としている。同じ「First Stories」のほかの部族の話には聞き取った人や通訳の名前が添えられているが、カイオワの話にはない。
    •       『宿曜経』の本文は昴を六星とし、楊景風の注は中国天文では七星とする。
    •       チェロキーの物語の主な記録者ムーニーは、外部の民族学者だった。イロコイの物語には、記録者の異なる複数の版がある。

    確認できなかったこと

    •       1897年版の記録者、通訳の有無、語られた言語、最初に活字になった媒体。
    •       「(The Pleiades)」の括弧を付けたのは誰か、いつ、どんな意図で加わったのか。二つのNPS資料のどちらが先か。
    •       チェロキーとイロコイの各版について、語り手本人が誰だったか(本稿では名前を挙げていない)。
    •       楊景風の注がいつ本文に組み込まれたか、写本ごとの違い。

    筆者の解釈

    •       「小さな七つの星の群れ」をすばるとする同定は、おそらく当たっている。ただしそれは、語り手の言葉ではなく、書き手の説明に支えられている。
    •       神話を比べるときは、少なくとも「語り手の言葉」と「書き手の説明」を分けて扱う必要がある。これは、仮説D2(記録・翻訳のバイアス)を確かめるための前提でもある。
    •       書き手が内側の人か外側の人かで、記録の良し悪しが決まるわけではない。大事なのは、誰の手を通ったかを読む側が分かるようにしておくことだ。

    次回予告

    ここまで、「誰が書き留めたのか」という、地上の側の話をしてきた。
    次回は、もう一度空を見上げる。
    すばるは小さく固まって見え、オリオン座は後を追うように昇る。もし空の見え方そのものが、物語の形をある程度決めているのだとしたら、遠く離れた土地で似た物語が生まれるのは、むしろ自然なことかもしれない。
    空は、どこまで物語を書くのか。
    第7話「空が物語を書く」(仮題)

    参考資料

    •       National Park Service, Devils Tower National Monument, "First Stories" https://www.nps.gov/deto/learn/historyculture/first-stories.htm
    •       National Park Service, "Kiowa Narrative about Tso-aa (Tree Rock)"(教材PDF) https://www.nps.gov/common/uploads/teachers/lessonplans/Kiowa%20Narrative.pdf
    •       James Mooney, Myths of the Cherokee (1900), sacred-texts.com https://sacred-texts.com/nam/cher/motc/index.htm
    •       "James Mooney", Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/James_Mooney
    •       "Arthur C. Parker", Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Arthur_C._Parker
    •       Crooked Lake Review, July 1994(イロコイのすばるの諸版) https://crookedlakereview.com/articles/67_100/76july1994/76cornell.html
    •       "N. Scott Momaday", Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/N._Scott_Momaday
    •       National Museum of Australia, "Songlines: Tracking the Seven Sisters" https://nma.gov.au/exhibitions/songlines/about
    •       『宿曜経』(大正蔵 T1299)、SAT大正新脩大藏經テキストデータベース https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/T1299.html
    ※英語資料からの引用・要約は筆者による訳です。


     
     
    中卒・建設作業員・転職20回以上。自説「宇宙OS理論」で読み解く「世界の神話シリーズ」入門編を連載中! 掲載作品はマガジンにてわかりやすく分類してあります!ぜひご覧くださいm(__)m全話無料!漫画もあります! #宇宙OS理論 #AI共著 #kindle出版

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