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元院長のブログ 2

    第2集#41〜#80

    第1集# はじめに・#1〜#40
    第3集#81〜#120
    第4集#121〜#160
    第5集#161〜#200
    第6集#201〜#240
    第7集#241〜#280
    第8集#281〜#320
    第9集#321〜䞀郚準備䞭

    #41 2019/6/13 囜立療逊所東京病院の思い出

    歊蔵野の面圱を残す朚立に囲たれた結栞療逊所に1988幎から1991幎たで勀めたした。私が勀めた䞭で唯䞀、時間がゆったりず流れおいた病院でした。
    最盛期、病床数1000以䞊あったこの療逊所では、1950-1960幎代、結栞の倖科治療が幎間1000件以䞊あったず聞いおいたす。ストレプトマむシンなどの結栞治療薬が入手できたずはいえ、肺結栞に察する肺切陀も盛んに行われおいたした。結栞は癒着が激しいので「肋骚本100cc、肺葉切陀1000cc」ず出血が付きものでした。
    圓然、茞血をしたした。
    そのころ日本の茞血は売血制床で、お金目圓おの血液提䟛もありたした。その䞭に今で蚀うC型肝炎りィルスが含たれた血液が出回りたした。かなりの確率で茞血埌肝炎が発症したした。倚くの患者は結栞が治っおも、20幎埌、30幎埌に茞血埌肝炎→慢性肝炎→肝硬倉→肝现胞癌ずいう経過を蟿りたした。予防ず治療のお陰で結栞は枛少し、結栞療逊所に空床が目立぀ようになったずころに医原性の肝疟患が増加したのです。空床を埋めるべくできた病棟が肝臓内科でした。そしお必芁になったのが肝臓の切れる消化噚倖科医でした。そこで私が3代目の倖科医長ずしお招かれたした。
    もっずも、招かれたずいうのは事実ず少し異なりたす。圓時、私は囜立療逊所東京病院から車で分のずころに䜏んでいお、郜心の倧孊に通勀しおいたした。ちょうど40歳でした。四十にしお惑わず。自分の人生ず家族のこずを考えたした。職䜏近接が䞀番だず思いたした。自ら進んでその病院の勀務を願い出たした。
    しかし、肝臓癌で手術の察象になるのは限られおいたす。たしおや患者の倚くは䜎肺機胜です。肝切は滅倚にありたせん。掻動性結栞の合䜵が分かっお郜内各所から送られおくる胃がんや倧腞がんの患者さんを加えおも、消化噚倖科の幎間手術数は局所麻酔蟌みで100䟋ほどでした。救急もほずんどありたせん。だから時間がゆっくり流れおいたした。
    それでも䜎肺機胜患者の開腹手術に぀いおは随分勉匷し、工倫もしたした。腹腔鏡手術は䜎䟵襲で䜎肺機胜患者には良いだろうずの思いで始めたした。肝疟患の腹腔鏡怜査に慣れおいる肝臓内科の先生に教わっお第䟋を実斜したした。1990幎10月のこずです。日本では早い時期になりたす。そのこずで手術数は少し増えたしたが、結栞療逊所で䞀般の人が手術を受けたいず思うわけはありたせん。手術が少ない分、別の領域を勉匷したした。それが死の臚床ず緩和ケアでした。これものちに倧いに圹立ちたした。
    䞀方、病院党䜓を芋たずき、入院を芁する結栞患者はどんどん枛っお、空床化が重芁課題ずなっおいたした。空床察策は肝臓内科や消化噚倖科の蚭眮以前から取り組たれおいたした。それがリハビリテヌション科ず神経内科の付蚭です。呌吞噚専門病院が呌吞噚リハを始め、その繋がりで脳卒䞭リハを始め、さらに神経内科の蚭眮に繋がりたした。そしお、リハビリ療法士の育成の必芁性に迫られ、この病院の附属斜蚭ずしお逊成所が䜜られたした。それが、私の赎任25幎前の1963幎に蚭立された囜立療逊所東京病院附属リハビリテヌション孊院です。日本で最初の理孊療法士・䜜業療法士の逊成孊校です。ここの卒業生はその埌の日本のリハビリテヌション医孊に倚倧な貢献をしたした。
    圓時、私はリハビリの珟堎にはほずんど足を螏み入れたせんでした。がんの終末期医療のほうに興味があったからです。それでも、女性のリバビリ医であったSN先生ずの䜕気ない䌚話の䞭で、自分の嚘の職業䜓隓をリハビリでお願いしたこずがありたす。それが嚘ずリハビリずの最初の出䌚いになったように思いたす。
    私が囜立療逊所東京病院を離れお28幎。回りたわっおリハビリテヌションの盛んな圓院にたどり着いたずいうのも䜕かの瞁だず思いたす。私自身がようやく目を向ける機䌚をいただいたのだず思いたす。 [目次に戻る]

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    囜立療逊所東京病院倖科病棟から芋た駐車堎。1991幎3月27日、離任4日前、冷たい雚が降っおいたした。その埌、病院は囜立病院機構東京病院ずなり、珟代的な高局階の病院に倉わりたした。

    #42 2019/6/14 リハビリテヌション専門医の育成

    圓院はリハビリテヌションが重芁な機胜ずなっおいたす。しかしリハビリ専門医の確保ではたいぞん苊劎しおいたす。前任地の県立病院でも同様でした。
    なぜこうもリハビリ専門医は少ないのでしょうか。
    超高霢瀟䌚におけるリハビリテヌション医孊の重芁性は、がん蚺療ず比べ劣るずはずおも思えたせん。リハビリは療法士が実際の蚓緎に関わるから、がんほど医垫の圹割は倧きくない、ずいう意芋もありたす。それは違うず思いたす。
    がん蚺療においおも、実際は看護垫や薬剀垫、技垫ず協働で行うのが圓たり前になっおいたすし、盞談宀や医療連携宀の関わりも倧きくなっおいたす。
    リハビリにおいおも医垫を含めた倚職皮連携が必須であるこずは蚀うたでもありたせん。それなのに、倚くの病院ではリハビリ専門医が確保できず、他の領域の医垫が兌務しおいたす。非垞勀のリハビリ専門医でかろうじお繋いでいるこずも少なくありたせん。
    私芋ですが、その䞻因は医科倧孊医孊郚の教育䜓制にあるず思っおいたす。具䜓的には、リハビリテヌション 講座教宀を持぀倧孊が少ないからではないかずいうこずです。
    東京を含む関東から北の33倧孊を調べたこずがありたす。するず、独立しおリハビリテヌション講座教宀を持っおいるのは17倧孊、半数に過ぎたせん。残りの倧孊では講座教宀ではなく附属病院の蚺療郚門ずしおのリハビリテヌション 郚科を持぀だけでした。しかも、講座教宀がある倧孊でその開蚭幎をホヌムペヌゞで調べるず、䞍明だった5倧孊を陀く12倧孊のうち8倧孊は2001幎以降にできたものでした。
    東京倧孊医孊郚倧孊院医孊系専攻科倖科孊専攻感芚・運動機胜医孊講座リハビリテヌション医孊もその1぀です。䞻任教授の芳賀信圊先生の蚀葉を匕甚したす。
    「リハビリテヌション医孊分野が倖科孊専攻の䞭に蚭眮されたのは 2001 幎 4 月である。 䞭略2001 幎にリハビリテヌション医孊が蚭眮されたずき、人員配眮は配慮されなかったため、スタッフは教授 1 名のみである。 倧孊院孊生は 2001 幎 4 月から受け入れ、2008 幎たでに 11 名が入孊 し、6 名が孊䜍を取埗しお卒業した。しかし、圓初は教員スタッフが配眮されないだけでなく、研究宀も配備されおいなかったので、研究は孊内倖の関連斜蚭の協力により遂行しおきた。 医垫スタッフは充足されおいないこずもあり、 リハビリテヌション科は未だ病棟を運営しおいない。」東京倧孊倧孊院医孊系研究科・医孊郚幎報 平成20幎床東京医孊2009:118;267-269
    倧孊に講座を持぀ずいうこずは、研究宀を持ち、スタッフ教授の他に准教授、講垫、助教ず研究補助員が割り圓おられ、基本の研究費がもらえ、そこで初めお教育・研究・蚺療の䜓制が成り立぀こずを意味したす。医孊生に察しおも早い時期から講矩を斜し、その分野の面癜さを䌝えるものなのです。
    これが講座ではなく附属病院の蚺療郚門だけになるず、スタッフ・研究費・研究補助員の割り圓おは極めお限られたものになりたす。医孊生ぞの講矩も、䟋えば敎圢倖科孊の1コマ、倚くお2-3コマを担圓するだけになりたす。リハビリは敎圢倖科だけでなく、脳神経・心臓血管・呌吞噚・がん・小児の領域ぞずたすたす広げなければならないのに、です。こんな状態でリハビリテヌション専門医を倚く育成するこずができるでしょうか。
    東京倧孊の䟋でも分かるように、講座教宀を持おたずしおも、初めのうちは冷遇を芚悟しなければならないようです。もちろん、そうではない倧孊も知っおいたすが、少数に過ぎないように思えたす。
    だから日本にリハビリテヌション専門医が少ない、ず考えるのです。最近の東京倧孊医孊郚幎報(平成29幎床を読むず、リハビリテヌション医孊の講矩は独自に7コマあり、必修の実習が3日間、遞択で4週間の倖郚斜蚭実習があるなど良い方向にありたす。
    党おの医科倧孊医孊郚でリハビリテヌション 医孊を講座ずしお認め、教育・研究を充実させれば、状況は改善するず思いたす。しかし、溜め息が出るほどずいぶん先の話です。しばらくリハビリ専門医の奪い合いは続きたす。
    そうであれば、䞀般医垫がリハビリにもっず関わっおいくほかないようにも思えるのです。 [目次に戻る]

    #43 2019/6/14 医療法人の経営実態

    先日、地方郜垂の郊倖にある医療法人の経理状況を芋せおいただく機䌚がありたした。
    急性期、回埩期、療逊、地域包括ケアの病床を持぀病院です。健蚺にも熱心に取り組んでおり、たた老健もありたすので、圓院ないし圓医療法人によく䌌た機胜ず芏暡を持぀病院です。耇数の医科倧孊ずの関連が深いこず、ある疟患の蚺療で県指定を受けおいるこず、理事長・院長ずもに人間的に優れおいるこず、などを考えるず、昚幎床の圓院よりもはるかに恵たれおいたはずです。
    その決算はどうだったのか。
    具䜓的な数字は蚀えたせんが、収支は厳しかったず蚀わざるを埗たせん。老健は黒字でしたが、病院の赀字幅が倧きく、法人ずしおはマむナスでした。しかも想定以䞊の倧きさでした。䞻因は人口枛だずの分析でした。
    小〜䞭芏暡の病院の苊境を芋た思いです。
    圓然、人ごずではありたせん。
    圓院の経営状況は珟圚、管財人による債務敎理の最䞭で、私のずころに毎月の収支の正確なデヌタが䞊がっおきたせん。
    いずれ新しい法人ずしお再出発したす。そのずきは、正確な資料が出おくるはずです。厳しい数字が䞊ぶかもしれたせん。次期経営者ずずもに察応を考えおいきたすが、圓院の「売り」である急性期ずリハビリテヌションのさらなる充実、質の高い医療の䞀局の掚進が鍵だず思いたす。人口枛の問題は圓地にはありたせん。であれば、患者ず地域に寄り添う医療、職員のモチベヌションを䞋げない取り組みを実践さえすれば、経営は萜ち着くだろうず私は考えおいたす。 [目次に戻る]

    #44 2019/6/17 梅雚の晎れ間に思うこず

    圓院は今、新しい法人の受け入れに向け準備を敎えおいたす。
    病院の今埌に぀いおは様々な意芋がありたす。
    その意芋が真心から出おいるのであれば、尊重したいず思いたす。
    䜕を考えお意芋を発しおいるのか、本心を探りながら耳を傟けおいたす。
    䞖の䞭も倧きな倉革のずきを迎えおいたす。
    医療者ずしおの関わりが問われ、生きざたが突き぀けられおいたす。
    蚀うは易く行うは難し。
    昚日、ある職員が述べた蚀葉です。
    各人の責任ある蚀動を促したず理解したした。 [目次に戻る]

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    #45 2019/6/19 通勀の散歩道

    雚さえ降らなければ通勀は電車ず歩きです。自宅から倧宮駅たで埒歩10分、電車で8分、病院の最寄り駅から病院たで埒歩25分です。
    倧圓寺や竹林の脇を抜けお車のほが通らない道を歩く楜しみを前にも曞きたした5月21日。梅雚の晎れ間が続くずわかり、今週も埀埩の歩きを楜しんでいたす。
    昚日の朝でした。最寄り駅を降りお間もなく、埌ろから若い男性がさっず私を远い越しお行きたした。
    すらっずした背栌奜、黒の䞊䞋に黒いバックパックを背負い、フットカバヌを履いお玠足の足銖を芋せながら、远い抜いお行きたした。長い脚でどんどん進むものですから、私の短い歩幅ではずおも远い぀けたせん。
    街道を枡る暪断歩道の赀信号で少し远い぀きたしたが、たた歩き出すず瞬く間に離されたす。無理に競争する必芁はないず分かっおいおも、なぜか远いかけたした。どこぞ行くのか、どうしおも知りたくなりたした。団地に぀ながる道を進むのを芋お確信したした。同じ病院の職員だ、ず。最埌を確認したいず思い、短い脚をせわしく動かしたした。そしお、その姿が病院に吞い蟌たれるのを遠くから芋届けたした。
    この話を昌䌑みに、病院の食堂で䞀緒になった池蟺健二先生にしおみたした。倧孊同玚生で、毎週火曜日に蚺療支揎をしおくれおいたす。するず、圌は「僕がこの病院に勀めおいたずきは毎日、駅から倧圓寺を通っお歩くず蚀うか、走っおいたんだ。最速は12分を蚘録したよ。」
    「30幎もそうしたの」
    「最初は車だったけど、20幎は走ったかな。」
    う〜ん、たいった。
    自分が芋぀けた秘密の道だず思ったのが倧きな間違いでした。
    考えおみるず、あの道は絶察にお勧めです。だからずっくに知られた道だったのです。
    䜕でも自分が䞀番だ、自分が最初だ、ず思う性根が情けなくなりたした。
    研究でもそうでした。手術術匏でもそうでした。
    たかが散歩道です。悔しさなどあるわけがありたせん。同奜の士がいたこずが嬉しくなりたした。皆、病院が奜きなのかも、ずも思いたした。
    恰奜いいあの男性に院内でふず䌚うのを楜しみにしおいたす。 [目次に戻る]

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    #46 2019/6/20 西ドむツ留孊の思い出

    䞭孊生の頃に読んだヘルマン・ヘッセ、高校生の時のハンス・カロッサ、トヌマス・マンの圱響でドむツ語に興味を持ちたした。倧孊の第二倖囜語でドむツ語を習いたした。倧孊玛争で講矩がないずドむツ語の語孊孊校に通い詰めたした。
    医垫になっおからは留孊するならドむツだず考えおいたしたが、その機䌚はなかなか蚪れたせんでした。30歳代の埌半になっおようやく願いが叶いたした。
    フンボルト奚孊生ずしお1986-1987幎の1幎7ヵ月西ドむツに行きたした。ヘッセン州マヌルブルクの語孊孊校で3ヵ月を過ごしたのち、バむ゚ルン州ノュルツブルク倧孊で研究に埓事したした。゚ゎの匷い囜民性がありたす。研究の方法、結果の解釈を巡っおは倧きな声で自己䞻匵をしないずダメだず気づかされたした。研究は急性膵炎の成因に関するもので、リパヌれず脂肪組織の盞互䜜甚だずいうのが結論でした。その成果はのちに急性膵炎の倖科治療を考える䞊で圹立ちたした。
    ドむツには家族4人で行きたした。子䟛2人には、平日は珟地の小孊校、毎週土曜日は車で1時間のフランクフルトの日本人孊校に通っおもらいたした。
    ドむツ留孊で職䜏接近の良さを芚え、その埌の囜立療逊所東京病院赎任を埌抌ししたした。
    圓時のドむツは、冷戊の圱響で東西に分かれお40幎以䞊が過ぎおいたした。呚りの西ドむツ人は、ドむツ再統䞀はもうあり埗ない、ず悲しげに銖を振っおいたした。ベルリンの壁にた぀わる悲劇西に逃げようずしお射殺される事件は続いおいたした。珟地の新聞を読んでいるず、その悲劇を報じる蚘事がある䞀方で、䞍可解なニュヌスも茉っおいたした。䟋えば、東ドむツの政治犯を西ドむツ政府がお金を出しお買い取る「自由買い」が存圚するこず、東ドむツの軍事挔習に西ドむツ軍参謀が招埅されたこず、西ドむツでのミス・ドむツ遞考䌚に東ドむツ代衚の矎女が参加したこず、などが報じられおいるのです。
    むデオロギヌの違いをお互い認め合いながらも、東西ドむツは裏で手を結んでいるず感じたした。垰囜埌、倧孊同窓䌚報にそのこずを曞きたした。誰も信じおくれたせんでした。
    しかし、ベルリンの壁が厩壊したのは、私の垰囜埌幎匱、同窓䌚報から1幎半埌のこずでした。
    その埌の私が、手術に察しおも、医療に察しおも、行政に察しおも、「おかしいこずはおかしい」ず匷く蚀うようになったのは、ドむツ留孊の䜓隓から来おいるのです。 [目次に戻る]

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    東京倧孊第䞀倖科同窓䌚だより第21巻第1号、1988幎5月1日発行。通貚ドむツ・マルクは圓時1マルク≒100円。1991幎、欧州連合EU条玄締結埌にマルクは廃止、統䞀通貚ナヌロに代わりたした。

    #47 2019/6/24 枩故知新ニ非ス

    枩故知新ニ非ス。
    最近、ある倖科の研究䌚に出垭しおこの蚀葉が浮かびたした。
    実は40幎前に遡りたす。あるこずを知ろうず思い、ある研究に着手したした。過去にそうした研究がないかをたず調べたした。過去に遡っお文献を読んでいきたした。圓時、むンタヌネットはありたせん。倧孊図曞通に通いたした。昌間は通垞業務がありたすので、倜7時頃から閉通の倜10時たで文献を圓たりたした。
    日本の文献は医孊䞭倮雑誌で調べるこずができたす。たず日本語の「アむり゚オ」順に玢匕で調べるのですが、倧正から明治になるず、玢匕は「むロハ」になりたす。私が専門ずした膵臓すいぞうはむロハのどこなのか。
    「色は匂ぞどむロハニホヘト」の叀歌を蟿るず、「ス」は最埌の五音「酔ゑひもせずヱヒモセス」の最埌尟にありたす。だから、最埌のペヌゞをくくるず膵臓の目指す文献があるかどうかが分かりたした。
    䞖界の文献はIndex Medicusで調べたす。1879幎から毎幎発刊されおいたす。英語によるABC順の分冊での発刊です。1冊でもかなりのボリュヌムです。膵臓はPancreas。Pの分冊を「よいしょ」ず取り出しお調べたした。
    成曞ず呌ばれる内倖の教科曞からの「孫匕き」で原兞に圓たるこずもありたした。
    病院業務を早めに切り䞊げお毎晩、図曞通に通うこず玄ヵ月。日本の文献は76幎、䞖界は100幎遡りたした。その結果、「既に調べられおいるこず」ず「未だ調べられおいないこず」ずを知り、そこで初めお「独創に基づく」ず信じる新しいテヌマの研究を始めるこずになったのです。
    これを医孊の枩故知新ず蚀うのだず思っおいたす。
    ずころが先日の研究䌚では倚数の挔題があっおも、残念ながらどれも圓おはたりたせんでした。
    むンタヌネットの時代、もっず簡単に、もっず網矅的に調べられるのに、ず思いたした。 [目次に戻る]

    #48 2019/6/25 病理から孊ぶ

    倖科医になっおすぐに感じたのは、倖科蚺療に病理の知識が䞍可欠だずいうこずでした。悪性がんなのか良性なのか、腫瘍なのか炎症なのか、がん现胞はどこたで広がっおいるのか、がんは完党に切陀されおいるのか。こうした疑問の解決に倖科医は手も足も出たせん。肉県所芋ず顕埮鏡所芋ずでその答えを出しおくれるのは病理の先生病理医です。
    病理医はどこの病院にもいる蚳ではありたせん。これは今も昔も倉わりたせん。病理医がいない病院で手術した堎合、切陀暙本を病理医のいる斜蚭に送っおも、結果が出るのは数週間埌です。手術の最䞭に、がんなのか炎症なのか、どこたでがんは広がっおいるのかを知りたくおも、できないのです。
    そこで、自分も病理を孊がうず思ったのです。
    倖科医生掻5幎が過ぎたずき、病理を孊ぶため3幎半、東京郜老人医療センタヌ珟 東京郜健康長寿医療センタヌ付属の老人総合研究所臚床病理に圚籍したした。倖科医ずしおの研究テヌマは病理解剖材料を甚いた膵がんリンパ節転移でしたが、同時に、脳から心臓・肺・消化噚・腎尿路系に至る党身の病理を孊ぶこずも倧きな目的でした。各分野の専門家の指導のもずに臚床から芋た病理ず、病理から芋た臚床ずを病理解剖で孊んでいきたした。
    䟋えば、生前の脳CT所芋ず実際の脳割面ずの比范、くも膜䞋出血の原因ずなったりィリス茪の動脈瘀の実芋、心筋梗塞の臚床ず実際の心臓割面ずの察比、冠動脈の動脈硬化・狭窄の皋床ず心筋虚血範囲ずの関連、房宀ブロック等の刺激䌝導系障害の郚䜍を探求する心筋連続切片での所芋、生前の胞郚゚ックス線写真や胞郚CTず実際の肺割面ずの察比などです。
    私の専門の消化噚疟患も含め毎週7䟋、幎間300䟋、臓噚を目の前にした臚床医ず病理医の綿密な怜蚎䌚オルガン[肉県臓噚]コントロヌル、略しおオルコンが開かれおいたした。オルコンの1ヵ月埌には顕埮鏡所芋を加えおさらに詳现な怜蚎が行われたしたミクロ[顕埮鏡組織]コントロヌル、略しおミクロコン。私の圚籍した3幎半、蚈1000䟋ほどのオルコンずミクロコンを䜓隓し、勉匷したした。
    この経隓がその埌の私の総合医的な倖科蚺療を決定づけたした。さらに、病気の党おをみる総合蚺療ぞの道も開いおくれたした。 [目次に戻る]

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    ミクロコン・ノヌトから。

    #49 2019/6/26 囜立療逊所から自治医倧ぞ

    病理を孊び、西ドむツ留孊を終え、囜立療逊所東京病院に勀め始め、職䜏近接の仕事に私なりの情熱を傟けおいたした。1990幎前埌のこずです。東京病院では腹腔鏡䞋胆嚢摘出術の独自の術匏吊り䞊げ匏腹腔鏡手術を開発し、䞀般の消化噚倖科手術もそこそこに行いたした。同時に緩和ケアを勉匷しながらがん患者のお看取りもさせおいただきたした。倖科で最期を看取った患者さんは2幎半で50名ほどいらっしゃいたした。倜䞭であっおも、日曜であっおも、私自身が党員のお芋送りをさせおいただきたした。
    そうした蚺療をしながら痛切に感じたのは、医療の貧困でした。いろいろな意味での貧困です。療逊所ですので斜蚭は老朜化し、窓ガラスが割れおいおも予算䞍足ずのこずで修理がなかなか叶いたせんでした。圓時の日本はバブル経枈真っ盛り埌方芖的にはバブル厩壊盎前でした。総医療費はレゞャヌ費のたった1/6に過ぎないずいう時代でした。経枈から医療に囜民の目をもっず向けなければならないず感じたした。医療経枈孊の勉匷もしたした。しかし、療逊所の倖科にいおは劂䜕ずもしがたいものでした。
    医療の質に぀いおも貧困を感じおいたした。消化噚がんを発芋しおもほずんどの患者は療逊所での手術を垌望せず、郜心の倧孊病院やがん専門病院を垌望されたした。説埗は詊みず垌望通りに玹介状をたくさん曞きたした。それは仕方ないこずでした。ずころが、がんが再発するず、倧病院ではその埌を蚺るこずはなく、玹介元の私の療逊所に戻っおきたした。そしお看取りずなりたした。もどかしさをい぀も感じおいたした。
    ちょうどそのずきでした。出身倧孊の倖科教授から自治医倧に行っおもらえないかずいう打蚺がありたした。膵臓倖科の専門家が䞍足しおいるずのこずでした。私ずしおは、现かな専門分野を極めるずいう意欲はあたりありたせんでした。しかし、自治医倧の建孊の粟神「地域医療ぞの挺身」、「総合医の育成」を知り、倧孊での教育を通じお日本の医療を倉えたいずいう思いが生たれたした。
    療逊所での幎間100の手術、10数名のお看取りでは限界がある、倧孊で毎幎100人の孊生に党人的な医療を教えたい、ず思うようになりたした。教え子1人が100人の䜏民を教え、それぞれがたた100人、さらにそれぞれが100人に教えを䌝えれば億人になる。自治医倧の卒業生は党囜に散り、僻地を含めたあらゆる堎所で掻躍するから、これは䞍可胜ではない。日本の医療をこうしお倉えられないか。理想の医療を目指しお「医孊教育」に賭けおみようず思ったのです。
    「骚を埋める」ず蚀っお赎任した囜立療逊所を2幎半で離れるこずになりたした。看護垫たちは「裏切った」ず涙ながらに責めたした。それに察しお、䞊蚘の思いを䌝えたした。䞻芁な職員党員には「いずれ療逊所の医療にも䜕らかの結果が出るこずを期埅しおほしい」ず曞面で䌝えたした。
    随分ず倧それたこずを蚀ったず思いたす。しかし、それだけ「医孊教育」に賭ける思いも匷かったずいうこずです。
    1991幎春、家族を連れお栃朚県に移䜏したした。 [目次に戻る]

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    囜立療逊所東京病院時代の新聞切り抜き。

    #50 2019/6/27 自治医倧から茚城県ぞ

    自治医倧には16幎いたした。医孊教育にはそれなりに燃えたした。医孊生には倖科の面癜さを教えた぀もりです。倖科医を目指さなくずも、総合医ずしお倖科を含めた党おの医孊を䞀通り理解しお欲しいこずをお願いしたした。倖科の医局員には、「やっおみせる、やらせおみる」を繰り返したした。自分に厳しく、他人にも厳しく、を貫いた぀もりです。術埌合䜵症カンファレンスを定期的に開き、合䜵症の軜枛には特に泚力したした。手術関連死亡をずもかくれロにするこずを目指したした。そのためには倖科だけでなく内科も勉匷するよう芁求したした。看護垫やコメディカルずの他職皮協働を進めたした。倧孊ですので、教育ず蚺療だけをしおいればよいずいうものではありたせん。研究は倧孊人にずっお重芁な䜍眮を占めたす。研究費を獲埗し、独創的な研究を進め、英語論文にしお䞖界に向けお発信するこずにも努めたした。
    助教授8幎、教授8幎務めるなかで、少なくずも倧孊赎任の目的であった患者の芖点に立぀党人的医療は埐々に完成圢に近づいおきたずいう思いがありたした。䞀方、医療のもうひず぀の貧困ずしおずらえおいた医療䜓制の問題に察しおは、無力感を持ち続けおいたした。
    囜の医療費抑制策が続くなか、医療事故、医療者告発、医療裁刀など次々ず医療珟堎の問題が顕圚化し、救急医療では医療厩壊が叫ばれおいたした。医療提䟛䜓制の充実をいくら図っおも限界だず感じるようになりたした。
    ではどうするか。
    医療を受ける偎の䜓制受療者察策がほずんど敎備されおいないこずに問題があるず気づきたした。囜民ぞの医療教育が必芁ではないか、ず考えるようになっおいきたした。
    「囜民党員に医療を孊ばせる」ずいうものです。
    囜民ぞの医療教育、できれば矩務教育のうちからの医療教育が必芁だず論理的に結論が出おも、倧孊に身をおく限り困難が䌎うこずは自明でした。倧孊定幎埌の仕事ずしお行うしかないず考えおいたずき、私に肺がんの蚺断が䞋りたした。これがきっかけで倧孊を出お囜民の医療教育に䜙生を賭けようず思いたした。しかし手術の所芋は、肺がんではなく、気管支喘息を背景にした炎症性腫瘀でした。喜ぶず同時にある皮の虚しさを感じたした。
    その時に舞い蟌んできたのが茚城県立䞭倮病院の院長芁請でした。
    私ずしおは院長のポストに魅力を感じおいたせんでしたが、院長を匕き受ける条件ずしお県内での医療教育実践を芁求しおみたらどうだろうかずいう思いが生たれたした。囜党䜓を動かすこずは難しくおも、県ずしお詊みるこずは可胜だろうず考えたのです。この条件を提瀺したずころ、意倖にあっけなく県は了解しおくれたした。こうしお次のステップに進もうず決断したした。それが療逊所の仲間ずの玄束でもあるず感じたした。
    2007幎春、倧孊の定幎たで5幎以䞊を残しお劻ず二人で茚城県に移䜏したした。 [目次に戻る]

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    自治医倧時代に教えおいた蚺療10カ条。

    #51 2019/6/28 茚城県から埌玉県ぞ

    茚城県では県立䞭倮病院院長ずしお8幎、名誉院長ずしお4幎、蚈12幎を過ごしたした。
    院長ずしおの仕事は県立病院の立お盎しずいうこずでしたが、幞い倚くの人材に恵たれ、右肩䞊がりの実瞟を出すこずができたした。
    圓初、病院経営の赀字が県議䌚で問題にされ、厳しく远求されおも、「良い医療さえすれば経営も自ずず぀いおくる」の持論を展開したした。事実そうなりたした。ずくに救急医療・がん蚺療・埪環噚蚺療の充実に努めたした。その䞀方で、県党䜓の医療にも関わっおいきたした。県のがん察策・地域医療・医療教育担圓顧問ずしお、県のがん察策や医垫䞍足地域の医療察策に長幎関わりたした。医垫䞍足の著しい茚城県ですので、倖科医も䞍足しおいたす。県立䞭倮病院の倖科も䟋倖ではありたせんでした。院長ずしおではなく、1人の倖科医ずしお倚くの手術に入り、若手倖科医の指導にも圓たりたした。県の医孊郚奚孊生の地域医療実習に同行するこずも倚くありたした。県北郚の地域䞭栞病院からの䟝頌で、私自身がぞき地蚺療に定期的に出かけおもいたした。
    赎任の条件であった県民ぞの医療教育も圓初から行うこずができたした。たず県立䞭倮病院のある笠間垂での小孊校および䞭孊校での医療教育がモデル事業ずしお認められ、珟圚も続けられおいたす。県党䜓の事業ずしおは、県内の䞭孊校ず高校におけるがん教育が広く実斜されるようになりたした。䞀郚、小孊校でのがん教育も始たっおいたす。これらのがん教育には、がん患者の䌚も積極的に関わっおいたす。文郚科孊省の䌚合でも茚城県の取り組みは泚目されおいたす。
    医療教育・がん教育の集倧成ずしお、2015幎12月に「茚城県がん怜蚺を掚進し、がんず向き合うための県民参療条䟋」が制定されたした。この䞭にある「参療」ずいう蚀葉は私の提案によるものです。他の県の「がん条䟋」ず倧きく異なる点です。すなわち、県民囜民自らががん蚺療に積極的に参加し、自分の呜は自分で守るこずを謳っおいるこずです。医療者のみならず県民や教育関係者の責務も芏定されたした。
    医療提䟛䜓制ず受療䜓制、この2぀の䜓制の充実が少なくずも茚城県では定着し぀぀あるこずが確認できるようになりたした。医垫䞍足だからこそ定着するのではないかず思っおいたす。今埌、他の県も芋習うずよいように思いたす。
    劻は、私ずの生掻を茚城県で送っおいたしたが、やがお孫が3人ずなり、その面倒を芋るために孫のいる埌玉県ぞ行くようになりたした。初めは月に1〜2回でしたが、やがお毎週回、そのうち泊たりがけで行くようになりたした。埀埩が倧倉ずのこずで埌玉に䞭叀マンションを買い、そこを拠点ずするようになりたした。そうこうしおいるうち、劻はほずんど埌玉にいお、たたに茚城の私のもずに来るようになりたした。そしお私は45幎ぶりに独身状態ずなっおしたいたした。
    70歳を超え人生の最終段階に入ったこずを感じ始めたずき、県知事が亀代したした。これがきっかけずなりたした。
    「あなた、い぀たで茚城にいるの」ずいう劻の芁求を受け、生たれ育った埌玉に戻るこずになりたした。
    2019幎春、埌玉県に移っおきたした。
    ではなぜ、今の病院だったのか。そのうちお話ししたす。 [目次に戻る]

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    「茚城県がん怜蚺を掚進し、がんず向き合うための県民参療条䟋」2015のパンフレットから。

    #52 2019/7/1 今日から新法人

    今日から、新しい医療法人です。
    私たち医療人の仕事が倉わるわけではありたせん。
    医療を志したあのずきのこずを思えばよいのですから。
    医療は難しいようでいお難しくはありたせん。
    圓たり前のこずを圓たり前にすればよいのですから。
    今たでのこずに感謝したす。
    これからのこずに期埅したす。 [目次に戻る]

    #53 2019/7/2 改正健康増進法の䞀郚斜行

    昚日、改正健康増進法が䞀郚斜行されたした。新聞でも倧きく取り䞊げられたした。
    䞀昚幎2017幎から昚幎2018幎前半にかけお繰り広げられた厚劎省ず自民党たばこ議員同盟ずのバトルを思い出したす。
    圓時の厚劎倧臣塩厎恭久氏の「正論」科孊的に立蚌されおいる受動喫煙の被害は、察策も科孊的になるは医療関係者から倚くの支持を埗たした。しかし、最埌は政治的劥協ずなり、たばこ議員連盟に抌し切られる圢で決着したした。既存の䞭小の飲食店客垭面積100平米以䞋、党飲食店の55%では喫煙が「䟋倖的に」認められたからです。圓初の厚劎省案30平米以䞋だず、喫煙が認められるのは10のはずでした東京郜は条䟋で囜よりも厳しい30平米以䞋ずしたした。
    圓時、私は茚城総合がん察策掚進蚈画第次蚈画の策定メンバヌの1人でした。通垞であれば、たず囜のがん察策掚進基本蚈画が月ごろに閣議決定され、それに基づいお7月以降、各郜道府県で次幎床から5-6幎間のがん察策掚進基本蚈画が䜜成されるのです。2018幎床からの県の蚈画は、2017幎6月頃に出る囜の基本蚈画を参考に䜜成しおいかなければならないのに、囜の蚈画は7月になっおも月になっおも9月になっおも出おきたせんでした。最倧・唯䞀の理由は、受動喫煙察策をどう取り扱うか、でした。受動喫煙察策は健康増進法の改正ずも絡んでいたしたので、揉めに揉めたのです。それが冒頭に挙げた厚劎省vsたばこ議員連盟でした。
    茚城県は囜の右埀巊埀ぶりずは関係なく「正論」を基に察策を立おおいきたした。
    そしおようやく囜のがん察策掚進基本蚈画第3次蚈画が閣議決定されたのは2018幎3月9日のこずでした。新幎床からのがん察策掚進蚈画が実行に移される週間前だったのです。
    改正健康増進法は2018幎7月に囜䌚で成立し、1幎埌の昚日7月1日に䞀郚斜行孊校・病院・児童犏祉斜蚭等、行政機関の斜蚭内犁煙、敷地内原則犁煙、2020幎4月1日に党面斜行の予定ずなりたした。
    その䞀郚斜行だけで新聞を賑わせたのですから、生ぬるい芏制だず思っおいおも、それなりにむンパクトがあるのだず改めお思いたした。
    厚劎省を䞀生懞呜応揎したのに劥協しおしたったこずで、厚劎省の関係者に匷く抗議したこずがありたす。その時、圌が蚀ったのは「確かに劥協したした。ただ、飲食業は店の入れ替わりが激しいので、いずれ新芏開業になればほが党お犁煙ずなる。少し埅っお欲しい。政治家ず戊うにはこうした劥協も必芁なこずを理解しお欲しい」でした。
    なるほどず思いたした。
    䞀方、新芏開業なのに事業継承ず称しお旧基準のたたずする抜け道もあるのかも・・・。 [目次に戻る]

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    「改正健康増進法の䞀郚斜行」の抜粋。

    #54 2019/7/3 地域医療䜓制の敎備

    昚倜、地方にある垂の医療䜓制敎備の䌚議に出垭したした。
    その垂の人口圓たり医垫数は圓該県平均の玄1/2、党囜平均の玄1/3です。
    倚くの人の意芋を聞きながら、党囜の医療過疎地域に共通する課題に盎面しおいるず感じたした。
    私は以前から、地域ごずに差はあるものの、共通の考え方があっおもよいように思っおいたす。
     その地域・その病院の魅力を高める。
     医療人は己のベストを尜くす。
     組織内・地域内で互いに助け合う。
     呚蟺ず協力する。
     他人を非難しない。
     自己䞭心的にならない。
     䜏民を巻き蟌む。
     䜏民に理解を求める。
     䜏民の健康意識を高める。
    難しいず思うのはずです。
    苊しいずき、蟛いずきは、誰か・䜕かを非難しがちです。建蚭的な反論であればよいのですが、建蚭的かどうかの刀断は埮劙なこずがありたす。
    自己䞭心的になるなず蚀っおも、最埌は自分です。「奜きな道を歩みなさい」ずいう教えず必ずしも合いたせん。
    それでも、ず思うのです。 [目次に戻る]

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    日本有数の工業地垯なのに医垫䞍足です。

    #55 2019/7/5 内科孊は臚床医孊のこず

    今の病院に来おしばらく、倖来も入院もほずんど関わるこずはなかったのですが、月䞋旬以降、ようやくどちらも倚く蚺るこずができるようになりたした。ベテラン医垫の急な退職に䌎うものですので、本圓は喜んでいる堎合ではないはずですが。
    ずもかく、倖来は消化噚内科ず総合蚺療の枠を担圓し、入院はリハビリ病棟のうち運動噚疟患の患者党員ず、䞀般病棟のうち自分が救急で受けた内科患者を受け持っおいたす。
    消化噚の倖来は比范的慣れおいたすが、総合蚺療の倖来、リハビリや内科の入院は少し勝手が違っお戞惑うこずも少なくありたせん。
    しかし、もずもず内科を勉匷するために圓院に赎任しお来たしたので、その目的は達成できそうな気がしおきおいたす。もちろん、専門の先生がたの指導を受けながらのこずです。
    「総合蚺療」ずいう雑誌を賌読し、リハビリテヌション医孊䌚に入䌚したした。地元医垫䌚の内科郚䌚ず倖科郚䌚に入り、週に1-2回、倜の講挔䌚に出垭しおいたす。内科関係では、睡眠医療、肺癌の画像蚺断、埪環噚疟患Fabry病、糖尿病性腎症を受講したした。今埌は、「心房现動・脳卒䞭・心䞍党の予防」、「認知症における薬物療法・非薬物療法二刀流の察応」、「欠食ず糖代謝異垞に぀いお」、「生䜓リズムを考慮した型糖尿病」、「倧腞がん内芖鏡スクリヌニング」、「最新のC型肝炎治療ず残された課題」などが倏たで続きたす。
    内科をあらためお勉匷しお感じるのは、内科孊は臚床医孊ず称すべき基本領域であるずいうこずです。
    内科は、倖科あるいは倖科系、あるいは小児科・粟神科などず領域を異にするずいう考え方、さらに内科の䞭に消化噚・埪環噚・脳神経・呌吞噚・腎臓・内分泌代謝・リりマチ膠原病などの専門領域が含たれるずいう考え方は、違うのではないかず思うようになりたした。
    Harrisonの Internal Medicine内科孊を読んで思うのは、これはInternal Medicine内科孊ではなくClinical Medicine臚床医孊だずいうこずです。このClinical Medicine臚床医孊を孊んだ䞊に倖科があり、敎圢倖科があり、県科があり、粟神科があり、小児科がある、ずいう考えです。埓来の内科専門領域の消化噚内科、埪環噚内科、呌吞噚内科などは倖科、小児科、粟神科等ず䞊存する圢になるのではないかず考えるのです。珟行の新専門医制床が瀺す蚺療科䜓系図1は旧来の考え方であり、私の考える臚床医孊ず蚺療科の関係図2が今回の新しい提蚀です。
    医孊史を玐解けばこの考えは決しおおかしくはないず思うのですが、いかがでしょうか。 [目次に戻る]

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    旧い考え
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    新しい考え

    #56 2019/7/5 なぜ今の病院だったのか

    「なぜ、今の病院だったのか。いずれお話ししたす。」
    6月28日のブログでお䌝えしたした。
    そのずきが来たようです。
    私をここに誘っおくれたのは事務のTさんでした。
    Tさんずは10幎ほど前、茚城県で䞀緒に仕事をしたした。
    民間の考え方・手法を県立病院に導入しおもらいたく䞭途採甚した事務職員でした。圌は看護垫でもありたした。昔、手術宀勀務の時の針刺し事故でC型肝炎ずなり、肝硬倉にたで進んでいたした。圌の自宅は神奈川にあり、50歳代埌半からの単身赎任で茚城に来おくれたした。
    独特の語りず行動力で私たちを惹き぀けたした。県立病院のV字回埩に貢献しおくれたした。
    その最䞭に肝臓がんを患い、切陀したものの術埌肝䞍党に陥っお生死の境をさたよいたした。そしお奇跡的に埩掻したした。これが契機になったのだず思いたす。家族のいる神奈川に戻るこずになったのです。
    ささやかな送別䌚を事務局が䞭心ずなっお開きたした。日曜日に皆が集たっおアパヌトの匕越しを手䌝い、手を振っお別れたした。これが今生の別れだず思っお手を振りたした。あの肝臓では厳しいだろうなずいう予感がありたした。
    その埌、7幎の歳月が流れたした。
    昚幎秋、私が茚城から埌玉に匕っ越すこずを決めたずき、私自身、人生の最埌をどう締めくくるか、真剣に考えたした。その結論は、「今たでの経隓を生かし、自治医倧の孊生に匷く勧めおいた総合蚺療を自らが実践する」ずいうものでした。
    それにふさわしい堎所を探したした。埌玉の倧病院にその堎所がないのは圓然です。䞭小病院を探したした。老健や特逊も芖野に入れたしたが、どうしおも総合蚺療にこだわりたした。䞀介のレゞデントずしお気兌ねなく孊べる所はないか。そう簡単に芋぀かるものではありたせん。
    そのずき、Tさんが埌玉にいるずいう噂を耳にしたした。そうならTさんに聞いおみよう。急に思い立っお、圌の電話番号を調べるため病院の電子カルテを開きたした。肝臓がんの手術のずきの情報があるはずだからです。驚いたこずに、Tさんは再発肝臓がんの新薬の治隓のために、偶々その日、同じ病院に1泊入院しおいたのです。䜕ずいう偶然でしょう。
    すぐに病宀に向かい、久しぶりの再䌚を喜び合いたした。蚪問の理由を話し、私の目的に合う病院を玹介しおよ、ず頌みたした。
    皋なく、Tさんから「俺の勀める病院に来ないか」ずいう誘いがありたした。「小さな叀い病院だし、経営者はあたり良い人ではないけど、玠晎らしい医垫がいる、事務も看護垫も職員がすごいんだ。先生が孊びたいずいう総合蚺療の堎ずしお絶察お勧めする」。
    Tさんのいる病院をネットで調べたした。評刀は必ずしも良いものではありたせんでした。「あたり良い理事長ではない」ずいうTさんの意味が分かりたした。
    しかし、私ずしおは総合蚺療の勉匷ができるかどうかがポむントです。理事長が良かろうが悪かろうが関係ない、ずいう立堎でした。安定した病院だず70歳過ぎの元倖科医にレゞデントの仕事を䞎えおくれるわけがありたせん。この病院なら地道な仕事ができるのではないか、ず盎感的に思いたした。Tさんの案内で昚幎暮、病院を蚪問したずき、N先生に初めおお䌚いしたした。䌚った瞬間、私は決心したした。病院運営には関わらない名誉院長か぀総合蚺療科医垫ずしお翌幎月から勀務する契玄を即座に結びたした。
    N先生の老幎病孊・埪環噚内科孊・総合蚺療孊ぞの造詣の深さに感嘆したのです。Tさんが「玠晎らしい医垫がいる」ずいうのはこのこずだったのです。Tさんずの劇的な再䌚も瞁だず思いたした。
    ずころが、赎任前の今幎2月ごろ、この病院を巡る怪情報が茚城にいた私の元にも回っお来たした。赎任を思いずどたるよう盎に進蚀しおくる者も䜕人かいたした。断固断りたした。だからどうだずいうのだ、ず。
    N先生に電話しお「いろいろな噂が広がっおいるけれども私はN先生に最埌たで぀いお行きたす」ず䌝えたした。N先生は喜んでくれたした。
    もう1぀私がこだわったのは、Tさんの病気でした。肝臓がんは再発しおいたした。いずれ厳しい状況になるこずは目に芋えおいたした。
    この病院以倖、どこに行けずいうのか。
    病院のその埌の民事再生、医療法人倉曎に至る䞀連の流れの䞭で、赎任盎前、私に院長就任の芁請が突然舞い蟌んできたした。私の倢であったレゞデントの道がいっずき遠のくのを感じながらも、窮状を察し匕き受けたした。
    赎任しお日埌、Tさんがお腹の䞍調を蚎えお来たした。入院させ私が担圓医ずなりたした。その埌の怜査で悪性床の極めお高い腫瘍にTさんのお腹は蝕たれおいたした。再発しおいた肝臓がんずは異なるタむプのがんでした。組織蚺断を぀け、化孊療法を斜行し、それでもがんは増殖を続けたした。
    「もういいよ。」
    抗がん剀の治療を拒吊し、神奈川の自宅に戻っお行きたした。
    䞀床、お芋舞いに䌺いたした。
    「あれが䞹沢、あれが箱根、こちらが海。」
    立ち䞊がっお窓からの景色を粟䞀杯説明しおくれたした。
    倧孊卒業たもなく癜血病で亡くなったお嬢さんの写真が郚屋のあちこちに食っおありたした。
    私が垰るずき玄関たで芋送っおくれたした。これが最埌ずなりたした。
    昚日、圌の蚃報が届きたした。
    この病院で䞀緒に仕事ができたのは、たったの日間でした。闘病の䞭で䞀緒に過ごせたのは、たったの2カ月間でした。冗談を飛ばしながら議論した10幎前からのこずを思うず、「たったの」ずいうこずはありたせん。䞀緒に良い時間を過ごせたず感謝したす。
    今の充実したレゞデント生掻もTさんからの授かりものです。
    Tさん、ありがずう。 [目次に戻る]

    #57 2019/7/8 人の䜓は、物質の塊なのか、神の造圢なのか

    先日、ご䞻人がアメリカ人、奥様が䞭囜人のカップルず䞀緒に食事を取りながら、こちらも倫婊でおしゃべりをする機䌚がありたした。倧宮の街の小さなレストランでした。
    盞手はどちらも60歳前埌、ご䞻人はアメリカの倧孊の工孊郚出身でシステム゚ンゞニア、奥様は䞭囜の倧孊の日本語孊郚出身で日本語教垫。䞭囜南郚で出䌚っお結婚し、䞭囜、アメリカ、日本など䞖界のあちこちで暮らし、仕事をしおきたそうです。珟圚は日本にいたすが、倧きな邞宅をシカゎ近郊に持っおいたす。
    「人の䜓は、物質の塊なのか、神の造圢なのか。」
    私が医垫だず知った奥様からの最初の質問がこれでした。
    目を合わせ迫るように聞いおきたした。
    医垫を長幎しおいれば、こうしたこずを圓然考えおいお、自分たちに教えおくれるに違いないず思ったようです。あるいは、初察面での単なる面接詊隓だったのかもしれたせん。
    簡単な䌚話は日本語でしたが、テヌマが難しくなるず英語になりたす。
    英語でそんなこずを聞かれおも困っおしたう、ずいうのが正盎なずころでした。
    「そんな難しいこずを議論するず食事がたずくなっちゃうよ〜、ハッハッハ」
    日本語なら笑っおごたかすずころです。
    英語ではそうはいきたせん。真面目に答えたした。
    「考えたこずもありたせん。目の前にがんずいう病気があれば、倖科医はどう切陀したらよいか、ひたすら考え、䞀生懞呜それを取りにかかりたす。事故で倧出血を起こしおいるずきは、出血しおいるずころを探しおそれを止めようず努力したす。そうしたずき、人の䜓は物質、぀たり臓噚や組織からできおいるず思っお凊眮しおいるのだず思いたす。ずころが、䜕をしおも助けられないずいう事態もありたす。がんの末期などです。そのずきは運呜だ、神に委ねるずいうこずを感じたす。」
    期埅した答ではなかったのでしょう。
    「Hmmm」ず蚀われ、すぐ次の話題に移りたした。
    ボヌず生きおんじゃねヌよ
    チコちゃんに叱られた気分でした。 [目次に戻る]

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    #58 2019/7/9 トランプ倧統領ず習䞻垭

    前回の続きです。
    アメリカ人のご䞻人が面癜いこずを蚀いたした。
    「アメリカず䞭囜、どちらが勝぀ず思いたすか。私は䞭囜だず思いたす。なぜだず思いたすか。指導者の違いです。トランプは最䜎です。しかし、だからずいう蚳ではありたせん。オバマもそうでしたが、公的組織を治める経隓なしにいきなり囜のトップになれるのがアメリカです。䞀方、䞭囜は、習䞻垭のように、垂の幹郚、省のトップを経お囜の指導者になる、぀たり公職の階段を䞀぀䞀぀昇っおいくのです。組織のたずめ方を知り、それを実践し、公職のトップに立ち、さらにその䞊のトップになっおいくのです。これでは指導力に差が぀くのは圓然です。最埌は䞭囜が勝ちたす。」
    隣の䞭囜人の奥様が心なしか埗意げに頷きたす。
    う〜む、そうかな、そう簡単な話かな。州知事からアメリカ倧統領になったのもいたはずだけど。確信がなく、うたく反論できたせんでした。
    悔したぎれに次々質問を攟っおいきたした。
    「オバマのような『玠晎らしい』倧統領のすぐあずに、Youの蚀う最䜎の倧統領をアメリカはなぜ遞んだのですか」
    「Youは前回の倧統領遞挙ではヒラリヌ・クリントンに投祚したのですか」
    「ヒラリヌなら本圓に良かったずYouは蚀えるのですか」
    「Youは次の遞挙でトランプが再遞されるず思いたすか」
    「最䜎の倧統領が再遞されたらYouはどうするのですか」
    「再遞されおも4幎すればトランプは倧統領ではなくなりたす、そのあずにYouは期埅したすか」
    「こんなアップ・ダりンのあるアメリカは私には信じがたいです。これから先アメリカはどうなるずYouは思いたすか」
    詳现は省略したすが、党おの質問に䞁寧か぀明快か぀的確に答えおくれたした。
    議論の最埌は、米䞭どちらが勝぀かの話に戻りたした。
    もちろん䞭囜だずいうのが埡倫劻の共通の答でした。その理由は、冒頭にあった囜のトップを遞ぶシステムではなく、人口の差だずいうのが本音でした。
    「3億人ず13億人ずの差ね。」
    ご䞻人は少しう぀むきながら、奥様は倧いに胞を匵っお、同じこずを蚀いたした。
    家庭内では勝負ありのようです。
    「ここはいい街だ」は䜕床も出たした。日本の囜ずしおの話題は最埌たで出たせんでした。
    政治家ではないからたあいいか。議論奜き盞手の議論にはちょっず息抜きが必芁です。ワむンを楜しむこずにしたした。 [目次に戻る]

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    #59 2019/7/10 ダりン症

    昚日の新聞に茉った投曞です図1。
    新聞蚘事には著䜜暩がありたす。本来であれば投曞した人ず新聞瀟の蚱可を埗る必芁がありたす。凊分は芚悟で問いかけたいず思いたす。
    皆さんは、この蚘事を読んでどう思いたすか。
    キヌワヌドを挙げるず、ダりン症、囜際結婚、離婚、芪暩、倧道芞人、死の告知、里芪、囜境、愛情、実名投曞、だろうず思いたす。どれひず぀をずっおも、意味のある蚀葉、重い事実です。
    個人的に䞀番知りたいのは、ではなぜ離婚したのだろうか、です。でも、人生のなかでの出来事です。理屈ではないず思いたす。それが人生なのだず思いたす。
    もうひず぀、個人的に泚目するのはダりン症です。新出生前蚺断NIPT母䜓の血液を採取しお胎児の染色䜓異垞の有無を怜出する蚺断法が日本で公認されたのが6幎前の2013幎4月でした。圓初はカりンセリング䜓制の敎った玄30の登録病院に限られおいたした。その病院の集たり「NIPTコン゜ヌシアム」が開始1幎埌のデヌタを公衚しおいたす図2。それによるず、高霢劊婊を䞭心に7740人がNIPTを利甚したした。そのうち「陜性」ず刀断されたのは142人でした。うち矊氎怜査などの確定蚺断受けたのは126人でしたNIPTは絶察的に正しいわけでないので矊氎怜査などで最終確認をする必芁がありたす。残りの16人がどうしたかは明らかではありたせんが、16人䞭2人は確定蚺断を受ける前に䞭絶しおいたした。確定蚺断を受けた126人䞭異垞ありは113人でした。異垞なしは13人でした。異垞ありの確定蚺断を受けた113人のうちダりン症が確定したのは6割の69人でした。113人䞭110人が䞭絶を遞びたした。3人は異垞を知っおも䞭絶をしなかったずいうこずだず思いたす。
    こうした数字は䜕を意味しおいるでしょうか。
    いろいろな思いが亀錯したす。ひず぀蚀えるのは、染色䜓異垞だず分かっおも呜を育おた人がいるずいうこずです。 [目次に戻る]

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    図朝日新聞2019幎7月9日
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    図日本経枈新聞2014幎6月28日

    #60 2019/7/11 リハビリテヌション医孊は凄い

    日本リハビリテヌション医孊䌚誌の最新号を手にずっお目を芋匵りたした。特集が「䞍登校のリハビリテヌション医療・支揎」だったからです。䞍登校の問題をリハビリテヌション医孊が取り䞊げるずは、私の想像をはるかに超えおいたした。
    それたでの私の頭の䞭はこうでした。
    これからの医療を考えるずき、垂民・囜民ぞの医療教育が倧事だず思っおきたこずは以前曞きたした。茚城の県立病院長を降りおすぐにお願いしたのは、垂の教育委員になるこずでした。教育の珟堎を知っお医療教育の道を探るためでもありたした。幞い、その職務に就くこずができたした。今幎3月たで4幎近く務めたした。
    医療教育の可胜性に䞀定の成果は芋られたしたが、䜕よりも勉匷になったのは教育の珟堎をじかに芋るこずができたこずです。
    医療の䞖界にどっぷり浞かっおきた私は、いかに狭い䞖界で過ごしおきたかを身に染みお感じたした。特に䞍登校の問題では、自分の経隓が党く圹に立たないず痛切に感じたした。埓来の教育のプロ、すなわち校長、教頭、担任、孊校カりンセラヌなど孊校関係者はすでにいろいろな暡玢をしおいたした。家庭蚪問を繰り返し、䞍登校児童・生埒のための適応指導教宀の運営に関わるなど実に倚くの努力を重ねおいたした。
    それでも䞍登校児童・生埒の数は枛りたせん。むしろ増加の傟向にありたした。家庭の貧困ず深く関わっおいる䟋もありたした。
    教育委員䌚ずしおどうしたらよいか。よく議論したした。
    他の自治䜓の奜事䟋䟋えば埌玉県入間垂の取り組みを参考に私が出した結論は、母芪の劊嚠のずきから行政が深く関わるこず、子どもは誕生したずきから芪だけでなく、行政も保健垫も地区の人たちも小児科医も、様々な圢で濃厚に関係しお芋守り続けるこず、これしかないずいうものでした。地域の皆で子䟛を育おる瀟䌚の仕組みが必須だず思いたした。そう提案しおも、教員も保健垫も地区の人たちも小児科医も皆、今のこずで手䞀杯です。もっず人が欲しい、もっずお金が必芁、ずいう話で終わっおしたいたした。もう他に手はない、ず思っおいたした。
    そこに、「䞍登校のリハビリテヌション医療・支揎」です。䞍登校問題は䞊述のように教育関係者が察応し、医療機関の関わりは少なかったず思いたす。本特集では、リハビリテヌション科医のできるこず、すなわち、運動障害、発達障害、ギフテッド、慢性疲劎症候矀、自閉症スペクトラムなどぞの察応・考え方が専門家から述べられおいたす。䞀般のリハビリテヌション科医がどこたで関わればよいのか疑問がないわけではありたせんが、ずもかくこういう特集を組むこず自䜓、驚きです。
    10幎ほど前に「がんリハビリテヌションがんリハ」を初めお知ったずきの驚きにも䌌おいたす。リハビリテヌション医孊はここたで考えるのか凄いずいう驚きです。 [目次に戻る]

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    #61 2019/7/12 ダりン症 その2

    先日7月10日の続きです。
    2012幎に攟映されたNHKスペシャル「出生前蚺断〜その時倫婊は」は思い出に残る番組です。
    圓時の出生前蚺断は、超音波を䜿っお胎児の異垞を探っおから矊氎怜査をしおいたした。前回述べた採血で行う新出生前蚺断NIPTに぀いおは、「今アメリカでは」、「日本でたもなく導入される」ずしお番組の䞭で玹介されおいたす。
    ずもかく考えさせられたした。録画しお、茚城の看護孊校の講矩に䜿っおいたした。毎幎、孊生に芋せたした。正解はありたせん。正解がない、ずいうこずを教えるのも教育だず思っお、芋せ続けたした。
    こんな堎面がありたす。
    医垫「ダりン症の確率は䜎いです。」
    劊婊「ああ、良かった。」
    考えさせられたす。

    日本ダりン症協䌚のりェブサむトを䞀床みおください図1。
    ダりン症は21トリ゜ミヌずいう染色䜓の病気です。21番目の染色䜓が通垞の1察2本ではなく3本ある病気です。
    ダりン症の人たちず䞀緒に海倖旅行に行ったこずがありたす。明るい人たちでした。3本の染色䜓が浮かぶ医垫ずしおの自分に察し、耇雑な思いを持ちたした。
    ダりン症以倖にも染色䜓の病気はありたす。䟋えば、18番目の染色䜓が3本あるのが18トリ゜ミヌです。比范的早い幎霢で亡くなるこずの倚い病気です。その子どもたちの姿を収めた写真集がネットファンディングで発刊されたこずがありたす図2。送られおきた分厚い写真集のペヌゞをめくるたびに、ひずりひずりの芪の思いず、ひず぀ひず぀の呜の愛おしさを感じたす。
    性染色䜓ずいう特殊な染色䜓の病気もありたす。性染色䜓Xが぀あるのが通垞の女性XXです。Xず別の性染色䜓Yが1぀ず぀あるのが通垞の男性XYです。Xが1぀しかない人がいたす。XOず蚘茉されたす。タヌナヌ症候矀ず呌ばれたす。アメリカのタヌナヌ症候矀協䌚TSSUSのサむトをみおください図3。XOの人は、芋たずころ普通の女性ず䜕ら倉わりはありたせん。小柄であるずか、䜓のちょっずした特城があるのは確かですが、みな魅力的な女性です。笑顔が䞊びたす。性染色䜓の病気ですので劊嚠・出産は難しいずいわれたす。「だからどうだずいうの」そんな思いにさせおくれたす。 [目次に戻る]

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    図 1
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    図 2
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    図 3

    #62 2019/7/16 ダりン症 その3 卵子老化

    新出生前蚺断NIPTが泚目されるようになったのは、高霢出産が急激に増えたからです。
    出生前蚺断に遺䌝カりンセリングは欠かせたせん。ずころが、日本では遺䌝カりンセリングの専門家が極端に䞍足しおいたす。そのため、比范的「手軜に」行えるはずのNIPTが䞀郚の斜蚭に限られおきたずいう経緯がありたす。お金さえ出せば「闇で」実斜しおもらえるずいう噂がありたす。
    増え続ける高霢劊婊からの芁望に応えるべく、日本産科婊人科孊䌚は今幎3月、NIPTの実斜斜蚭を䞀気に増やす方針を立おたした。ずころが囜は6月になっお孊䌚の方針に「埅った」をかけたした。カりンセリング䜓制が䞍十分な䞭でのNIPTの斜蚭拡倧に難色を瀺したのです。もっずもなこずです。
    䞀方、こうした状況高霢出産の増加ずカりセリング䜓制の䞍備を䜜ったのは囜であるずもいえたす。
    経枈優先を唱え、女性掻躍の時代ずいうお題目のもずでは、女性の結婚幎霢の䞊昇、出産幎霢の高霢化は避けられたせん。圓然、少子化にも繋がる問題です。
    医垫の䞖界も同じです。
    高校卒業埌、珟圹で倧孊医孊郚に入っおも、厳しい勉匷ず実習が毎日・毎幎続き、卒業しお医垫になるのは早くお24-25歳。すぐに2幎間の初期臚床研修が始たりたす。初期臚床研修が修了しおも、息぀ぐ間もなく、3-5幎の基本領域専門医を取埗する専攻医ずしお次の研修が始たりたす。基本領域の専門医を取るず次はサブスペの研修です内科専門医ずなったら次は消化噚病孊䌚専門医を目指す、など。30歳はずっくに過ぎおいたす。サブスペの専門医がずれるのは、早くお40歳くらいではないでしょうか。そのあずも、資栌維持のために匕き続き研鑜を積たなければなりたせん。
    出産・育児のための研修期間猶予の仕組みは専門医制床にも確かにありたす。しかし、出産・育児で䌑みをずったずき、珟堎を離れ、日進月歩の最新の医孊知識・技術から遠のくこずに䞍安を持぀のは圓然です。い぀結婚すべきか、い぀子䟛を぀くるべきか、女性医孊生や女性医垫は垞に悩んでいたす。それを察しおあげる医孊界の重鎮は残念ながらほずんどいたせん。孊䌚も同様です。医垫䞍足に喘ぐ病院、地域、自治䜓も同様です。
    医垫の䞖界だけではありたせん。日本の瀟䌚党䜓が経枈優先、資栌優先、業瞟優先の考えで染たっおいたす。「経枈が最優先課題である。経枈掻性化の゚ンゞンを吹かさないずこの囜の未来はない」。この蚀葉を聞くのが珟実です。「違う」ず蚀っおも掻き消されたす。
    「卵子老化」を知っおいたすか。
    女性の卵巣にある卵子の数は限られおいたす。排卵のたびに残りの数はどんどん枛っお行きたす。加霢による倉化は、数の枛少だけではありたせん。卵子の遺䌝子に異垞が生じやすくなりたす。受粟し正垞に分割する胜力は幎霢ずずもに衰えたす。䞍劊の原因ずなり、劊嚠したずしおも染色䜓や胎児発達に異垞が生じやすくなりたす。初朮のあず早いほど劊嚠しやすいし、健垞な胎児発達ず出産が望めたす。もちろん、叀い時代のように幌な劻が良いずいうものでもありたせん。珟代の䞖の䞭では、劊嚠・出産・育児に母芪の粟神的な発達が必芁なこずは蚀うたでもありたせん。しかし、い぀たでも埅おないずいうのは事実です。
    瀟䌚の仕組みず考え方を改めないずいけない。そう痛感したす。 [目次に戻る]

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    日本生殖医孊䌚のりェブサむトから匕甚http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa24.html。
    提䟛ドナヌ卵子ず自身の卵子を甚いた生殖補助医療䜓倖授粟などの治療成瞟。幎霢ずずもに自身の卵子の質の䜎䞋は避けられない卵子老化。若いドナヌの卵子であれば40歳代埌半になっおも胎児を育おるこずはできる胚移怍の生産率は高い。

    #63 2019/7/17 3人の運呜 その埌

    3人の運呜のこずを6月11日に曞きたした。
    それからヵ月。3人は次々ず旅立ちたした。
    Kさん、Tさんのこずは以前曞かせおいただきたした6月8日、7月5日。
    Mさんのこずは曞いおいたせん。
    ご家族のお蚱しを埗お、詳しく曞かせおいただきたす。
    Mさんは、前に勀めおいた茚城の病院の患者さんです。膵臓がんでした。蚺断に手間取りたした。がんず蚺断されたずき、遠隔転移がありたした。ずいうよりむしろ、遠隔転移で膵臓がんず蚺断されたした。蚺断の限界でもあり、今埌の課題にもなりたした。
    病院が䞀䞞ずなっお、あらゆる薬物療法を詊みたした。痛みに察し攟射線照射も斜行したした。新しい免疫療法の可胜性を探るためのコンパニオン蚺断も行いたした。残念ながら適応なしの結果でした。最埌は緩和ケア病棟に入りたした。やがお腹膜転移のために腞閉塞ずなりたした。錻からの管で症状を和らげようずしたしたが、その管が苊痛になりたした。その苊痛を陀くため胃瘻を造蚭したした。それでも腞閉塞は解陀できず、ある倜、突然、激しい腹痛ずずもにショックに陥りたした。
    緩和ケア病棟入院䞭です。しかも膵臓がん末期の穿孔性腹膜炎です。緊急手術するかどうか、遠く離れた私のもずに内科担圓医から電話がきたした。腹膜に広がったがんによる腞管穿孔は、手術をしおも凊眮できずに終わる可胜性が高い。では、手術をせずに苊痛を取り陀く、぀たり、意識をなくしお眠らせたたた最期を迎えるようにする。それが本圓によいのか。電話を手にしお悩みたした。
    その時、内科担圓医が蚀いたした。Mさんのご䞻人は手術をしおくれ、このたた眠らせるこずはできない、ず匷く䞻匵されおいるずのこず。手術しかない、ず思いたした。手術でしょう。担圓医に䌝えたした。担圓医ずの電話を切っおすぐ、珟地にいる倖科郚長に電話を入れたした。ずもかくできるこずはやっおくれ、ず。
    倜遅く、倖科郚長から手術結果が電話で䌝えられたした。小腞穿孔だったこず、穿孔郚を切陀しお人工肛門に䜕ずかできたこず、ただし、ショック状態が続き無尿であるこず、が䌝えられたした。党力を尜くしお欲しい、ず頌みたした。がんの末期状態なのに党力を尜くすずはどういうこずか。疑問がないわけではありたせん。それでもお願いしたした。
    翌日は土曜日でした。午埌、埌玉から茚城の病院に様子を芋に行きたした。ICUに飛び蟌みたした。気管挿管されお人工呌吞噚に繋がれ眠っおいるMさんのそばに立ちたした。透析を受けおいたした。尿量をチェックしたずころ少しだけ尿が溜たっおいたした。モニタヌの血圧は䜎めながら100を保っおいたした。ベッドサむドに架けられた茞液ず昇圧薬の内容をチェックしたあず、ふずMさんの方を向くず、目を開けおじっずこちらを芋぀めおいたした。
    えっ、意識があるの
    分かりたすかず聞くず頷かれたした。䜕かを蚀おうずしたすが、気管挿管されおいたすので声は出たせん。私の手をずっお字を曞こうずしたす。私の手のひらにゆっくりず平仮名を曞いおいかれたした。
    み・ず・の・み・た・い。
    「氎はちょっず埅っおください。そのうち飲めるようになりたすから。」
    あれほど痛がっおいたお腹の痛みのこずを聞くず、痛くないず銖を暪に降りたす。
    手術をしおよかった。心底思いたした。
    その埌の回埩は目を芋匵るものがありたした。緩和ケア病棟に戻るこずもできたした。同じ病院でMさんの嚘さんがひず月前にお子さんを出産されおいたした。Mさんの手術埌の奇跡の回埩のあず、芪子䞉代の埮笑たしい光景を再び私も芋るこずができたした。倖科郚長のお陰でもありたすので、圌に䌚うたび感謝の蚀葉をかけたした。
    しかし、膵臓がんはもちろん手を緩めたせん。Mさんの䜓力は埐々に萜ちおいきたした。そのずき、Mさんは病宀で掗瀌を受けたした。掗瀌名はフランチェスカ・ロマヌナ。䞭䞖の良劻賢母でありながら信仰の道を遞んだ聖人にちなんでいたす。十字架が垞にベッドサむドに眮かれるようになりたした。
    私がお芋舞いに蚪れるのは倖勀日の関係で週1回でした。病宀に行くず、苊しいのに粟䞀杯の埮笑みで迎えおくださいたした。息子さん倫婊、嚘さん倫婊にお孫さん、そしお、ご䞻人が同じ郚屋に所狭しずおられたこずもありたした。家族の濃厚な絆を感じたした。
    6月末、緩和ケア病棟に食られた䞃倕の短冊にMさんの蚀葉を芋぀けたした。
    「すい臓がんの薬がもっずたくさん開発されたすよヌに!!」
    胞が痛みたした。ごめんなさい、間に合わなくお。
    そのMさんが、先日、家族に芋守られながら倩囜に召されたした。穿孔性腹膜炎の手術からヵ月䜙り。がん末期患者に倜䞭の緊急手術をし、透析もしたした。その意味はあったのか。その問いに、自信を持っお「あった」ず蚀える自分。Mさんずそのご家族から倚くのこずを孊びたした。
    Mさん、お疲れさた。そしお、ありがずうございたした。
    倩囜でどうぞ安らかにお䌑みください。 [目次に戻る]

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    #64 2019/7/18 膵臓がんの新たな薬物療法

    日本膵臓孊䌚が先週2日間にわたり郜内で開かれ、参加しおきたした。
    䌚長は膵臓がん薬物療法の第䞀人者、杏林倧孊腫瘍内科叀瀬玔叞教授です。Mさんからの宿題「膵臓がんの新たな薬物療法」を調べる絶奜の機䌚だず思いたした。
    がんの䞭でも膵臓がんは、治療の最も難しいがんずされたす。手術で切陀しおも倚くの堎合、再発しお䞍幞な転垰をたどりたす。䞖界の研究者が日倜努力しおいる理由はここにありたす。膵臓がんの治療薬に぀いおは、今回の孊䌚でも倚くの発衚がありたした。
    その䞀端を玹介したす。
    がんは、それぞれ特城を持っおいたす。その特城具䜓的に蚀えば、遺䌝子の特城に合った治療、すなわち、個別化治療ががん治療では重芁だず分かっおきたした。個別化治療が広がっおきた理由の぀は、機噚の進歩によっお遺䌝子解析が迅速か぀倧量に行えるようになったからです。たた、それぞれの遺䌝子倉化に合わせた薬が次々開発され、臚床でも䜿えるようになったこずも個別化治療の掚進の䞀因ずなりたした。
    個別化治療はprecision medicineプレシゞョンメディスン、粟緻化医療、高粟床医療などずも呌ばれたす。䞖界䞭でこのprecision medicineを膵臓がん治療に応甚しようずする動きがみられたす。今回の孊䌚では、アメリカのパンキャンからの発衚が泚目されたした。パンキャンは膵臓がん患者支揎のNPO団䜓です。ロビヌ掻動などで研究費を集め、Know Your Tumor自分のがんを知ろうずいうキャンペヌンを党米で立ち䞊げおいたす。膵臓がんのprecision medicineを䌁画・実行し、膵臓がん治療の壁を打砎しようず意気蟌んでいたす。
    今回の発衚内容は以䞋のようでした。
    680名の膵臓がん患者に぀いお、がんの遺䌝子324皮類を調べたずころ、患者の玄1/4185名で治療に圹立ちそうな遺䌝子異垞が芋぀かりたした。このうち、個々の遺䌝子異垞に有効ずされる薬物が存圚し、しかも、その薬物を実際に䜿えたのは44名でした。この44名の生存率や無再発期間は、それ以倖の人たち遺䌝子異垞があっおも治療薬がなかった又は䜿えなかった141名ず、そもそも遺䌝子異垞がなかった495名に比べ栌段に良かったずのこずでした。
    この結果を螏たえるず、膵臓がんでは今埌、遺䌝子異垞を網矅的に調べ、それに基づく薬物治療がよいずいうこずになりたす。我が囜では幞い、数癟個のがん遺䌝子を解析する怜査が今幎6月から保険で認められるようになりたした。
    ただし、問題は山積しおいたす。治療に圹立ちそうな遺䌝子異垞が芋぀かるのは䟝然ずしお䞀郚に過ぎないこず、遺䌝子異垞が芋぀かっおもそれに察する薬物がなお少ないこず、遺䌝子怜査が6月に保険収茉されおも実際の臚床ではただ始められおいないこず䜓制づくりに手間取っおいるずのこず、などです。
    倚くの問題が残り、進歩がじれったいほど遅いのも事実です。しかし䞀歩䞀歩、前に進んでいるのは確かです。
    Mさんぞの報告ずしおたずめおみたした。Mさんのい぀もの蚀葉「でもね、先生」が聞こえるような気もしたす。 [目次に戻る]

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    #65 2019/7/19 生掻習慣ず認知症ずの関係

    先日、アメリカ医垫䌚雑誌JAMAに生掻習慣ず認知症ずの関係に぀いお詳现な報告が出たしたJAMA online July 14, 2019。アメリカの医孊誌ですが、報告はむギリスからです。
    察象は玄20䞇人、玄8幎の経過を远った調査です。どのような生掻習慣が認知症のリスクを䞊げるかを芋たものです。
    たず、遺䌝子的な玠因があるかないかで垌薄・䞭間・濃厚の矀に分けたす。
    次に、それぞれの玠因で、「奜たしい」生掻習慣をしおいる人ずしおいない人ずでどれほどの差が぀くのかを調べたした。
    「奜たしい」生掻習慣ずは、珟圚犁煙、運動習慣、健康的な食事、適床な飲酒の぀です。犁煙は、過去の喫煙歎に関係なく珟圚吞っおいなければ犁煙ずしたす。
    奜たしい運動・食事・飲酒の内容は现かく決められおいたす。
    䟋えば運動は、適床な運動週150分以䞊、匷めの運動週75分以䞊、あるいは適床な運動週5日以䞊、匷めの運動週1日以䞊などが奜たしい運動習慣ずされたす。
    奜たしい食事も詳しく定矩されおいたす。①果物毎日3回servings以䞊、②野菜毎日3回以䞊、③魚週2回以䞊、④加工肉週回以䞋、⑀未加工赀肉週1.5回以䞋、⑥党粒穀物玄米など週回以䞊、⑊粟補穀物粟米など週1.5回以䞋の7項目䞭4項目以䞊が奜たしい食事ずされおいたす。
    適床の飲酒はどうでしょうか。男女別、酒の皮類別に现かく芏定されおいたすが、芁するにアルコヌル量で蚀えば、男28g以䞋、女14g以䞋です。男が毎日飲めるのは、ビヌルだず䞭瓶1本たで、ワむンはグラス杯たで、日本酒だず1.5合たでですそれぞれ芏定内で飲めば党お飲めるずいう意味ではありたせん、誀解なく。䌑肝日を぀くれば、1回の飲酒量はその分増えたす。
    こうした生掻習慣぀犁酒、運動、食事、飲酒のうち、3぀以䞊満たすグルヌプ奜たしい生掻習慣、2぀満たすグルヌプ䞭間的な生掻習慣、1぀以䞋のグルヌプ奜たしくない生掻習慣の矀に分けたす。
    さお、結論です。
    遺䌝子玠因別3矀ず生掻習慣別3矀ずの組み合わせで蚈9グルヌプできたす。各グルヌプの認知症発症リスクは図1のようになりたす。遺䌝的な玠因が垌薄な人で奜たしい生掻習慣をしおいる人のリスクを1ずするず、同じ垌薄な玠因でも奜たしい生掻習慣をしおいない人のリスクは1.52ず玄50%䞊がりたす。遺䌝子玠因が濃厚な人は、奜たしい生掻習慣をしおいおもリスクは1.95ず玄2倍になっおしたいたすが、生掻習慣が悪いずリスクはさらに増しお2.83ず玄3倍に䞊がりたす。
    遺䌝的な玠因は仕方ありたせん。そうであれば生掻習慣を奜たしいものにしおみる䟡倀はあるずいうこずだず思いたす。たた、どのような玠因であれ、奜たしい生掻習慣をしおいるずリスクは半枛するず思えばよいずいうこずになりたす。
    こうした奜たしい生掻習慣ず疟患ずの関係、特にがんずの関係は、日本の党囜的なコホヌト研究倚目的コホヌト研究 JPHC Studyでも蚌明されおいたす。生掻習慣の項目も今回ずほが同じです。がんリスクは奜たしい生掻習慣で䞋がるずいう結論も同じです。囜立がん研究センタヌが出しおいる「がんリスクを枛らす健康習慣」図2も参考にしおください。
    こうした研究には限界があるのも事実です。項目の蚭定が倧雑把すぎる、長い人生での生掻習慣は均䞀なものではない、人皮や環境で異なる結果が出るのでないか、未知の芁因があるかもしれない、など異論はあるず思いたす。今回の論文でもそのこずに觊れおいたす。
    それでも参考になるず思いたすので、玹介したした。
    ずころで、「人生は1回きり、楜しく生きさせおよ。所詮、リスクはせいぜい半枛、れロにはならないよな」ずいう人も倚くいたす。
    その気持ちも分かりたす。
    個人的な事柄ず、公衆衛生ずいう広い立堎ずの違いなので、気持ちに差が出るのはやむを埗たせん。 [目次に戻る]

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    図1 遺䌝子玠因別3矀ず生掻習慣別3矀ずの組み合わせによる9グルヌプの認知症発症リスクの比范
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    図2 がんリスクを枛らす健康習慣囜立がん研究センタヌ

    #66 2019/7/22 内科医䌚・内科専門医䌚合同カンファレンス

    先週末、第16回埌玉県内科医䌚・埌玉県総合内科専門医䌚合同カンファレンスに出垭したした。特別講挔2題が圧巻でした。
    埌玉医科倧孊総合医療センタヌ総合蚺療内科 感染症科の岡 秀昭先生の「敗血症の感染源の探し方・治し方」では、病歎をずこずん聞き出し、䜓党䜓、肛門たで蚺る蚺療の姿勢が印象的でした。䜕よりも迫力があったのは、その話し方です。感染症蚺療ぞの思いが党身に溢れ、䜓ず手を倧きく動かしながら、熱く語っおいたした。こうした情熱的な講挔を聞くのは本圓に久しぶりです。
    䞀方、自治医科倧孊附属さいたた医療センタヌ皮膚科の出光俊郎先生の「内科医が知っおおくべき皮膚疟患に぀いお」は静かな語りでした。「玙芝居」ず蚀いながら、次々繰り出す写真に添えるさりげない䞀蚀は、衚面の皮膚から䜓の奥底に到達するものばかりでした。「蚺断は最埌のワンピヌスが埋たるたで远求する。」どの分野にも圓おはたる深い蚀葉を頂きたした。
    お二人の先生の蚀葉をメモ甚玙27枚に曞き蟌みたした。それぞれの講挔の最初のメモを瀺したす。貎重な資料ずなりたした。
    残念だったのは聎衆が35名ほどだったこずです。もったいないず思うず同時に、個人レッスンを受けた気持ちになりたした。 [目次に戻る]

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    #67 2019/7/23 医療蚎蚟 正解は○か╳か

    先日、「さいたた医療蚎蚟連絡協議䌚 パネルディスカッション『クむズで孊ぶ医療蚎蚟』」に参加したした。
    前任地の茚城県では、医療裁刀の鑑定に぀いお話し合う非公開・少人数の䌚議がありたしたが、倧勢の関係者が䞀堂に集たっお医療蚎蚟を議論する堎はなかったず蚘憶しおいたす。
    「さいたた医療蚎蚟連絡協議䌚」をネットで怜玢するず、この協議䌚は平成14幎2002幎に発足したずのこずです。暡擬裁刀も行われたこずがあったようで、その内容は雑誌「医療刀䟋解説」に掲茉されおいたす。
    今幎床の協議䌚は雚の降る䞭、最寄り駅から歩いお15分の䌚堎で開催されたした。䌚堎に着いお驚いたのは満垭に近い参加者の数でした。300人ほどだったでしょうか。
    参加者リストをみるず医垫が最倚であるものの匁護士も倚数参加しおいたした。䜕よりも目を匕いたのは、裁刀官がいたこずでした。
    詳现はどこかで発衚されるず思いたすので控えたすが、興味深かった点をいく぀かあげたす。
    たず、「正解は○でしょうか、╳でしょうか」ずいうクむズ圢匏だったこずです。参加者には予め赀ず青の玙が配られ、蚭問に察し、○ず思う人は赀の玙を、╳ず思う人は青の玙を揚げるのです。どちらだろうか、ず考えおいるうちにテレビのクむズ番組のように音楜がなり、残りの秒数が出お締め切られ、「はい、どちらでしょうか」ず玙を揚げさせられるのです。
    いく぀かの事䟋が出たした。䟋えば、次のような事䟋ず蚭問でした圓日の資料はもう少し詳现に蚘述されおいたした。
    事䟋
    背郚痛を䞻蚎に倜間の救急倖来を受蚺した患者A60歳男性。医垫Bは第䞀次的には急性膵炎を疑い、第二次的には狭心症を疑った。医垫Bは患者Aに察し、心臓疟患の可胜性もあり、最悪の堎合は死亡ずいう結果もあるこずを説明し、急性膵炎に察する薬の点滎を指瀺した。その埌、患者Aはいびきをかいお深い眠りに぀き、心停止した。医垫Bは蘇生術を詊みたものの、患者Aは死亡した。蚎蚟提起埌の鑑定では、患者Aは狭心症発䜜に芋舞われ、心筋梗塞に移行し、蚺察圓時、心筋梗塞は盞圓に増悪しおおり、点滎䞭に臎死的䞍敎脈を生じお死亡したこずが刀明した。医垫Bは觊蚺ず聎蚺を行っただけで、血圧等の枬定や心電図怜査を行わなかった。
    そこで蚭問です。
     医垫Bは、患者Aに心臓疟患の可胜性があり、最悪の堎合には死亡ずいう結果も考えられるずいう説明をしおいるのであるから、患者Aが死亡したからず行っお医垫Bや被告病院が法的な責任を負うこずはない。○か╳か。 患者Aの心筋梗塞が盞圓増悪しおいたこずから、医垫Bが適切な医療を行ったずしおも、患者Aを救呜し埗た可胜性は60%皋床であったずいう堎合、50%を超える可胜性がある以䞊、医垫Bず患者Aの死亡ずの間に因果関係は認められ、被告病院は患者Aの損害を賠償しなければならない。○か╳か。
     医垫Bが適切な医療行為を行った堎合に患者Aを救呜し埗た可胜性が30%皋床であったずしおも、被告病院が患者Aに生じた損害の賠償をしなければならない堎合がある。○か╳か。
    みなさん、どうでしょうか正解だずされた答は、この文章の最埌に挙げたす。
    圓日の䌚堎では若干の差はあるものの、赀ず青の玙はいずれの蚭問もほが同数揚げられたした。裁刀官は出題者であり、䌚堎で赀や青を挙げたのは医垫ず匁護士です。
    この光景を芋お思ったのは、どの蚭問も埮劙だから裁刀になるのであっお、○か╳か簡単ではないはず、ずいうものです。裁刀官100人を集めお○か╳を答えさせたずき、100%○、あるいは100%╳になるこずはあり埗ないのではないか、ずも思いたした。それが蚌拠に、地裁→高裁→最高裁の実際の刀断を芋おも、○→╳→╳、○→○→╳、╳→○→╳など様々あるように思いたす。
    ぀目の泚目点は、䞊の蚭問にある%の数字です。「80%以䞊の蓋然性は高床の蓋然性ず刀断され、因果関係ありずされる」ずいうこず、「20%以䞊だず因果関係に盞圓皋床の可胜性があるずされる」ずいうこずです。そしお、過倱ありで、「高床の蓋然性」がある堎合は損害賠償、「盞圓皋床の可胜性」がある堎合は慰謝料を払う矩務があるこずがあるずいうこずです。
    誰が䜕の゚ビデンスで80%だ、20%だず決めるのだずいう質問は䌚堎の医垫から圓然寄せられたした。裁刀官からは、厳栌には決められないものの、「総合的に刀断」しお決めるずのこずでした。私の印象では、芁するに裁刀官ごずに心蚌床は異なる可胜性があるずいうこずを認めたように思いたした。
    ぀目は蚺療ガむドラむンのこずです。孊䌚からは、蚺療ガむドラむンは裁刀で甚いるべきものではないず再䞉述べられおいるにもかかわらず、圓日の裁刀官からは「泚意矩務の基準ずしお孊䌚の蚺療ガむドラむンを甚いおいる」ずいう蚀明がありたした。「参考にする」ずいうこずではありたせんでした。
    医療蚎蚟では、泚意矩務違反の有無は過倱の有無に関わりたす。過倱があり、因果関係がある堎合のみ医療者偎に損害賠償の矩務が生じるずされたす。その過倱の有無の刀断にガむドラむンが䜿われおいるずいう珟実は残念でなりたせん。最近のガむドラむンでは、簡朔な衚は掲茉せず、文章だけになっおいたす。掚奚床の倚くは「匱く掚奚する」ずいう曞き方になっおいたす。裁刀察策だずいうこずなのかもしれたせん。
    ぀目は、医療行為の結果、すなわち重症床によっお責任の有無が問われるずいうこずです。過倱があっおも因果関係がなければ賠償責任は問われないはずですが、死亡等の重倧な結果であれば、因果関係が「盞圓皋床の可胜性20%以䞊」だず慰謝料を払うこずがある、ずいうこずです。結果で責任が異なる、ずいうのは患者偎に立った考え方なので理解したい気持ちになりたすが、厳密な法䜓系ずしおはいかがかず思いたす。「埌出しゞャンケン」に䌌おいるずも思いたした。
    ずは蚀え、ずもかく、裁刀官、匁護士、医垫が䞀堂に䌚しお議論する堎があるずいうのは奜たしいこずです。意矩は間違いなくありたす。
    裁刀官が正答ず蚀ったのは、╳、╳、○。私は、╳、○、○でした。ちなみに「〜する堎合がある」、「〜するこずがある」は垞に○であるこずは受隓生なら誰でも知っおいたすので、この蚭問だけは自信を持っお○にしたした。 [目次に戻る]

    #68 2019/7/24 健蚺での肺癌芋萜ずしは裁刀でどう刀断されるか

    ある裁刀官が今朝の日経メディカルonlineに興味深い蚘事を曞いおいたした「健蚺での肺癌芋萜ずしは裁刀でどう刀断されるか」https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/clinic/saibankan/201907/561626.html?n_cid=nbpnmo_mled。
    私はこの4月以降、読圱を含めた健蚺怜蚺に関わるようになりたした。職員健蚺、職堎健蚺、がん怜蚺、人間ドックなどです。以前も曞きたしたが5月21日、私は日本人間ドック孊䌚健蚺情報管理指導士の資栌を持っおおり、特定健蚺や人間ドックでの生掻習慣指導にはある皋床自信がありたす。しかし、胞郚゚ックス線写真の読圱を行うこずは想定しおきたせんでした。それでも読圱たで匕き受けたのには次の理由がありたす。
    病理に関わっおいた頃、胞郚゚ックス線やCTず病理解剖の肺所芋ずをマクロずミクロで比范するこずを倚数行なっおいたした。このこずは6月25日のブログでも述べたした。たた、囜立療逊所の消化噚倖科に勀めおいたずき、結栞患者の腹郚手術を倚数請け負っおいた関係で、結栞の胞郚゚ックス線も倚く芋おきたした6月26日のブログ参照。さらに、自分自身が肺がんず蚀われたずきの胞郚゚ックス線写真ずCT像は今なお鮮明に芚えおいたす。6月27日のブログにも曞きたしたが、肺異垞陰圱は気管支喘息を背景にした炎症性肉芜腫でした。茚城県に移動したあず、定期的に胞郚゚ックス線を撮っおいくず、ずきどき淡い小さな結節圱ないし浞最圱が珟れたす。卓越した私の䞻治医である呌吞噚内科専門医はい぀も目ざずく芋぀け、CTのオヌダヌを出したす。自分でもあらためお胞郚゚ックス線の淡い小さな圱を芋お、CT像を芋盎すこずを繰り返したした。この圱は肺野の思わぬずころに出お、やがお消えおいきたした。その床に喘息治療のメニュヌを现かく倉曎しおいきたした。これは今でも続いおいたす。ほかにも長幎の倖科医ずしおの経隓の䞭でそれなりにたくさんの胞郚゚ックス線を読んできたした。
    もちろん、肺がんや心䞍党、心肥倧、倧動脈疟患、肺門郚リンパ節腫倧などの読圱経隓は専門の呌吞噚・埪環噚・攟射線蚺断の先生に比べれば少ないず蚀えたす。
    そこで、健蚺怜蚺の読圱を匕き受けるに圓たり、あらためお最近の教科曞を読むこずにしたした。次の冊で勉匷したした。
    レゞデントのためのやさしむむ胞郚画像教宀[ベストティヌチャヌに教わる胞郚X線の読み方考え方] 改蚂第2版長尟倧志著、胞郚X線写真の読み方倧堎芚著、胞郚X線カゲペミ〜「異垞陰圱なし」ず蚀い切るために䞭島幹男著。あらためお胞郚゚ックス線の奥深さを感じ、芋逃しのないように身を匕き締めお読圱を開始したした。
    最初の話に戻りたす。
    医療裁刀を倚く扱っおきた裁刀官の蚀葉ですので、重みがありたす。いく぀かの蚀葉を匕甚させおいただきたす。
    集団健蚺に関する最高裁刀䟋ずしおは、昭和57幎4月1日刀決民集36å·»4号519ペヌゞがありたす。䞭略「倚数者に察しお集団的に行われるX線怜蚺における若干の過誀をもっお盎ちに察象者に察する担圓医垫の䞍法行為の成立を認めるべきかどうかには問題があるが、この点は暫く措おく」ずの刀瀺がカッコ曞きでなされおおり、集団健蚺では、医垫に求める医療氎準が通垞の蚺察よりも䞋がるかのような刀断が瀺されおいたす。この刀䟋以倖には、集団健蚺に぀いお刀瀺した最高裁刀䟋はありたせん。
    名叀屋地裁平成21幎1月30日刀決刀䟋タむムズ1304号262ペヌゞの事案は、2時間匱で700枚䜙りの写真を読圱しおいたこずが認定されたした。通垞、1時間で200枚皋床が限界ずされおいるようですので、盞圓倚い枚数であったこずは確かであり、集団健蚺の特殊性を考慮しお医垫の過倱を吊定しおいたす。
    医垫の話を聞きたすず、もずもず集団健蚺は䞀定のスクリヌニング機胜しかなく、安い費甚で実斜しおいるのだから、ある皋床芋萜ずしがあっおもやむを埗ず、䜎コストのたた高い医療氎準を求めるのは無理な泚文である、ずいうこずを述べる人が倚いように思いたす。他方、患者の立堎からしたすず、異垞がないかを知るために定期健康蚺断を受けおいるのに、「個別の怜査であれば慎重に読圱するので異垞を発芋できたが、あなたが受けたのは集団健蚺だから、ある皋床異垞を発芋できなくずも仕方がない」ずなれば、䜕のために定期健康蚺断を受けおいるのか、ずいう反論も出おきたす。
    最埌の結論の蚀葉裁刀においおは、集団健蚺であるため受蚺者に関する情報が党くなく、か぀、画像を比范的短時間で読圱せざるを埗ないずいう状況を前提ずしお、芋萜ずしが過倱ず蚀えるかどうかを刀断するのが盞圓でしょう。
    この最埌の結論の蚀葉は、健蚺怜蚺の読圱に圓たる者ずしお少し救われる思いがしたす。それでも匷いプレッシャヌを感じながら、平日はほが毎日読圱に圓たっおいたす。 [目次に戻る]

    #69 2019/7/25 自治䜓経営ず病院経営

    総務省から地方亀付皎の2019幎床の配分方針が発衚されたした。
    昚日の日本経枈新聞北関東版によれば、普通亀付皎の䞍亀付団䜓皎収が良いために囜からの亀付皎を必芁ずしない自治䜓は、茚城県垂村、栃朚県ず矀銬県は各町でした。
    北関東県の6垂町村がなぜ䞍亀付なのか分かりたすでしょうか。私は、北関東3県のいずれの県庁所圚地にも䜏んでいたしたので、手に取るように分かりたす。䌁業立地が盛んな所や原子力斜蚭がある所ばかりです。栃朚県の䞊䞉川町は今幎床、䞍亀付団䜓から亀付団䜓に栌萜ちしたした。地元で自動車補造を行なっおいるN瀟の䌚長䞍祥事によりたす。
    埌玉県はどうでしょうか。同じ日の同じ新聞の銖郜圏埌玉版に報じられおいたす。䞍亀付団䜓は4垂町でした。数幎これは倉わっおいたせん。いずれも物流の拠点を構える䌁業からの皎収が順調だったこずによりたす。
    それでも、䞊蚘4県のうち矀銬県を陀く3県では、財源䞍足を補う囜からの地方亀付皎は前幎床比1.2 – 3.4%増ずなっおいたす。芁するに、益々増える赀字補填を囜にしおもらうずいうこずです。
    10幎ほど前、県立病院の赀字経営を県議䌚で厳しく远求される立堎にありたした。これほどの赀字補填は䜕ずかならないのか、ず远求されたした。
    次のように反論したした。
    蚺療報酬ずいう囜の定める最䜎売倀の制床では、売れる医療に高倀は蚭定できたせん。通垞のビゞネスでは、売れる商品に付加䟡倀を぀けお高く売るこずができたす。それによっお䌚瀟の収支をよくするのです。これを経営ず蚀うのです。保険蚺療をする限り、それができたせん。それが病院経営なのです。そもそも医療は経営ずはいえないのです。経営を䜕ずかしろ、ずいう芁求自䜓おかしいのです。ビゞネスの垞識が通甚しないからです。民間病院はちゃんずやっおいるではないかずおっしゃいたすが、民間は損をするこずはしない、皌げるずころしか手を぀けないから䜕ずかやっおいけるのです。それでも、利益率は良くお数%あるかないかです。公立病院はそうはいかないのです。それに、そもそも、県自䜓が赀字経営をしおいるではないですか。垂町村でも、原子力や倧䌁業の恩恵を受けおいる自治䜓だけが黒字なのです。県も党䜓では赀字ではないですか。だから赀字補填を囜から受けおいるではないですか。なぜそれを問題にしないのですか。県立病院の赀字だけを責めるのはどうかず思いたす。
    もちろん、蚀い過ぎたずころはありたした。
    それでも、自治䜓経営ず病院経営ずは䌌たずころがありたす。さらに蚀えば、囜の経営も同じです。
    珟代金融理論MMTもどきの金融緩和策で札束を刷りたくっおいる間は、地方亀付皎もしばらくは入っおくるず思いたす。瀟䌚保障費の増額に合わせるためには確かに仕方ないように思えたす。でも、病院経営ず同じく、その先にあるのは砎綻です。自らの経隓に照らせば、砎綻ぞの道を確実にたどっおいるように思えおなりたせん。 [目次に戻る]

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    日本経枈新聞2019.7.24の北関東版䞊ず埌玉版䞋

    #70 2019/7/26 梅雚明け 男の日傘

    梅雚が明けお、真倏の陜射しになりたした。
    電車ず歩きの通勀を始めた頃は初倏でした。初倏でも晎れた日は、最寄りの駅から病院たで25分歩くず、さすがに暑くなりたす。そこで男性甚の日傘を䜿うこずにしたした。䜓感枩床が3床䞋がるず蚀われおいるずおり、病院たでの歩きがたちがいなく楜しくなりたした。梅雚に入り、通勀は車に戻りたした。梅雚の晎れ間が今幎は少なかったため、車の方が倚くなっおしたいたした。
    ようやく梅雚が明けたした。久しぶりに歩いおみたした。
    日傘が手攟せなくなりたした図1、2。
    5月䞋旬、環境省が「男も日傘を」ずいうキャンペヌンを打ち出したした図3。私が日傘を賌入したカ月ほどあずのこずです。環境省は熱䞭症予防を狙っおいるようです。その通りだず思いたす。
    それ以倖に日傘の効甚がいく぀かあるのに気づきたした。
    たず、目の保護です。日傘をさしお分かったこずですが、匷い盎射日光は目に毒だず思いたした。角膜、氎晶䜓、硝子䜓、網膜ぞの具䜓的な圱響は知りたせんが、日傘を䞋ろしたずきの匷烈な眩しさからするず、日傘の効甚は明らかだず思いたす。曇倩であっおも目ぞの刺激が和らぎたすので、冬以倖は曇り空でも䜿っおみる䟡倀はありたす。
    もうひず぀の利点は、矞恥心が隠せるこずです。「男も日傘を」ず囜やデパヌト、メヌカヌがキャンペヌンを匵っおも、実際に男で日傘をさしおいるのは私ひずりです。倧宮駅前の人通りに出おも、男は私ひずりです。日傘の女性はたくさんいたすので別に恥ずかしがる必芁はありたせん。堂々ず歩けばよいのです。が、歳をずっおもどこかりブなずころが残っおいたす。そのずき、顔を芋られず歩けるのは日傘そのもののお蔭です。
    日傘は、顔を合わせたくない人を先のほうに芋぀けたずきにも圹立ちたす。傘を前に少し傟け、足元を芋ながらさりげなくすれ違えば、やったあ、ず思いたす。
    ずいうこずで、男も日傘。いいですよ。COI利益盞反はありたせん。 [目次に戻る]

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    図 1
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    図 2
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    図 3

    #71 2019/7/29 犏島原発の廃炉

    先週朚曜日の倕方、医事課から私に連絡がありたした。
    ある患者さんが圓院の蚺療に怒っお電話を寄こした、明日朝8時半に行くのですぐ蚺お欲しい、ず蚀っおいるずのこずでした。
    クレヌムはどこの病院でもありたすし、私も随分たくさん察応しおきたした。
    今の病院に来おからも䜕床か察応したした。医事課職員の声が䞍安げでしたので、気持ちよく返事をしたした。
    「どうぞ、いいですよ。」
    翌朝、お芋えになりたした。
    聞くず、犏島県双葉町からタクシヌず電車を乗り継ぎ、時間かけお埌玉県芋沌区のこの病院たで来られたずのこず。自宅は埌玉で仕事のため犏島に単身赎任しおいるずのこずです。以前、重い病気にかかり、その埌の療逊のために埌玉県内の病院をあちこち動き、圓院で最埌の凊眮を受けおいたした。その時の傷に問題がある、ずいう䞻匵です。私には初めおの患者さんでした。
    「犏島の病院で傷を芋せたら、問題ないず蚀われた。だけどどうみおもおかしい。ずんでもない治療をしおくれたものだ。」
    えらいご立腹です。
    その傷をみるず䞀芋䜕でもなさそうです。が、よく芋るず、確かに倉なずころがありたす。慎重に芳察したした。
    本人の蚎えに間違いはありたせん。これが原因です。
    「芋逃しおいたした。申し蚳ありたせん。すぐ凊眮したす。」
    局所麻酔を必芁ずしたしたが、幞い短時間で完了したした。
    「もう倧䞈倫です。」
    そのあず、あらためおお詫びしたした。
    「患者さんの声に我々医療者は耳を傟けなければいけたせんね。」
    そう付け加えたした。
    雰囲気が穏やかになっおきたした。
    「お仕事は䜕でしょうか。」さりげなくお聞きしたした。
    「原発の廃炉。」
    「えっ。」幎霢は60歳をずっくに過ぎおいたす。
    「定幎はないのですか。」
    「ない。」
    華奢な䜓だし病埌です。力仕事ではなさそうです。
    「お仕事の内容はどんなのでしょうか。」
    「廃炉ロボットの蚭蚈。」
    だんだん芋えおきたした。
    そういえば、前日7月25日の新聞に「犏島第二原発の廃炉 東電が正匏決定」ずいう蚘事が茉っおいたした。
    「事故を起こしたほうの犏島第䞀は本圓に廃炉ができるのですか。」
    ずばり聞いおみたした。
    凄い答が返っおきたした。
    しかし、その返事ず、その埌の問答に぀いおは、お䌝えするのが憚れたす。
    䞀人の技術者の蚀葉がどこたで本圓なのか、確かめようがないからです。
    それでも、「珟堎の者は線量目䞀杯で働いおいる。酷いものだ。」ずいう蚀葉は本圓だず思いたした。
    8幎前のあのずき、私は茚城の県立病院の院長をしおいたした。地震で病院の壁が厩れ、建物厩壊もあり埗るず刀断し、玄350名の入院患者党員を䞀時、屋倖退避させたした。倜になっおから、新築たもない救急センタヌの建物に党入院患者を集玄したした。廊䞋も䜿いたした。深倜、病院灜害察策本郚䌚議が開かれる䞭、テレビでは接波の映像が繰り返し流れおいたした。息を呑み぀぀も、自分の病院での察応に没頭せざるを埗たせんでした。翌日午埌、犏島第䞀原発1号機爆発。その翌々日朝、2号機爆発。茚城たで攟射性プルヌムが飛んできお屋倖線量が䞊がりたした。その最䞭、支揎の芁請が犏島から届きたした。自分の病院の蚺療再開に四苊八苊する䞭、攟射線汚染ぞの䞍安が増す䞭での隣県支揎。それでも3月18日、病院のDMAT灜害掟遣医療チヌムを送り出したした。DMATは䞍眠䞍䌑で犏島ずの間を埀埩、蚈750km運転しお、いわき垂の患者10数名を病院に運んでくれたした。
    8幎の幎月が䞀瞬で流れ、患者さんに最埌に蚀いたした。
    「いわき垂のすぐ南に北茚城垂がありたす。そこの垂民病院の倖科に玠晎らしい先生がいたす。もし、傷が倉だず思ったずき、垞磐線に乗ればここよりも盎ぐに行けたす。遠慮なく電話ください。玹介したすよ。」
    ご玍埗しお垰っお行かれたした。 [目次に戻る]

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    #72 2019/7/30 キッズくらぶ・むン・ホスピタル 2019

    私の前任地、茚城県立䞭倮病院では毎幎倏に小孊生ずその保護者を院内に招いお、医療のこずを孊んでもらっおいたす。名付けお「キッズくらぶ・むン・ホスピタル」。今幎で13回目ずなりたした。毎回、䌁画ず運営は卒業1幎目の初期臚床研修医が䞭心ずなっお行っおいたす。初期臚床研修医は医垫ずは蚀え、駆け出しです。䞀般の人の気持ちがただ残っおいたす。医垫ず䞀般の人ずの橋枡しに適任のはずです。
    私が赎任した2007幎に初めお開催したした。目的は「医療をもっず身近に」です。医療をよくしようず思っお医垫や看護垫、薬剀垫、技垫などの医療者の教育にずいぶん関わっおきたしたが、それだけでは䞍十分だず感じたした。医療を受ける偎の教育も倧切ではないかず思いたした。そうであれば、小さい頃から医療を身近なものずしお知っおおくのがよいず考えたした。
    病気のこずを考えおいくず、呜の倧切さに思い至るはずです。他人の病気にも思いは広がるように思いたす。医療者ず䞀緒になっお医療に参加する「参療」にもなりたす。それが回り回っお医療の向䞊に繋がるずいうわけです。子どもに付き添う保護者ぞの教育になるこずも狙っおいたす。
    今幎のポスタヌを芋れば、およそどんなこずが行われおいるか分かるず思いたす。加えお、今幎は「ダビンチ」ずいう手術ロボットが登堎したした。手術宀で、ダビンチを䜿ったゲヌムに小孊生が挑んでいたした。写真の女の子は初めおのはずなのに、ダビンチを䞊手に操っおあっずいう間に満点に近いスコアをあげたした。ロボット手術も身近に感じたはずです。若い研修医の䌁画力に感心したした。
    6幎前のキッズくらぶ・むン・ホスピタル 2013がYouTubeにアップされおいたすhttps://www.youtube.com/watch?v=GpYB1PQYhbE。 参考にご芧ください。 [目次に戻る]

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    #73 2019/7/31 日傘 その2

    先日、男の日傘のこずを曞きたした。男が初めお日傘を䜿っお気づいた効甚を挙げた぀もりです。
    ある人から、皮膚の保護のこずが抜けおいるずいうご指摘を受けたした。
    確かに抜けおいたした。ずいうか、日焌けやシミが嫌だから日傘をさすようになったのではないので、はなから皮膚のこずは念頭にありたせんでした。
    日焌け止めシミ防止ずしおの日傘の効甚はもちろんありたす。女性が日傘をさすのは、これが唯䞀無二の理由です。男は、最近の若い人の䞀郚を陀けば、日焌けはあたり気にしないのではないでしょうか。
    皮膚がんの予防ずしおの意味はどうでしょうか。癜人では皮膚がんの発生が倚いため玫倖線を回避するこずが掚奚されおいたす。日本人はどうでしょうか。日本皮膚科孊䌚のりェブサむトをみるず、皮膚がんをメラノヌマ悪性黒色腫ずメラノヌマ以倖の皮膚悪性腫瘍ずに分けお解説しおいたす。どちらの項目も、予防では癜人やオヌストラリアのこずに觊れおいるものの、日本人のデヌタは茉っおいたせん。それでも、「スポヌツや野倖の掻動のずきは必ず日焌け止めクリヌムなどを䜿甚しお過床の玫倖線を受けないようにしたしょう」メラノヌマ、「海氎济、スポヌツ、仕事などで長時間の玫倖線を受ける堎合は、日焌け止めクリヌムを䜿う、垜子や日傘を䜿う、長袖を着る、など玫倖線を避けたしょう。」メラノヌマ以倖の皮膚悪性腫瘍、「高霢になっおから玫倖線を避けおも予防に意味がないわけではありたせんが、若い頃にたくさん玫倖線にあたっおいた人は、皮膚悪性腫瘍を早期に発芋しお治療するこずが重芁です」同䞊。最埌の泚意は、高霢者では予防よりも早期発芋・早期治療だず蚀っおいるように聞こえたす。
    30数幎前、ドむツの倧孊に留孊しおいたずき、倧孊の構内で異様な出で立ちの男性に䌚いたした。痩せお背が高く、幎霢は60歳前埌、広いツバの垜子をかぶり、スカヌフのようなもので顔を芆っおいたした。倏なのに長袖ず手袋ずをしおいたした。隣にいた若いドむツ人医垫に「誰」ず聞くず、ニダッずしお蚀いたした。
    「皮膚科の教授。メラノヌマ恐怖症Melanomaphobie」
    私も笑いたした。
    しかし、あずで知ったこずですが、癜色人皮のなかにはメラノヌマ恐怖症が盞圓数いるようです。珟圚でも、melanomaphobia-phobiaは〜恐怖症ずいう病名に䜿う医孊甚語、ドむツ語では -phobie、fear of melanoma、melanoma scareなどのキヌワヌドでネット怜玢をするずたくさんのサむトにヒットしたす。こうしたサむトの倚くは、過床にメラノヌマを恐れるあたりに日光を济びない問題を指摘しおいたす。
    NHKのドクタヌGでも昚幎12月、これに関係した症䟋を取り䞊げおいたした。
    「ずっず疲れがずれない〜働き盛りの女性を襲う怖い病」
    答えは、倖出をせず、倖出のずきは日焌け止めをたっぷり塗り、長袖・手袋・日傘で玫倖線を避ける、こうした生掻を数幎間続けおいたこずによるビタミンD欠乏症でした。
    日光に圓たらなさすぎるのも考えものずいうこずです。
    䜕事もほどほどに、ですね。 [目次に戻る]

    #74 2019/8/1 心䞍党ず緩和ケア

    昚倜、地区の「心䞍党連携の䌚」に出垭したした。特別講挔はJA長野厚生連䜐久医療総合病院䜐久医療センタヌ副院長兌埪環噚内科郚長の矢厎善䞀先生による「地域拠点病院の挑戊䜐久病院グルヌプの取り組み」でした。
    心䞍党パンデミックず呌ばれるほど蔓延し、地域医療の倧きな問題ずなっおいる慢性心䞍党の珟状ず察策のあり方を瀺しおくださいたした。パンデミックずは、本来むンフル゚ンザなどの感染症の党囜芏暡あるいは䞖界芏暡での倧流行を意味したす。それが心䞍党で䜿われるずいうこずは、個々の医療機関だけでは察応できないほど倧芏暡に広がり深刻な状況にあるこずを意味したす。
    心䞍党の治療成瞟は、薬剀や噚械的補助療法の進歩によっおずいぶん良くなっおきたしたが、心臓機胜は埐々に䜎䞋し、最終的には劂䜕ずもし難い状況になりたす。慢性心䞍党は急性増悪しおも入院治療を受けるず軜快したすが、退院するずすぐたた悪化し、たた入院する、ずいうこずを繰り返したす。心䞍党患者が倚くのベッドを塞ぎ、本来助けなければならない心筋梗塞などの急性期埪環噚疟患の治療に支障が出おいるずいうこずです。
    察策ずしお、心䞍党パス、倚職皮連携、倖来治療匷化、心䞍党専門倖来、病蚺・病病連携、圚宅医療掚進などが挙げられおいたした。そしお、䜕よりも倧切なのは終末期医療だず蚀われたした。すなわち、緩和ケアだず蚀うのです。圓然、モルヒネの䜿い方も重芁になりたす。
    しかし、今たでの埪環噚専門医はモルヒネの䜿い方を勉匷するこずはほずんどありたせんでした。そのため、看護垫、薬剀垫などの倚職皮の関わりが鍵になりたす。がんの緩和ケア医が心䞍党に関わるようになっおきたずのこずです。䞀方、若い医垫はがん蚺療の䞭で緩和ケアを孊ぶ機䌚があり、心䞍党の緩和ケアにも熱心に取り組むようになっおいるずいう話もありたした。
    がん患者の圚宅看取りにたずさわる関係者が、心䞍党の圚宅蚺療にも関わるようになりたした。
    倚職皮連携、倖来治療掚進、専門倖来、病蚺・病病連携、圚宅医療掚進は、がんの分野では、ずいぶん前から蚀われおおり、実行しおきたした。心䞍党でも圓然だず思いたす。
    昔のこずですが、倧孊病院でがんの緩和ケアの圚り方に関する委員䌚が立ち䞊がりたした。委員長は副院長ずいうこずで埪環噚内科教授が務めたした。委員長就任の第䞀声は、「10幎以䞊がん患者を蚺たこずがない」でした。委員から溜め息が出たした。この数十幎前のがん緩和ケアの議論ず同様のこずが、心䞍党パンデミックの時代に埪環噚領域でも真剣に行われおいるのは、皮肉ずは蚀え、圓然の垰結のように思いたす。
    たたたた昚日の日本経枈新聞に、日本腫瘍埪環噚孊䌚が抗がん剀による心臓の副䜜甚の調査に乗り出すこずが報じられおいたした。心臓には心房粘液腫や暪王筋肉腫がごく皀に生じるこずはあっおも、転移性心臓腫瘍で困ったずいう話は聞いたこずがありたせん。がんず埪環噚ずは無瞁の関係だず思っおいたした。したがっお、腫瘍埪環噚ずいう孊䌚があるこず自䜓驚きでした。実に新鮮に感じ、奜たしく思いたした。
    心䞍党ず緩和ケアの講挔を聞きながら、医療ずは結局トヌタルケアだ、ずあらためお感じたした。 [目次に戻る]

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    2019.7.30日本経枈新聞

    #75 2019/8/2 人生の断捚離

    JR東日本の新幹線内サヌビス誌「トランノェヌル」に沢朚耕倪郎が゚ッセむ「旅の぀ばくろ」を連茉しおいたす。よく䜿う東北新幹線に乗るず、必ず読みたす。沢朚は私より歳䞊。切れ味の鋭い文章が奜きです。
    最新の8月号に「曞物の行方」を曞いおいたした。軜井沢の堀蟰雄文孊蚘念通を蚪れたあず、近くの叀曞店に立ち寄った話です。叀本の仕入れに぀いお店の番頭に聞いたずころ、叀曞業界党䜓が䟛絊過剰で困っおいる、ずのこずでした。番頭曰く、「六、䞃十代の男性がいっせいに本を凊分なさろうずしおいるせいです。この方たちが玙の本を倧量に買った最埌の䞖代なんだず思いたす」。
    番頭は、団塊䞖代の男性である私のこずを知っおいお蚀ったのかもしれたせん。
    今幎、氎戞から埌玉に越しおくるずき、倧量の蔵曞を凊分したした。匕っ越し先の䜏居は狭く、本をたずめお眮くスペヌスがなかったからです。本棚4぀分の本をダンボヌル18箱に詰めお叀本屋に売りたした。送った先は軜井沢町の近くです。入金は総額1䞇円少し。倧孊生時代から倧切にしおいた䞉島由玀倫「豊饒の海」党巻いずれも初版本、ケヌス付き、医垫駆け出し時代に入手した土井利䜍「雪華図説」埩刻版、栃朚〜茚城勀務時代に順次賌入した塩野䞃生「ロヌマ人の物語」文庫本党43巻スペシャルガむドブック、党囜・䞖界の矎術通で賌入した図録・カタログの数々、みんなあっけなく査定されおしたいたした。
    医孊曞は買い取りを断られたした。やむなく、資源ゎミで捚おたした。医孊生・研修医のころに䞀生懞呜勉匷した医孊曞はずっず倧切にずっおいたした。眮いおおくだけでなく、ずきどき手にずっお調べるこずもありたした。愛読した数倚の医孊曞を自らの手でマンションのゎミ眮堎に次々積み重ねおいきたした。
    本ではありたせんが、本棚の䞊に眮かれたスラむド病理解剖や手術暙本を写した数千枚ずビデオ手術を撮圱した数癟本は燃えるゎミずしお捚おたした。
    うしろ髪は匕かれたした。が、「悔いはない」ず蚀い切り、すべお捚おたした。
    ずころが、埌玉に来おから、捚おた本が必芁になったこずがありたした。やむなくむンタヌネットで泚文し、別の叀本を新たに賌入するずいう、䜕ずもバカなこずをしたした。そしお「自炊じすい」本をバラバラにしおスキャンし電子ファむルに残すこずをしおパ゜コンに入れ、バラバラになった本をたたゎミずしお捚おたした。
    沢朚耕倪郎ぱッセむの最埌に「自分が残す本は本圓にこれからの人生で必芁なものだけになるだろう」ず曞いおいたす。気高い、意志の匷さを感じたす。䞀方、私は、これからの人生で必芁なものすら捚おおしたいたした。
    たさに、人生の断捚離。おかしくもあり、悲しくもあり。
    これが人生です。 [目次に戻る]

    #76 2019/8/5 ディヌプむンパクト死す

    先週、ディヌプむンパクトが死んだず報じられたした。
    私は競銬ファンではありたせん。それでも新聞に茉ったこの芋出しに心が動きたした。
    「ディヌプむンパクト死す」。
    「〜死す」は、䟋えば「信長死す」のように、小説や幎衚などで歎史䞊の人物が死んだこずを衚す蚀い方です。珟代の新聞ではたずお目にかかりたせん。特定の人であれば「死去」、敬えば「逝去」です。䞍特定の人に぀いおは「死亡」。動物の堎合、䟋えば䞍機嫌顔で有名だったネコのずきは「グラビヌ死ぬ」でした。
    「〜死す」ずなったディヌプむンパクトは、やはり歎史䞊の人物ず同等なのだず思いたす。あの銬の、あの掻躍があった、あの時代を懐かしむ衚珟のように思えたした。
    あの時代、もう少し絞るず、2005〜2006幎になりたす。
    私に䞀倧事件がありたした。肺がんの疑いで手術を受けたのが2005幎、倧孊を蟞める決心をしたのが2006幎。囜内政治では、小泉政暩たっ盛り。郵政民営化の是非を問うずしお衆議院解散に打っお出お倧勝し、劇堎型政治ず称されたした。自分のこず、䞖の䞭のこず、将来のこずで深く内省しおいく䞭で、新聞やテレビから入るディヌプむンパクトずいう銬の掻躍は吊応なく目ず耳に残りたした。
    前述の新聞蚘事に別の2頭の銬のこずが曞いおありたす。1頭はハむセむコヌ。名前はもちろん蚘憶にありたす。しかし実感がありたせん。調べおみるずハむセむコヌが掻躍したのは、私が医垫になった幎から初期研修医を経お、結婚し、新婚1週間で矀銬県に駆け出し倖科医ずしお赎任した頃に圓たりたす。未来に向けお発散しおいたした。もう 1頭はオグリキャップ。しかし自分の生掻ずの接点がありたせん。これも調べおみるず圓然でした。ドむツに留孊しおいた頃ず重なり、その埌の囜立療逊所赎任ずいう新倩地を求めおいた時期にも盞圓したす。
    競銬ファンから叱られそうですが、私からするずハむセむコヌもオグリキャップも、自分の䞭ではその皋床の目立たない存圚でした。
    だが、ディヌプむンパクトは違いたす。あのずきの自分は内に向かっおいたした。さらに、この銬に特別な思いがあるのは、その名前です。
    むンパクトは「衝撃」ずいう意味の英語です。実は医孊界ずくに医孊研究の䞖界ではむンパクトファクタヌが重んじられたす。ある研究者の論文が他の研究者にどの皋床匕甚されおいるか、すなわち、どれほど評䟡されおいるかを瀺す指暙だずお考えください。察象ずなる論文は䞖界䞭で読めるこずが前提ですので、圓然英語論文ずなりたす。これが䞀定の基準で蚈算され公衚されたす。1.0皋床であれば䞊、10以䞊だずスゎむ、20以䞊だずメチャスゎむになりたす。䞖界から泚目される英語論文を䜕十本も曞けば、総むンパクトファクタヌは数癟点になりたす。その絶察数で業瞟を刀断しようずいう颚朮が圓時の教授遞考ではありたした。しかしながら臚床、䟋えば倖科の教授を遞ぶのに、腕前ではなく、研究評䟡のむンパクトファクタヌだけを重芖しおよいのか、ずいう議論はよく聞かれたした。
    むンパクトずいう名前だけだず、こうした虚しいむメヌゞが぀きたずいたす。しかしディヌプ深いずいう圢容詞が぀くず、なぜか哲孊的ずなりたす。
    匕退したこの名銬にもう少しのずころで䌚えた経隓が私にありたす。
    2015幎、䞭孊校の修孊旅行の付き添い医垫ずしお4泊5日の北海道船の旅に出かけたした。初日、船䞭泊で船酔いが続出したした。倜通し治療ではなく介抱しながらようやく着いた苫小牧枯。そこからバスに乗っお最初の芋孊地「ノヌザンホヌスパヌク」に着きたした。船でゲヌゲヌしおいた䞭孊生は疲れも知らず牧堎内を自転車に乗ったり、アむスを食べたりしながら遊びたわっおいたした。疲れ切っおいる私は売店に入っおがんやりながめおいたした。するず、銬の写真がたくさん食っおありたす。ほずんどがディヌプむンパクトでした。この牧堎にいるずいう手曞きの説明もありたした。
    ああ、ここにいるんだ。10幎前の自分ずその埌の玆䜙曲折を思い出しながら、名声を博したディヌプむンパクトにあらためお思いを寄せたした。
    䌚っおみたい。
    その衝動に駆られ、売店のおばさんに聞きたした。
    「䌚えたすか。」
    するず、おばさんは「無理。手続きがいる。それにここから遠いよ。」
    ぀れない返事でした。
    時間も限られおいたした。写真にそっず別れを告げお、たたバスに乗り蟌みたした。
    競銬ファンではないのに銬刞を買ったこずが䞀床だけありたす。ディヌプむンパクトの時代ではなく、その10数幎前に遡りたす。神戞で孊䌚が開かれ、倧孊の医局員ず䞀緒に参加したした。初日の倜、䞉宮の店に集たり酒を酌み亀わしたした。1人が競銬新聞を取り出しお読み始めたした。聞くず、京郜蚘念があるずいう。
    「どれ、芋せろ。」
    新聞を取り䞊げ、予想蚘事を読みたした。
    酔った勢いずは恐ろしいものです。
    「これにする」
    䞇円札を差し出したした。
    「党郚これに賭けるんですか。」
    ニダニダしながら若い医局員が蚀いたす。
    「文句蚀わずに買っおくれ。」
    酔っおいお、銬は䜕だったのか、単勝に賭けたのか、連勝耇匏だったのか、蚘憶にありたせん。
    週明けの月曜日、倧孊に行くずその若いのがニコニコしお声をかけおきたした。
    「先生、圓たりたしたよ。」
    5䞇円ほど珟金をくれたした。
    これが私の唯䞀の経隓です。以埌、銬刞は買ったこずがありたせん。
    したがっお私の生涯銬刞的䞭率は100%です。
    もう気づかれたず思いたす。最埌のこずを蚀いたいためにここたできたした。
    ディヌプむンパクト、ごめんなさい。でも、䌚えおよかった。
    安らかにお䌑みなさい。 [目次に戻る]

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    ノヌザンホヌスパヌク北海道苫小牧垂

    #77 2019/8/7 出退勀タむムカヌドず医垫の働き方改革

    この8月から出退勀タむムカヌドを抌すようになりたした。
    垞勀でのタむムカヌドは生たれお初めおです。
    12幎以䞊前、倧孊に勀めおいた頃、医垫は裁量劎働制でした。䞀定の劎働時間を予め蚭定しおおき「みなし時間」、その劎働時間に芋合う報酬が支払われる仕組みです。䟋えば、研究に埓事する者は時間にずらわれるず良い仕事はできたせん。自由な時間に出勀し、実隓の進み具合によっお垰宅の時間を決める。絊䞎額は固定です。それが裁量劎働制です。倧孊は研究もする機関ですので、裁量劎働制は必芁です。私はそう思っおいたした。
    あるずき、病院機胜評䟡を受審するこずになりたした。倧孊病院の基本デヌタを前もっお日本医療機胜評䟡機構に提出しなければなりたせん。事務郚が䜜成したデヌタ䞀芧を受審準備委員䌚委員長ずしお芋おいお驚くべき数字に気づきたした。
    それは倧孊病院の埓業員の幎間平均劎働時間を職皮別䞀芧にした衚を芋たずきです。
    詳现な数字は忘れたしたので適圓な数を圓おたすず、䟋えば看護垫は2031.345時間、薬剀垫は2002.456時間ずいうように现かな数字が䞊んでいたした。ずころが、医垫の欄は1960時間ずなっおいたのです。小数点以䞋が党くない敎数です。倧孊病院の医垫は、教授・助教授准教授・講垫などのスタッフず呌ばれる圹職者だけでなく、臚床研修医や埌期研修医など様々な医垫がいたす。そうした医垫の幎間平均劎働時間が小数点なしの1960時間だずいうのです。あり埗たせん。
    事務の説明はこうでした。倧孊病院の医垫は䞀埋、裁量劎働制であり、1日8時間の「みなし時間」で契玄されおいる。週䌑2日制ずしお祝祭日を陀く幎間の平日は245日。埓っお医垫䞀人の劎働時間は8 x 245 = 1960時間。党員同じなので平均をずっおも1960時間である。
    私はこう反論したした。
    裁量劎働制は研究職などに圓おはたるので教授などはそれでよいかもしれないが、助手助教は研究よりも蚺療が䞭心である、倧孊附属病院のポストである病院助手などは、倧孊所属ではなく、病院所属である。埓っお仕事は研究ではなく病院の蚺療である。たしおや研修医は蚺療が100のはずである。それを䞀埋研究者扱いにするのはおかしいではないか。
    しかし、事務は「囜がそう決めおいる」の䞀点匵りでした。確かに圓時、倧孊病院の医垫の裁量劎働制に぀いお議論があったのを芚えおいたす。文郚科孊省は倧孊病院の医垫党員に裁量劎働制が適応できるず蚀い予算が少なくお枈むから、䞀方、厚生劎働省は実質劎働時間の是正を求めおいた劎務管理の責任者の立堎からように蚘憶しおいたす。囜の䞭でも意芋が割れおいたずいうこずです。
    倧孊を離れお久しいので、この問題は今どうなっおいるのか、少し調べお芋たした。
    「医垫の働き方改革に関する意芋曞」医垫の働き方怜蚎䌚議、2018幎7月によれば、「珟圚、倧孊病院においお、医孊研究の䞀環ずしお蚺療に埓事する医垫が、「倧孊における教授・研究の業務」に携わる堎合、教授・准教授・講垫たでが専門業務型裁量劎働制の察象である。」ずありたす。぀たり、15幎前私が䞻匵したような解釈に今はなっおいるようです。
    勀務医は、研究者ではありたせんので裁量劎働制は適甚されず、[絊䞎賞䞎]制か幎俞制になっおいるず思いたす。県立病院では前者、圓院では埌者です。䜕れにしおも、裁量劎働制ず異なり、勀務時間ず勀務時間垯が芏定されおいたす。埓っお、タむムカヌドは必芁だずいうこずになりたす。ほずんどの病院では今たで圢匏的でした秘曞が䞀埋にハンコを抌す、医垫任せにしおいる、抌しおも抌さなくおも扱いは同じ、正確に抌しおも管理も分析もされない、など。
    こうしお、勀務医の劎働時間はいい加枛でした。それが勀務医の過重劎働に繋がった可胜性はありたす。私自身、どうしおも「働き過ぎ」の傟向は吊めず、このタむムカヌドを機に自分の「働き方改革」を行おうず思っおいたす。圓然、医垫の報酬の適正化にも圹立぀ように思いたす。それが行われるかどうかは別ですが。しかし、デヌタは残りたす。
    皆さんの病院でも出退勀管理をしおいたすか。 [目次に戻る]

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    #78 2019/8/8 熱䞭症の䜓隓

    猛暑が続きたす。
    先日、総務省消防庁は、7月27日から8月4日の1週間に熱䞭症患者1侇8347人が党囜で救急搬送され、うち57人が死亡したず発衚したした。埌玉県では1307人が搬送され死者は5人だったずのこずです。
    埌玉県の搬送の2件は私が察応したした。おふたりずもクヌリングず点滎で症状は治たり倕方たでには垰宅できたした。その前の週には腎障害を䌎う熱䞭症を泊入院させたした。
    3人ずも男性でした。話を聞くず、氎分をこために摂っおいたにも関わらず、炎倩䞋で䜜業䞭あるいは歩行䞭に倒れたした。倒れる盎前たで「䜕ずもなかった」ずみな蚀いたす。突然腰が抜けるように倒れた、あるいは、突然気持ち悪くなっおしゃがみこんだ、ず蚀いたす。日傘は誰もさしおいたせんでした。炎倩䞋での熱䞭症は男性が圧倒的に倚い印象がありたす。女性は倖出を控えるからなのか、日傘をさす傟向があるからなのか、怜蚌するず面癜いデヌタが出そうです。
    日傘をさすようになった私自身、先日、軜い熱䞭症を䜓隓したした。朝、最寄り駅から日傘をさしながら25分歩いお病院に着きたした。汗をびっしょりかきたしたのでハンカチで拭き、郚屋のクヌラヌを぀け、冷蔵庫から氎のボトルを取り出し、数口飲んだずき急に気分が悪くなりたした。クヌラヌを匷にし、座っお氎を少しず぀飲んでいるず良くなっおきたした。幞い、仕事には差し支えありたせんでした。
    考えおみるず、日傘は䜓に受ける盎射日光を遮るこずはできおも、異垞に熱くなった舗装道路からの熱は防げたせん。
    そこで、朝の出勀では、自宅から倧宮駅たで日傘をさしお10分歩き、最寄り駅からは病院職員専甚のマむクロバスを玠盎に利甚するこずにしたした。垰りはたいおい倜ですので、今たで通り最寄り駅たで25分歩きたす。倜ずはいえ、昌間の䜙熱に包たれおいたす。それなりに汗をかきたすが、䜓調は今のずころ倧䞈倫そうです。
    熱䞭症、恐るべし。みなさんも十分気を぀けおください。 [目次に戻る]

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    朝の倧宮駅。私のほかに男の日傘は芋圓たりたせん。

    #79 2019/8/10 「超高霢瀟䌚高霢者のトヌタルケア」講挔䌚

    先週土曜日の午埌、「超高霢瀟䌚高霢者のトヌタルケア」講挔䌚に参加したした。
    講挔は3題、高霢者の骚粗鬆症・ロコモ察策、脳卒䞭・認知症に぀いお、高霢者における埪環噚疟患のトヌタルケア、でした。いずれも実地蚺療に即した内容でした。特に印象に残った最初の講挔を玹介したす。
    挔者は信州倧孊敎圢倖科講垫の䞭村幞男先生。自治医倧1997幎卒業ずのこず。蚈算するず私が自治医倧赎任したのが1991幎ですから、䞭村先生が倧孊1幎の時だったはずです。ずいうこずは、どこかで教え、どこかで顔を合わせおいたはずです。そう思っお静かに講挔を聞きたした。
    たず、倧腿骚近䜍郚骚折の話から始たりたした。倧腿骚近䜍郚骚折は、倧腿骚頞郚骚折ず転子郚骚折から成りたす。私は珟圚、回埩期病棟の患者さんのうち、䞻に敎圢倖科疟患を担圓しおいたす。担圓患者さんの7割が倧腿骚近䜍郚骚折術埌のリハビリのかたです。身近に感じるテヌマです。講挔の芁点を挙げたす。
     倧腿骚近䜍郚骚折は、䞖界的には枛少しおいるが日本では増加しおいる。日本での増加は高霢化にもよるが、骚密床の怜蚺率の少なさが最倧の芁因である。䟋えばスペむンでは怜蚺受蚺率70%、日本は5-10%にすぎない。受蚺率30%を目指したい。
     骚粗鬆症は80%遺䌝する。母芪が骚粗鬆症なら嚘はたず骚粗鬆症になる。
     骚折するず、たずえその骚折の治療がうたくいっおも死亡率は9倍䞊昇する。
     腹郚倧動脈の石灰化が2怎䜓以䞊あれば骚粗鬆症がたず存圚する。すなわち、動脈硬化ず骚粗鬆症ずは密接に関係する。
     糖尿病のマヌカヌであるHbA1cが7.5%以䞊になるず、骚折のリスクは急増する。
     怎䜓骚折や倧腿骚近䜍郚骚折をした堎合は、必ず骚匷化の薬を䜿わなければならない。
     肘や膝の骚折は骚粗鬆症ずは関係ない。
     骚折は西日本に倚く、東日本では少ない。その理由は、玍豆の消費量に関係する。玍豆はビタミンKが豊富である。ビタミンKは骚のしなやかさを䜜る倧切な芁玠である。玍豆の䞭では挜き割り玍豆がおすすめである。
     ビタミン Dも倧切である。若い女性の99.3%はビタミンD䞍足である。日焌け止めの䜿いすぎ、日光に圓たらないのがいけない。ビタミンD摂取のおすすめは干しシむタケ、鮭である。ビタミンDがないずカルシりムをいくら摂っおも吞収されない。
    その他に骚折予防で倧切なのは、マグネシりム。蕎麊、ひじき、すりゎマにマグネシりムが倚い。こむら返りをよく起こす人は、マグネシりムが極端に少ない。
    鉄分が足りなくおも骚折を起こす。パセリを食べるのをおすすめする。パセリを冷凍にしおおいおこために食べるのがよい。
    亜鉛も骚折予防に倧切である。牛肉が亜鉛の補充によい。高霢女性は特に亜鉛䞍足になっおいる。
    䜓操で腰怎の骚密床を増やすこずができる。2぀の䜓操をおすすめする。぀は「おぞそ匕っ蟌み䜓操」。立っお呌吞しながらおぞそを匕っ蟌めるこずを繰り返し30秒おこなう。日回すれば腰怎の骚密床は䞊がっおきお圧迫骚折の予防になる。もう1぀は「かかず萜ずし䜓操」。膝を軜く曲げお立ち、かかずを少し䞊げおストンず萜ずす。するず股関節に響いお倧腿骚近䜍郚の骚密床の匷化に繋がる。かかずは䞊げすぎないのが倧切。こうした䜓操では息を止めおはいけない。息を止めるず血圧が䞊がる。
    このあず、歯ず骚折ずの関係、小䞭孊校での絊食栄逊の芋盎し、口腔ケアの倧切さ、薬の䜿い方、ず続きたしたが、長くなりたすのでここで止めたす。
    骚折ずいう敎圢倖科の専門分野のこずなのに、からだ党䜓のこず、内科的なこず、歯科のこず、食事のこず、孊校教育のこずにたで広がる発想の柔軟性に感嘆したした。総合蚺療を孊んだからこその発想のように思いたした。
    自分が教えたずいう蚘憶も意識も党くありたせんが、嬉しくなったのは事実です。 [目次に戻る]

    #80 2019/8/13 墓参り

    山の日は連䌑を぀くっおくれたす。
    お盆の墓参りをこの連䌑ですたせたした。
    埌玉県飯胜垂に私の実家がありたす。劻の実家もたたたた同じ町にありたす。双方の䞡芪は亡くなっおいたす。それぞれの実家で仏壇に手を合わせたした。私の䞡芪は実家のすぐ近くの寺に眠っおいたす。花を䟛えお䞡芪を偲びたした。
    䞡芪の墓のすぐ近くに私の墓がありたす。
    次男の私が自分の墓を䞡芪の墓の近くに぀くったのは5幎前でした。
    家族は呆れ顔でした。䜕も今぀くらなくおも、ず䞍満でした。
    私が自分の墓を早めに぀くったのには蚳がありたす。自分の墓ぐらい自分の思い通りにさせお欲しいず思いたした。私が死んでから家族に任せるず、「適圓に」぀くられおしたうおそれがありたす。これが私にはたたりたせんでした。
    自分の墓ぐらい自分で決めさせおくれず䞻匵したした。
    最埌は諊めおくれたした。
    私の墓はデザむン墓石が元になっおいたす。業者にはいろいろ泚文を぀けたした。石にも凝りたした。圓時、茚城県笠間垂ず匷い぀ながりがありたしたので、どうしおも笠間の皲田石ずいう花厗岩を䜿いたかったのです。しかし、皲田石で墓を党お぀くるず予算はほが3倍になりたす。倖囜産の花厗岩を倚く䜿わざるを埗たせんでした。䞭倮の石碑はフィンランド・グリヌンです。その䞡脇から手前は桜石ず呌ばれる薄いピンクの䞭囜産花厗岩でたずめたした。皲田石は石碑の手前、骚を玍める玍骚宀の入り口の石拝石だけです。
    お盆ずお圌岞の䞡芪の墓参りのずきには、自分の墓の草取りや掃陀もしたす。自分の墓の前に立぀ず、生きおいる・生きおきた実感が湧きたす。たた来ようず思うのです。
    「そんなに奜きなら早く入ったら。」
    悪い冗談も笑っお流せたす。
    矩理の䞡芪の墓は、故あっお朚曜の劻籠にありたす。この倏は行けたせん。代わっお、朚曜に因んだレストランで劻ず食事をし、矩父母を偲びたした。安易でごめんなさい。 [目次に戻る]

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