
ブルゴーニュの老舗ドメーヌはなぜ続くのか?|サヴィニー・レ・ボーヌのパヴロ家に見る「家族経営」の強さ
収穫に行くと、そのドメーヌが見えてくる
収穫に行くと、そのドメーヌの多くを見てしまう。
普段の訪問では分からないことが、収穫では見えてくるからだ。
誰が最初に畑に出るのか。
誰が指示を出し、誰がそれを支えるのか。
家族はどのように接しているのか。
従業員をどう扱っているのか。
予定外のことが起きたとき、誰が判断するのか。
そして何より、皆がどんな表情で仕事をしているのか。
サヴィニー・レ・ボーヌ(Savigny-lès-Beaune)のドメーヌ・ジャン・マルク&ユーグ・パヴロ(Domaine Jean-Marc et Hugues Pavelot)は、実際に仕事をしていても、非常にきちんとしたドメーヌである。
正確で、真面目。仕事は早く、相手に気を遣い、約束したことはきちんと進める。
数世代にわたりブドウ畑を守ってきた長い歴史を持つ老舗でありながら、その歴史の上にあぐらをかいているわけでもない。ある意味で、一流の老舗ドメーヌとはこういうものなのだろうと思っている。
しかし、収穫に入ってみると、その理由が分かったような気がした。
ワインだけを見ていては分からない。
その根底にあるのは、「家族」だった。
(上の写真は、左からルイ、ピエール・イヴ、ジャン・マルク。3世代が同じ畑に立ち、ともに収穫する。パヴロ家の継承を象徴するような光景。)
家長が先頭に立つ
家族経営のドメーヌにとって、家族関係は想像以上に重要だ。
そして、その中心にいる人物の人柄と統率力は、ドメーヌ全体に大きな影響を与える。
パヴロ家で、その大きな存在となっているのが、現当主ユーグとピエール・イヴィ・パヴロの父、ジャン・マルクである。
80歳になった今も畑に出て、二人の息子のユーグとピエール・イヴを支えている。
そして、なんといっても若い。
背筋はまっすぐに伸び、少なくとも10歳は若く見える。毎日のように畑へ出ているのに、いわゆる「農民」というより、品格のある経営者のように見える。
しかし、畑では自ら動く。
若い世代の仕事にむやみに口を出すことはない。しかし、自らは今も変わらず畑に立ち、黙々と手を動かす。
長い経験を持つ者が率先して畑に立ち、働き、判断する。その姿を次の世代が見ている。
おそらくジャン・マルクは、言葉で教える以上に、その背中で「将来こうあるべきだ」という一つの姿を若い世代に見せているのだと思う。
家長としての権威は、年齢や肩書だけから生まれるものではない。
長年積み重ねてきた経験と、自ら行動し続ける姿。そして、それによって家族から得た信頼。
それが、家族をまとめる力になっている。
歴史が長いだけでは、老舗は続かない
ブルゴーニュには、何世代にもわたって続くドメーヌが少なくない。
しかし、歴史が長いことと、その歴史を生かせることは別。
何十年、何世代と同じ土地を耕してきたからこそ蓄積される知識がある。
この区画ではブドウがどう熟すのか。
雨の年にはどうするのか。
暑い年にはどう判断するのか。
どの畑から、いつ収穫するのか。
そして、家族との関係。
こうした知識のすべてを、数字やマニュアルに残すことはできない。
長年の経験の中で身体に刻まれ、家族の会話や仕事を通して伝わっていくものもある。
だからこそ、歴史を受け継ぐには知性が必要なのだと思う。
昔からやっているから続けるのでもなく、新しいからといって古いものを捨てるのでもない。
何が本当に重要なのかを理解し、残すべきものを選び、次の世代へ渡していく。
長い歴史とは、単なる年数ではない。
蓄積された経験を失わず、次の世代が使える知恵へと変えていくこと。
パヴロ家の強さの一つは、そこにあるように思う。
戦争を境に変わった、パヴロ家のワイン
パヴロ家の歴史を聞いていると、この家族の強さを考える上で忘れられない話がある。
ドメーヌ・パヴロが自らワインを瓶詰めするようになったのは、第二次世界大戦後のこと。
ジャン・マルクの父は、戦争中、ドイツ軍の捕虜となった。そこで出会ったのが、同じく捕虜となっていた一人のベルギー人だった。
生死をともにした二人の縁は、戦争が終わってからも続いた。
ベルギーへ戻った彼は、パヴロ家のワインを樽で輸入するようになる。これが、ドメーヌ・パヴロにとって最初の輸出だったという。
当時、パヴロ家ではまだ瓶の元詰めを行っておらず、ワインは主にネゴシアンへ販売されていた。
ところが、ベルギーへ樽で運び、現地で瓶詰めすると、思うようにワインの品質を保つことができなかった。
そこで父と息子のジャン・マルクは力を合わせ、ドメーヌでの瓶詰めに取り組み始める。
自分たちが育てたブドウから造ったワインを、最後まで自分たちの責任で守る。
現在では当たり前に見える「ドメーヌ元詰め」だが、パヴロ家にとっては大きな転換だった。
ジャン・マルクは、「戦争から生きて戻ってきた人々とともに、ワインの品質も大きく変わっていった。そんな時代だった」と振り返る。
彼自身もまた、父が戦争で不在の間、残された家族とともに家を守った時代を知る一人である。
今のジャン・マルクを見ていると、実に忍耐強い。
80歳になった今も畑に立つ。若い世代にむやみに口を出さず、自分のできる仕事を黙々と続ける。
そこには、働くことを苦労と捉えるよりも、生きて、家族とともに畑に立てること自体をありがたいと思う、そんな感覚があるように見える。
家族で家を守り、畑を守り、次の世代へ渡していく。
現在のパヴロ家の姿は、そんな長い家族の歴史の上にあるのだと思う。
家族だから、畑を継げるわけではない
パヴロ家には、家業を守るために代々共有されてきた一つの考え方がある、と次世代の長男ルイ・パヴロが説明してくれた。
家族は大切にする。そして、できる限り平等に扱う。
しかし、「平等」とは、すべてを同じように分けることではない。
畑には、畑を守る責任が伴う。
家族だからという理由だけで畑を受け継ぐのではない。実際に家業に携わり、畑を耕し、守ってきた者が畑を継ぐ。家業に入らない者には、建物など別の財産を残す。
非常に現実的な考え方だ。
しかし、この考え方が家族の中であらかじめ共有されていることには、大きな意味がある。
ブルゴーニュの歴史において、相続と畑の分割は切り離すことのできない問題だからだ。世代が変わるたびに土地を均等に分けていけば、長年守ってきた畑は細分化され、場合によっては手放さざるを得なくなる。
土地をどう次世代へ渡すのか。
それは単に財産をどう分配するかという問題ではない。
何世代にもわたって家族が守ってきた畑を、誰ならば次の世代まで守れるのかという問題でもある。

子供たちには、自分の人生を選ぶ自由がある
だからといって、子供たち全員にドメーヌを継ぐことを強いるわけではない。
ユーグには3人の息子がいる。
現在、後継者として名乗りを上げているのは長男のルイだけで、あとの2人は別の道を考えている。
それでいいのだ。
それぞれが、自分の将来を選ぶ自由を持っている。
しかし、収穫になると全員がやって来る。
ここが、とても興味深い。
家業を継ぐかどうかとは別に、自分たちの家族が何をしてきたのか、何を守っているのかを皆が知っている。
収穫に家族全員が参加することには、ブドウを摘む以上の意味があるのかもしれない。
祖父が働いている。父が働いている。叔父がいる。兄弟がいる。
そして、自分も同じ畑に立つ。
家業の歴史を言葉で教わるだけではなく、身体で知る。
それが毎年繰り返される。
自分が将来どの道を選ぶにしても、パヴロという家族が何を守ってきたのかは知っている。
だからこそ、家業を継ぐ者と継がない者の間にも、その意味を共有する土台ができるのだろう。

従業員もまた、ドメーヌをつくる
そして、家族だけを大切にすればよいわけでもない。
優れたドメーヌを見ていると、長く働いてくれる従業員を非常に大切にしていることがある。
サヴィニー・レ・ボーヌのパヴロ家にも、その文化がある。
信頼できる人を大切にし、長く一緒に仕事をする。
一緒に働くということは、その人のことをよく知ることでもある。
真面目なのか。責任感があるのか。人を思いやれるのか。困ったときにどう行動するのか。
長い時間を一緒に過ごせば、人柄は自然と見えてくる。
そして、本当に素晴らしい人であれば、時には家族の適齢者を紹介することもあるという。
いかにも田舎らしい、昔ながらの縁のつながり方でもある。
けれど、考えてみれば理にかなっている。
どんな人なのか分からない相手ではない。長年一緒に働き、その人柄をよく知っているのだから。
「家族経営」という言葉は、血縁だけを意味するものではないのかもしれない。
長い時間を共有し、同じ畑を守る人たちをどこまで仲間として大切にできるか。
それもまた、ドメーヌの強さになる。
収穫だからこそ、無理をしない
もう一つ、パヴロの収穫で印象的なのは、仕事の進め方である。
収穫は一年で最も重要な時期の一つだ。
だからといって、朝から晩まで人を追い立て、限界まで働けばよいわけではない。
大切なのは、人と時間をどう動かすか、その段取り。
人を配置し、時間を読み、畑の状態を見ながら仕事を進める。
必要なときには休む。
焦らない。
けれど、仕事は正確に進んでいく。
考えてみれば、ワイン造りは今年一年で終わる仕事ではない。
今年の収穫が終われば、また来年がやって来る。
それを10年、20年、そして次の世代へと続けていかなければならない。
収穫の数日間だけ無理をして走り切ることよりも、毎年きちんと仕事ができる仕組みをつくることの方が大切なのだ。
長く続くドメーヌには、長く続けるための働き方がある。
家業が「喜びの場」であること
そして、パヴロ家の収穫を見ていて、最後に最も印象に残ったのは家族の表情だった。
仕事は正確で、真面目である。
けれど、重苦しくない。
家族が笑っている。
家業を守るというと、ときに義務や重荷のように聞こえる。
しかし、何世代も続けるためには、義務だけでは足りないのではないだろうか。
親が毎日嫌々仕事をしている姿を見て育った子供が、その仕事を「自分もやりたい」と思うだろうか。
自分たちの畑に誇りを持つ。
家族が集まる。
一緒に働く。
そして、そこに喜びがある。
ジャン・マルクが先頭に立ち、その背中をユーグたちが見てきた。そして今度は、ユーグたちの背中をルイたちの世代が見ている。
もちろん、子供たちにはそれぞれの人生を選ぶ自由がある。
それでも、自分たちの家業が何であり、家族が何を守ってきたのかを皆が知っている。
従業員も大切にする。
蓄積された知識を次へ渡す。
そして、無理なく長く続けられるよう、仕事をきちんと組織する。
収穫に行くと、そのドメーヌの多くを見てしまう。
パヴロ家を見ていて分かったのは、優れたワインを何世代にもわたって造り続けるために必要なのは、優れた畑や醸造技術だけではないということ。
畑を次の世代へ渡す前に、畑を守る文化を次の世代へ伝えなければならない。
それは、教科書で教えられるものではない。
祖父や父が畑に立つ背中を見て、一緒に働き、家族で食卓を囲み、毎年の収穫を繰り返す。
そうした長い時間の中で、少しずつ受け継がれていくものなのだろう。
パヴロ家の強さは、そこにあるのかもしれない。
そして、このようなドメーヌに出会い、その内側を垣間見ることができるとき、私はワインの仕事をしていてよかったと思う。
素晴らしいワインに出会うことだけではない。
人が働き、家族を大切にし、受け継いだものを守りながら、次の世代へ渡していく。
そんな人間の美しい在り方に出会えることもまた、私にとって至福の時間なのだ。
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