
タイパは、目的ではない ― 効率化を語ってきた私が、データ取りだけは効率を捨てる理由 ―
社労士開業準備中のともちかと申します。
これまでnoteでは、業務効率化の仕組みや考え方を数多く紹介してきました。
ただ、誤解のないように一つ書いておきたいことがあります。
私が効率化しているのは、あくまで結果の方です。
その結果に至る過程に潜む無駄を分析する段階では、非効率なやり方も厭いません。
特に、データや数値を取ることに関しては、効率もタイパ(タイムパフォーマンス)も一切重視していません。
①タイパは、副産物に過ぎない
昨今は、何かにつけて「タイパ」と言われます。
ただ、タイパを求めること自体が、目的になってしまっているように感じることがあります。
タイパは、あくまで副産物です。
目的ではありません。
タイパを重視し過ぎると、次のような弊害が出ると考えています。
• 目的が不明瞭になる
• 過程を軽視するようになる
• 創造性や思考力が落ちる
この3つは、私がこれまで効率化に取り組んできた中で、特に大事にしてきた要素の裏返しでもあります。
まず、目的です。
以前、3つの仕事哲学について書いた話で、「70点」でまず出し、その70点は「ゴールからの逆算」で見極める、と書きました。
最終的に何が求められているかを先に定義すれば、何が必要で、何が不要かの判断基準がはっきりします。
不要な部分に時間をかけずに済むので、結果的に最短ルートで形にできます。
ここで大事なのは、順番です。
時間が短くなったのは、ゴールを定めた結果です。
最初から時間を縮めようとした訳ではありません。
タイパが副産物だというのは、まさにこの意味です。
逆に、早く終わらせること自体が目的になると、何の為にやっているのかが見えなくなります。
ゴールを明確に定めない限り、本質には行き着けません。
次に、過程です。
結果に至るまでの過程をきちんと把握していなければ、当然、疑問は生まれません。
そして、疑問が生まれないということは、改善のスタートラインに立つことすらできないということです。
私が考える過程の軽視とは、データですぐに分かることだけで分かった気になり、現場で地道に確かめる手間を省いてしまうことです。
データには映らない情報がある。
この後、物流会社にいた頃の話で、そのことを詳しく書きます。
そして、創造性や思考力です。
ここでも出発点は、疑問です。
先ほど、過程を把握していなければ疑問は生まれないと書きました。
疑問が生まれなければ、「なぜこうなるのか」「もっと良いやり方はないか」と考える機会もありません。
創造性や思考力は、その「なぜ」を繰り返す中で育つものだと思います。
また、以前、仕組みと経験の線引きについて書いた話で、PDCAを回し続けると、計画の段階で「次はここに負荷が移るのではないか」と予見できるようになる、とも書きました。
過去に自分が見落とした場所を覚えているからです。
考える力は、過程を地道に追いかけた経験の中でしか育ちません。
過程を飛ばして結果だけを手に入れようとすれば、その経験も積み上がらないのだと思います。
②データには、映らない情報がある
物流会社にいた頃、私は多くの業務改善に取り組みました。
その時も、データや数値を取ることに関しては、効率もタイパも一切重視していませんでした。
当然ながら、データでは拾えない情報があるからです。
例えば、入出庫の履歴や、製品のサイズなどのマスター情報は、WMS(倉庫管理システム)でデータ化されていました。
調べようと思えば、すぐに調べられます。
ただ、マスターにある製品のサイズは、あくまで製品1つ分のサイズです。
工場から入庫してくる製品が、1パレットに1つずつ載っているなどということはありません。
デスクの天板であれば、1パレットに30枚積まれた状態で入ってきます。
その荷姿のサイズや、製品が重さに耐えられる限界の重量は、目視や地道な検証でしか分かりません。
そこを「タイパ」の一言で軽視するのは、違うと思っています。
当時は、倉庫にある製品の1つ当たりのサイズ、保管状態、入出庫の時の荷姿まで、全て頭に入れていました。
過程の分析では、フォークリフトの走行時間、各階への入出庫に使う昇降機の時間、先ほどの製品の限界重量などを、少なくとも1ヶ月は現場に張り付いて調べていました。
中には、何ヶ月もかけて分析したものもあります。
荷姿や限界重量が分かっていたからこそ、どの製品をどこに置き、どう積むかを決めることができました。
この地道な作業があったからこそ、自分の頭の中にデータベースのようなものができました。
それが今でも、色々なことへの応用につながっています。
③張り付いていても、見落としはあった
ただ、現場に張り付いていれば何でも見えるかというと、そうではありませんでした。
先ほどの線引きの話では、小物専用エリアを作った後に、梱包作業がそのエリアに集中してしまった失敗も紹介しました。
あの時、私の目的は、各ロケーションの入出荷件数の負荷を平準化させることでした。
だから調べていたのも、ピッキングやロケーションの負荷までです。
その次の梱包の工程までは、正直なところ目が行っていませんでした。
あの失敗は、どれだけ地道に調べても、目的の外にあるものは見えないということを教えてくれました。
④総務になっても、やっていることは同じ
これは、総務の仕事に変わってからも同じです。
データでは取れない分析の、直近の良い例が、セールス電話の対策です。
着信の件数は残っても、そのうちどれがセールス電話だったかは、電話を取った人にしか分かりません。
そこで、電話が鳴る度にメモに件数を書き、応対時間は電話機に表示される時間をメモする、という完全な手書きで記録しました。
セールス電話の対策の話で紹介した、5ヶ月間の実測で1日平均29.8件、1回あたり2分52秒という数字は、こうして集めたものです。
もちろん、手書きのままでは金額に換算するなどの分析には使えません。
なので、後からExcelに転記してデータ化しています。
⑤それとこれとは、話が別
ここまで読んで、「あれ?」と思った方もいるかもしれません。
以前、字が汚くて書くのが面倒だから、なんとか書かずに済ませようとしてきた、と書きました。
スケジュール手帳を10年買っていないのも、Outlookで管理できる予定を手帳にも書けば、二重管理になるからでした。
それなのに、データ取りは手書き。
矛盾しているように見えるかもしれませんが、それとこれとは話が別です。
手帳をやめたのは、同じ情報を二重に管理する無駄をなくす為です。
一方、データを手書きで取るのは、まだどこにもない情報を、初めて形にする為です。
省いていい手間と、省いてはいけない手間は違います。
字が汚い話の中では、「最初にしんどい思いをしてでも、後で楽ができるなら、喜んでしんどい方を選ぶ」とも書きました。
データ取りは、まさにその「最初のしんどい思い」に当たります。
分析の多くは、アナログ
分析の多くは、アナログです。
当然と言えば当然で、データになっていない無駄があるからこそ、業務改善をするのです。
「提案が通らないのは、あなたの説明が下手だからではない」の話にいただいたコメントへの返信にも書きましたが、私にとって数値やデータを取ることは、疑問に対する、数値という名の答え合わせです。
だから、どれだけ地道で泥臭くても、答えが見つかるのなら、やる価値があると思っています。
タイパを重視するのは悪いことではありません。
ただ、それは結果の方に求めるものであって、過程を調べる段階で求めるものではないと思っています。
改めて書きますが、タイパは目的ではなく、地道な過程の先にある副産物です。
バックオフィスの効率化や生成AIの実務活用について、引き続き発信していきます。
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※今回の話で登場した、前回、書いた6つの話のリンクを下記にまとめておきます。