
辛いと、きびしい。
きのう、スワヒリ語では甘いとおいしいが両方 tamu という単語なので、ピリピリソースをかけたお肉や中国の火鍋も tamu と表現する(だろう)と書きました。
では、トウガラシなどの「辛さ」そのものはなんと言うのでしょう。
答えは "kali" です。
一般的には、「きびしい」の意味で使うことのほうが多い形容詞です。
英語の hot 「熱い」ではないのですね、と思いました。辛いものを食べると体が熱くなって、汗が出てくるので、「熱い」と表現するのは自然です。
でもスワヒリ語では熱い/火を意味する moto という単語は、辛さには使いません。 maji ya moto = moto な水は、辛い水ではなく、熱い水=お湯を意味します。
(いえもちろん、ホットウォーターは英語でもお湯ですけど。)
まさか、辛いものを食べなくても、いつでもあつい(暑い)からでしょうか?
あ、日差しがきついことは "jua kali" 太陽が厳しいと表現するので、その意味では「あついとからいがおなじ」かもしれませんけど、さすがに詭弁です。
ちなみに「と思いました」と、さもいま気づいたように書いているのは演出ではなくほんとうです。あまり「辛い」とか「辛くして」とは言わない印象があります。
エビの素揚げやフライドポテトにピリピリソースをかけてもらうのは定番で、おいしい(tamu)ですけど、「ピリピリは?」「ちょっとだけにしてください/たっぷり!」のように、抽象的な味覚ではなく、具体的なモノと量で表現します、少なくとも私は。
ですので、こちらは「甘い」= tamu / sweet に「おいしい」一般のイメージがある(スワヒリ語は同じ単語ですし、英語のほうでも sweet spot といった用例に一般化の残響を感じる)共通性と違って、スワヒリ語と英語でとらえかたが異なるようです。
が、日本語では「点が辛い」というように、「きびしい」の意味も含まれます。「甘い」との対比であって、スワヒリ語のように「厳しい」が先にあるのとは少し違うかもしれませんけど。
とはいえ点が「からい」もあり、漢字としては「つらい」でもありますから、味がからいだけでなく、ものごとがシビアであることも指す、 kali に近い考えかただと言えるのではないでしょうか。
中国語だと、味の「からい」は辣(トウガラシのからさ)や麻(山椒のからさ)で、辛は「辛苦了」のように「つらい」ほうに使うと思います。が、「辛辣」「辣腕」のように、辣をきびしい・きついの意味で使うことはやっぱりありそうです。
けれど、 "kali" は日本語・中国語の「からい」ともすこし意味領域のずれはあって、「するどい」も意味します。私が孤児院でたくさんの子供たちに料理をふるまうため、和包丁を振るったときも、とても kali だと言われたので。とうぜん、子供に厳しいわけではありません。
カンニングを見逃さない試験監督も kali ですけど、「厳しい」でもあり、目が「鋭い」でもあり、でしょうか。
※以前「リストカットはしてません!」で使った写真はおなじ場所なので、鍋のおおきさはおなじです。
基本味には含まれず、痛覚として扱われる「からい」。
舌や口に鋭い痛みがはしる、と思えば、からさときびしさとするどさを kali 一語で表現するスワヒリ語は、他の言語以上に正確なのかもしれません。
いっぽうでどちらがメインかはさておき、きびしさやつらさを意味する点では、英語はともかく日本語や中国語の考えかたと近いとも言えます。
タマネギなら、 kali な包丁で切ったほうが、目に kali でないですが。
日本刀の技術で鍛えられた kali な包丁は、過剰に kali にしないためにもたいせつです!

スワヒリ語味覚シリーズは以下です。