
苦いと、くるしい。
スワヒリ語では甘いとおいしいは同じ単語で、辛いときびしいが同じ単語であることをみてきました。
では、苦いはどうでしょうか。
苦いは "chungu" という単語です。

ぱっとは、形容詞としてのほかの意味は思い当たりません。
「土鍋」とか「黒蟻」とかの名詞ではありますけど、それらはたまたま一致しているだけのような気もします。土鍋が苦かったらたいへんですし、黒蟻はもし食べるとしても蟻酸ですっぱそうです。(蜜を蓄えているとしたら甘いかもですけど、それは tamu ですし。)
また、 chungua という動詞は「しらべる」を意味しますけど、これも関係なさそうです。機能形の chungulia が「のぞき見する」なので、ちょっと警戒しました。ちゅんぐりあという響きもなんとなくイヤな感じです。苦い液体でめつぶしをしましょう。
ただ、ひとつ、 chungwa という名詞は気になります。チュングワは「オレンジ」です。オレンジは苦くないでしょう、と言われそうですけど、「あおのじだい」ことブルーキュラソーを思い出してください。
キュラソーは、カリブ海のキュラソー島で作られていた苦味オレンジの果皮を使ったリキュールなのでした。苦味を活用するためのダイダイをチュングワと呼んでいて、そのうち形が似ているから甘いオレンジを同じ名前で呼ぶようになった、とは考えられないでしょうか。
でも、ムスリム文化圏(スワヒリ語はアラブとアフリカの交易から生まれたのでした)では、甘いほうのオレンジがヨーロッパより古くから知られていたらしいので、あまり説得力はないかもしれません。
おいしいやきびしいといった他の意味は思いつきません、と書きましたけど、「にがい」自体の拡張はちょっとだけ思い当たります。
日本語では「酸いも甘いも噛み分けた」と言うところを、スワヒリ語では tamu na chungu ――甘いと苦い、と表現することです。
中国語で「苦」が味と経験のどちらも示すのと同様だと思います。
中国語で、としたのは、日本語だと「漢字」で書けば苦ですけど、音で言えば「にがい」と「くるしい」は別だからです。「あまい」と「うまい」は音も通底するのでしたけど、「からい」と「つらい」や、「にがい」と「くるしい」はやまとことばとしては異なる音です。

(エチオピアのコーヒーセレモニーです)
スワヒリ語の chungu と中国語の「苦」は、味と、身体的な消耗やつらさ。
いっぽう日本語の「にがい」は、英語の bitter と似ていて、からだが消耗するというよりは、こころがじんわりと痛むニュアンスではないでしょうか。「にがい顔」とか "bitter memory" とか。
もちろん「いやだ」という方向性では共通しますけど。
※からだの消耗は、日本語だと酸いも甘いも、の「酸」、英語も sour が「悪化する」なので、このふたつの言語では酸味にわりあてられています?
あとは、ニャニャチュングでしょうか。ニャニャはトマトなので、「苦いトマト」です。
以前「ニャニャを持っているのに野菜を食べなさいとおばちゃんにお説教された」とぼやく記事を書いたことがありますけど、その扉写真の右側にも写っています。
色は白く、確かに形はちょっとトマトに似ています。
「白いトマト」ではなく「苦いトマト」と味で表現するのは、食べてみないと分からないのでは、とも思いますけど……サツマイモも「紫のポテト」ではなく「甘いポテト」ですから、各国語とも味で形容することはある、のですね。
日本語訳できなかったとおり、私は日本で見かけたことはありません。タンザニアでも、ニャニャよりはマイナーな気がします。が、調理方法はニャニャとおなじく、煮込んでムチュジ(スープ)のベースにすることです。
……と、いうことは。
ニャニャチュングをもっていても、ニャニャと同様、もっと野菜を食べなさいというおばちゃんのお説教への反論には役に立たなさそうです。ニャニャはスープのベースにもちいるので、野菜ではなくスパイスあつかいなのですから、おなじ使いかたのニャニャチュングも野菜とは認めてもらえません。
にがい経験でした……。

味覚シリーズは以下です。